何を企んでおいでです? 魔王はまるっとお見通し(ではない)。
徹夜していたので入眠は早かった。しかし寝てすぐ起こされるのはとても辛い。しかも今日は二回目だ。
「ありがとう、キューちゃん」
「キュキュゥ……」
心配そうな顔をしているこの白い生き物は、ユウキの鼻と口をふさいで起こしたのである。それほどまでしないと起きなかったのだが。
頭がぼーっとしているがもうすこしの辛抱だ。もうすぐ、この茶番も終わる。
ユウキはこっそりルシフェを呼び出し、焼いた肉を与えた。
もぐもぐ食べる彼女に耳打ちする。
「また妙なことを頼むのじゃなあ。ま、肉を供された以上、オマエの指示にしたがってやろう。ワシって寛大」
「ああ、頼むよ。では、くれぐれも見つからないようにな」
最後に念を押し、ユウキはその場を離れるのだった――。
くすんだ金髪をした若い女が、食堂で黙々と作業していた。
隣にいた男が小声で尋ねる。
「おいデボエ、あのガキどもはなんだよ? この場合ってどうすりゃいいんだ?」
女――デボエはぎろりと男をにらむ。
「問題ないわ。あちらの準備はもう終わるころだもの。だからこんなつまらない作業は今日で最後よ」
男と、もう一人そばで聞いていた別の男も喜色を浮かべる。
「ようやくかよ。へへ、これで太古のお宝は俺たちのもの……」
「あんたら二人と俺らで山分けってのは気に食わねえが、それでも大金だ。千年祭で遊びまくってやるぜ」
デボエは表情を変えずに鼻で笑うも、
(いやいやいや! なんなのよあの子どもは!? 飛翔魔法ですって? 冗談じゃないわ!)
内心では焦りまくっていた。
空を飛ぶ。それだけでとんでもない魔導士なのは確定だ。
町長たちと何を話していたか知らないが、きっとこちらの手の内――火薬で大魔法に見せかけたのはバレているだろう。
ただ、こちらの真の目的までは知れていないはず。
自分が〝魔王〟を騙る者たちの一味であるとも気づいていない。もし気づいていたらすぐにでも拘束するに違いないと高をくくっていた。
(大丈夫。ライモンがうまくやっているわ。そしてアタシたちは、真なる〝魔王〟の力をこの手につかむのよ)
彼女は盗賊たちと手を組んだ、二人組の魔導士だ。といっても魔法の力は一流にはほど遠く、犯罪者として追われる身でもあった。
デボエとこの場にいないライモンは、遥か昔に神々の手で封じられた魔王の文献を目にする機会を得た。そして調査するうち、この地にそれらしき〝何か〟が眠っている情報を入手する。
文献の魔王がルシフェかどうかはさておき、彼女はすでに現れているので違うのだが、デボエたちはこの地に眠るのが魔王であり、それを復活させて使役する算段をつけていたのだ。
そのためには生贄が要る。
一人ずつ女を用意させたのは生贄にするためでもあるが、数日を要する儀式の時間を稼ぐ目的が主なものだ。
そして、『太古のお宝』と偽って協力させた盗賊たちもまた、生贄にするつもりであった。
デボエと盗賊の男二人は、いつものように食事を乗せた荷車を押して、町の住人数名とともに絶壁沿いの森へと向かう。
今日の生贄はマドレーだ。諦めきった表情で荷車の上で揺られていた。
空飛ぶ子どもは同行していない。
このチャンスを逃してはならないと、森の中の開けた場所に荷車を停めるや、行動に移した。
「アンタたちも一緒に来てもらうよ」
手のひらに火球を生み出し、住人の足元へ叩きつける。弾けた火球にみな身を竦ませた。
「ど、どういうことだ?」
「今日はアンタらも魔王様への供物になってもらう、ってことよ」
「大人しくしねえなら、今ここで殺しちまうぜ?」
「ま、諦めるんだな」
住人たち数名は互いに顔を見合わせる。
荷車にいたマドレーはきゅっと唇を引き結び、つぶやいた。
「やはり、貴女たちだったのですね……」
「あん? それはどういう意味――」
デボエが鋭い視線をマドレーに突き刺した、直後だった。
「うわはははっ! 話はまるっと聞かせてもらったぞい。闇を統べ混沌を吐く〝災厄の魔王〟ルシフェ様、満を持しての登場である!」
荷車の中から飛び出した、褐色肌の女の子。焼いた肉を両手に持ち、ガジガジかじってご満悦。
「なっ!? アンタいつの間に!?」
「ビビッておるな? あ、なんかコレ気持ちいい。想定通りに事が運ぶってええものじゃな。ワシが考えたわけじゃないけども」
荷車の上でふんぞり返ったルシフェは手にした肉をガジガジかじる。
「はんっ! ガキが寝言ほざいてんじゃないわよ!」
デボエが目配せすると、木々の裏手に隠れていた盗賊の仲間たちが飛び出してきた。本来は食事を運ぶためにいたのだが、荷車の周りを取り囲む。
「アンタはあの魔導士の連れよね? いい人質になるわ」
にぃっと口の端を持ち上げるも、ルシフェはカラカラと笑う。
「雑魚どもがわらわらと出てきよる。しかし男ユウキの言ったとおりじゃな。アヤツめ、なかなかの策士よのう」
ルシフェはぴょんと荷車から飛び降りるや、
「ぐわっ!?」
「げぼぉっ」
「ぶべぇ!」
瞬く間に三人を殴り倒した。
「ぇ……、うそ……」
デボエは愕然とし、残る盗賊たちも目を丸くする。
「むぅ、しかし『殺すな』とはまた厄介なオーダーじゃ。めんどくさー。でも肉もらったからワシがんばるー」
ギラリと赤い双眸を光らせ、こきこきと指を鳴らすと、
「くそっ!」
荷車を囲んでいた盗賊が一人、全力で逃げ出した。
「む? 愚かな。災厄の魔王たるワシから逃げられると思うたか! でも追わない。そう言われたからね」
ルシフェはにっこり笑うと、
「でもオマエらは逃がさんぞー」
恐怖に震えるデボエたちを、あっという間に地に伏せた――。




