子どもとペットはお断り? 大人がいれば無問題。
エマは紙束を抱えて戻ってくると、ローテーブルの上に手にしていた革袋を置いた。じゃらりと小気味よい音が鳴る。
「やっぱり最初期の王国通貨だったね。課長が飛び上がって喜んでたよ」
ユウキは袋の口を開いて中を覗く。
「けっこうな額、だよな?」
「それだけあれば一ヵ月は王都で宿暮らしできるよー。あと、これは通行証ね。王都を出るとき門兵に渡すまではしっかり保管しておいて。失くすといろいろ面倒だから」
四角い紙を渡される。なぜか『再発行』の文字がでかでかと書いてあった。
はたして正規の手続きで発行されたものだろうか? あえて訊くのはやめておいた。
「宿のほうも見繕ってきたんだけど、しばらく滞在するよね?」
エマは紙束を置き、数枚を並べた。
一週間後には建国千年のお祝いが始まる。祭りなら見てみたかった。
「宿の斡旋もしてくれるのか」
「交通局は旅行業も兼ねてるからね。宿はいくつか候補があるけど、ひとつに絞る? それとも、転々としちゃう?」
「寝られればいいので、安い宿をお願いしたい」
「うん、ユウキ君はそう言うと思って……これなんかどうかな?」
中心部からはすこし離れた小さな宿だ。一階は酒場になっている。
「じゃあこれで」
「相変わらず決断が早いなあ」
苦笑いするエマに不思議な感じを覚える。
感覚的には初対面なのに、彼女はユウキの性格をよく知っていた。
その後、宿に案内された。
外観は思ったよりもみすぼらしくなく、昼には少し早いが酒場の厨房からいい匂いが漂って鼻先をくすぐる。
悪くない。むしろいい。
なのですぐさま宿泊の手続きを始めたかったのだが。
「ごめんなさいねえ。ペットをお連れの方はちょっと……。それに貴方、子どもでしょ?」
受付の女性(たぶん人族)が申し訳なさそうに言った。
「えぇ!? 今までそんな条件はなかったじゃないですか!」
「もうすぐ千年祭だからねえ。場末の宿でもお客様は選ぶことにしたのよ。ほら、最近は警備も厳しくなってるでしょう? 目を付けられるのは避けたいのよ」
国を挙げてのお祭りだ。警備は厳しくて当然だし、妙な連中を泊めたくない事情は理解できる。
「ユウキ君は見た目こそ子どもですけどしっかり者です。キューちゃんはペットじゃありません。交通局の私が保証します!」
食い下がるエマに、受付の女性は困り顔だ。
「ペットではなく、大人が同伴なら問題ありませんか?」
ユウキが尋ねると、先にエマが「え? ももももしかして私!?」と動揺した。
「それなら、まあ……」
こちらもちらりとエマを見やるも、彼女に迷惑はかけられない。
「キューちゃん、お願いできるかな?」
「キュキュ。キュゥ~ワッ!」
掛け声とともにその姿が変貌する。ウサ耳白バニーの再演である。
「キューちゃん女の子だったの!? てかえっち! 衣装が破廉恥すぎるよ!」
「ダメですか?」
「キュキュ?」
受付の女性は人型になったキューちゃんを上から下へと眺め、
「ま、それならいいでしょ」
「いいんだ……」
ひとまず宿の問題はクリアした。
一階の酒場で早めの昼食をとる流れになる。
「キューちゃんの分の通行証も発行しなくちゃだね。そういえば、キューちゃんって何を食べるのかな?」
「キュキュ?」
椅子に座るウサ耳白バニーは主に男性客の注目を集めていた。
「食べるところを見たことがない」
「えっ、それ大丈夫なの?」
「本人には何度も確認したが、食べようとはしないんだ。普段の状態では口があるのかどうかも怪しい」
「そ、そうなんだ……不思議な生き物だよね」
「イビル・ホークは『神獣の成れの果て』と評していたな」
「力を失った神獣……ってことかな? すごいお供を連れていたんだね。変身できるのも今日初めて知ったし」
実際に神獣だったかは定かでないが、その力の一端とやらはたしかに驚くべきものだ。
注文をしてしばらく。料理が運ばれてきた。
パエリアのような、魚介類がふんだんに入った米っぽいものが主体となった料理だ。
前世感覚では懐かしい米系の食事を、ユウキはがつがつ食らう。
「キューちゃんは上に何か羽織らせたほうがいいと思う」
「うん、それがいいだろうな。あまり目立ちたくはない」
「だね。さっき受付のおばさんが言ってたけど、警備兵に目をつけられると大変だから」
エマは大きくため息を吐き出す。
「ユウキ君は忘れちゃってると思うから説明すると、今回のお祭りは千年の節目ってだけじゃなくて、王国の力を周辺諸国――特に北の『テレンス首長国』へ見せつける意図がアリアリなの」
テレンスは数年前にトップが入れ替わり、軍備を増強していると噂されている。
一方のレアンド王国は世継ぎに恵まれておらず、近隣ではもっとも強い軍事力を誇るも陰りが見え始めていた。
だから千年祭で『今も豊かで強いんだぞ』と周りにアピールしたいようだ。
(ま、国同士のいざこざなど私には関わりのないことだ)
だがユウキは知らなかった。
千年祭を揺るがすような脅威が、近づいていることを――。
『ワシじゃ! えっ? 違う? どっち?』