こんな軽装備で山登り? そこはほら、魔法具とかでね!
日本のとある場所で過労のため社畜人生を終わらせたと思しき前世の記憶が大量に流れこみ、今の自分をさっぱり忘れてしまったユウキである。
異世界転生にわくわくがMAXなのは前世の記憶の影響だろうか。
ただ喜んでばかりもいられない。
なにせ神様的な誰かが現れてチート能力を授けてくれたとかいうイベントがあったか定かではないのだ。
富士山よりも高そうな山を一人で――いや、ふわもこの愛らしいお供だけを連れて登っている現状はあまりよろしくない、気がする。
異世界は危険がいっぱい、だと思う。だって眼下には飛竜みたいなのが飛んでいるのだもの。
(まずは現状確認だな)
果たして自分は何者なのか? 今のところ名前以外がまったく知れない。
推測する、あるいは記憶を呼び覚ます手がかりはないかと、ユウキはトランクを下ろして開けてみた。
「少ないな……」
小さなスキレットと、木製のお椀と皿とスプーン、それに細い木の棒――これは箸か? 見た目はそうだがいったん保留。
胡坐をかいて座り、衣類の裏をまさぐった。
いくつもの紙が束になり、紐で縛られていたので持ち上げる。
「手紙……だな」
全部で二十ほどの封筒だ。
ひとつひとつに宛名があり被っているのは少ない。送り主もバラバラで、いずれにも『ユウキ』の名は記されていなかった。
しかしそのすべてに同じ文字――宛先を示すものがある。
『火口の町ムスベル』
不穏しかない。
「いやいやいや、火口に町を作ったのか? この山の?」
状況をフラットに分析すれば、この山は火山で、山頂(かどうかは不明だが)付近に町があり、そこへ自分は手紙を届けようとしている、のではなかろうか。
「それ以外考えられないが……」
情報があまりに少なすぎる。
手掛かりと言えば手紙そのものであるが、さすがに中を読むわけにはいかない。
個人的には非常事態であるものの、手紙の送り主や受取人からすれば『そんなもん知らん』と一蹴されるのも理解できた。
悩ましいがやめておこう。
なんにせよ、山を登れば人の住む場所があるかもしれない。
今さら山を下って引き返したところで、見渡す限りの深い森だ。そもそもどこから来たのかもわからない中、下山するのは愚の骨頂、と思いたい。
「いったいどうやって私はあそこを抜けたんだ……?」
けっこうな高さから見下ろしているのに、見渡す限りの森、森、森だ。
森の中では方向感覚がおかしくなると聞く。
前世で樹海をさまよった経験はないが、きっと迷いに迷って力尽き、野垂れ死んでしまうのだろう。
「まあ、この山を目指していたならまっすぐ行けるか?」
周辺には他に山がない。目的地がこの高山の頂なら、枝葉の隙間から見える方へ進めばいいはずだった。
とはいえ子どもの体力だ。まっすぐ進めたとしても何日かかるやら。
水は? 食料は? やっぱり野垂れ死ぬ結末しかなさそうだ。
さらなる謎が生まれるも、ユウキはひとまず考えないことにした。
「あとトランクに入っているのは……」
衣類だけのようだ。
肌着と靴下。ぶかぶかのTシャツみたいなのは寝間着だろうか?
ところで――。
ユウキは肌着の中にあり得ないモノを見つけ、愕然とした。
震える手で引っ張り上げ、ごくりと喉を鳴らす。
大きなお椀のかたちをしたのが二つ、並んでいる。肩ひもも完備したそれは間違いなく、
「ブラジャーなんで!?」
自分は男である。それはさっき確認した。
だというのになぜ、しかもこんな大きなサイズのブラジャーがトランクの中に? それも二個。
「女装? 今の私に、そんな高尚な趣味が……?」
いや違う。
このサイズを身に着けるとすれば、つるんぺたんな男児体型ではどうしても形が崩れてしまう。詰め物らしきは見当たらないのだから、否定してしかるべきだ。
冷静に分析する自分がちょっと嫌になる。
だが肌着をまさぐっていると、今穿いているパンツとはまったく趣の異なる、小さなショーツも二枚出現してしまった。
明らかに女物である。
「キュゥ?」
キューちゃんが心配そうに見ていた。
ユウキは丁寧に肌着を畳み、トランクの中身をすべて戻す。革のベルトでしっかり固定。
結論を出すのは他の有意なエビデンスを集めてからでも遅くはない。
次に確認したのは、腰のポーチだ。
中には革製の水筒と干し肉が無造作に入れられている。
水筒を取り出した。重さを確認。左右に振るとちゃぷちゃぷ鳴る。
容量は500mlのペットボトルよりやや少ない程度。その半分ほどの液体が入っている模様。
飲んでみた。
水だ。けっこう美味しい。ぐびぐび飲んだ。そして後悔する。
辺りに水源はまったくなさそうだ。
貴重な水を、大して喉が渇いてないのに飲み干してしまった。
「町までもつかな…………ん?」
水筒に違和感を覚え、再び重さを確認。左右に振るとちゃぷちゃぷ鳴った。
「さっきと、同じ程度あるぞ?」
気のせいかと疑いつつもう一度ぐびぐび飲み干す。
またもや無くなったはずの水がちゃぷちゃぷ鳴った。
これってまさか。
「魔法の水筒!」
飲んでも飲んでも補充されて減らないヤツ!
「そうだな。ここは前世からすれば異世界だ。魔法的な何かがあっても不思議はない」
と、いうことは、だ。
ユウキは腰のポーチから干し肉を取り出した。
もぐもぐ食べる。硬いが意外にジューシーで、肉のうま味がぎゅっと凝縮されて美味だった。
干し肉を平らげたところで、嬉々として腰のポーチに手を突っこむ。
「さあ、干し肉よおいでませ!」
次の瞬間には、ユウキは四つん這いになって打ちひしがれていた。
「魔法のポーチじゃ、なかった……」
「キュゥ……」
キューちゃんがユウキの頭を、片方の耳でそっとナデナデしてくれた――。
次回、魔物襲来! そしてユウキは思い、出すのか!?(何を?)