町の人たちはどんな方? 耳の長いあの人たちです。
急斜面をゴロゴロ転がっていくキューちゃんはどこか楽しそうだ。
盛り上がった岩にぶつかりポーンと跳ねても、キュッキュと喜んでいる。
(実はダメージを受けない体なのか?)
とはいえ限界はあるだろう。ユウキは斜面を駆け下りた。
途中でキューちゃんを拾い上げ、ずざざざーっと急停止。ちょうど急斜面が終わったところだった。
「まずはこの湖? を越えなければならないのか」
前方には大きな水たまり。上から見たところ火口の外周をぐるりと巡る、川というより湖と呼んで差し支えないだろう。
対岸まではざっくりと200メートルはある。
こちらは土が剥き出しだが、あちらは草がぼうぼう生えていた。
(寒い……やはり何かおかしいぞ、ここは)
湖を渡ると何かがあるのか、俄然興味が湧いてくる。
とはいえ、だ。
右を見ても左を見ても橋はかかっていない。上から見たときもそれらしきものは見当たらなかった。町の住人はどうやって出入りしているのか?
「泳ぐしかないか……?」
いかだでも作りたいが道具はなく、そもそもこちら側には材料が落ちていない。
水に飛びこむしかなさそうだが、この寒さだ。超人的な身体能力を持っていても心臓麻痺になってしまうかも。
「キュキュ、キュゥ~」
ぴょんとユウキの腕から飛び降りたキューちゃんが、湖へ向けて走っていく。そして、
「キュゥワッ!」
お得意の変身をしたわけだが、大きなタライ状に姿を変えた。赤い目は内側に、耳と足が外側に伸びている。
「……君に乗れ、と?」
「キュゥ」
ユウキは一抹の不安を抱きつつも、キューちゃんを水面に浮かべた。
「冷たくないか?」
「キュキュ!」
力強い返事が返ってきたので『大丈夫』と解釈する。
ユウキは恐る恐る上に乗った。浮いたままだ。
「キュキュキュー」
耳をパタパタ動かして、波も流れもない湖を進んでいく。
(なんて器用な、そして便利だ)
ただ姿を変えるだけと侮っていた自分を恥じるユウキ。きっと今までも、こうして助けられてきたのだろう。
ぱちゃぱちゃと進む中、ユウキは湖を覗いてみた。澄んだきれいな水だ。
「魚がいるな」
種類は知れないが、20センチほどの魚を何匹か確認した。
(水源はどうなっているんだろう?)
たしか急斜面のどこかに滝があって、どばどば水が流れていた。
しかしかなり標高のある山の頂だ。どういう理屈で大量の水が山の中を遡ってくるというのだろうか?
ユウキは腰のポーチに手を当てた。
(飲んでも補充される魔法の水筒がある世界だ。まあ、不思議ではないな)
見間違いでなければ高山の頂に滝があり、目の前には湖がある。疑ったところで意味はない。
それでも謎があれば知りたくなるもの。
ユウキは脳内の『町の住人に訊いてみたいリスト』に書き加えた。
「ん? ちょっと待て。なんだか、暖かくなってきたぞ」
対岸まで半ばを過ぎたとき、そう感じた。実際、吐く息が白くなっていない。
また『町の(以下略)』に加える項目が増えた。
どんぶらこ、とタライ状のキューちゃんは進み、何事もなく対岸までたどり着いた。
巨大魚に襲われなくてよかったなと安堵する。そんなのが生息しているかは知らないが。
「キューちゃん、お疲れさま」
元のふわもこ体型に戻ったキューちゃんは、ぶるぶるぶるっと身を震わせて水気を飛ばす。
町の住宅地まではおよそ10キロ。
トランク片手にふわもこ生物を頭にのせて、ユウキの胸丈の草を掻き分け走る。
びゅんびゅんスピードを増していった。
まったくもって疲れない。かなりの速さなのに余力があるのだから当然だが、車より早いのに余力があるのがまた不思議だ。
