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さくっと行って帰ればいいかな? どうやらきな臭くなってるようで。


 千年王国と謳われるレアンド王国は今、衰退に足を踏み入れようとしていた。

 ここ数代の国王はひと言で表せば『凡庸』に尽きる。

 当代の王に子は一人。しかもまだ九つの幼い姫で、世継ぎ問題は深刻であった。


 その辺りの国内状況は、ハーフエルフのエマからユウキも聞いていた。


 そして現在、テーブルを共にしている『マリー』と名乗った女の子こそマリアネッタ・レアンドロス王女その人であるが、ユウキはまだ知らなかった――のだが。


(状況から考えて、マリーがあのでかいお城から抜け出してきたのは間違いない)


 ドレスはなんだか高そうだし、『隠し身の護符』なる魔法アイテムも一般人が持つものとは思えなかった。

 そして『マリー』の名は『マリアネッタ』をもじったものと考えられなくもない。


「本当に、誰もわたくしをわたくしだとは気づきませんのね」


 ホッと胸を撫でおろすマリーの言葉は、『たいていの人は彼女を知っている』とも取れよう。


(外堀が順調に埋まっていくな。この子、たぶんお姫様だ)


 となれば一緒にいるのは非常に面倒臭い事態になりそうな予感がした。


「ユウキ様、実はわたくし、望まぬ結婚を強いられていますの」


 あ、これマジなやつだ、とユウキは察した。


「わたくしの立場と王国の現状を鑑みれば、致し方のないことと理解はしておりますわ」


 達観する九歳児にユウキは慄く。

 人型に変身し直したキューちゃんはぼんやりしていた。


「しかし!」


 ドンッ、とマリーがテーブルを叩いてユウキとキューちゃんはびくっとする。


「恋のひとつもしませんうちに、見知らぬ男性と将来を誓い合うなどまっぴらごめんですわ」


「ずいぶんとおませさん……ああ、いや、それで? 恋を見つけようと家を出たわけか?」


 いいえ、とマリーは首を横に振る。


「婚約の発表は千年祭。ひと目で落ちる恋もありますけれど、さすがに時間がありませんわ。それにあちらも政略的事情があるとはいえ、わたくしのようなお子さま相手では不満があるに違いありませんわ」


 そこで、とマリーはキリリと言う。


「先方と話し合いをしたいのです。『婚約期間はそれぞれ想い人を探し当て、こっそり自由恋愛を楽しみましょう』と!」


「えぇっ!?」

「キュゥ?」


 ユウキはたまげた。キューちゃんはよくわかっていない。


「それはちょっと……ドライすぎる提案ではないだろうか?」


「他の国は良く知りませんけれど、王国の貴族ではよくあることですわ」


 しれっと言い放つマリーはやはり、恐ろしい九歳児だ。


(前世感覚では異常に思えるが、この世界の、彼女の立場では当たり前なのかもしれないな)


 納得はしがたいが、理解するしかないだろう。


「ところで、相手が誰かは知っているのだよな?」


「はい。先方はゴーエル辺境伯の令孫、エリク卿ですわ。お歳は近々十六になられるとか」


「国内の貴族なのか。だったら『見知らぬ』相手でもないのでは?」


「いえ、エリク卿はようやく公務をなされる年齢になりましたから、今まで領地外へ出たことはないと伺っていますわ。すくなくとも王都へいらっしゃったことはありませんわね。そしてわたくしは王都から出たことがありませんの」


 互いに面識のない相手。人づてに容姿や性格は聞いているだろうが、必ずしも正しい情報が伝わるとも限らない。


「エリク卿は王都にある辺境伯邸にいらっしゃるそうですの。ユウキ様にはそこまでの護衛をお願いしたいのですけれど……。このとおり、お願いいたしますわ」


 マリーは勢いよく頭を下げ、ゴンッと額をテーブルに打ちつけた。

 固まった状態でタイミング悪く店員のお姉さんが料理を運んできて、『この娘何やってんの?』と冷ややかに見下ろす。


(何も考えずに家を飛び出したわけではないのだな……)


 不測の事態への考慮が足りていないが、お金がなくても日帰りでどうにかなるレベルだ。


「わかった。話し合い自体には関わらないし、私が協力したと誰かに言わないでくれるのなら引き受けよう」


 がばっとマリーが顔を上げる。


「感謝いたしますわ!」


 にっこり笑顔の額が、赤く色づいていた――。




 昼食を終え、そろって店を出る。


「はっ!? あれは……」


 マリーがささっとユウキの背に隠れる。その視線を追うと、鎧姿の兵士たちが三人集まって周囲を警戒している風だった。

 そこへ別の兵士が一人やってくる。


 マリーを探しているのかな? とユウキは聴覚を増幅して彼らの話し声を拾う。


「見つかったか?」

「いえ、バルテレミー大通りにはそれらしき人影はないとのことです」

「やはりゴーエル辺境伯邸へ向かったのかもしれんな」

「であれば『隠し身破りの眼鏡』はこちらに集中すべきでは?」

「数に限りがある以上、下手に分散させるよりはよいかもな」


 話しぶりからマリーを探しているとみて間違いない。

 どうやらマリーが持つ『隠し身の護符』の効果を無効にして見つけ出せる魔法アイテムがあるらしい。


(不法侵入やりたい放題のアイテムだ。カウンター的なアイテムがあっても不思議ではないか)


 兵士の一人がかけている眼鏡、それが『隠し身破りの眼鏡』のようだ。高い魔力を感じる。


(とはいえ、用途を限定しているのが仇となったか。護符の魔法術式を書き換えたから、こちらにはまったく気づいていない)


 と、やってきた兵士が困惑したように言う。


「あの……実はゴーエル辺境伯邸でも困ったことになっているようでして」


「何かあったのか?」


「はい、屋敷近くに潜ませていた者の報告によりますと――」


 兵士は左右に目を動かし、小声で伝える。ユウキは聴覚をさらに増幅させた。


「エリク卿の行方が知れない、と」


「なに!?」


 ユウキも同じく驚いた。


「未明から屋敷内に姿が見えず、使用人たちが騒いでいるそうです。直接屋敷の者に確認してはいませんが、間違いないかと」


「むぅ……、お二人で示し合わせて外で落ち合うつもりだろうか?」


 一番偉そうな兵士が腕を組み、むむむと考えこんでのちに告げる。


「辺境伯邸には数名を残し、他は王都全域を捜索する。王女殿下(・ ・ ・ ・ )ではない。エリク卿を見つけ出すのだ」


「はっ」

「承知しました」


 やってきた兵士と、もう一人が別方向へ駆けていく。


(困ったことになったな)


 会いたい本人が行方知れず。彼と合流したところで、捜索の目が光っていてはこちらも見つかる危険があった。


 そして事態は、より複雑な様相を呈してきたらしい。

 ユウキが最大まで増幅させた聴覚で、妙な声を拾ったのだ。


「エリク卿はまだ見つからんのか」

「申し訳ありません。南の歓楽街へ走り去ったのを最後に消息は知れず……」

「なんとしても見つけ出せ。王国の連中よりも先にな」


 なんだか王国以外の勢力が彼を追っているようで。


「ユウキ様? どうかなさいましたか?」


 不安そうに顔を覗きこむマリーに、どう説明しようか迷った挙句。


「君の婚約者は、南の歓楽街へ向かったそうだ」


「まあ! ずいぶんと遊び好きな男性ですわね。やはり聞いた話は信用できませんわ」


 言い方が悪かったな、と反省するユウキだった――。



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[気になる点] この国...大丈夫か? [一言] 歓楽街て...何故そっちに逃げたし...
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