こんな罠で大丈夫? 魔王様はお年頃。
三章、開幕!
ユウキは街道を避け、腰丈ほどの草原を進む。
まん丸な姿に戻ったキューちゃんはほぼ草に埋まっていた。
目指す魔法国家フォルセアは、空を飛べば最速で一日もかからない距離だ。
あえてのんびり歩いているのは、自称魔王ルシフェの襲撃を警戒してのこと。人のいない場所で迎え撃ち、どうにかして説得する目論見だった。
しかし、である。
(三日が経とうというのに、まったく現れないのだが?)
寝るときは火山の山頂に築いたほどの強力結界で守りを固め、男の子の状態では闘気を最大まで広げての監視体制。
気が休まる暇もないが、まったくもってルシフェの気配を感じられなかった。
そうこうするうち陽が暮れて、林の中で夜を迎えた。
王都で食材を買いこんでいたので火を熾して食事をする。
しばらくキューちゃんと遊びながら先へ進み、大きな木の根元を今夜の寝床に決めた。
今のユウキは男の子。魔法が使えないので寝ているときの守りに不安が残る。
起きた直後は戦闘能力が一般人並みの女の子だから、奇襲を受ければ命が危ない。
(まあ、なんとなくだが、あの子は寝ている隙をつくようなことはしないと思うんだよな)
ユウキを叩き起こして口上を垂れ、いざ尋常に勝負という展開が想像できた。
とはいえ魔王を自称する者に善性を期待するのは危険だ。
二晩前は穴を掘って隠れたが、今夜は材料がそこらにあるので。
「よし、できた」
細い枝を組んで檻を作り、肉をぶら下げる。これに食らいつくと檻の入り口がぱたんと閉じる仕組みだ。
貧相な作りなので獣だって脱出は容易い。
ただ騒ぎでこちらが目覚め、対応するわずかな時間を稼ぐ程度のもの。
「キュゥ……」
「うん、君の不安もわかるよ。こんなにあからさまだと、獣だって近づかないだろうな」
やはり穴を掘って隠れようか、と考えたそのとき。
「うっひょぉい♪ 肉じゃあ~♪」
ずぶんと疾風のごとく現れた褐色肌の女の子が、檻に突入してお肉をパクリ。ぱたんと檻の入り口が閉まった。
「もぐもぐなんじゃ!? もぐコレもぐは!」
(釣れてしまった……)
寝る前なのに。そしてルシフェはぐるぐる目になって、
「よもやワシを捕らえるとは。なんという策士! あの女じゃな。ちくしょう出せぇ~」
中でバタバタ暴れるも、テンパっているのか壊して出るという発想がないらしい。
が、白けて眺めるユウキを見つけて言い放った。
「おいそこのオマエ! 誰じゃか知らんがワシを助けよ。早うして!」
「なに? 君は……私が誰だかわからないのか?」
「あー、ワシってほら、信徒の顔をいちいち覚えるタイプじゃないんで」
そのわりには初対面でこちらを『ユウキなる女』と認識していたが……。
(もしかして、男の姿だからか? そういえば『魔力の波動』がどうとか言っていたな)
魔力の波動は人それぞれ。女の子の姿のユウキもそれは実感できた。
(しかし、顔は同じなのだからさすがに疑うくらいはするのでは?)
