旅の思い出は残せます? 魔法ならできるっぽい。
一夜が明けた。
昨日は昼食後、エマに連れられエルフ族会の拠点を訪れた。
ムスベル出身者にとても感激されつつも、特に自身の出自について有力な情報は得られなかったのは残念だ。
それでも彼らは前回訪れて以降、ユウキについて調べてくれていたらしい。
一点、有力かどうか判断に困る情報を得た。
『君が記憶を失くした時期と場所で、散発的な地震があったそうだよ』
そこを起点にして魔物たちの一部が外へ向け大移動し、森の住人も不安がっていたそうな。
(とんでもない化け物と戦っていたとか、禁断の大魔法を使ってしまったとか……)
可能性はあるが、深い森の奥で直接の目撃者は見つかっていないから確認のしようがない。
(思い出してくれるのを待つしかないな。それよりも――)
ユウキはベッドから飛び起きる。キューちゃんがコロンと転がったので謝った。
「観光に行こう!」
「キュキュ!」
キューちゃんはふわもこ形態から「キュワ!」と変身。ウサ耳白バニーの姿になる。
昨日エマに選んでもらったロングコートで大胆な衣装を隠す。
ユウキは女の子用の肌着を身に着け準備完了。キューちゃんを連れて一階の酒場スペースへと降りていった。
軽い朝食を済ませ、大通りへと繰り出す。
宿は王都の中心部からけっこう離れた城壁に近い側だ。
「まずはあそこを目指すか」
遥か向こうにそびえ立つ、立派なお城。区画整理がされているので大通りをまっすぐ進めば王城にたどり着くはず。
昨日はエマと一緒に乗合馬車で移動したが、この時間はかなり混雑している。
(満員電車は前世で慣れてはいるが……)
いい思い出とは言い難い。
ユウキはキューちゃんと並んで、元気よく歩き出した。
――その三十分後。
「はぁ、ふぅ、はぁ、ふぅ……つ、疲れた……」
女の子の姿では人並み以下の体力だというのを甘くみていた。道のり半ばでしゃがみこむ。
(かといって魔法で飛んでいくわけにもいかない)
通行証を手に入れたとはいえ、なるべく目立たず観光がしたい。
乗合馬車が選択肢として最有力ではあるのだが。
「目標を遠くに置きすぎたかな」
大通りの端っこに移動して辺りを見回した。
石造りの三階から五階建ての建物が連なっている。宿近辺よりも重厚で古い建物が多く、それでいて小ぎれいだった。
人族を中心に様々な種族が通りを行き交い、建物に入っていく。
(商店街というより、商業地といった感じか)
昨日、交通局やエルフ族会の建物に入ったので、きっと中は似たような作りだろう。
さて、ここでぼんやりしていても始まらない。
「うん、やはり使えるものは使わないとな」
乗合馬車に乗ってみた。
中心部に近寄ったからか、ぎゅうぎゅう詰めではない。真ん中が通路になって左右に二席が並んでいて、幸運にもキューちゃんともども座れた。
石畳はでこぼこしているので乗り心地が良いとは言えないが、ガタゴト揺られながら景色を楽しむ。
同じような建物に見えて、微妙な違いが面白い。運送会社は車輪のロゴ、飛竜船の会社は大きな翼が目印だ。大口を開けた魚の看板は食料品を扱うところか、釣り関係か、はたまた海運系か。
想像するのも楽しかった。
目的地に着いた。
乗合馬車を降りると、そこは開放感のある大きな広場だった。
「おぉ……近くで見ると迫力があるな」
どどーんとそびえる大きなお城。真ん中のとんがった部分で百五十メートルはありそうだ。
左右にはそれより低いが相当な高さの尖塔があり、地上階部分は東京ドームに匹敵する広さに見えた。
巨大な鉄の門扉の前には兵士たちがずらりと並んで背筋をぴんと伸ばしている。
鉄格子のような外壁なので中は見通せたものの、門から城へと続く並木道以外はもっさもさの森みたいでよくわからなかった。
(写真、撮りたいな)
しかしそんな文明の利器があるはずもなく。
(魔法でどうにかならないだろうか?)
左右の人差し指と親指で枠を作り、お城の上部をその中に収めて眺める。
(……なんか、できそうな気がしてきたぞ?)
意識を集中し、指で作った枠の中を切り取るイメージを――。
カシャッ。
「なんか鳴った!?」
実際に音が出たわけではなく、ユウキの頭の中でのイメージが強化された結果だ。前世の記憶からふさわしい音が選ばれたのだろう。
写真が撮れたのかな? と今度はそれを目の前に表示するイメージを思い浮かべた。
眼前に四角い枠が現れる。そして今しがた指の枠に収まっていたお城の上部、尖った部分が浮かび上がる。デジカメの画面みたいだ。
「おおっ、すごいなこれ」
まさか異世界で写真が撮れるとは。
と、きゃっきゃとはしゃぐユウキを不審に思ったのか、門の前にいた兵士数名がじろりとにらんできた。
慌てて画面を消す。
何食わぬ顔で移動し、こっそりとカシャカシャ撮りまくる。指で枠を作らなくても、虚空に表示画面と同じような枠を作り出せばよいらしい。
「もしかして動画も撮れたり?」
広場を移動しつつ、隣を歩くキューちゃんに魔法的な枠を向けた。
「キュキュ?」
「うん、そのまま歩いて……にっこり笑顔!」
「キュ♪」
ウィンクまでしてノリノリのキューちゃん。
「すごい! ちゃんと動画も撮れている!」
小さな画面を作って体で隠しながら二人して覗きこむと、お城をバックにキューちゃんの動きがきれいに撮れていた。
「うん、何度も再生できるな。ん?」
繰り返し見ていて、ふと気づく。
「女の子……?」
キューちゃんの背後、お城から離れるように駆けている小さな子の後ろ姿が映っていた。
煌びやかなドレスの裾を持ち上げ、お嬢様風でありながら大急ぎで走っている。金色の長い髪が忙しなく跳ねていた。
その子が向かった方へ目を向けても、すでにその姿はなく。
「年齢は私よりも下。一桁かもしれないな」
迷子であれば放ってはおけない。
「キューちゃん、念のため探しに行こう」
「キュゥ!」
ユウキはほんのわずか、体を浮かせた。
走るのは疲れるし遅いので、飛んでいるとは思われないように。
両足をバタバタ動かしつつ、すいーっと地面すれすれを滑空する。
しばらくののち、お城の中が上を下への大騒ぎになる。
幼い姫君が、消えてしまったのだ――。