封じられたのはどなたです? おとぎ話によりますと――
大地が上下に振動する。しかしすぐにそれは治まり、静寂が訪れた。
「今のなんじゃったの?」
ルシフェが小首を傾げる。
「わからない。ただ――」
ユウキは内部の状況を説明した。
「ふむ。よくわからんが、その黒い妙なもんがワシを差し置いて〝魔王〟を騙る不敬者じゃな」
「いや、そいつが魔王を自称したわけでは――」
「うわははは! 痴れ者めが。正真正銘、混ぜ物ナシの真なる魔王の力を見せてくれよう!」
ルシフェは止める間もなく、びゅーんと洞窟の中へ飛びこんでいった。
「なんかうねっとるぅ~!」
しかしすぐさまぴゅーんと戻ってきた。
「なにアレ!? 悪魔的水棲生物の脚みたいなのがうにゅうにょ動いとったんじゃが? じゃが!?」
「……触手系が苦手なのか?」
「いかに男ユウキといえど聞き捨てならんな。ワシを誰と心得る!」
「『闇を統べ混沌を吐く〝災厄の魔王〟』だったか」
「正解! 褒美に干し肉をくれてやろう。それちょっと硬くてなー、ワシの口にはなー」
どこから取り出したのか、干し肉を押しつけられるユウキ。
話を逸らされたのかと思ったが、ルシフェは平然と話を戻す。
「よいか男ユウキよ、ワシはウニョウニョしたりヌメヌメしたりするのが苦手なのではない。めちゃくちゃ気持ち悪くて関わりたくないだけじゃ」
「それを苦手というのでは?」
「そなの? じゃあ苦手ってことで」
わりと素直な自称魔王。
「それでルシフェ、アレが何かわかるか? そして今どんな状況にあるのか」
儀式で呼び出そうとしたライモンは気絶しているので、ルシフェに尋ねた。
「どっかで感じた魔力のような気がするのじゃが忘れた。そして状況は、説明が難しいのう。言うなれば『トイレですっきりしていざ出ようとしたらカギが壊れておったからパニクってドアに体当たりをしておる』というところかの」
わりとわかりやすかった。ただ比喩としてはどうなんだろう? と思いつつも言及はせず。
「ではいずれドアを破壊して出てくる、ということか」
「そうじゃな。出てきたところをメタクソにしてやるか!」
「それより封印をやり直したほうがいいのではないか?」
「封じる系の魔法は知らぬワシ。やっつければよかろうなのじゃ!」
ユウキは考える。はたして自分でも封印できるだろうか?
封印が解けたとして戦いが避けられるならそうしたいが、どう転ぶかわからない以上、今やるべきはひとつ。
「戦闘になればみなの命にかかわる。ここに留まってはいられないな。一度町へ戻ろう」
ルシフェが魔法的に拘束した盗賊たちを引きずり、ユウキは助けた女性たちを誘導して、町へと戻った。
最初に訪ねた宿の食堂に集まる。
町長たちに事情を説明し、ライモンや盗賊たちはルシフェの魔法的拘束はそのままに、ロープでぐるぐる巻きにした。
まだライモンとデボエは目覚めない。
ユウキは手鏡を取り出し、通信魔法を起動した。呼びかけてしばらく、手鏡の中に少女の顔が映し出される。
『ユウキ様? どうかなさいまして?』
興味津々でユウキの背後にいた町長ケールやその息子テオドワがぎょっとする。
なにせ手鏡に映っているのはこの国の王女、マリアネッタなのだ。
「実はな――」
ユウキは状況を説明する。
『な、なるほど。ユウキ様は、すでに王都を離れていたのですわね』
しょんぼりするマリアネッタだが、気を取り直して表情を引き締める。
『千年祭で王都以外の警備が手薄な隙をつかれましたわね。我が国の民を救ってくださり、父王に代わり感謝の意を述べさせていただきますわ』
ぺこりと頭を下げたマリアネッタは続ける。
『さっそく兵を送り、犯罪者どもを引き取ります。しかし……』
「ああ、まだ魔獣とやらの問題が残っている」
今もときおり地面が微かに揺れていた。封印が解かれかけているのだ。
「その魔獣がどういったものか、君に心当たりはないか?」
『そうですわね……。この国には各所に強大な力を持つ魔獣が眠っているとの伝説はありますの。その地域に関わり、かつ有名なところで言えば『八つ首の大蛇』でしょうか』
「ヒュドラ……」
ユウキの背後で聞き耳を立てていたケールがつぶやく。
「ケールさん、何か知っているのですか?」
「い、いえ。どこにでもあるおとぎ話です。この町にも古くから、山間の底に八つの首を持つ巨大蛇――ヒュドラが封じられているとの物語が伝わっています」
『王宮図書館の資料でも伝説の域を出ないお話ですわね』
マリアネッタの補足からも、信憑性は低い言い伝えのようだ。
しかし現実に、何かしらの魔獣が封じられていて、それを呼び出そうとした者がいる。
「ケールさん、そのおとぎ話では、どのようにして魔獣を封じたのでしょう?」
「一人の勇者がヒュドラに酒を飲ませて眠らせ、首をひとつずつ斬り落としたのだとか。しかし滅することはできませんでしたので、何かしらの術をもって封じた、と伝えられています」
『その辺りは各地の伝承で差がありますわね。八つの首のうちひとつはどうやっても斬れなかったため、七つを斬り落として弱ったところを封印した、などですわ』
「……不死の大蛇か。そしていずれの伝承でも、肝心な封印のやり方が不確かとはな」
ケールもマリアネッタも困った顔になる。
だがルシフェがカラカラと笑う。
「不老はあっても不死などあり得ぬのが世の常識じゃ。そも〝魔〟を冠する獣なんぞ、魔王たるワシに倒せぬ道理ナシ。余裕ヨユウ~」
ユウキもおおむね同意見だった。
彼女が倒せるかどうかはさておき、『不死』なる存在がいるとは考えにくい。
火山の町を守っていたイビル・ホークのように、長命ではあっても死なない相手がいてたまるものか。何かしら『弱点』があってしかるべきだ。
ユウキはいまだ気絶している青年を見た。
ライモンは魔獣の力を得ようと画策していた節がある。封印された魔獣の何たるかを知っている可能性は大いにあった。
(とはいえ、あまり期待はできないがな)
なにせ彼自身も生贄認定されていたのだ。儀式が途中だったのを考慮しても、彼が魔獣の秘密を正しく得ていたかは期待薄。
それでも、たたき起こして訊き出そうと考えたそのとき。
ズズーンッ!
ひと際大きな地鳴りと共に、建物全体が大きく震えた。
「む? 出てきおったわ」
ルシフェが赤い瞳をギラつかせて舌なめずりする。
魔獣が、封印を解いたのだ――。