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寝て起きたらどうなるの? アレの意味が知れました。ついでに――


 閉ざされた町に宿屋はない。

 クライドの家は町で一番大きく、それもそのはず代々町のおさを輩出しているところだった。


 しばらく外で待たされてから、キューちゃんを抱えたユウキは大きなテーブルのあるダイニングと思しき部屋に通される。

 五十代くらいのエルフ男性が待ち構えていた。


「話は聞いたよ。君がユウキ君だね。私はこの町の長でカーチスという。クライドの父親だ」


 男性――カーチスは立ち上がってユウキに近寄り、片手を差し出してきた。

 キューちゃんを抱えたままその手を握る。ごつごつとした働き者の手だ。


「ユウキです。お聞きのとおり私は最近の記憶がありません。どうしてここへ手紙を届けることになったのかはわかりませんで……」


「険しい道のりの最中、記憶を失うような大変な事態があったのだろうな。なんとお詫びをしたらよいか……」


 自分たちの危機を聞いているのに、まずユウキの心配をして謝罪する。実にいいひとだと感動した。


「気になさらないでください。それより、石碑の件ですけど……」


 今すぐ重大な危機が訪れるとは考えにくいが、火山の噴火を抑えている魔法術式がすべて破壊されたらこの町はマグマに沈む。遠からぬ未来、そうなるだろう。


「ああ、それも聞いたよ。部外者の君に頼るのは心苦しいのだが、若い者たちだけでも助けてやってはくれないだろうか」


 寝て起きて何ができるか知らないが、最悪の場合は山のぬしたる巨怪鳥を力でねじ伏せ、高山を下れる体力のある者たちを連れて逃げられるかもしれない。


「ともかく、ちょっと寝かせてください」


「う、うむ。ゆっくり休んでくれ」


 カーチスの困惑が手に取るようにわかる。

 いやホント、寝て起きて何がどうなるのよ? 腕の中のキューちゃんは答えてくれなかった。



 クライドに案内されたのは、ベッドと机が置いてあるだけの簡素な部屋だ。

 彼がいなくなり、ユウキは壁にあった鏡を覗きこむ。


(うん、こんな顔をしていたなあ)


 前世の記憶に押しつぶされてはいるものの、鏡に映る中性的な顔は『自分』を実感できる。


 安心したところでベッドへダイブ。ちょっと硬い。

 特に疲れてはいないので眠気はまったくないのだが、前世最後の記憶を無理くり思い出して眠気を引き出す。

 寒い場所から穏やかな気温に浸かっていたのもあって眠くなってきた。


 キューちゃんがぴょこんとお腹に乗ってくる。綿毛のような見た目のとおり、重さはあまり感じない。ふわもこを顔に押しつけると、いよいよ瞼が重くなった。


「うん、眠れそうだ……」


 目を閉じると暗闇に沈むように、ユウキは寝息を立てるのだった――。




 どれほど寝ていただろうか。


 腹の上でぴょんぴょん跳ねるキューちゃんの衝撃で目を覚ました。

 重さをあまり感じなかったのに、今はけっこう腹にくる。


「起きた、起きたよキューちゃん……」


 寝ぼけ眼を擦りながら起き上がる。


(なんだか、体が重いな……)


 特に胸の辺りが重力に引っ張られている。妙だと感じ、胸に手を当ててみた。


 むにゅり。


 なんとも柔らかな感触に、もう一方の手も胸に置いてもみもみと――。


「ってなんだコレは!?」


 両手で鷲掴みしているのは、まごうことなき女性の乳房。それが自分にくっついていた。


 ユウキは恐る恐る、股間に手を伸ばす。


「ない……」


 前世の記憶を思い出した直後に確認したソレが、影も形もなくなっていた。


(まさか私にも変身能力があったとは……)


 得も言われぬ喪失感を感じつつも、ユウキは不思議な感覚にも浸っていた。


「うん、なんか、そんな気がしてきた……」


 寝て起きたら女の子になっていた。

 そんな異常事態であっても、これがふつうだとの認識がある。


 ひとまず壁の鏡を覗きこんでみた。


「男のときと変わらないな」


 もともと中性的な顔立ちだったので同一人物と見てもらえそうだ。

 幸い衣服はゆったりめで、推定Gカップながら胸は苦しくなかった。


「しかし、どうにも収まりが悪いな」


 歩くと揺れる。揺れるとすこし痛い。ゆったりめの衣服が逆に仇となっていた。

 ユウキはトランクを開き、例のアレを取り出した。

 最初に見たときは『男の自分がなぜこれを?』と不思議に思ったものだが、今となってはあって当然のもの。


「これはキューちゃんのものではなかったのだね」


「キュ?」


「君は、私が女の子に変身すると知っていたのか?」


「キュキュ」


 体全体を使ってこくこくうなずく。

 やはり実感は間違っていなかった。

 ユウキは上半身裸になり、せっせとブラジャーを装着する。


 不思議なことに、自分の中に思春期男子の劣情が確かにあるのを感じるのに、大きな胸には興味が湧かない。自分のだから?

 また自分の中には確かな『乙女』もいるらしく、クライドが不審に思って入ってきたらどうしよう恥ずかしい! との羞恥心に急かされていた。


「うん、ずいぶんと楽になった」


 収まるところに収まった感がすごい。

 そして我が事ながら手慣れたものだった。体が覚えている、というやつか。


「しかし、なんでまた女の子になったんだ?」


 男に戻れるのかとの不安もあるが、それよりなにより今もっとも重要なのは、


「そうだな、この姿になったことで、何がどう変わったのかを調べないと」


 いつ火山が噴火して町が破壊されるかわからない現状、それを防ぐ手立てを自分が持っているのかどうか。


「石碑に記されていたのは、この町に施された数々の魔法術式に関するものがほとんどだった」


 それらのメンテナンスを、神代文字が読める者に託すとの言葉。

 だがユウキはその『読める者』であったものの、魔法はさっぱり使えない。

 ところがキューちゃんは、ユウキが寝て起きれば解決すると(たぶん)言っていた。


 となると考えられるもっとも可能性が高く期待も高いのは。


「女の子になったら魔法が使えるようになる、のか?」


 ユウキはちょっとわくわくしてきた。

 しかし検証するにしても、室内でファイヤーボールなんてのをぶっ放すわけにはいかない。


(そもそも詠唱とか発動方法をまったく思い出せないのだが……)


 期待半分、不安半分。


「空でも、飛んでみる?」


 そんな自分の姿をイメージした次の瞬間、体の内から熱が湧き、


 ふわり、と。


 ユウキの体が浮き上がった。


「と、飛べた……」


 風に吹かれるイメージで、あっちこっち狭い室内を飛び回る。


「おおっ! すごい。考えたとおりにすいすいと飛べるじゃないか!」


「キュキュ、キュゥー♪」


 嬉しそうなキューちゃんが跳びついてきたのを受け止めて「ぐぶっ」なんか重い。それでもすいすいすいーっと空中浮遊を楽しんでいると、ドアが控えめに叩かれた。


「ユウキ? 何か騒がしいようだが、起きたのか?」


「はい?」


 疑問形だったが返事と捉えたのか、がちゃりとドアが開かれてクライドが入ってきた。


「起きたところすまないが、君に確認したいことが…………」


 彼はユウキを見るなり目を丸くして、


「飛翔魔法だと!? 君はそんな高度な魔法が使えたのか!?」


 なんだか盛大に驚いているようでした――。




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