魔法の知識はいかほどに? 賢者くらいはあるようです。
火口の町の中央にある大きな石碑には、細かい文字がびっしり書かれていた。
彼らをこの地に導いた賢者とやらが神代語というので記しているため、クライドたち住民には読めないらしい。
が、ユウキには読めた。
そういえば、とトランクの持ち手にあるタグを見やる。
自身の名を示すであろう『ユウキ』の文字。
この町の住人に届けにきた手紙の文字とは明らかに違っていると今さらながら気づく。むしろ石碑の文字とドンピシャだ。
(この世界にどれほどの言語があるか知らないが、すくなくとも今の私はバイリンガルであるらしいな)
それも神代語とかいうカッコよさげな言語を読み解けるとは。
ユウキの様子に疑問を抱いたのか、クライドが尋ねてくる。
「もしかして君は、あの文字が読めるのか?」
「ええ、まあ」
隠すことでもないと思い、正直に答える。
「なんだって!?」
クライドは盛大に驚くと、手綱をぐいっと引っ張り荷馬車を止めた。
「君には驚かされてばかりだ。着いた直後で手伝いまでしてもらって本当に申し訳ないのだが、アレを我らに読んで聞かせてはくれないだろうか」
「なにか重要なことが書かれているのですか?」
「重要、か……。そうだな。我らにしてみれば、起源を辿る重要なものだと思う」
クライドが先に述べたように、石碑には賢者がこの地へ彼らの祖先を導いた話が書かれていると伝えられている。
彼らが口伝により聞かされた話はざっくりしていて、詳細がわからなかった。
石碑には彼らの知らない具体的な禁忌の話や、この地の秘密が記されているのではないかと期待しているのだ。
「それと……実はここ数年、地震が頻発していてね。といっても年に一度や二度なのだが、以前は山が揺れることなんてなかったんだ」
不穏なことを言われた。
「わかりました。大した手間でもありませんし、私は構いませんよ」
「そうか、ありがとう!」
荷馬車は石碑を通過してしまったので、石碑に記された全容は知れない。
クライドは他のエルフたちに説明した。彼らの目の色が変わる。かなり期待しているようだ。
馬に乗った何人かは手紙を届けに向かい、それ以外は石碑まで引き返す。
ユウキは石碑の前に立った。
広場に人は少なかったが、なんだなんだと集まってくる。
がぜん緊張するユウキ。
(まあ、ただ読むだけだし、気負うほどでもないか)
自分に言い聞かせ、先頭から丁寧に読む。
荷馬車からちらっと見た感じと同じく、冒頭部分はクライドから聞かされた話がむしろ簡略化されてまとめられていただけだ。
森の神を怒らせて彼らの祖先が呪いを受け賢者がこの地へ連れてきた、程度のもの。
クライドたちが落胆の表情を浮かべたところで、ユウキはぴたりと語るのをやめた。
「どうかしたのかい?」
「いや、ちょっと待ってくださいね……」
読めることは読める。ただ内容がどうにも専門的で、まず自身が理解する必要があると感じたのだ。
「この地にかけられた魔法関連の記述ですね」
どよめきが起こる。
彼らも知らなかったこの地の不思議現象の数々が、どういう魔法でどう実現しているかが解説してあった。
ユウキは該当箇所――石碑の大部分を占める魔法解説を二度繰り返して読んだ。
前世の記憶に圧迫されて今の記憶をほとんど忘れてしまっている彼だが、熟読しての感想はこうだ。
(ずいぶんと回りくどいことをやっているな……)
記憶が戻ったわけではない。しかし自身の中にある知識が告げていた。
――こいつ、ホントに賢者か? と。
まず水源たる大きな滝。
山をまっすぐ貫通して地下深くから汲み上げているようだ。前世知識でいえば超強力な念動力みたいなのを常時発動している術式が組まれている。
湖が溢れないよう水量を調節する細やかなものだが、ユウキの現世知識が呆れていた。
(地下水が枯渇したらその時点で術式が破綻する。これ、いつ枯れてもおかしくないぞ)
よく何百年も維持できたものだ。
(私が持っていた魔法の水筒……あれを応用したほうが安全なのにな)
遥か昔はそういった魔法がなかったのだろうか?
この地に生えている植物にしても、最初に精霊パワーを借りて急速に成長させたあとはほったらかしになっていた。
何かの拍子に森が失われたら再起の手立てがない。
(住民が大切に守ってきたから事無きを得ているのだろうが、これも危険だよなあ)
他にも苦言を述べたい部分は多々あるものの、魔物除けと環境を一定に保つ巨大結界の構築などを一人で築き上げたのは確かにすごい。
もっとも驚かされたのは、この地に町を作り維持するうえで最重要となる超巨大魔法術式だ。
(火山の噴火を、無理やり抑えているとは)
幾重にも施された抑止の結界。
当たり前と言えば当たり前で、それがなければとうにこの地はマグマに沈んでいただろう。
しかし、やはりそこにも欠陥があった。
(噴火クラスのエネルギー開放があるたびに結界が失われていく、とあるな)
そして結界がすべて消滅したそのときは、火山の噴火で住民もろとも町は破壊されてしまう。
残る記述を読んでみた。
なるほどさすがは賢者と言われるだけはあり、ユウキの抱いた懸念のいくつかは彼(彼女?)も危惧していたらしく、つらつらと書かれていた。
(なになに? 『あとは我が同胞に託す』とな? 丸投げかよ!)
メンテナンスは人任せで運任せ。なんともアフターケアがお粗末でならなかった。
(さて、これをどう伝えればよいか、なのだが……)
ユウキが黙りこくっているので不安そうな彼らを、さらなる絶望の淵へ追いこみはしないだろうか?
とはいえ黙っていては対策のしようがなく、彼らはいずれ知らないまま滅びてしまう。
「ええっと、ですね――」
ユウキはなるべく危機感を演出しないよう、柔らかく噛み砕いて説明した。
「なんてことだ……」
「もう、俺たちはおしまいだ」
「けっきょく滅びゆく運命なのさ」
絶望し、嘆き、諦めるなど様々だ。
「待ってくれ。もしかして君なら、我らを救えるのではないのか?」
クライドが縋るように迫ってきた。
「いや、私にそんな力は……」
残念ながら身体能力が異様に高いだけのお子様だ。
魔法を使えもしないのだから、賢者の術式メンテナンスなんてできるはずが――。
「キュキュ、キュゥ!」
「キューちゃん」
もしかして、この子ならなんとかできるのか?
キューちゃんはぱたりとその場に倒れた。「キュゥ~」と目をつむり、「キュゥ~、キュゥ……」と…………眠った?
いやぱっちり目を開けて起き上がると、「キュキュキュ!」と片耳をユウキに向けてくる。
「……私に、寝ろと?」
「キュキュキュ!」
「それでなんとかなる、と?」
「キュキュ! キュウ!」
「えぇ……」
寝て起きたら魔法が使えるようになるとでも言うのだろうか?
「じゃあまあ、寝てみるけど……」
いったい何が起きるのやら。不安の中クライドに案内されて、町一番の大きな家――彼の生家にユウキは赴くのだった。




