頭がひとつだけですか? ちゃんと八つありました。
「ふはははは! ようやく出てきおったか偽魔王め。不敬極まるそのそっ首、真なる魔王が跳ね飛ばしてくれるわ!」
ルシフェが喜び勇んで駆け出した。
「だからアレは魔王を自称してはいないと――」
呼び止める間もなくルシフェは部屋を飛び出す。
不死との伝承がある相手だ。彼女一人に任せきりというわけにはいかなかった。
ユウキが後を追おうとしたとき。
くいくい。
「ん? キューちゃん、どうかしたのか?」
ウサ耳で器用にユウキの服を引っ張るキューちゃんは、「キュキュキュ」と何かを訴えている。
「……連れて行け、と?」
「キュキュ」
「しかし激しい戦いになるかもしれない。そこへ君を連れて行くのは……」
キューちゃんは戦闘能力が高くない、と思う。防御力に関しても未知数だ。
しかしつぶらな瞳が真摯に見つめてきて、ユウキはふわもこの生物を胸に抱えた。
「私からは離れないようにね」
言って、ユウキは窓の外へ飛び出す。そのまま空を飛べる魔法のマントで空を翔け、ルシフェを追いかけた――。
ライモンや盗賊たちが根城にしていた洞窟へ向かうと。
「ぶわははははっ! つっかえとる。ものの見事に頭のひとつがつっかえておるわ!」
ルシフェが指を差して笑う先には、洞窟からにょっきり伸びる蛇頭。
赤みがかった茶系の色をしていて、黒っぽい斑紋が浮かんでいる。真っ赤な舌は先端が二又になり、ちろちろと震えていた。
頭だけでも五メートル近い。洞窟を崩して首部分が七、八メートルほど出てきてはいるが、ルシフェの言葉のとおりにつっかえているのか、それ以上は出てこない。
「ぷくく、哀れよのう。これもう楽勝じゃん? 早速そっ首を刎ねさせてもらうかの」
ルシフェがたったか回りこもうとしたところで。
パカッ。大口が開く。
ブフォーッ。凍える息吹が吐き出された。
かちんこちんに凍ったルシフェがぱたりと倒れる。
「油断しすぎだ!」
絶叫と同時。
バリンッ!
ルシフェは氷を砕いて立ち上がった。
「やだ男ユウキったら見てたの? 今のは違うんじゃよ? わざと。相手の力量をみてやろうと思うてな。うん、嘘。マジ油断してた。ええい、ワシに恥をかかせおって!」
再びたったか回りこみ、ギラリと赤い瞳を光らせたかと思うと。
「真なる魔王の手にかかって死ぬことを誉れとせよ!」
ずびゅんと風の刃を生み出した。
スパッときれいに巨大蛇の首が刎ね落ちる。
「つまらぬ。まるで手応えがないではないか。いやワシが強すぎたのじゃな。ふふふ、完全復活せずともこのとおりよ。見たか男ユウキよ! 惚れてもええんじゃぞ?」
カラカラと哄笑を上げるルシフェの目の前では、落とされた巨大蛇の首がしゅわしゅわと空気に溶けていき、
「生えた!?」
斬られたところから巨大な頭が生えてきた。
「不死との伝承があるのだ。そう簡単に倒せるとは思えない」
「おのれ、一度ならず二度までもワシに恥をかかせおって」
ぐぬぬと悔しそうなルシフェは再び巨大蛇の正面に回った。
しかしまたもブフォーッと凍える息吹を浴び、かちんこちんになった。
ユウキは上空から諭すように言う。
「まだ封印が完全に解けてはいないようだ。今のうちに対策を――おいルシフェ、何をしようとしている?」
ルシフェは氷を破くと、両手を天に掲げた。
ぼわっと虚空に炎が生まれる。炎は球体を形作り、どんどん大きくなっていった。
王都でも似たようなことをしていたが、そのとき以上の超巨大な火炎球は直径で十メートルを超えた。
「斬ってダメなら跡形もなく消し去ってやるわ! 氷も解かす炎でな! ワシって頭いい~♪」
「待て! そんなことをしたら――」
「滅せよ!」
ユウキの止める声にも構わず、ルシフェは巨大火炎球を撃ち放った。
爆音が大地を揺るがし、突風を呼んだ。
砲弾じみたがれきが飛散するのを、ユウキは闘気を盾にしてやり過ごす。
やがて風がやみ、塵埃が治まると、絶壁が崩れてがれきが小さな山のように積みあがっていた。
ルシフェはその様を満足げに眺め、
「ぱたり」
前のめりに倒れた。
「お、おい。大丈夫か?」
心配になって彼女の傍らに降りる。
ぐぅ~、きゅるるるるぅ……。
「お腹、減ったの……」
「朝からもりもり食べていなかったか?」
「魔力をたくさん使えば腹が減る。当然じゃな」
理屈はわかるが、燃費が悪いようにユウキは感じた。
「ともあれ偽魔王は滅した。ゆえに帰ってご飯をたくさん食べるのじゃ。でも動けんから連れてってほしいな」
「ああ、そうしたくはあるのだがね。残念ながら――」
ボコ、ボココ、と。
山積みになったがれきが胎動する。
「滅するどころか、完全復活をさせてしまったようだ」
ユウキはキューちゃんを片方の腕で抱え、空いた手でルシフェの首根っこをつかんで舞い上がった。
「ワシ、猫の子じゃないんじゃが?」
不満を漏らすも、ルシフェは眼下の異常に目を見開いた。
がれきが弾け飛ぶ。
ユウキは飛散するがれきを避けながら、同じくそこを見据えた。
巨大な蛇の頭は計八つ。
それらが体躯の中ほどでひとつに合わさり、極太の胴体となっていた。
八つ首の超巨大蛇が、その姿を現したのだ。
「なんで死んどらんの?」
「不死との伝承もあるだろうが、首がひとつ出ていただけだったからな。君の魔法で封印の術式が破壊され、全容が現れたのだろうよ」
「むぅ……むむ?」
ルシフェが小首を傾げる。
そちらに注意を向けたユウキに、蛇の頭のひとつが襲いかかってきた。伸びる首、迫る大口。
凍える息吹が吐き出されれば避けきれない。両手もふさがっている。
「はあっ!」
ユウキは闘気を片足にこめ、思いきり蹴り上げた。
爪先から闘気が伸びて刃と化す。巨大蛇の頭がズバッと縦に割れた。
「オマエ、闘気の扱いが独特じゃな」
「今のが何か知っているのか?」
「魔法とは体系の異なる術じゃ。魔力ではなく精神力をこねこねして放出するものじゃが、剣のように扱うのは初めて見たわ」
ただ、これも効いてはいない。
巨大蛇は首から頭にかけてびろーんと二又に分かれたものの、ぐいんと元の位置に戻ると、切断面がぴったりとくっついた。
「ふむ。なるほどのう。アヤツめ、魔ではなく神なる者じゃったか」
「どういうことだ?」
「要するに神獣よ。ゆえに『神性』を持つ攻撃でなければ傷つけることが難しい」
なんと魔獣だと思っていた巨大蛇は、神の側たる神獣だったらしい――。