別れは笑顔で新たな旅路へ? 追ってくる者もいるようです。
ユウキは一度、町の中心部へ向かった。
トランクを持って舞い戻る。
急斜面を魔法カッター的なもので抉って整え、転移門の術式を構築した。
転移門と呼んではいるが、見た目は暗黒の渦のようなものだ。
見た目が闇落ちしそうな感じなのでどうにかしたい。
というわけで、板を組んで作った大きな扉を嵌めてみた。周りは鉄製の囲いに見えるように幻影魔法で細工する。
(たぶんあちらもこんな風にしているはず)
いまだ記憶はあやふやだが、そんな気がするからきっと大丈夫。
「手をかざして念じれば、勝手に扉が開くようにしてあります。同じように念じるか、通る人がいなくなってしばらくすると自動で閉まるようにも」
いちおうこれで魔物が偶然入ってくることはなくなる。
ただエルフたち以外を許容すると、町を襲う輩がやってくるとも限らなかった。なので、
「これがマスターキーになります。で、こっちがスペア。開けるための鍵ではなく、転移門の開閉ができる人を登録するためのものですから、失くさないでくださいね」
呪いを解除するときに全住民の情報を得ていたので、すでに今の人たちは登録していた。今後、町の外の誰かや子どもに対して必要になるだろう。
「では、私はひと足先に転移門を通ってふもとの町へ向かいます。皆さんはいろいろ準備もあるでしょうから、のんびりしていてください」
ユウキがさらりと言ってトランクを持ちあげると、慌ててクライドが呼び止める。
「待ってくれ。もう行ってしまうのか?」
「できることはすべてやってしまいましたから。ふもとの町では以前の私を知る人がいるかもしれません。何かしら情報を得るには、早い方がいいかなと思いまして」
何か言おうとしたクライドの肩をつかみ、その父カーチスがユウキの前に出た。
「ユウキ殿、数々の奇跡を起こし我らを救ってくださり、本当にありがとうございました。みなを代表して、感謝の言葉を述べさせていただきます」
深々と頭を下げると、後ろに控える多くのエルフたちも首を垂れる。
「多大なる恩義に見合うものを、残念ながら我らは持ち合わせておりません。それでもどうか、こちらをお納めください」
カーチスはユウキに歩み寄ると、懐から革袋を取り出した。
準備がいいな、と思ったが、おそらくはいつユウキが出ていこうとしてもいいように用意していたのだろう。
「我らの祖先がこの地へ至るときに持ってきた、当時の貨幣です。今使える保証はありませんが、換金すればいくらかにはなるかと」
この町はこれから外との交流が待っている。ならば彼らこそ持っているべきではあろうが、固辞すれば優しい彼らはもやもやを抱えて過ごすことになるだろう。
すこしでも気が晴れるなら、と。
「助かります。お金を持たずに旅していたようなので」
頬を掻いて受け取る。ずしりと重い。
カーチスたちの表情がいくらか緩んだ。
『では、我からも餞別を送らせてもらおう』
イビル・ホークは頭を後ろへもっていき、クジャクみたいな尾羽を一本、鋭いくちばしで引き抜いた。
『空を翔るそなたには不要かもしれぬが、加工すれば飛翔を可能とする魔法具になる』
「それはありがたいです……が」
なにせでかい。不思議なことに小鳥の羽ほど軽いのだが、二メートルくらいあった。
『丸めてトランクにでも入れておけばよい』
壊れたりしないだろうかと心配しつつも、言われたとおり丸めてトランクに押しこんだ。
「道中のご無事をお祈りしております。記憶が戻るとよいですな」
「ありがとうございます。ここではいろいろな体験をさせてもらえました。それ以前に、すごく楽しかったです」
ユウキはトランクを持って転移門に駆け寄ると、空いた手を扉に添えて念じる。
扉は斜面のある内側へと開いていき、真っ黒な転移門の本体が現れた。
と、ユウキは不意に思い出す。
(そういえば、マグマ溜まりにあったアレはなんだったのだろう?)
