ハーフエルフのお仕事は? 旅人のサポートやってます。
レアンド王国の王都レアドリスに到着して早々、偶然助けた女性がユウキを知る人物であった。
地竜がぼんやり寝そべり、辺りが騒然とする中、衛兵が駆けつけて職務質問をされると厄介だ。ユウキは正規の通行証なしに王都へ立ち入ったので。
「すみません、ちょっと来てもらえますか」
「へ? ひょわわっ」
まだ腰を抜かしていた女性を肩に担ぎ、トランクを持って飛び上がる。キューちゃんは頭の上にのっかった。
高い建物の上を伝って人気のない裏路地へ降り立つ。
「ど、どうしたの? いったい……。はっ!? もしかして、また通行証なしで街に入ったとか?」
記憶を失くしても同じ人物。やることは一緒だった。
ひとまず現状を説明する。
「また記憶を失くしたの!?」
以前のユウキを知る者の反応は同じらしい。
「ではあらためまして。私はエマ・セリエル。この街の交通局に勤めています」
女性――エマは砕けた口調から一転、丁寧にあいさつしてお辞儀した。
キューちゃんがぴょんと跳ねて彼女の胸へ。
「あはっ♪ キューちゃんも久しぶり。元気にしてた?」
「キュー♪」
「はわぁ~、このもふもふ感、癒されるぅ……」
エマはキューちゃんを抱いて蕩けた表情になるも、ハッとして表情を引き締めた。
「し、失礼しました。それから私、ハーフエルフでもありまして、この街の『エルフ族会』の事務局でもお手伝いをしています。以前ユウキさんとはそこで知り合いました。ご自身の耳のかたちがエルフに似ているから、との理由で立ち寄ったんですよ」
「なるほど。ところでエマさん、以前の私に接するのと同じ感じでお願いできますか」
「えっ。ああ、はい。前は話す機会が多くて、いつの間にか友人というかお姉ちゃん目線というか……うん、こっちのほうが話しやすいかな」
「それで構いません」
「だったらユウキ君も丁寧な言葉遣いはやめてほしいなー。お互い、わりと気さくに話してたんだよ?」
そうなのか。
しかし実感的に初対面で見た目年上の人にフランクな言葉遣いは躊躇われる。が、エマがいいならと口調を変えることにした。
「できれば以前の私についていろいろ訊きたいのだが、いいかな?」
「それは構わないけど……私これからお仕事なんだよね」
うーん、と何やら考えてから。
「今日は顧客対応が入ってないし、ユウキ君がお客さんとして来てくれれば私が対応するけど、どうかな?」
「お客?」
「交通局って旅行の案内もしてるの。旅人のサポートもお仕事のひとつだから」
旅行代理店のようなものだろうか。
「ではお願いしようかな」
「うん、あ、でもさすがに遅刻かなあ……」
がっくり肩を落とすエマを、
「ほわっ!?」
ユウキはひょいとお姫様抱っこして。
「職場はどっち?」
「へ? ああ、大通り沿いをあっちに真っ直ぐ、だけど……ひょわ!?」
ユウキは頭の上にキューちゃんがのるのを待ってから、ぴょんと飛び上がった。
屋根伝いに建物から建物へ。
「こ、この辺りで!」
エマの言葉に裏路地へ降り、何食わぬ顔でエマの手を引き大通りに戻った。
「す、すごいね。さっきの暴れ地竜にもそうだったけど、ユウキ君って冒険者だったり?」
どうやら前に会ったときは力を隠していたらしい。今さらなので言い訳できなかった。
「ああ、でもムスベルのエルフの呪いを解いてたっけ。私はユウキ君がいなくなってから知ったんだけど、その人たち、すごく感謝していたよ」
大通りを進むと、五階建ての大きな建物にエマは入っていった。ユウキはキューちゃんを抱えてその後に続く。
一階は広い受付ロビーになっていた。
いくつも並ぶ受付カウンターの向こうでは、様々な種族が同じ服を着て働いている。
ロビー側は長いソファーがいくつも配置されていて、朝早くから多くのひとで賑わっていた。
「ぎりぎり間に合ったぁ」
壁にかかった時計を見て、エマは肩の力を抜く。受付の同僚と何やら話すと、ユウキを手招きする。
「VIP用の応接室が空いてたから、使わせてもらうことにしちゃった」
ぺろりと舌を出すエマに連れられ、二階の一室に通される。
革張りのソファーとガラス製のローテーブルが中央に置かれ、壁にはよくわからない奇妙な絵画が飾ってあった。
エマが飲物と菓子を準備し、向い合せて座る。
今回記憶を失ってからの顛末をユウキは語って聞かせた。
「ムスベルを解放……自由に往来できるようにしたってそれすごすぎないかな!?」
「できることをやっただけで……」
「いやいやいや! それに山の主と和解して、イビル・ホークが神獣に? もうなんていうか、理解が追いつかないよ……」
エマはぐるぐる目になってのち、「待って。でもそれって……」なにやら考え始めた。
「うん、高山の頂にある火口の町で、神獣もいる。絶景と神獣を拝めるツアーが組める!」
「観光スポットにするの? でもムスベルの人たちに迷惑をかけたくないので、それはどうなんだろう?」
「もちろん町の人たちの生活を荒らす気はないよ。今まで閉ざされていた彼らが、これからお金を得る方法はあったほうがいいと思う。お互いの利を模索する話し合いはきちんとするつもり。私だってエルフの血を引く者だもの。エルフ族会も協力してくれるしね」
すくなくともエマは信頼できる人物だと思う。
「まあ、何かよからぬことがあれば神獣になったイビル・ホークが黙ってないだろうし」
「だ、だよねー」
エマはちょっと顔を引きつらせる。
「彼らと交渉するときは私の名前を使っても構わない。ただ本当に、彼らの生活を乱すようなことはしないでほしい」
「はい、肝に銘じておきます」
真摯な眼差しを向ける彼女に、この人なら大丈夫だと確信するユウキだった――。