神獣がなんですと? えっちなバニーが現れた!
横っ面を蹴られた巨怪鳥は吹っ飛ばされ、ずざざーっと地面を擦ってのち、ゴロゴロ転がる。
ユウキはすたっと着地して、その様を呆然と眺めていた。
(なんだ、このパワーは……?)
子どもだとか大人だとかを超越した、マンガやアニメに出てくるようなヒーローばりの身体能力が自分にはある、のか?
ユウキは足元にあった小石を拾い上げて握った。
ぎゅぎゅぅっと力をこめると、
バギンッ!
小石が砕けてしまったではないか。
「すご……」
他人事のようにつぶやくも、なんとなく実感が湧き上がってきた。
実のところ、巨怪鳥を蹴りつける際に妙な感覚があったのだ。
(なんとなくだが、『思いきり蹴り飛ばしてはダメだ』との警告が脳裏をよぎった気がした……)
そのためユウキは緊急事態にもかかわらず、わりと冷静に手加減した。心持ち、巨怪鳥の進行方向をちょっとずらすくらいに。
結果的には吹っ飛ばしてしまったのだが、思い切りやっていたら頭を砕いていたように思う。
当の巨怪鳥はよろよろと立ち上がった。
頭はぐらんぐらん揺れているようだが、獲物を射殺さんとする鋭い眼差しはそのままだ。
(まだ戦る気のようだな……)
戦いとなれば殺すか殺されるかの死闘になるだろう。
(キッチンを我が物顔で走るGは躊躇いなく叩きつぶす私だが、アパートの共用廊下で哀愁を背に急ぐGをわざわざ追いかけたりはしない)
相手が(サイズはともかく)脊椎動物であるなら、殺傷沙汰のハードルはぐんと上がる。半透明ごみ袋を破って中身をまき散らすカラスだって、生きるために必死なのだから。
「蹴り飛ばしたことは謝ろう。しかし私も仲間を助けたいがために仕方なくであったのは理解してもらいたい」
魔物が人語を解するとは思えない。
だからこれは、『交渉したが向こうが襲ってきたのだから仕方がない』と自身へ言い訳するためだ。
『その物言い。もしやそなた、手加減したのか?』
「頭の中に直接!?」
声が響いた。
『何を不思議がる? 会話できると知って話しかけたのではないのか?』
「いやまあその……久しぶりだったのですこし驚いただけだ」
交渉事で下に見られたら負け。今は対等であると示さなければならない。だからハッタリはかますし敬語も使わない。
『それで? そなたはなにゆえあって我の縄張りに侵入したのか』
「君の縄張りだとは知らなかった。私は山頂付近にあるらしい町へ行きたいだけだ。荒らすつもりはない」
毅然と応じているが、ユウキは内心ドキドキしていた。
人を超越したパワーを持つとわかりはしたが、殺し合いをできるほどの度胸がない。なんとか戦闘を回避したいところだ。
『ふむ……火口の町へか。彼奴らと我は相容れぬ。それも知らぬ様子ではあるが、だからといって簡単に通すわけにはいかぬな』
なんと。この巨怪鳥は向かう先と敵対関係にあるらしい。
「いやその……私は手紙を届けるだけで、彼らと仲良しというわけではない、と思う」
『どうにもはっきりせぬ奴だな。やはりそなた、我を討伐せしめんと彼奴らに雇われたのではないのか?』
「違う!」
たぶん。忘れているだけかもしれないが、今はそんな依頼をされても断る自信があった。すでに対価を受け取っていたら返してもいい。
「私は無用な殺生を好まない。しかし君があくまで私たちを襲うというのなら仕方がない。私も私と仲間の身を守るため、戦わざるを得ないな」
一度は言ってみたかったセリフをまさか本当に使う機会があろうとは。
『仲間……。もしや、そこの珍妙な生き物か?』
巨怪鳥はぎょろりと目玉を動かしキューちゃんを睨む。キューちゃんはいつの間にか元のサイズに戻っていた。
(どうやら、この魔物もキューちゃんがどんな種類か知らないらしいな)
魔物には生息域があり、被らない種は知らなくて当然か。
と、キューちゃんがたったかと巨怪鳥の前に進み出た。
「キュキュ、キューキュキュキュゥ」
『ほう? よくよく見れば、神獣のなれの果てか。面白いものを連れている』
待って。神獣なに?
『そしてそなたは……そうか、我が言葉を解するゆえ只人ではないと感じていたが、御使いの者であったか』
ホントに待って。誰の使いとおっしゃいます?
「キューちゃんの言葉がわかるのか?」
『いや、さっぱりわからぬ』
どういうことだってばよ?
『こやつもそなたも、その正体は雰囲気でわかるものよ。神獣ならば我など足元にも及ばぬ強大な力を持っていたろうな。それが何らかの理由で失われ、このような小動物じみた姿になったのだろう。体の大きさを変化させたのは、かつて持っていた力のほんの一端にすぎぬ』
どのような神獣だったか、詳しいことは巨怪鳥にもわからないそうだ。
『神獣を連れた只人ならぬ者なら、我が縄張りを荒らさぬとの言葉を信じよう』
巨怪鳥は翼をばさり。ふわりと宙に浮くと、
『しかし彼奴らとともに我が前に現れたならそのときは、我も真なる力で応じると知れ』
そんな忠告を残し、ばさばさーっと遥か彼方へ飛んでいった。
「いろいろこの世界のことを聞きたかったのだが……」
そのためには記憶を失くし、代わりに前世の記憶が流れ込んできたことも含め、諸々明かす気でもあったが後の祭りだ。
ともあれ、危機は去った。
人を超越した身体能力があることも判明し、他の魔物に目を付けられたら走って逃げるのも可能だと安堵する。
「ところで……」
ユウキはたったかやってきた白いふわもこの生物を見やる。
「君は、神獣だったのか」
神獣が何かは実のところよくわかっていないが、『神』を冠する獣ならものすごい生物に違いない。
キューちゃんは小首(というか体全体)を横に傾けた。
「わかってない!?」
「キュ?」
どうやらキューちゃんも自らの素性を知らない様子。
「でも大きくなれる自覚はあったのだろう? 他に何かできることは?」
そこから神獣のなんたるかを知るヒントを探るのだ。
キューちゃんはつぶらな眼を閉じて考える。この状態だと耳はさておき綿毛のようだ。
「キュッ! キュゥゥ…………キュワワ!」
カッと赤い目を見開き、愛らしく鳴いた直後。
ポンッ。(実際に音が出たわけではない)
一瞬にしてその姿が変わった。今度は大きさだけでなく、これはまるで――。
「エロいねーちゃん!?」
人だ。白いウサ耳はそのままに、白く長い髪と透き通るような白い肌の、若く美しいほぼ真っ白な女性だった。
ボンキュッボンなわがままボディを包むのは、ふわもこな白いバニーガール衣装。お尻には丸い尻尾がある。足は元の姿と同じくつぶれた餅みたいではあるが。
「ひ、人型にも、変身できるのか……」
「キュキュ、キュゥ!」
あ、言葉はしゃべれないのね。ちょっと冷静になるユウキだった――。
次回、あの衣類の謎が明かされない。そしてついに火口へ到着です!