ファンの集う村ですか? なんだか様子がおかしいです。
「嫌じゃ」
速攻で拒否された。悪漢どもから助けた対価に女の子ユウキを見逃してくれないかと頼んでみたがダメだった。
「だいたいじゃな、なんでオマエがあの女の命乞いを……はっ!? まさか!」
「ああ、そうだ。私は寝て起きると――「あの女に惚れておるのか!」――性別が、って、え?」
「じゃがオマエも追いかけている風であることから、付き合ってはおらんな? ダメじゃろ~、ストーカーみたなマネしちゃ~。じゃが一途なとこはポイント高いよ? ワシ的にはね」
「キュキュッキュ」
「む? なんじゃこの丸いのは? ふむ、よくよく見ればあの女と一緒にいたウサ耳姉ちゃんではないか」
やはり見た目ではなく魔力の波動で認識しているようではあるのだが、
「オマエ置いていかれたのかー。なんとも薄情な女じゃのう」
「キュキュゥ、キュキュキュ!」
「はっはっは、なに言うとるかさっぱりわからん」
いっそ目の前で寝て起きて現実を突きつけてやろうか。
(しかし……それで男の子の姿でも命を狙われるのは気が休まる暇がない)
ルシフェに会うのは男の子のときだけに注意して、時間を稼ぎつつ彼女の嗜好を吟味し、説得へ向けたほうがよい気がした。
(性根の悪い子では、ないと思うのだよなあ)
できれば良好な関係を築きたい。破天荒な言動はあっても、諭せば御せなくもないとユウキは考えた。
腰のポーチから紙の包みを取り出し、ルシフェに与える。
「む? えらく固いパンじゃのう。ワシ、肉のほうがええんじゃが? ま、贅沢は言わん。肉のほうがええけども」
贅沢を言いつつ、がつがつと貪り食う。
「ちょっと元気出た。礼を言うぞ、暗黒騎士ユウキよ」
「私は君の部下になるつもりはない」
「登用失敗でワシしょんぼり。ま、その気になったらいつでも仕官を申し出るがよいぞ。毎時毎分ウェルカムじゃからの。では今度こそ、さらばじゃ!」
「待て」
「おう? 秒で考えくるりんぱ?」
「あれだけの食事では、道中でまた倒れるぞ? 狩りをするなりはできないのか?」
「狩りはできる。じゃが生肉が食えんようになってのう。焼こうとしたら消し炭になったし。火加減って難しい!」
「山菜なり木の実なりを採って食べればよいのでは?」
「ワシの口には合わん。今のパンとて無理して食ったからの。信徒の供物は大切にね。信徒じゃなくても頂き物は無駄にはできん。もったいない」
実に律儀な魔王である。
「なら道中の町なり村でまた働いて、今度は計画的に食料を貯めこんで旅をするのだな」
「むぅ……また働くのか。仕方がないのう。じゃが町なり村なりまでワシの腹がもたんかもなあ。困ったのう」
チラチラ視線を投げて寄越すルシフェの言いたいことはわかる。
「そこまでなら一緒に行こう」
「よくぞ申した! ワシ感激。ならば行こう、すぐ行こう!」
今は夜だが寝るわけにもいかず、ユウキはこちらも仕方なく、自称魔王としばらく行動を共にすることにした。
チンピラ風の男たちは蔓で縛って木に吊るす。
『この人たちは盗賊です』
との張り紙をペタリと貼って、ルシフェを連れて街道を歩いた。
途中ウサギや鳥を狩って調理し、ルシフェに与えた。
男の姿で魔法は使えないが、火魔法の加減をレクチャーもする。
そうして遅々と街道を進むうち、林を抜けて山岳地帯へ入った。夜明けが近い。
「ワシ、眠いんじゃが……」
「ここを越えれば集落があるかもしれない。もうすこしがんばれ」
「ん、がんばる……」
眠そうな目を擦りながら、ルシフェはふらふらついていくる。だが足取りは覚束ず、なにより遅かった。
(仕方がないな)
キューちゃんを頭にのっけ、片手にはトランク、もう片方の腕でルシフェを抱え、飛行用マントで空を翔けた。
「便利なものを持っておるのう。ワシも翼が生えれば飛べるのじゃが」
「君は中途半端に復活したから本来の力が出せないでいるのか?」
「うむ。ワシはまだまだこんなものではない。あと三十二回は変身を残しておるからな! この意味がわかるか?」
「遠いな」
「うん、遠いのう……。まだ人里には着かんの?」
話題をコロコロ変えてないでほしい。
ルシフェは本格的にお眠になったらしく、うつらうつらとしたかと思えばくかーっと寝てしまった。
ぐねぐねした山道を無視して真っ直ぐ山を越えると。
「おいルシフェ。町……いや村か。あったぞ」
出てきたばかりのお日様に照らされ、山の中腹に集落を見つけた。
高い柵に囲まれた中に、二十ばかしの家々が密集している。三軒は他よりもずいぶん大きい。宿場なのか、馬車が数台停まっていた。
「ほにゃ? おお、あるな。くっくっく、腕が鳴るわ。楽して稼げるところはあるのかの?」
「宿場町のようだから働き口は期待できそうだ。ともかく行ってみよう」
スピードを上げ、集落にたどり着く。朝早いからか人影は見当たらなかった。
はた迷惑にも、ルシフェはユウキに抱えられたまま大声を張り上げる。
「我こそは闇を統べ混沌を吐く〝災厄の魔王〟ルシフェ様である! ここで働かせてください!」
「その自己紹介はやめたほうがいいぞ?」
誰も『魔王』だと信じる者はいないだろうが、変な奴だと思われたら雇ってくれないかも。
嘆息したユウキだったが、次なる光景に目を疑う。
あちこちの家から住人たちが飛び出してきた。
慌てふためき、空に浮かぶユウキたちを見ると絶望したように顔を青くしたり恐怖に引きつったりして、
「ようこそお越しくださいました!」
「すぐにお食事をご用意いたします!」
「ですからなにとぞ、お怒りをお鎮めください!」
誰もかれもが平伏し、地面に頭を擦りつけた。
「お? ここってワシの信徒が集う村じゃったか」
「いや、なにか様子がおかしい」
ユウキは不穏な何かを感じ、年長者を選んでその前に降り立つのだった――。