17話~「門出の言葉」~
前回のあらすじ:顕微鏡作成について目途が立った。
今回はイサマ視点に戻ります。そして、二章最終回です。
マキュベスが学会発表に参加してから一か月以上経過した。
学会発表自体は一日で終わるらしく、大体三日もすればこの家に帰ってきたものだが今回は相当長い。
昔は彼がいないと何をしたらよいものか迷っていたが、今はいてもいなくとも時間が足りない。
体内の魔力操作の練習であったり植物の生物学的な研究、あるいは植物と魔法の相関関係など授業時間外で調べておきたいことは山ほどある。
とはいえ、さすがに一か月も帰ってこないものだから何か異常事態でも起こったのかと少しナーバスな気分だったが、ある日の朝にひょっこりと帰っていた。
いつの間にか帰ってきたためかうれしさよりも呆れが勝っていた俺に、鼻歌をしつつ喜色満面でこちらに話しかけてきた。
なんでも、約束のものまでもう少々待ってくれ、ということだった。
正直に言えば約束の物よりもマキュベスの今の状態の方がずっと気がかりだったが、それを除けば日常が戻ってきた。
そして、もう一か月後……朝食を作ってマキュベスを起こしに行く時。
ノックをすると扉越しに何かしゃべっているような声が聞こえる。
割と夜更かしを厭わないタイプなので、今日も夜更かししたのかと思いながら声をかけると、中から「できました!」という大声がした。
その声のせいでしばらく呆然としていると、扉が開いた。
顔にははっきりとした隈があり頬もこけていたのだが、その疲れている印象を吹き飛ばすかのように目が輝いているためか不思議と心配する気持ちと共に好奇心が生まれていた。
「おお、イサマ! おはようございます。
ようやく完成しました! さあ、お披露目しますよ!」
といって、俺の手を引っ張って部屋の中に連れて行こうとしていた。
ちなみにだがマキュベスは見た目は細身だが、その体のどこに隠されているのかと思うほどに力が強い。
なので中に引きずられそうになるのだが
「マキュベス、朝ご飯忘れている! 先に食べてから!」
耳元でちょっと大きな声を出すと思い出したのか、ようやく引っ張り合いが終わる。
それから正気にでも戻ったため、恥ずかしそうにダイニングテーブルへ向かっていた。
食事をしているときに先ほどの行動を振り返ってしまった。
今までマキュベスは余裕があり、優しくて、しかも頭も良いという、男としても人間としても非常に尊敬できるかっこいい人物、と思っていたが案外抜けている。
それに失望するどころか、むしろ親近感というかマキュベスも研究になると大人じゃいられないんだなーと少しうれしく思ったのは秘密である。
さて、俺も多少気になっていたためそこそこ早めに食べ終わると
「それでは改めて。今日、ようやく完成させました!」
「そ、そうなんですか。完成させたというと、もしかして例のあれですか?」
というと、またもや興奮し始めた。意外とこの人めんどくさいぞ……と師匠に不敬な思いを抱いていると
「ええ、そうです! あなたの求めていた顕微鏡ですよ! さあ、早く見に行きましょう!」
と、片付けもせずに部屋へ向かおうとする。
しかし、俺のために徹夜してまで顕微鏡を作ってくれていた。
先ほどの引っ張り合いから見ると、体力もそれなりに落ちているだろう。
強い感謝と、同時にどこか違和感と残念っぽさが絡んだ。
非常に複雑な気分である。
俺は片付けを手っ取り早く済ませてから、マキュベスの部屋に向かう。
中に入って彼を見ると、例の物を指さした。それを見ると、確かにその場には筒のような物がある。
見た目はまさに前世で見た光学顕微鏡と似ていた。
「これが顕微鏡です! これを使ってさらに研究に励んでください」
と笑顔のままで俺に触れさせてくれたのだが、操作方法が分からない。
それを聞いてみると、先にも増して嬉しそうに
「よくぞ聞いてくれました! それを試すためにも実験しましょう!
