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Dreamers:the tenth stage  作者: くろーばあஐ
1/1

Regret tears

 ここまではなんとか話し終えたが、愛華の顔色は最悪だった。

 体は少し震え、呼吸の音が聞こえるほど。話しているときも、たまに大きく息をつくことが何回かあった。

 私の手にあるのは、小さな『種』。すでに花を咲かせ終え、満足気に光を浴びている。

 これが私の手元に帰ってきたのは、こいつが光に会う話をする前。

 『種』は主の手から離れれば、成長することはない。


 つまり、こいつの浅い呼吸も、体の震えも、『種』のせいではないと言える。


 「病は気から」という言葉は、どうやら本当らしい。

 自分の腕を摩って震えを抑えようとする愛華の姿は、自分の気の持ちようのせいだとわかると、同情の気も起こらなかった。

 仲間を殺した罪悪感から逃げたいのは、過去から目を逸らす理由の一つだ。だが、こいつが最も逃げたかったのは、守りたかったものは、


「なあ、お前は何故過去から逃げたかった」


 憶測で語るのは良くない。私は単刀直入に尋ねてみることにした。

 胸の辺りを押さえていた愛華が、私の顔を見る。少し苦しそうだが、上半身を持ち上げた。

「...私は...私が殺したから...みんなが、死んじゃったのは...自分の幸せを、自分で壊しちゃったから...」

 頭が回っていないのか、言葉が途切れ途切れでまとまっていない。

 それでもなんとか声を絞り出して話してくれる。

「...それが...後ろめたくなったり...した...から...」

「...違うだろ。それは」

 予想通りの【言い訳】。もしくは自身も気が付いていないか。

 右手の中に隠した『種』を弄ぶ。


 『彼女』がそう言っているのだから、間違いない。


「...違うって、何が...私は、何も、間違ったことは...」

「やはり、気づいていない...いや、無自覚に押し込めているのか。...どこまで苦労をかけるつもりだ...」

 ポツリと愚痴ってみるが、それを言ったところでどう変えることもできない。全く厄介なやつだ。

 もうきっぱり言ってしまった方がいいか。


「お前が本当に守りたかったのは、自分のプライドだろ。罪悪感からでも後悔からでもない。最後まで自分自身が大好きだっただけだ」


 さすがに単刀直入に言いすぎたか。

 愛華が私を見る目を丸くしたまま、固まっている。

 その様子から、指摘されて初めて理解したようだ。


 こいつは一度、自分を信じることを止めたはずだが、止めることができるはずがない。

 これこそ、この『種』の本質だからだ。


 この『種』の花は「水仙」。花言葉は、「自惚れ、自己愛」。


 花が最も美しく咲く時は、その悲劇が実行された時。それを思い返させ、同じ気持ちにすれば、もう一度花は存在を主張するように鮮やかに咲き誇る。

 その根元には、確実に『種』がいる。それを回収してしまえばいい。だから本人から話してもらう必要がある。


 『種』には性質とは別に、花言葉について左右されることがある。『種』の花がはっきりしていれば、より強く【悲劇】へ影響する。

 光の場合、『種』の花は「向日葵」。花言葉は「あなただけを見つめる」。

 こちらはあまり影響してはいないが、多少なりとも花言葉にあった出来事があったと言えるだろう。

 対し、愛華の花言葉は大きく影響した。悲劇が起きたときも起きた後も、自己愛を捨てられなかった。それを理解したとき、より自分が傷つくことも知らずに。


「...違...私は...自分を、信じるのは...止めた...から...」

 呆然とうわごとのように呟く愛華の目からは、明らかに動揺が映っている。

「それが違うと言っている。今は回収したからお前の自由だが、お前はそれまではずっと自惚れてたぞ」

 誰よりも近くにいた『彼女』から教わったのだ。

 こいつがどれほど嘘を吐こうが、どれほど否定しようが、残念ながらどれも信じる気はない。

 私は嘘を吐かれることには慣れている。

「わ、私は...ほんとに...自分が...嫌いで...」

 頭を抱えて、全く理解ができないという顔をしていた。

 完全に混乱してしまっている。


 やっぱり、人間は自分しか信じられないのか。なんて愚かなのだろう。