(もしかしたら、湖をジャンプして越えられたかもな)
あっという間に草原を抜け、木々の中へ突入する。森だ。
轍のある道があり、そこをびゅんびゅん駆けていく。
「キュ?」
「ん?」
キューちゃんが何かに気づくのと同時。ユウキもその音を聞いた。
カーン、コーンという音だ。
「誰かいるのかな?」
ユウキは音のする方向――道から外れて森の中へ飛びこんだ。
そうしてすぐに。
「ふむ。木を切っていたのか」
なんとなくそんな気がしていたが、若い男が斧を持って木の根元を打ちつけていた。
耳が尖っているのでエルフだろうか。
ともあれ第一町人の発見である。
彼以外にも開けたところで切り倒した大木をのこぎりで細かくしている男衆がいた。年齢は様々だが、こちらもみな耳が尖っている。
「すみません」
声をかけると、「ん?」と木を切っていた若者エルフがこちらを向いた。しばらく目をぱちくりさせて、
「だ、誰だお前は!?」
大きめの声に、切断作業中のエルフ男たちもこちらを向く。
「見かけない子どもだな」
「おい見ろ、耳が俺らと違うぞ」
「人族……でもないな」
「頭の上にいる妙なのはなんだ?」
「侵入者か!?」
最後の叫びに、全員が顔をこわばらせ、手にした斧やのこぎりを構えた。
(子ども相手だというのに、やたらと警戒しているな……)
ユウキとしては友好的に話を進めたい。下手に出て警戒心を解くのが最良と考えた。
「私は怪しい者ではありません。みなさんに手紙を届けに来ました」
トランクを下ろして両手を挙げる。
応じたのは一番近くにいた男性――ユウキが最初に声をかけた若者だ。
「手紙、だと……? 誰から誰にだ?」
「全部で20通ほどありまして、その中にはたしか――」
ユウキが記憶していた名前を告げると、エルフたちからどよめきが起こった。「うちの隣のじい様だ! その息子からだぞ!」とか叫んでいる。
「手紙を見せてくれないか」
表情が柔らかくなった気がする。
ユウキはトランクを開け、紙束を取り出して若者に渡した。
「たしかに、町から出ていった者たちの手紙だな。ここに住む者たち宛の……」
若者は宛名や差出人の名を確認するうち笑みを浮かべた。しかしどこか寂しそうな感じがする。
彼を含め、みなが安堵に肩の力を抜いた。
「失礼したね。ここは高山の頂に閉ざされた町。いくら子どもの姿でも、外からやってきた者にはどうしても警戒してしまうんだ」
「いえ、私もアポなしで訪れてすみませんでした」
「構わんさ。事前に了解など取れるところではないからね。すぐに町へ案内したいところだが、見てのとおり作業中でね。しばらく待ってもらえるかな」
若者はクライドと名乗った。
握手を求められたので、がっちりとその手を握る。ごつごつとして硬かった。
「ただ待っているだけでは退屈だろう。君には訊きたいことがあるし、話でもしようか」
「なら私にも手伝わせてください。この木を切ればいいんですよね?」
え? と面食らったクライドの横に歩み寄ったユウキは、片手の指をそろえてピンと伸ばし、大木の切り口へ目掛けて手刀を打ちこんだ。
「ほっ!」
シュバッ!
大木の根元が七割方ごっそり抉り取られ、バキバキと音を立てながら倒れてきた。
「おっと」
ユウキはそれを受け止める。なかなかに重いがさすが超人的身体能力だ。がっちりキャッチすると、木々を上手く避けながら、静かに地面に大木を下ろした。
「50センチ間隔に切り分ければいいんですかね?」
尋ねながら顔を向けると、
「なんだ今のは!?」
「手でこの大木を切り倒しただって!?」
「しかも一撃でだと!」
みなさん、たいそう驚いていらっしゃいました――。
次回、火口の町の秘密が明らかに。