火山の噴火を抑える魔法術式を構築中、灼熱の世界に妙なものを見つけた。
そこでは保留していたが、今日になってあらかた仕事が片付いて水遊びをしていた最中にも思い出し、もう一度確認してみたところ。
(なくなっていたのだよなあ)
色は術式展開中で実際に見たわけではないので確証はないが、なんとなく黒――転移門の色よりも深く妖しい漆黒だった気がする。
(ま、気にしても仕方がないか)
どのみち高山の地下深くにあったものだから手出しできない、こともないがすごく面倒だ。
ユウキは忘れることにした。
「それではみなさん、またお会いできる日を楽しみに!」
ユウキは大きく手を振って、漆黒の闇に飛びこんだ。
最後にエルフたちの笑顔を目に焼き付けて――。
転移門をくぐると、当たり前のようにそこは森だった。
「キュキュキュゥ♪」
続けて飛び出す白いふわもこ。
「さて、町はどちらかな?」
転移門を閉じてきょろきょろすると、ご丁寧に矢印型の案内板が立っていた。
「私の仕業だろうか?」
まさか記憶を失うなんて予想だにしていなかったと思うが、山頂のエルフたちのためにいちおう作っておいたのかも。
「ともかくあちらへ行ってみよう」
「キュキュッ!」
キューちゃんもきりりと顔を引き締める。よくわからないがなんとなく。
町へ行けばユウキを知る人がいるかもしれない。そこから自身が何者か思い出す情報が得られたなら嬉しい限り。
期待半分、不安半分。
それでもせっかく転生したのだからと、異世界を満喫しようと希望に燃える。
そんなユウキの行く手には、
バキバキバキッ。
「ブモッフォォッ!」
大木を薙ぎ倒すほどでっかいイノシシが立ちはだかるのでした――。
――およそ半日前。
高山の地下深く。
灼熱の世界に沈むひとつの〝影〟。
ソレは闇を統べる王であり、混沌を無限に吐き出す災厄だ。
遥か昔、地上の民では到底及ばぬその力を、神々はどうにか封じることに成功した。
しかし復活のときは近い――――と思っていたその矢先。
絶対防御であるはずの殻の隙間をするりと抜けて、妙な魔法術式が〝核〟を掠めた。
頑強ではないがゆえに守りを固めていた核には小さな亀裂が生まれ、あれよと言う間にヒビは大きく裂けていく。
このままでは復活どころか消滅の危機!
どうにかこうにか数日をかけ、マグマを抜けて地上へ向かう。そこは巨大な湖だった。
限界が近い。
消滅の危機を回避すべく、漆黒の殻の中で貯めこんだ魔力の多くを使ってその姿を形作った。
「おのれ……、闇を統べ混沌を吐く〝災厄の魔王〟ことこのワシ、ルシフェ様をここまで追い詰めるとは……やるではないか!」
透き通るような白い長髪に、艶やかで弾けんばかりの褐色肌。赤い目をくりくり動かす彼女は見た目十歳くらいの女の子だった。
人族との違いは三角の耳。ユウキのものと瓜二つだ。
「いや本気で死ぬかと思ったわい。じゃがワシはそう簡単にはやられんぞ? どこの誰かは知らんが、絶対に見つけ出して食ろうてやるわ!」
殻の中で哄笑を上げる彼女はしかし、ふと気づく。
「なんか流されとらん? ここ湖の底だよね? なんでホワイ?」
それはすぐ近くに不運にも、ユウキが開けた転移門があるからで。ただ本来は生物や流木などを吸い寄せないよう設定してあるのだが、彼女にはなぜだか反応しなかった。
身の危険を感じて殻をパージ。生身で泳げば絶対速い!
「がばごぼげぼがぼ……」
しかし生まれたばかりで泳ぎが下手すぎ、
(うぎゃーっ! 吸いこまれるぅ~!?)
転移門に吸いこまれていくのだった――。
ポンコツヒロイン大好き侍、思いつきで登場させ申す。
それはそれとして。
第一章、完! です!
二章では森の町へ行き、そこから別のところへ向かいます。都会へ行きたい欲。
【作者からの切実なお願い】
ここまでお読みいただき、ありがとごうざいます。
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