不死の獣はどう倒す? キューちゃん、君だったのか……かつて魔王に挑んだのは。
「神獣……?」
火山を守護する巨怪鳥を思い出す。
「あ、でもワシが完全体じゃったら滅することもできるんじゃからね。今だと攻撃がちょこっと通りにくいだけじゃし。ホントじゃし」
「つまり、私も神性がないから攻撃しても無駄なのか」
自身が神に連なる者だと自惚れてはいないが、すこし残念な気持ちになる。
「そりゃオマエ、どちらかといえばワシの側じゃしな」
「君の、側……? それはつまり、君も私も魔族とかそんな感じの種族なのか?」
耳の形状が同じであるから、同じ種族かもしれないとの疑念はあった。
今さらのように尋ねてみたものの。
「ワシをあんなちゃっちい種族と一緒にするな!」
なぜだか怒られた。
「では、君はどんな種族なのだ?」
「知らぬ」
えっへんと得意げな顔になったルシフェにイラっとする。
「ま、オマエはワシとも微妙に異なる。ワシこそ唯一の魔王であるからな」
彼女から自身の正体は知れない。確信めいた直感に落胆している場合ではなかった。
「おい、呆けておらんと避けんか」
今度は三つの頭が迫ってきた。
冷気を吹きかけ、大口が直接襲ってくるのを掻いくぐり、対応策を考える。
「我らに敵意はない。話し合えないだろうか?」
イビル・ホークは神獣に昇華する前から話ができていたが、八つ首の巨大蛇は何も応えない。
このままでは、いずれ町にも被害が及ぶ。
「さて、どうしたものかな……」
ユウキのつぶやきに、ルシフェが呆れたように言った。
「オマエに神性はないが、アレを倒せんこともない。神性でなければすごーく通じにくいだけで、まったく攻撃が通らんわけではないからの」
「つまりどうすればいい?」
あまり期待せず尋ねてみると、ルシフェはまたも呆れたように、
「本気を出せばええだけじゃろ」
しれっと言い放った。
「なんでオマエ、本気を出さんのじゃ? 出せん理由でもあるのか?」
本気を出していないと言われれば、そうだと思う。
指摘されるまで無自覚だったが、考えてみればその理由も知れた。
(神性なしであれほどの巨大獣を倒しきるとなると、とてつもない力が必要な気がする……)
辺り一帯が更地になり、町をも巻きこんでしまいかねないとの直感が働いたのだ。
(なんとなくだが、これは自惚れではないと思う)
いまだ思い出せない記憶の奥底から、警告されている気がしてならなかった。
しかし八つ首の魔獣あらため神獣をどうにかしなければならないのも事実。
「問答無用で襲いかかったのは謝ろう。だからどうか、話し合いに応じてほしい」
呼びかけてもやはり、八つ首の巨大蛇は無言を貫く。
このままでは、いずれ町にも被害が及ぶ。
どうすべきか思案していたユウキの腕から、
「キュキュ」
キューちゃんが飛び出した。そして――。
「キュゥ……キュワッチ!」
「キュワッチ?」
今までにないパターンの鳴き声を発すると、ぴかっと白い体が光り輝き、
「変身、した……?」
ふわもこな体躯がこれまた今までにない形状に変化したではないか。
光あふれるその形状は、
「白銀の、剣……」
「なんとびっくり! そしてにっくき。神性宿す『聖剣』ではないか!」
ルシフェの声に、ユウキもまたびっくりする。
しかし剣と化したキューちゃんに大口が迫っていたため、慌てて剣に肉薄し、その柄を握った。
ばぐんと食いついたところをひらりと躱し、上空で白く輝く刀身を見つめる。
「それでワシをちくっとするのはやめてよね。たぶんじゃけど、昔ワシんとこへきた勇者が持っておったモノじゃ。アレ痛かったわー。マジ死ぬかと思ったわー。でも返り討ちにしてやったがの。うわはははっ!」