ところがそんな様子がまったくない。
油断させようとしている? いや彼女の性格からしてそれは絶対ないとの確信がある。とはいえ出会ったばかりで何も知らない以上、過信もできなかった。
「なんじゃオマエ、いじけておるのか? 仕方ないのう。特別に覚えてやる。名を申せ」
「……ユウキだ」
「なん、じゃと……?」
ぎろりと赤い双眸が向けられる。さすがに気づいたか。
「ワシが追っておる女と同じ名か。偶然ってあるのじゃなー」
ぜんぜん気づいてなかった。ケラケラ笑っている。
ユウキは脱力して檻の入り口を開けてやった。
「大儀である! ワシとしたことがちょっと焦ってしもうたが、いつもはあんなじゃないのよ? じゃから『ルシフェちゃんのファン辞めます』とか言わんでね?」
「私は君のファンではないよ」
「えっ、そうなん? うっそワシ、早とちりとか恥ずかしい……」
憤慨するかと思ったら、自称魔王は赤面して身をよじる。
「君はその……女の子のユウキなる者を追って、何をするつもりなのかな?」
「もちろん殺害」
「……殺したあと、君はどうするのだ?」
「そこはほれ、せっかく復活したのじゃし? いっちょ世界を征服してみよっかなーって」
ものすごく軽いノリだが、魔王を自称する実力者なら本気に違いない。
「では、彼女を殺せなければ?」
「優先度とかプライドとかあるからの。この恨み晴らさぬうちは世界を手にするのはお預けじゃ」
となればユウキの選択は三つ。
ルシフェを殺すか、封印するか、逃げ続けるか。
(殺すのも封印するのも、元が私の非である以上、選択できないな)
かといって逃げ続けるのも茨の道。
第四の選択肢、『どうにかしていろいろ思い止まらせる』を考え抜かねばならない。
「さて、長話はここまでじゃ。ワシは先を急ぐのでな」
「そのわりにはゆっくりしていなかったか?」
思わずツッコんでしまったが、ルシフェは疑念を抱かず説明する。
「なにせ腹が減っておったからなあ。先の街ではお祭り騒ぎで食い物はたくさんあったのじゃが、なんとワシには金がない。仕方がないのでしばらく日雇い仕事に専念し、たらふく食べて今に至るというわけじゃ」
「……魔王なのに働いていたのか」
「働く魔王がおって何が悪い! まあ、ワシほど柔軟志向な魔王ってたぶんおらんけど?」
ふふんと得意げに平たい胸を反らす。
「そんなわけで稼いだ金はもはや尽き、今は返せるものはナシ。いずれこの恩義には報いよう。さらばじゃ!」
引き止める間もなく、ルシフェはびゅーんと東に向かって走っていった、のだが。
街道に飛び出した途端、ばたりと倒れる。
(もしかして、王都でたらふく食べたあとは何も口にしていないのでは?)
罠に仕掛けた肉だけかも。
放置はしておけない。飢え死にしては寝覚めが悪いし、今はなにより、
――妙な連中が近づいていたから。
「おい、こんなとこでガキが寝てるぞ?」
「行き倒れじゃねえか?」
五人組の大柄な男たち。腰に剣を差し、チンピラ臭がぷんぷんする。
「む? なんじゃオマエらは? ワシのファンか? あ、誤解しないでよね、ただの確認なんだから! ついでに腹ペコじゃとも伝えとくかの。わくわく」
ルシフェは顔だけ持ち上げる。
「へえ、痩せちゃいるが器量は抜群じゃねえか」
「髪や肌や目の色も変わってんな」
「けっこうな値が付くんじゃねえか?」
人身売買を想起させる発言だ。
さすがのルシフェも気づいたのか、顔を青くした。
「えっ、これもしかしてワシの貞操ピンチ案件?」
「安心しろ。売り物に傷をつけやしねえよ」
「売られたあとは知らねえがな」
「その前に、傷つかない程度に楽しませてもらおうぜ」
男たちはルシフェを囲むように寄ってくる。
「ああ、安心した――わけないじゃろ! オマエら魔王に対して不敬で――や、ちょ、マジで今、力がでないの。寄るな触るな誰か助けてぇ~!」
ひゅんっ。
ドガッ「ぐわっ!?」ガキッ「ぐべっ」ガンッ「げびゃ!」ズブッ「ごぼっ」ゲシッ「どびゃ!」
ユウキは男たちの輪の中に飛びこむと、一人ずつ丁寧に気絶させた。
「ヘルプ大儀! えっ、めっちゃカッコええんじゃが? 惚れてまうよ?」
大興奮のルシフェは横たわったまま絶叫する。
「よし決めた! そなたを我が騎士に任命しよう。暗黒騎士、爆誕! そして魔王と禁断の恋へようこそ! そしてワシ、お腹空いたなー」
なんだか妙な展開になったが、これで女の子ユウキを見逃し、餌を与えて世界征服もやめてもらえないだろうか?
(もらえないだろうなあ……)
どちらも無理っぽいが、いちおう交渉をしてみることにした――。