 ......まあ、かくいう私も、なんだが。


 顔を覆い、愛華の肩が小刻みに震えている。

 そろそろちゃんとした会話をしてほしいところだが。


「......ふふ」


 ようやくうめき声が途絶えたかと思ったら、何故か笑ったような声が聞こえた。

 気のせいだろうか。それとも違う意味で嗤っているのだろうか。


 愛華が顔を上げる。

 いつもの無愛想な表情を感じない。目は赤く腫れているが、晴れた冬空のような清々しさのある顔をしていた。

 ...どこかで見たことのある顔だ。


「どうした。ついに自分に嫌気がさしたか」

「...それは、もう、してる」

 ぐいと乱暴に目尻を袖で拭いて、その猫背をソファに預けた。

「...私は、恵まれてた。周りにいた人、みんな、優しかった。でも、私は馬鹿だから、優しさを、本心だと、受け止めて、いい気に、なってた」

 テーブルの一点を見つめたまま、口だけを動かして淡々と喋るその姿は、心のない人形のように見えた。

 だが、その姿でも前ほど人形らしく見えていないのは、あの怖いくらいの無表情がないからだろう。


「あのあと、光に、行き場が、ないこと、伝えた。そしたら、嬉しそうに、笑って、『私の家に来ていいよ』って...。私も、嬉しかった。友達の、家に行くの、好きだったから」

 穏やかな口調で続きを話す。切り替えが早い...いや、さっきは遅かったな。

「でも、迷惑になるとかも、考えてた。光は、ああ言ってくれたけど、光のお父さんとか、困るんじゃないか、って。...でも、それこそ、杞憂だった。光のお父さんも、お母さんも、私のことを、快く受け入れてくれた。みんな、私のこと、悪く思ってなかった。

...だからこそ、余計に怖かった。みんなの心の内が、私に見せない本心が。もしかしたら、私のことを邪魔だと思っているかもしれない。もしかしたら、素性を話さない私を気味悪がってるかもしれない。そう思うと、不安になった」


 だから、とテーブルから目を離し、愛華は夜空色の瞳で向かいの私を見た。

「エルみたいに、はっきりと悪いところを言ってくれる人がいて、ちょっと衝撃だったけど、安心した。それこそ、本心と思えるから。ありがと、エル。...否定しすぎて、ごめん。傷付いてたら、言ってほしい」


 愛華は申し訳なさそうに眉を下げ、見せたことのない笑い方をする。

 気のせいかもしれないが、話し方も普通になっている。


 一方私は...何故感謝されたか理解できなかった。

 まるで人が変わったかのように微笑んで、喋って、第一印象だった生意気さもなくなっていた。

 何があいつをそうさせたかわからない。なんであいつが私に謝っているかわからない。

 私は...あいつに何かしたか?私はあいつが傷つくようなことしかしていないはずだ。

 思い出したくないトラウマを蘇らせ、目を逸らしたかった事実を突きつけた。

 そんな私に何故感謝する?何故謝る?より嫌われると思っていた。別に支障があるわけじゃないし、嫌われても否定されても構わないと、『種』さえ回収できればいいと思っていた。

 むしろ嫌われた方が楽だとさえ思っていた。私を好いてもいいことなんてない。

 わからない。何故だ。理解できない。どうして......


 何故わからない?


 ...そういえば、いつかも同じように考えたことがあった。

 化け物と蔑まれ、恐れられ続けた私に、「彼」は笑って...丁度こいつと同じで、眉を下げていたな。

 ...あの時から、なんにも変わってないんだな、私は。


 少しだけ口角をあげ、あの時に言えなかった回答を。


「私こそ、ありがとう」



 私は既にこの世界に毒されつつある。それを理解することは、幼い化け物には難しかった。


    ◇◆◇


「......これは...どういうこと...?」

 放課後、光に誘われて光の家に行ったら、つい昨日まで犬猿の仲だったエルと愛華が並んで出迎えて来た。

 理解が追いついてなく、呆然としてしまっているのが私だけじゃないのが唯一の救いか。

「まあ話すと長くなるんだが...面倒だから説明しない」

 気だるそうなエルにおいこらと言いたくなるのを寸前で堪え、聞くのを諦めた。

「ええっと...愛華、頭でも打った?」

「...打ったかも」

 光の質問に眉も動かさず答える愛華。でもそう言う割にはけろっとしている。多分冗談だと...


 え?冗談?

 冗談なんて言ったことあったっけ?