ルシフェの記憶が曖昧なので言葉の真義はさておき、光あふれる剣からは背筋が震えるほどの力を感じるのは確かだ。
それでいて体の内がじんわりあたたかくなるような、ぬくもりが感じられた。
(キューちゃん、君はいったい……)
ある者は『神獣のなれの果て』と表現し、人にまで化ける変身能力を持つ生き物。
そして今度は『聖剣』との疑惑が持ち上がった。
その正体に俄然興味が湧く一方、こんな不思議生物を連れ歩いている自分は何者なのか、との疑念がさらに膨らんだ。
とはいえ、今はそれを探る場合ではない。
キシャーッと大口を開ける、いくつもの巨大蛇の頭。
あちこちから冷気が噴き出され、ユウキは空中で螺旋を描き避けまくる。
「目ぇーがぁーまぁーわぁーるぅーっ」
極めて高い反射能力で躱すものの、自身ではなく魔法具を用いた飛行はもどかしさが強かった。
理想とする動きには程遠いのだ。
聖剣での攻撃が通じるのか試したくとも、なかなか近寄らせてくれない。
(……そういえば、この剣を手にしてから冷気の攻撃に終始しているな)
鋭い牙で噛みつこうとはしてこなかった。
(キューちゃんを恐れている?)
神性を宿す聖剣だと、八つ首の巨大蛇は警戒しているのかもしれない。ならば――。
ユウキは山肌に取りついた。風をまといつつ斜面をかける。凍える息吹がいくつもユウキへ吹きかけられるも、空中にいたときよりも速く反応できた。
ダンッ、と強く絶壁を蹴る。
音の壁を破り、首のひとつに狙いを定めて剣を振るった。
ズシャッ!
刀身の長さでは鱗を裂くのがやっとだと思えたのに、光り輝く聖剣は物の見事に太い首を両断した。
ぼとりと長い首が地に落ちる。舌を伸ばして苦しそうにのたうち回る頭部はしかし、さっきのように空気に溶けることはない。
絶たれて残った首が慌てて地面に伸びていく。断面を合わせるも、くっつくことはなく。
(石化した?)
地に落ちた頭と首部分が動きを止め、灰色に変じていった。
「うっひょぉ♪ やるではないか男ユウキよ。効いておる。あやつめにオマエの攻撃は効いておるぞ。そしてワシ、目が回って気持ち悪いの……うぷっ」
「吐くなよ?」
「う、うむ。しかしのんびりはしておられぬ。いずれ首は再生しよう。というわけで、じゃんじゃかすべての首を落とすがよい。それであやつは死ぬ。きっとな」
正直なところ、そこまでしなくても倒せる気がした。
残った七つの首は取り乱したようにユウキへ冷気を浴びせてくる。
ユウキはときおり山肌から離れ、剣で斬りつけていった。二本、三本と首が落とされる。
「あと何本じゃぁ? はよう終わってくれぇい……」
八つのうち半分の首を刎ね飛ばした。
目を回すルシフェの体力も残りわずかのようだ。
だが、残る四本すべてを斬り落とす必要はない。
(あれか……)
ほぼ垂直の絶壁を駆けながら観察するに、一本だけ積極的に攻撃しつつも他の首に隠れている様子だと気づいた。
いくつかある八つ首の巨大蛇の伝承の中で、『一本だけ斬り落とせなかった』との話があったのを思い出す。
特殊な一本が存在し、それはおそらく『本体』と呼べるものではないか?
(ならば、アレを斬り落とせば――)
戦いは終わる。魔獣のごとき神獣の『死』をもって。
ユウキはここだとばかりに絶壁を蹴りつけ、風を操り縫うようにして三本の首の隙間を翔け抜けた。
狙いを定めた一本が仰け反り、冷気の塊を撃ち放つ。
「はっ!」
それを闘気で粉砕し、聖剣を握った腕を引き絞った――。