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火口の町までお代はいくら? いいってことよ、と微笑んで。


 唐突に現れた、えっちな衣装でえっちな体つきの全身真っ白なお姉さん。唯一、純真無垢なる瞳が、赤く妖艶な光を帯びていた。


 肉体的には思春期に入りたてのユウキは前かがみになる。ドギマギする彼の心中を知ってか知らずか、


「キュゥ!」

「ッ!?」


 キューちゃんは唐突に抱き着いてきた。

 むにゅりと! 胸が!


(待って息ができない!?)


 どうにかこうにか引き剥がす。

 力は圧倒的に上なのに、心に巣くう思春期男子の劣情が邪魔をした。


「と、ともかく、人に変化できるなら、動物を連れて入れないところにも行ける……かな?」


 他の有用性にまったく見当がつかない。

 いやホント、いかがわしい想像は浮かぶたびに首を振って外へ追いやったので。


「キュウ?」


 そんな純粋な瞳で見ないで。いくらなんでも大切な仲間に対して邪な妄想を抱きたくない。


「しかし、そうか。トランクに入っていた女物の下着は……」


 女体化したキューちゃんのものである可能性が浮上した。

 とはいえ、サイズがどうとかを確認するのは後回しだ。屋外で着替えさせるなんて仲間に対して失礼すぎる。


「他に何か君の能力……いや、今はいいか。すまなかったね。元に戻ってくれないか」


 えっちなバニーより破壊力があるものを想像できないが、想像を超えた能力が明らかになると思春期ハートにダメージを負いかねない。


「キュキュ」


 キューちゃんは一瞬にして元のふわもこな小動物に戻った。


(ああ、安心する……)


 名残惜しさがないとは言えないが、もふもふな感じは見ているだけで癒された。

 ともあれ。


「先を急ごうか。火口付近へ行けば町があって人が住んでいるのは確定しているようだし」


 山頂は霞がかかってどれだけの距離あるかはわからない。のんびりしては陽が暮れてしまう。

 装備がほとんどない中で野宿するのは嫌だった。


 ユウキは放っておいたトランクに駆け寄って持ち上げた。

 キューちゃんがペタペタと付いてきて、さあ出発だと気合を入れたところで。


「キュキュキュ!」


 またも彼女(でいいはず)が危機をお知らせしてきた(と思われる)。


「さっきの鳥か?」


 上を向いても何もいない。雲ひとつない青空だ。しかし、その直後。


 ゴゴゴゴゴ……。


 大地が揺れた。


「えっ、もしかして噴火?」


 火山で地震とくればそれを疑ってしまうもの。

 大地の鳴動はさらに大きくなり、揺れも併せて強くなる。


「えっ、待って。地面が、せり上がっている!?」


 視界がぐらんぐらん揺れながら、もりっと高くなっていた。

 ユウキたちを中心に、岩やら土やらがずり落ちていく。


「キューちゃん!」


 転がりそうになったふわもこを片手でつかむ。抱き上げ、揺れる地面にバランスを崩しそうになるのを両足で耐えた。


 鳴動する音はやがて静まった。

 ユウキたちの周囲はまるで亀の甲羅のような、前後で二十メートルはある楕円をドーム状にした感じになっていた。


 ぬっと、前方に大きな塊が現れる。

 長い首のようなものが持ち上がり、のそーっとその先端部分がユウキたちに向いた。


(亀だこれ……)


