人探しはできますか? 見つけたはいいけれど。
ユウキはキューちゃんとマリーを連れて、裏路地の奥まったところへ入った。
とはいえ誰もいないことはなく、自分たち以外に三人が目に入る。
念のためとお試しで、『隠し身の護符』から読み取った魔法術式を真似て周囲を結界で覆った。
ちょうどユウキたちへ向かって駆けてくる人がいて、壁にへばりついてその人を避ける。こちらはまったく眼中にないといった感じだ。
「さて、状況を説明しよう」
目的であるエリク・ゴーエルは屋敷におらず、南の歓楽街へ向かったきり行方が知れない。
王国以外の勢力が彼を追っているようである、とマリーに告げた。
「そしてわたくしの正体は兵士たちの会話からバレバレでしたのね……」
最初から気づいていたけどね、とは言わないでおいた。
「君とエリクさんが婚約するとの情報は一般に知られていないのだよな?」
「一般にはそうですわね。ただ千年祭で発表するうえで、外交的には事前にお知らせしているはずですわ」
王女の婚約ともなればお祝いの言葉や贈り物は、その国の威信にかかわるものとなる。
サプライズ発表だとその時点から本国に伝え、お祝いを用意して千年祭中に王都へ持ってこなくてはならない。
そんな手間をかけさせては王国の信頼が揺らぐ事態になるからだ、とマリーは解説した。
「なるほど。となると、エリクさんが狙われている理由は彼の個人的なトラブル以外も考えられるわけだな」
王女との婚約を快く思っていないのか、いずれ王族となる彼に今のうちから接触して何らかのアクションを起こしたいのか。それ以外の理由か。
「国内の誰かが国外の勢力に依頼した線もあるだろうか?」
「それはない、と思いたいですわね。父王様の求心力は低下する一方ですけれど、わたくしのお相手は収まるところに収まった、と貴族院でもご納得いただいていますから」
希望的観測ではなく、絶賛権威失墜中の王国にあって二人の婚約を邪魔する貴族は極めて少ないとの考えのようだ。
「ともかく、先に我々で彼を見つけるのが一番だと思う」
「そうですわね。けれど……わたくし、エリク卿のお顔を存じ上げませんの」
ユウキも同じだ。聞き込みである程度の容姿はつかめても、人口の多い王都での捜索は困難を極める。
「そこはなんとなく大丈夫な気がする。あえて彼が外に出ていてくれれば、だがね」
「こういった場合、どこかに身を隠すものではありませんの?」
「まあ、ふつうはそうだな。だが私の読みどおりであれば、彼はきっとこの時間、外を歩いているはずだ」
ユウキはキューちゃんに指示してふわもこ体型になってもらった。頭にのっけてマリーの手を取る。
「きゃっ!?」
そうしてふわりと浮き上がり、ずびゅんと南へ飛び去った――。
隠し身の結界を展開したまま、上空から歓楽街を見下ろす。
まだ昼を過ぎたばかりだというのに、飲み歩く人々で賑わっていた。露出の多い女性も目立つ。
そんな中、周囲と似たような服を着て見た目は馴染みつつも、ギラついた瞳をあちこちに向ける屈強な男たちがそこらにいた。
「明らかに一般人ではありませんわね。歩き方からして訓練を受けた兵士のそれですわ」
まだ子どもなのによく知っているなあと感心しつつ、ユウキは彼らを無視して辺りを見回す。
だが実際に『見て』いるわけではない。
飛びながら、感覚を鋭くして『特定の魔法術式』が放つ魔力を探っていた。
「いた」
フードを目深に被った成人男性よりやや低いくらいの背丈の誰か。路地から路地へふらふらと移動している。
「マリー、あの人が君には見えるかな?」
「えっと……あれ? なんだか変ですわね。見えていますのに、その事実が頭に入ってこないような……上手く言葉にできないのですけれど、不思議な感覚ですわ」
もしかして、と年齢のわりに聡いマリーが尋ねる。
「わたくしと同じく、『隠し身の護符』ですの?」
「同質のものだが、術式が刻まれているのはあのフード付きのローブだ。効果は君が元々持っていたものよりも低いな」
だから王国兵士がかけていた『隠し身破りの眼鏡』がなくとも、魔力がある程度あって注意していれば見つけられなくもない。
貴族の子息で、しかも王女の婚約者ともなれば身を守る何かを持っていて不思議ではない。
一番安全なのは『認識されないこと』。
隠し身破りは王国でも王女捜索に極わずかな数しか投入できないほど貴重なものだから、国外勢力が数をそろえられているとは思えなかった。
「昼間なら下手に宿などに身を隠すより、ああして動き回っていたほうが発見は難しいだろう」
読みは当たった。
ユウキはフードの人物の前に降り立ち、結界を解除する。
「ッ!?」
いきなり現れたと向こうは感じ、当たり前のように驚いて立ち止まった。
「怪しい者ではありません。エリク・ゴーエルさんですね?」
声をかけたら無言で回れ右。全力で駆け出した。
「ちょ、お待ちになって!」
まあ当然の反応だろう。ということでユウキは、
ゴンッ!
「ぐべっ!?」
彼の前方に透明な壁を生み出した。顔面を強打してひっくり返る。フードがめくれ、整った顔が露わになる。
「あら、なかなかの美形ですわね」
イケメンというよりも、女性のような愛らしさがある。
「すみません。大丈夫ですか?」
思いきりぶつけたからか、完全に意識を失っていた。
「とりあえず私の泊っている部屋に運ぼう」
エリク・ゴーエルと思しき人物の上体を起こし、後ろから抱きしめたときだ。
「ん? ずいぶんと大胸筋が発達しているな」
見た目はわりと華奢に思えたが、かなり鍛えているのだろうか。
「いや、しかしこれは……」
感触が、筋肉にしては柔らかいような?
「ぅ、ぅぅ、ん……」
気づいたらしい。
エリクと思しき人物はぼんやりとユウキを見上げ、ゆっくりと顔を下に向けて自身の胸元へ。
(わなわな震えだしたぞ?)
直後、ユウキの腕を跳ねのけて四つん這いで壁際へ逃れた。
「僕に、何をした……? 僕、僕の……」
両手で胸を隠すようにしてユウキをにらみつける。
「ひとつ、確認したいのだが」
一連の言動で、まさかと思いつつ尋ねる。
「貴方は、女性なのか?」
眼光が鋭くなり、きゅっと唇を引き結ぶ。しかし視線がマリーに移ったのち、
「ま、さか……マリアネッタ、王女殿下、なのですか……?」
疑問形のつぶやきはしかし、確信を得たようで。
「……………………はい。エリク・ゴーエルは、女なのです……」
弱々しく吐き出した――。