どちらの魔王さまですか? ああ、餌を与えては困ります。いや困らない。
突然現れた白い髪に褐色肌の女の子。
ユウキは二つの意味で驚いた。
(あの子、私と同じ形の耳をしている)
もしかしたら同じ種族かもしれないが、とても友好的に話ができるとは思えなかった。
理由は知れないが、問答無用で攻撃型魔法陣を無数に展開したのだ。
その魔法陣こそ驚きの二つ目。
(闇と混沌の魔弾を放つ攻撃魔法は岩をも砕く威力と同時に、周囲に病魔の呪いを撒き散らすものか)
魔法陣の術式が表示され、それを読み取りわかった事実。
(くそっ、アレを破壊するには対抗術式を組まねばならないが――)
時間が圧倒的に足りない。
読み取った術式から対抗できそうな術式を推測するのはまあ、やれないこともない。しかし数が多く、急いでも間に合わない。
焦るユウキとは対照的に、ルシフェなる女の子は余裕の哄笑を上げた。
「うわはははっ! 恐れておるな? 砕けて言えばビビっておるな? そうじゃろうとも。じゃがワシの力はこんなもんではないぞ? 今はゆえあって真の実力は見せてやれんが、これでもオマエなんぞひと捻りじゃバーカバーカ!」
思いきり挑発したかと思うと、
「あ、でも気になっちゃう? 『ゆえあって』とか言われたらそりゃあね、ワシでも気になる。でもなー、ちょっとお恥ずかしい話? みたいな? 公衆の面前で乙女が語るには難しいのよね」
なんだかモジモジしてのち、
「まあどうせ死ぬんじゃし? オマエに冥途の土産をくれてやる義理もないしなー。残念!」
などと、たっぷり時間をかけてくれたおかげで。
パヒュン。
バリンッ!
「お?」
カウンター術式の構築が間に合った。
光の矢がユウキの頭上にいくつも現れる。そのひとつが魔弾を放つ魔法陣を撃ち抜き砕いた。
「む? いつの間に? おのれ、ワシが気分よく話しておる隙に猪口才な真似を! ってオイ待てコラ無言で対抗魔法を撃つでないわ!」
ユウキはまるっと無視して光の矢をすべて射出した。涼やかな音が鳴り響き、魔法陣はあらかた消失する。
「おのれ~、一発くらいワシに撃たせんか! オマエ『空気読めん子』って言われるじゃろ?」
「ひとつでも撃たせれば周囲に被害が及ぶ。これだけ人が集まっている場であんな魔法を撃とうとする君の気が知れないな」
「ふん、虫けらがどうなろうが知ったことか」
ぷいっと顔を背ける様は愛らしくもあるが、今の言葉はユウキのやる気スイッチを入れるに十分だった。
「どうやらお仕置きが必要なようだ」
「ほざけ。ならば見せようや、ワシの真なる実力の片鱗をな」
牙のような八重歯を剥き出し、ルシフェは片手を空に向けた。
ぼわっと炎が生まれると、それはみるみる大きくなって直径五メートルほどの巨大火炎球に成長する。
「あっつ!」
「おいやべえぞ」
「逃げろ!」
遠巻きに見ていた人たちが我先にと逃げ出した。
(これはまた……威力はイビル・ホークのものより高そうだ)
防御魔法盾を眼前に展開。しかしただ守るだけのものではない。
巨大火炎球の情報を読み取り、円形魔法陣に相克する〝氷〟の術式を書き加えていく。
「うわははは! 魂もろとも焼き焦がせ!」
大丈夫。間に合う。
ユウキはルシフェが片手を掲げた瞬間から相手術式の読み取りを始めていた。向こうが放つよりも早く対抗術式は完成していたから、魔法盾をぶつければ衝撃波も生み出さずに相殺できる。
ところが、である。
「――ん?」
巨大火炎球が、ぷしゅーっと気の抜けた音とともに、空気の抜けた風船のようにしぼんでいき、
ポンッ。
消えてしまった。そして――。
「ぱたり」
なぜか自ら擬音を声に出し、ルシフェが前のめりに倒れたではないか。
「……どうした?」
ユウキの問いかけに、ルシフェは突っ伏したまま消え入るような声で答えた。
「お腹が空いて、力が出ないの……」
しぃんと、逃げ惑っていた人たちも足を止めて静寂が訪れる。
「肉……肉が喰いたい……。じゃが血の滴るやつを、受け付けんようになってしもうたワシ……哀しみ」
真なる実力を発揮できない乙女の事情とは、空腹だったということらしい。
「……焼いた肉なら食べられるのか?」
「ん、たぶん。けどワシ、お金持ってないの……」
「人を虫けら呼ばわりするくせに、略奪はしないのか」
「略奪……、カッコ悪い……。貢がれてこそ、魔王……」
変なこだわりがあるらしい。はた迷惑なのは確かだが、どうにも憎めなかった。
さてどうしたものか、と悩んでいると。
「これ、食べさせてあげようかな?」
離れたところで眺めていた若い女性がつぶやいた。手には肉の串焼きを持っている。
「ちょ、やめなさいよ。危ないってば」
「だって可哀そうじゃない。私もうお腹いっぱいだし」
連れの女性が窘めるも、ひと口食べた程度の串焼きをゆらゆら揺らしたところで。
ずびゅん、と。
ルシフェがノーモーションでその女性に飛びかかった。
(しまった、間に合わない!)