 しわくちゃの顔に眠そうな目。じっとユウキたちを見つめている。

 ユウキたちが立っている場所は、『亀の甲羅のような』どころかそのものだったらしい。


「私たちは怪しい者ではない。君は、何者なのかな?」


 これだけ巨大な亀だ。先ほどの巨怪鳥のように意思疎通を期待した。弱者と思われないよう、それでいてフレンドリーに笑みを浮かべる。


「ゥォワァアアアァァ……」


 しかし盛大にあくびをしたのみで、巨大亀は直接頭に何も響かせない。

 言葉が通じているかいまいち不明だが、ユウキはめげずに語りかける。


「私たちは火口の町ムスベルを目指している。場所を知っていたら教えてほしい」


 巨大亀はゆぅーっくり一度瞬きしたのち、顔をこれまたゆぅーっくり斜め前方へ向けた。

 山頂からはズレた位置に町があるのだろうか、と考えた直後。


 巨大亀は静かに頭を下ろし、あーんと大口を開けて、


 バギンッ! バリボリ、バギン。


(岩を、食べている……)


 さすがは異世界。大きさだけでなく食性まで不思議生物である。


(しかし意思疎通は叶わなかったか)


 肉食ではないらしいので襲われる心配がないだけマシか。

 飛び降りて先を急ごうとの結論に達したところ。


 ぐらりと、足元が揺れた。

 巨大亀がのそりと動いたのだ。


 下手に飛び降りて踏みつぶされてはたまらない。自分は大丈夫かもしれないが、キューちゃんはたぶんぺちゃんこになる。


 降りるタイミングを見計らっていると、亀がまっすぐ山頂へ向かっているのに気づいた。


「もしかして、私たちを運んでくれるのか?」


「ゥォアアァァ……」


 あくびみたいな返事はどう捉えるべきなのか?

 様子を見るうち、巨大亀は霞の中に入っていった。おそらくは雲の中だろう。濃霧でまったく前が見えない。


 巨大亀はゆっくりした足取りながら、巨大さゆえに歩幅が大きく自動車くらいのスピードで進んでいく。

 ぐらんぐらん揺れて乗り心地はよくないものの、日本人であった前世の記憶しかないユウキは心躍らせていた。遊園地のアトラクションみたいで楽しい!


 キューちゃんをもふもふしていると、やがて霧が晴れて蒼天が広がる。


「おおっ、山頂か」


 登り坂の先が水平に切れていた。

 気持ち巨大亀の速度が上がった気がする。のっそりのっそり亀は進んでいき、止まった。


 地面と空の切れ目へ首を伸ばし、向こう側を覗いている。


「キュキュキュ♪」


 キューちゃんがユウキの胸からぴょんと飛び降りた。楽しげにぺたぺた駆けていき、長い首から頭の上に登る。

 ユウキも後に続き、ちょっと申し訳ないと思いつつも巨大亀の頭頂部に立った。


「これは、すごいな……」


 先ほど山の中腹から見下ろす広大な森の海にも驚いたが、今回もまた彼の前世ではお目にかかったことのない絶景だった。


 急斜面にぐるりと囲まれた、広大な盆地だ。直径が30キロはある、ほぼ円形の大地。

 周囲は湖になっていて、左手方向の急斜面に滝があってどばどば水が流れている。

 湖の内側は起伏がほとんどなく、森や草原、区画整理されたらしい畑もあった。中央には無数の家屋が点在している。


「ここはかなり高い山の山頂だよな……?」


 実際、身震いするほど寒い。

 しかし眼下に広がる景色は穏やかな気候の田舎町といった風だ。


「おっ?」


 巨大亀が首を下に向けた。


「おおっ!?」


 続けてこれまでとはうってかわり、機敏に頭を持ち上げた。


 ぽーんと放り出されるユウキとキューちゃん。


「なんで!?」


 落下しながら巨大亀を見やれば、『礼はいいってことよ』とでも言わんばかりの微笑みをたたえていた。


「最後はちょっと乱暴じゃないかな!? でもまあ、運んでくれてありがとう!」


 ユウキは急斜面にしゅたっと着地。そのまま滑り降りる。

 そしてキューちゃんは、


「キュキュキュキュ~♪」


 ユウキの心配をよそに、実に楽しそうにゴロゴロと斜面を転がり落ちていた――。



次回、火口の町の人たちに会いますよー。


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