残りのお仕事はなんですか? でっかい鳥の相手です。
翌日の昼になった。
「ひゃっほぉー♪」
「キュッキュゥー♪」
斜面から流れ落ちる滝を、ユウキはタライ状になったキューちゃんに乗って滑り落ちる。
エルフたちから借りた水着はビキニタイプで、分厚く硬い布製なので伸縮性がなくちょっときつかった。
滝つぼにぶち当たる直前、キューちゃんは底の部分を尖らせて着水するや、側面をぐいーんと伸ばしてユウキを包みこんだ。
球体に変化したキューちゃんの中はふわもこで気持ちいい。
滝つぼの底に沈んだキューちゃんはやがて、すぽーんと勢いよく水面から飛び出した。そこで元の姿に戻り、ユウキと一緒に落っこちる。
バッチャーンと外周湖に入ったのち、浮き輪型に変化したキューちゃんに包まれ、ユウキは水面を漂った。
「あともうすぐだな」
陽光を浴びながら、ふぃーっと息をつく。
昨夜はいろいろやった。
まずはこの滝だ。
地下水を汲み上げている方式を変更し、別の水源と『時空の穴』を通じてつなげてみた。
この火山の反対側(ユウキたちが昇ってきたのと逆側)には、見える範囲で大きな湖があった。飛翔魔法でかっ飛ばし、そこに『転移門』を作成。今ある滝の出現位置にも転移門を作り、つなげて実現した。
水の量は潤沢なのですこしばかり拝借してもあちらが枯渇することはなさそうだ。
水質・水温の違いも軽微で、生態系へ著しい影響を与えることもないと思う。
それが終わると、クライドが全町民をいくつかの場所に集めてくれたので、彼らの呪いを解きまくった。
彼らは今後、他のエルフ族と同じく長い寿命と強い肉体、そして魔法の力を取り戻したので生活が一変するだろう。
ここまでやればほぼ終わったも同然だったのだが、ユウキは続けて火口の町を包みこむ環境維持結界にも手を加えた。
外周湖の真ん中付近に境界面があったのを、一部を除き火口の外周にまで広げたのだ。
おかげで滝の辺りもあったかで、水遊びにはもってこいになった。
(さて、残る問題は……)
あとひとつ。
高山の頂に隔離されたこの町ムスベルを、ふもとの町とつなげて往来可能にする。
それを実現するには、滝と同じく『転移門』を作ればいい。
二つの場所をつなげるこの門は、ムスベルだけでなくふもとの町付近にも設置しなければならない。
(だがそれはもうすでに行われているはず)
クライドから見せてもらった手紙には、それを示唆する言葉があった。
だからムスベルに転移門を作ってそれとつなげれば、別の町への往来は可能になる。
転移門の設置自体には問題を感じていない。
(ただなあ……)
湖にぷかぷか浮きながら空を眺めると、遥か高くを旋回する一羽の鳥。
(あの巨怪鳥が黙ってはいないだろう。さて、どう説得するかな)
会話できるならやりようはあるか、と楽観するユウキ。
「おーい、ユウキー!」
呼び声に顔を向ければ、クライドが湖岸で大きく手を振っていた。
飛翔魔法で水面をずしゃーっと滑って彼の下へ。
「……君、本当に女の子だったんだな」
ユウキは下を向き、濡れそぼった自らの肢体を見やる。胸しか見えなかった。
急に恥ずかしくなる。内なる『乙女』の仕業であった。
ちなみにクライドたちはみな、ユウキを『賢者の再来』と崇め奉ろうとしたのだが、それはやめてとユウキが嫌ったので、出会った当初と口調を変えないよう努めているらしい。
「いやその、まあ、なんと言いますか……」
最初に会ったときは男の子で、寝て起きればたぶんそうなる。が、今は魔法を使う必要があるためユウキは一睡もしていなかった。
「すまない。じろじろ見ては失礼だったな。こちらの準備は終わったよ」
「ありがとうございます。お手数をおかけしました」
「いや、君には頼ってばかりだからね。我らができることはやらせてほしい。しかし……ゆっくり休んでいたかと思ったら、ずいぶん元気だな」
「さほど疲れてはいませんから」
眠気は魔法で吹っ飛ばせる。それでも寝たほうがよいのだろうが、今はまだいいとユウキは表情を引き締めた。
「それでは交渉に赴きましょうか」
「ああ。……あー、ところで、その格好で行くのか?」
いまだ濡れそぼった水着姿だとユウキはハッとする。
「……すみません、あっちを向いていてもらえますか」
ユウキは茂みにダイブ。体の水気を魔法で飛ばし、そそくさと着替える。
「では行きましょう!」
馬に乗ったクライドの横を、キューちゃんを抱えて飛んでいった――。
ユウキが最初に訪れた斜面付近。
環境維持型結界は火口の外周まで広げたが、この辺りは対岸から数メートル地点までにとどめていた。境界にはユウキが杭とロープで立ち入り禁止の区切りをこしらえている。
そして湖面には、浮橋がかけられていた。
エルフたちが朝からせっせと作ったものだ。
転移門は超高度で複雑、かつ実行時に大量の魔力を必要とする。
魔力は地脈を利用すればどうにかなるが、環境維持型結界もまた高度な魔法術式であるため、その内側に転移門を作ると互いに干渉しあって動作不良を起こしてしまいかねない。
だから結界の外に作る必要があった。
つまり転移門を設置する場所は、安全地帯から外れてしまっているわけで。
ユウキはてくてくと浮橋を渡った。大して揺れもしないし、荷馬車一台なら問題なく通れるほど頑丈だ。
立入禁止の区切りの前で深呼吸。
いざ、とロープを潜って結界の外に出た。
びゅおん、と。
上空からものすごいスピードで落ちてくる巨大な影。ユウキが出てくるのを待っていたようで、イビル・ホークが舞い降りた。
二十メートルほどの距離を開け、対峙する。
「貴方と話がした――」
ユウキが語りかけるその最中。
巨怪鳥はあーんと口を開け広げ、
ゴオォッ!
巨大な火炎球を吐き出した。ユウキの体を丸ごと飲みこめる特大サイズだ。
バチィィンッ!
しかしユウキが虚空に展開した魔法陣に衝突すると、火炎球は弾けて消えた。
『なにっ!? 我が灼熱の魔法を防いだだと!』
イビル・ホークはバサバサと羽音を鳴らしながら驚く。
『あの忌々しい賢者めの防御をも破壊した我が最大の攻撃を……そなたは……』
愕然とする巨怪鳥に、ユウキは穏やかな笑みを返すのだった――。