防御盾を女性の前に展開しようとしたものの、ルシフェがあまりにも早くて追いつかない。
「ひっ!?」
女性は恐怖のあまり目をつむり、串焼きから手を離した。
あーん、バグン!
地面に落ちかけた串焼きをルシフェが口でキャッチ。バリボリと串ごと噛み砕き、ごっくんと全部飲み干すと。
「ふははは! ワシ、復活! 女、大儀である。褒めてつかわしちゃうからね。うん、変なのも一緒じゃったが美味かったぞ」
元気が出た様子のルシフェだったが、
ぐぅ~きゅるるるぅ……。
「むぅ、まったくもって足らぬ。この三十倍は持ってこいと言いたいが言わないワシ謙虚。供物をせびるってカッコ悪いしね」
お腹をさすりながらしょんぼりする。
「……君はいったい何者だ? どうして私を襲った?」
「む? ワシが誰かはさっき言うたぞ。そして忘れたとは言わさん。マグマの中で寝とったワシの安眠を邪魔しおってからに!」
「マグマの、中…………? ああ! あの黒い妙なものか」
「思い出したか、あーよかった。オマエが妙な術式を使ったものじゃから、ワシはたたき起こされたのじゃ。謝れ!」
「ごめん」
「素直でいい子。褒めてつかわす。でも許してやらん!」
ではどうしろと?
「じゃがこの場で暴れれば、ワシの可愛い信徒が巻きこまれよう。ちなみにオマエじゃぞ? 供物を供した、ゆえに信徒。オーケィ?」
串焼き肉をあげた女性を指差したルシフェは、そのままぐるんと向きを変えてユウキにずびしっと。
「今日はちょっと調子悪いし、特別に見逃してやらんこともない。じゃが! 次に会ったが何日か目。信徒がおらぬところでその命、儚く散らしてくれようぞ!」
つまり次も問答無用で襲いかかってくるとのこと。
(まいったな。街中では被害が出てしまう)
お祭りを楽しむどころではない。
「いいだろう。しかし私は今日でこの街を離れる。君はどうする?」
「うむ、ならば追おう。腹を満たし万全にしてな! ちなみにどっちへ行くんじゃ?」
「……東だ。魔法国家フォルセアを目指す」
「ほほう? フォルセアとな」
「知っているのか?」
「いや知らん。まあ東じゃな。わかった、覚悟しておけよ!」
ルシフェは「ふはははは!」と哄笑を上げて走り去った。ものすごいスピードだ。
「仕方がない。キューちゃん、街を出よう」
「キュゥ……」
「なに、祭りは一ヵ月も続く。その間にフォルセアへ赴き、戻ってくればいいさ」
キュキュッと返事をしたキューちゃんとともに、ユウキは王都を去る。
道中での強襲に備えつつ、東を目指すのだった――。
これにて二章は終幕です!
三章は東の魔法国家を目指す旅、その道中であれやこれや魔王とのあれこれがあります。
お楽しみに~。
ここまでお読みいただき、ありがとごうざいます。
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