賢者のお仕事引き継ぎます? もう作り直しちゃおう。
男の子の姿では人を超越した身体能力を、そして女の子の姿ではそれを失いつつも、魔法の力を持つユウキである。
今は夕方。西の斜面がほんのり茜色に色づいていた。
走ると疲れるのでびゅーんと飛んできたところ、少数ながら広場にいたエルフたちがぎょっとして、遠くの人たちも呼ぶ始末。
(ものすごく目立っている。恥ずかしい!)
ユウキはキューちゃんをぎゅっと胸に押しつけて、浮遊状態を解除した。
何食わぬ顔で歩き出し、石碑の前にやってくる。
実のところユウキは、石碑に記された内容を一言一句余さず記憶していた。
だからこれを再読しにきたのではない。
(やはりここが、魔法術式の中心だったか)
男の子の姿のときは魔法関連に鈍感だったため気づかなかったが、今はビンビン感じる。
石碑を中心として、かつて賢者とやらが構築した魔法術式すべてが展開していた。
地脈と呼ばれる、自然界に存在する魔力が多く流れる川のようなもの――それが集まる場所がここだった。
(複数の魔法術式を統括する術式が石碑自体に構築されている、のだが……)
もし石碑が壊されでもしたら、すべての術式がストップする。
(な、なんてお粗末な……)
たぶんこれが一番効率的なやり方だったのだろうが、冗長性のないシステムはちょっとしたことで瓦解するのが常だ。
(賢者ならその辺りも考えてほしかったところだな)
遠い過去の人を非難しても意味はない。
ユウキは目を閉じ、足元に意識を向けた。
深く、巨大な山の内部に潜る。
(これが火山の噴火を抑えている術式か)
超巨大な魔法陣が三層。しかし一番下の魔法陣には亀裂が生じている。あくまでユウキが捉えたイメージで、実際にヒビが入っていたら機能しない。
ただ火山性の地震が小さいのでもひとつ起きれば三層目は破壊されてしまうだろう。
(修復するより、作り直したほうが早いし確実だな)
いまだにこの世界での記憶が思い出せないユウキだったが、やり方は知っていた。
詠唱は必要ない。
ただ知識として刻まれた部分から術式を引っ張り出し、それを具現化するだけでよかった。
(思い出もこんな風に思い出せたらいいのだが……)
それができないもどかしさをいったん横に置き、体の内で魔力を練り練り。
ユウキの体から光があふれた。
風が絡み、バタバタとマントを躍らせる。
(メインの防御魔法陣を展開……それを守る小魔法陣を七層構築……)
小魔法陣とはいえ、そのひとつひとつが仮に山の上部を吹き飛ばすほどのエネルギーであろうと受け止める堅牢な代物だ。
(しかしこれはあくまで『噴火』に準ずるエネルギー解放があった場合の〝保険〟に過ぎない)
ユウキはさらに下へと意識を沈めた。
真っ赤なマグマが蠢く深いところまでやってくると、
(ん? なんだこれ?)
妙なものを見つけた。
いったん保留し、そこにも別の魔法術式を展開する。
圧力が上昇するのを抑えるなど、噴火そのものを抑止する術式だ。
(よくこんな術式を知っていたものだな。いや、知っている術式をたんに応用しただけか)
その応用がすらすら出てくる自分に驚きつつも、賢者が築いた魔法術式につながっていた地脈を切り替え、
「よし、終わった」
ユウキは最大の懸念事項をやり遂げた。
ふぅ、と息をついてすぐ、ぎょっとした。
「ユウキ、終わった、とは何が……」
クライド他、大勢のエルフたちが石碑の周り――ユウキを囲んで集まっていた。
ものすごく注目されている。恥ずかしい!
「えっとその……火山の噴火が二度と起こらないよう、魔法をかけておいた、のですけど」
しん、と静まったのは一瞬。
わっと歓声が上がった。
「君はなんて子なんだ!」
「これで我らは救われた!」
「ありがとう!」
「賢者様の再来だ!」
前世の社畜時代にこれほど称賛されたためしがないため、引きつった笑みしか作れない。
「あの、でも私みたいな部外者の言葉を安直に信じるのはどうかと……」
そんな心配も湧いてきた。
クライドが進み出る。
「何を言うんだ。君は私の呪いを解いてくれた。手紙にも多くの同胞が君のおかげでエルフの矜持を取り戻せたと書いてあったんだ」
別の誰かが言葉を継ぐ。
「そうだ! 君こそ我らが救世主。その言葉を疑えるはずがない!」
面映ゆくてじっとしていられない。
「で、では、みなさんの呪いも解いておきましょうか」
「えっ? いや、今まさにとんでもない大魔法を使ったのだろう? しばらく休んでくれないか」
「地脈の魔力を拝借していたので魔力はほとんど減っていません」
唖然とするエルフたちをユウキは眺め、クライドのときのようにそれぞれ半透明の画面が現れたのでバババババッと、これまたクライドと同じく呪いの術式を無効化した。
一度やっていたので並列処理でも簡単だ。
歓喜に湧く中、ユウキはクライドに淡々と告げる。
「ここにいないひとたちの呪いも解きたいと思いますので、どこかに集めてもらえますか?」
「それは構わないが……この町には一万ものエルフがいるんだぞ?」
「あー、この広場だと容量が足りないですね」
「いや、数が問題だと言っているのだが……」
それはまったく問題ない。一度に一万を捌けるかは未知数だが、数百人ずつでもさほど時間はかからないだろう。
ただ寝てしまうと魔法が使えなくなる、と思う。
「私は他の問題にも対処してきますので、みなさんを集めるのはお願いしますね」
「他の問題、とは?」
「まずは水源ですね。あの滝はあと数年も持ちません。地下水が枯渇しかけています」
「それも、解決してくれるのか……?」
「乗り掛かった舟、というやつですね。記憶を失くしているのでいろいろ試したいのもあります。『ついで』と言うのは失礼ですが」
ユウキにしてみれば見知らぬ他人だ。しかし長らく理不尽な苦労を強いられてきた彼らに、前世の自分を重ねていた。
だから彼らに手を差し伸べるのは、自身へ報いるのと同義だった。
それから、とユウキはあっけらかんと告げる。
「この町と別の場所をつなげます。山を上り下りしなくても、外と交流できるようになりますよ」
クライドたちは理解が追いつかず、ただぽかんと口を開け広げるのだった――。