あちらとこちらの違いとは? どっちもすごいらしいですね。
キューちゃんを胸に押しつけるようにして隠し、床に降り立つ。
「飛翔魔法……空を飛ぶのはわりと難しい魔法なのでしょうか?」
「あ、ああ、そうか。君は記憶を……。それでも魔法が使えてしまうのはすごいな」
どこか期待に満ちた瞳を向け、クライドはユウキの質問に答える。
「我らの祖先が山の神の怒りに触れて呪いを受けたとは話したろう? その影響のひとつに、魔法が使えなくなるものがあった」
呪いは子孫たる我らにも受け継がれ、いまだに彼らも魔法が使えない。
しかしいつか呪いが解かれる日を夢見て、彼らが使える魔法のやり方は書物にしたためて大切に継承してきたのだとか。
「その中に飛翔魔法は存在しない。厳密にいえば、『エルフ族ではそもそも使えない魔法』と記されているんだよ」
エルフは高い魔法力を有する種族だとクライドは付け加える。
特に風にまつわる魔法では多くの種族を圧倒するも、飛翔魔法は困難を極めるのだという。
「なるほど。たしかに飛翔魔法は『風』とは直接関係ないですもんね」
使ってみての感覚では、念動力とか重力制御とかの部類だろう。
「そうなのか。俺はてっきり風系統の魔法だと思っていたのだが……」
羨望の眼差しを向ける彼に、ユウキはおや? と首を捻った。
クライドから妙な雰囲気を感じる。
彼から何かが放出されそうであるのに、それが無理やり抑えられているようなもどかしさ。
(呪い、か……)
本来は魔法が使える種族なのに、今は使えなくなっているこの町の住人たち。魔力的な何かを封じ込められていると考えれば、この感覚は納得できる。
「な、何かな?」
じーっとクライドを見る。
見てどうなるかは知らないが、ユウキの直感がそうしろと告げていた。
やがて――。
(ん? なんだこれ?)
クライドの周囲に、半透明の画面らしきが現れる。そこには幾何学模様や数式みたいなのがずらずら表示されていく。
「ああ、なるほど」
呪いとは魔法的な何からしい。彼らが先祖代々受け継いでいる魔法術式が見えているのだ。
(たしかこれ、見えていたら中身をいじくれるんだよな)
なぜだかそんな気がして全消去を試みる。が、こちらの命令を受け付けない。
(ああ、そうだった。上書きはダメなんだよな)
またもそんな気がして、今度は術式の無効化を試みた。
(ふむふむ。クライドさんの魂を縛っている術式が生殖細胞にコピーされて子々孫々まで受け継がれる、と。なら大本を消してしまえば、呪いが子どもに発現することはないな)
上書きはできないが、魔法術式を書き加えることはできる。
(術式の対象を彼の魂から別の何かに切り替えるよう、条件式を足してみよう)
魂という形のない概念から、彼を構成する肉体の一部――もう髪の毛でいいや、と条件式を加えてみた。
「ッ!? なん、だ……、体が、熱く……?」
クライドが苦しそうに顔を歪めた。
代々魔法が使えない呪いを受け継いできた彼らは、魔力を扱える肉体構造が退化してしまったようだ。
命の危険はないものの、常に熱っぽい状態になるらしい。
(魔力の循環を肉体の構造に合わせて抑制する術式を加えて――)
「ん? 熱が、引いていく……」
ユウキは呪い術式以外の、エルフ本来の特性情報を読み取る。
(魔力の上限と、肉体が耐え得る魔力の限界の値が違うのか。変数は肉体限界のほうに合わせて…………うん、これでよし)
寿命や肉体の強さも抑えられていたが、こちらは条件を追加して解除するだけで、今の彼自身に影響は出ない。寿命は延び、肉体は鍛えれば今以上に強くなるのだ。
「呪いを解除してみました。事後報告になってしまってすみません」
クライドは呆然としつつ、うわごとのようにつぶやく。
「この解放感……そう、か。やはりみなの手紙に書いてあったのは、本当だったのか……」
「手紙?」
クライドは涙をこらえるように表情を引き締め、ポケットから紙を取り出した。
「君が届けてくれた手紙だ。ひとつだけ持ってきたが、確認した限りみな同じことを書いていたんだよ。『ユウキは呪いを解除できる』とね」
手紙を受け取り読んでみた。
町を捨てたことへの謝罪や近況が語られているところはプライベートにかかわるので流し読んでの後半部分。
(私が呪いを解除して、町の危機を察知した、とあるな)
ついでに『このお方こそ賢者様の再来だ』と面映ゆい言葉も記されていた。
「本当に、ありがとう。まさか呪いが解除される日が来るなんて……」
ここまで努めて平静を保っていたクライドは感極まったのか、ぼろぼろ涙をこぼし始めた。
先祖の呪いで閉ざされた町に囚われていたのだから無理もない。
とはいえ、だ。
「ひとまず皆さんの呪いを解くのは後回しにして、もう一度石碑へ行っていろいろ調べたいのですが、いいですか?」
「それは願ってもないが……神の呪いを解くなんてことをやってのけたんだ、負担は相当なものだろう。まずは休んでくれ」
「いや、まったく疲れてはいないので、やることをちゃちゃっとやってしまいたいのですよ」
「ちゃちゃっと……」
休んでうっかり寝てしまうと、今度は魔法が使えない男の子の姿に逆戻りかもしれない。
(それに、今のこの姿での違和感の正体を調べたい)
体が重い。
胸の重量変化を考慮しても、これほどまでに重力を感じてしまうのはなぜなのか?
(いや、重いんじゃない。体の重さを感じられるようになったんだ)
男の子の姿のときはそれがなかった。
ふつうに生活していれば気にも留めないことだが、寝る前までは本当に重力を感じないほど体が軽かった。
急に重力を体感してしまったから、体が重いと錯覚しているのだ。
軽いはずのキューちゃんにも重みを感じるこの状態はおそらく……。
ユウキは軽く床を蹴って跳んでみた。キューちゃん並みの跳躍力だ。
数度、じっくり確認したのち、予想と違ったらごめんなさいと心の中で謝ってから全力でジャンプする。
垂直跳びでおよそ三十センチ。まったくもって跳べてない!
(や、やはりそうか。間違いないな、これは――)
女の子の姿では、超人的な身体能力が失われている。
(だが、逆に魔法の力が使えている。なんとも妙な体質だなあ)
ともあれ今は魔物と戦ったりする必要はないから問題ない。
むしろ今しかできないことをやらなければ。
「では行ってきます」
ユウキはキューちゃんを抱えて部屋を飛び出した。家からも出て、すたこら走ってみたものの。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」
すぐに息切れしてしまう。
「走れないなら、飛んでしまえばいいじゃない!」
というわけで、飛翔魔法で楽々石碑までたどり着いた――。