みなさん何にお困りで? 魔王を騙る者は許せません。
大勢の人を背後に従わせ、彼らと同じく平伏する老人の前に降り立つ。彼は年長者であるのと同時に、この村での権力者であることを漂わせていた。
「私たちは旅の者です。今日、初めてここを訪れました」
老人は恐る恐る顔を上げ、困惑した様子で尋ねてくる。
「あ、貴方がたは、魔王様の使徒様ではないのですか?」
「うむ、使徒ではなく魔王本にむぐっ、むぅ~」
寄ってきて余計なことを言いかけたルシフェの口を手でふさぐ。
「違います。その魔王がどうとかがよくわかりません。よろしければ詳しく話を聞かせてもらえませんか?」
老人は振り返り、背後にひれ伏していた人たちと顔を見合わせる。
やがてユウキへ向き直って立ち上がった。
「わかりました。空を飛べるほどですから、高名な魔導士様とお見受けします。どうか……どうかこの村を救ってくだされ」
目に涙を浮かべてユウキの手をぎゅっと握った老人に連れられ、大きな建物の中へ入った。
通されたのは広い宴会場だ。テーブル席がいくつも並んでいる。
そのひとつにユウキは腰かけ、対面には老人と、左右に中年男性と若い女が座った。
ちなみにルシフェは別のテーブルに座らされている。宴会場までの途中、ユウキは老人にお金を渡し、『彼女に何か食べる物を与えてください』とお願いしておいた。話の腰を折られたくないからだ。
「むっひょぉ! これ、全部食べてよいのか? よいのじゃな? いっただっきまーす!」
料理はすぐに運ばれてきた。これで話に集中できると、ユウキは自己紹介をする。といっても名前を告げる程度だ。
「私はこの村の長で、ここの宿を営んでおりますケールと申します。こちらが息子のテオドワ、そしてこちらは――」
老人――ケールは苦渋を眉根に集めて告げる。
「魔王様への次なる供物、マドレーです」
若い女性――マドレーは疲れきった表情でうつむいた。
「人を差して『供物』とは穏やかではありませんね。その魔王とやらは、人食いの魔物か何かですか?」
「その正体は定かではありません。五日ほど前の、ことでした」
ケールはぽつりぽつりと、頭の中で話をまとめながら語る。
まとめると。
五日前のお昼どき。村全体を揺るがすほど重く大きな声が響いた。
自分は魔王である。この村を支配下に置いた。誰も村から出ることは許さない。誰かを入れるのも禁止する。毎朝三十人分ほどの食事を用意し、村の外へ運べ。その際、若い女を一人、必ず供物として捧げよ。
一方的に通達してのち、村の近くにある山肌が大爆発した。村の中にあった空き家も呼応するように跡形もなく吹っ飛ばされたのだ。
それほど高位の魔法を操る魔王に、村人たちは震え上がった。
「そして村を見下ろすようにヘルハウンドの群れが村を囲みました。夜になるといなくなりましたが、我らは一歩も村から出られず、たまたまここを訪れていた商隊も足止めされており、どこへも助けを求められていないのです……」
村の入り口は封鎖し、この五日で新たにやってきた旅人は村へ入ることを許さなかった。
彼らに窮状を訴える手紙を渡そうとも考えたが、それで魔王の怒りを買って村が全滅する事態は避けたいと村長ケールは苦渋の決断を下す。
「ヘルハウンドは村を襲ってはこなかったのですか?」
「はい、『いつでも村を襲える』との脅しであったのでしょう。しかし、その数は百を優に超えます。あれが襲ってくればこんな小さな村、たちまち滅んでしまいます」
ふむ、とユウキは一度うなずいてから、
「十中八九ハッタリですね。確証を得たらすぐに連れ去られた村人たちの救助に向かいましょう」
「えっ? あの……え?」
ケールとその左右に座る男女が目をぱちくりさせる。
「今の話には不可解な点がいくつもあります」
村を全滅させるほどの力があるなら、最初にそれをやってしまえばいい。
「魔王とやらの要求は二点。うち、食事は必要な人数を残しておけば事足ります。酷い言い方で申し訳ないですが、村人全員を生かしておく必要はまったくありません」
そもそも食事と女性を要求することからして実に人間臭い。
それ以上の要求がないことからも、『バレるまで飯と女を貪りつくしてやる』との意図が透けて見えた。
「山肌と家を爆破したのも、力を誇示するにしてはお粗末です。魔法でなくても爆発物で実現できますからね。というか、空き家を爆破したのは事前に仕掛けていたからだと思います」
「では、ヘルハウンドの群れは……?」
「幻影魔法……なんてものを使わずとも、ハリボテを置いておけば遠目で信じさせることができるかもしれませんね」
「わ、私たちは、魔王を騙る誰かに騙されていたのか……」
「確証はありませんが、疑ってかかってよいかと。ひとまず爆破された現場を見てみますよ。魔法で何かしたのなら、痕跡が残っているはずです」
そのためには一度寝て起きなければならない。女の子の姿でないと魔法的な調査は行えないからだ。
(となると問題は……)
ユウキはちらりと横を見た。
「うんまぁい♪ ワシって濃い口が好きじゃからちょいとご不満がなくはないが、この量は大満足じゃよ?」
幸せそうに料理をかきこむ、こちらの自称魔王様をどうにかしなければ。
女の姿のユウキを追う彼女と、鉢合わせするのは避けたい。
「ルシフェ、私は外を調査してくる。君はここで村を守ってくれないだろうか?」
「なんでワシが?」
「君は信徒に優しいと思ったのだがね。その食事は、君への供物だろう?」
「なるほどたしかに」
「君を差し置いて魔王を騙る者にお仕置きも必要だ。その人物は私が見つけよう。君はここでどんと構えて吉報を待っていてくれ」
「よかろう! でもたぶん暇じゃから遊び相手を寄越せ!」
ユウキはケールに小声で告げる。
「彼女は任せます。魔王がどうとか言っても無視してよいですし、おだてていれば害はありませんからよろしくお願いします」
「え、ええ……。わかりました」
こうしてユウキは村長の息子テオドワに案内され、キューちゃんを連れてまずは崩落した現場に向かった――。