目的地はどこですか? まずは都会へレッツゴー。
町に入ってすぐは地上には飲食店が、大樹の幹をくり抜いたところや太い枝の上には住居スペースが乱雑に配置されていた。
さらに奥へ進むと、今度は大きな木造りの建物。どうやら倉庫のようだ。
道行く人に話を聞く限り、二つの大国を行き来する腕自慢たちの宿場町である一方、彼らが付近で獲得した素材を集めた物資の貯蔵拠点でもあるらしい。
時おりやってくる飛竜船(というのがあるそうな)に積みこみ、南北の大国へ送るのだとか。
(航空輸送技術があり、魔物を飼い慣らすこともできる世界なのか)
感心しつつ町を練り歩いていると、火口の町ムスベル出身のエルフたち三人と出会った。
彼らはユウキを見て落胆する様子をみせたものの、山頂での出来事を語って聞かせると。
「もう行って帰ってきたのか!?」
「しかも全員の呪いを解いてくれた!?」
「町のみんなも自由にこっちへ来られるって!?」
盛大に驚いていた。
ここには彼らのほか、数名がいるだけだ。手紙の数と合わないな、と尋ねてみると。
「君は南のレアンド王国から来たと言っていた。そこで私たちの同胞と出会い、こちらを目指してきた、とね」
門番をしているブルホが言うには、ユウキは前世の記憶を思い出す前も、今の姿での記憶を失くしていたらしい。
この町を訪れた理由を、この町に住むエルフたちに伝えたところから、記憶喪失になったのはレアンド王国滞在以前とみて間違いなかった。
三人にご飯をご馳走してもらって別れたあと、ユウキは歩きながら考える。
(この町ではムスベル出身者の呪いを解く以外、ほぼ何もやっていないな)
滞在した時間は半日にも満たない。
食事をして彼らが手紙を書き終えるのを待っていたくらいだ。
(私が何者であるかを知るには、レアンド王国とやらに行ってみるのがよさそうだ)
大国というくらいだから栄えているだろう。であれば人は多い。多くの中から知り合いを探すのは大変だが、逆に自分を知る者の絶対数も多いと考えられる。
そしてなにより。
(人が多い……それすなわち都会。都会かあ……)
異世界の都会に、俄然興味が湧いた。
「キューちゃんは都会が苦手だったりしないかな?」
「キュキュキュ♪」
楽しそうな様子から、こちらも興味津々というのが伝わってくる。
「よし、じゃあ都会を目指そう!」
「キュゥ!」
次なる目的地が決まった。
「と、その前に」
ユウキはトランクを持ちあげた。
この中には、神獣に至ったイビル・ホークからもらった尾羽が入っている。
(たしか、加工すれば空を飛べるアイテムになるそうな)
ユウキは飛翔魔法を使えるが、それは女の子の姿をしているときだけだ。
たぶん寝て起きたら男の子に変わり、驚異的な身体能力を発揮できる代わりに魔法の力を失ってしまう。
(なんとなく作れる気がするな。やっておくか)
ユウキは人目を避け、大樹の根元に腰を下ろして尾羽を取り出す。
フード付きのマントを脱いで地面に広げた。尾羽を上に置き、両手をかざして魔力を練り練り。
あーだこーだと試行錯誤するうち、
「うん、できた! ような気がする……」
尾羽がマントに埋めこまれ、刺繍したような感じになった。
マントを羽織る。トランクを持ち、キューちゃんを抱え、魔力を使わず空を飛ぶイメージを頭の中で描いてみた。
ズビュン!
「わひゃ!?」
「キュァ!?」
真っ直ぐ上に射出され、枝葉を突き破って上空へ。
「うひょぉおおおぉぉおお~!?」
「キュキュゥ~♪」
そのまま南へ向かって飛んでいった――。
火口の町ムスベルでは、町の外へ出かける準備に追われていた。
ふもとの町へは食料などを土産にし、友好的に接触しなければならない。すでに町から出た者が住んでいるものの、一方で舐められてはならないので力自慢が体を鍛え、基本的な魔法が使えるほど訓練を積んでいた。
湖の魚は大きく身が引き締まって美味い。
土産のひとつに、と釣りに出向いた者が妙なものを見つけた。
ぷかぷか水面に浮く、見知らぬ誰かだ。
警戒しつつも慌てて救助し、念のためロープで縛って町長カーチスの家へ運ぶ。
「ふははははっ! ワシに対するこの扱い、実に不敬であるがそれはそれ。救助ご苦労。その功績に免じて不問と致す!」
褐色肌で真っ白な髪をした、赤い目で妙な物言いの女の子。
カーチス以下、数名が彼女を囲んで唖然とする。
「む? 言葉は通じておろう? 貴様らの話しぶりから使用言語の切り替えはできておるはずじゃが? はずじゃが!?」
「いや、まあ、言葉はわかるのだが……。君はどこの誰で、どうして湖に浮いていたのかな?」
カーチスがやんわりと尋ねる。
「うむ、よくぞ聞いた! 闇を統べ混沌を吐く〝災厄の魔王〟ルシフェ様とはワシのことよ! よくわからんが滝から落ちたワシである。ホントになんで?」
カーチスたちは事情がさっぱり呑みこめない。見た目幼い女の子が『魔王』を名乗っても残念な感じしかしなかった。
腹を空かせているようなので縄を解いて食事を振る舞う。
この町の成り立ちを説明し、
「ほほう? 神の呪いとな? 神ってわりと理不尽よね。その点ワシは下僕どもに週休二日、サビ残ナシのホワイト環境を提供しておったよい魔王。一宿はまだじゃが一飯の貢に報いるのも吝かではない。うわーっはっはっはもぐもぐもぐ、うんこれ味ちょっと薄くない?」
さらについ最近、呪いが解けて町が救われた話をしたところ。
ギラリと、赤い双眸が妖しく光る。
「ユウキ……なるほど、そやつが我が眠りを妨げし者か」
「眠り……?」
「くっくっく、只では済まさぬ。さっそく彼奴を捕らえ、女に生まれたことを心底後悔するほど、あんなことやこんなことをたっぷり味わわせてやろうではないか! そして最後はワシが食べちゃう。ペロッとね」
哄笑を上げるルシフェだったが、次の瞬間には目がトロンとして。
「あ、ごめん。ワシもう眠い。寝かせて……」
ころんと床に転がり、ぐーすかと寝てしまった。
なんだかよくわからないまま、カーチスたちは彼女をユウキが使っていた客間に寝かせるも。
翌朝様子を見に行くと、客間はもぬけの殻になっていた――。