それでは、適当に水を汲んでその容器に入れてください」
と言ったので、透明な容器の中にいつも使っている魔石の水を入れてみた。
「それを、この筒の下においてください。
ちょっと調整するので、待っていてください」
と、調整を始めたので俺もその横に行く。
そして、説明と共に動かし始め自分にも動かす練習をさせてくれた。
最後に、きちんと見える状態になったということで筒を覗いてみると……
「おお!?」
感動した。なんと、水の中にどういう生物がいてどういうものがあるのかまでしっかりと分かるのだ。
極め付きはその明度。
前世の顕微鏡でもここまで明るく見ることは中々難しいのだが、この顕微鏡でもそれが再現できるなんて……恐ろしいものである。
「ふふふ…すごいでしょう! 我ながら会心の出来です」
あまりにもうれしくて、むしろ聞いてほしいという雰囲気が漂っていたためついどうやって作ったのかとか聞いてみた。
するととんでもない回答が返ってきた。
「まあ、一言でまとめるといろいろあったのですが……後進のために一応教えますね。
まず、私の魔法と顕微鏡の性質が似ていることが研究の出発点でした。私も指摘されるまでは正直わからなかったです。
その後、学会等でいろいろと面白そうな研究内容を取り込んだりもしました。
他にも、貴方に教えてもらったレンズの式や光線やらを求めてみて、実際顕微鏡が作れるかとか試してみたのですが、どれもうまくいかなかったです。
で、そこから夢を見たのですか……なんというか、この顕微鏡作成で最も面白い体験をしました」
どうやら、顕微鏡を俺に見せられたことから今は滅茶苦茶口が軽い。
いつもなら秘密という内容も、恐らく自作顕微鏡をこの世界初ということもあってよく話してくれる。
それに、面白い体験と言うのも気になる。それを聞いてみると
「実は、夢の中で奇天烈な生物と出会ったのですよ。
髪の毛とか性別は何とかわかったのですが、それ以外は良く見えないという人型生物です。
それと私が会話する、という愉快な体験をしたのですがそれがきっかけでうまくいくようになったのだから、魔法と言うのはまだまだ未開拓な分野ですよね」
ということだった。聞いただけではさっぱりであるが……ふと思いついたのは、俺もたまに見るあの夢。
自称神様とやらと会話できるありがた~い時間だが、あれも見ようによっては奇天烈生物だろう。
なにせ、白い靄でしかない存在だから。
「ちなみに、その奇天烈生物とやらの性別はなんでしたか?」
「おや、気になるのですか?
……まあ、いいでしょう、恐らく女性で、しかも少女です。
それも、貴方と同じぐらいの背丈だったと思います」
……なら違うか。
白い靄と声しか聞こえないが、どちらかと言えばあの声は男性。
ならば、特に関係はないだろう。
なにはともあれ。マキュベスの話にはなかったが、恐らく複式の顕微鏡を作ってくれたと思う。
前世でもレンズを複数枚組み合わせることで、倍率を高めることが確かに可能だ。
ただ、俺は専門家ではないのでよくわからないがその方法には確か限界がある。確か収差の問題が絡む。
が、マキュベスによると魔法によって解決したらしい。
収差はレンズの性能による問題だから、恐らくそれも魔法で解決したのだろう。
まあ、すべて俺の妄想だが。
もっと言えば、今回の件でより驚いたのは魔法についてよりもマキュベスの能力だったりする。
これまで教えてもらった知識から発展して別のものにつなげる能力、そして俺の言葉足らずな説明を理解する力を見ると彼はまごうことなき天才だろう。
前者の力は一見簡単そうに見えるが、実は非常に難しい。
現に俺もマキュベスと同じ前提条件で同じことをやれと言われたら何年かかることやら、と思ってしまった。
一般には、習った理論を単純なモデルに適用する訓練をはじめに行う。
そして、慣れてから自分で改造してみるというような応用に入るものだが、師匠の場合は理論への慣れがとんでもなく速い。これがいわゆる能力的な差なのだろう。
仮に貴族全員が師匠のような能力を持っているならば、俺なんてまったくもって敵わなかった。
一応、マキュベスから話を聞いたこと、そして本の内容からそのような能力を持っているのはごく少数だとわかっているからまだましではあるが……。
後は、その才能をいかんなく発揮してくれた師匠には言葉で感謝しようもないほどの恩をもらった。
これは対価交換の産物である、ということだが明らかに嘘だろう。
それならば、徹夜などはしないだろう。動機にマキュベスの野望があったかもしれないが、大半は俺が望んでいたから。
何から何までもらってばかりだ。彼に十分返せているのだろうか。
俺へ衣食住や授業というものを提供してもらっているにもかかわらず、こんな立派なものを作ってもらうなんて……。
「そうそう、イサマ。知っていましたか」
いつまにかマキュベスが凹んでしまった俺に話しかけていた。
先ほどの好奇心に満ちている少年のような顔から、打って変わってまるでいたずら少年がいたずらをした後にほくそ笑んでいるような顔でこういった。
「魔法と言うのは、不可能を可能にする学問なのですよ。
~ができない、と言われてもある魔法を変性させてできるようになった。
~はあり得ない、と言われたら既存の魔法を組み合わせて可能にする。そんな文化です。
だから、魔法は万能です。しかし、魔法と言うのはとても気分屋です。
こちらが必死に追いかけてもこたえてくれるとは限りません。
これを忘れたらいけませんよ。
それでは改めて、魔法の世界へようこそ」
と、最後に炎を出して締めた。あたかもその炎は俺の上に門のようなものを作り祝うかのようなものだった。
お読みいただきありがとうございました。
詳しいことは活動報告で述べますが、これからしばらくは解明編を中心に投稿します。
二章まで読んで頂きありがとうございました。