 戸惑いを隠せない不思議な状況に、やっぱり説明が欲しいと目で訴えてみるも、エルは気づいているのか否か、こちらを向いてもくれない。

 いや気づいてるでしょ、あれ。一瞬こっち見てすぐ逸らしたもん。悪質女め。

 恨めしそうに睨んでも、エルにはかすり傷にもならない。それにさらに苛立ちが募るが、家帰ってから色々言ってやろうと考え、愛華と光の方に目を向けた。


「あのね、光」

 愛華は改まった態度で光の目を見据える。

 それは、今までの無機質な表情とは違って、青い瞳がそこに宿る決意を示すように、シャンデリアの輝きを反射させていた。

「どうしたの?そんな改まって...」

「...言わなきゃ、いけないことが、ある」

 微妙に間を開けるせいで、ホールの空気が張り詰め、呼吸することさえ制限させられているような気がする。

「私、ずっと、話してなかった、昔のこと、エルに言われて、話すことに、した」

 ふう、と息をついて肩を落とす愛華。相当な勇気を絞り出したのだろう。

 そして光の反応を怖がっているのか、不安そうな顔をした。


「...そっか...やっと決めてくれたんだ」

 背中から光の澄んだ声が聞こえる。

「大丈夫。私は、愛華がどんな人でも嫌ったりしないよ」

 光が安心させるように愛華の右手を両手で包みこむ。袖越しでも、愛華はその温かさを感じているようだった。

「...本当...?私、最低な、ことしか、してない...」

「いいよ、別に。私だって...同じだから。きっと、変わらないから」

 優しげな声に、愛華はすっかり落ち着いたようで...目を細めて少し笑った。

 初めて崩れた表情が見れて驚いたけど、何か変わったようで、私も嬉しくなった。


 一歩引いたところから二人を眺めているエルを見る。相変わらずこっちを向くことはないが、説明をしなかったことは許そうと思った。

 むしろ感謝するべきだよね。

 そっとエルの隣に立った。

「何したのかわかんないけど、ありがと」

 エルは、それを聞いてちょっと吃驚したあと、どういたしまして、と素っ気なく返した。

 それもなんだか素直で、いつもと違った気がしたが、あまり気にしないことにした。



 応接室に向かう途中、愛華が私の隣に近づいてきた。

「...また、傷、増えてる」

 何を言うのかと思えば、私が顔を蹴られたことに気が付いたらしい。

 前に会ったときはそんなこと気にも止めてなかったのに、どういう気持ちの変化だろう。やっぱりエルに聞いてみるべきか。

「大丈夫だよ、これくらい。慣れてるもん」

 心配させたっきりではかわいそうなので、私も下手くそな笑顔で返した。

「...私より、辛い人も、いる。私より、辛い人は、助ける。自惚れるのは、もう、やめるから」

 そう言うなり私の頰に袖をぴったりつけた。じんと滲む痛みが顔に染み渡る。

「回復魔術、慈愛の響陽」

 少し眩しくて、目を瞑った。体中が太陽に当てられたような優しい心地がした。

 輝きが緩んで目を開けると、手の甲についていた切り傷も消えていた。

「あ...ありがとう、愛華。ごめんね気にさせちゃって...」

 むに、と頰に強い力がかかる。

「え...」

 何度もむにむにと頬を押されて緩められてを繰り返された。地味に痛い。

「何か言いたいことあるの?」

 むにむにむに...

「あのちょっと...」

 むにむにむにむにむにむに...

 いつまでむにむにされるんだろう。それともこれは何かの儀式の一つなのかな。


 …...いや違うなこれ。

 目がちょっと楽しんでる。ついに両頬潰され始めた。

「愛華どした〜?なにやって......なにやってんの...?」

  私たちが来てないことに気づいた光が二度聞くくらい不思議な状況。残念だが私が聞きたい。

「...痛くない?」

「え、ちょっと痛いよ?」

 あ、しまった。急に聞かれたから素直に答えてしまった。

「それって、今、ほっぺ、押してた、から?」

「ええっと...そう...かな?いや、大丈夫だよ!ちょっとだけだから!」

 傷つかないように訂正するが、多分説得力はない。ほっぺた熱いから。

「そう。じゃあ、いいや」

 踵を返し光の横を通り抜け、足早に応接室へ向かって行ってしまった。

 残された私たちは、突き当たりの壁を呆然と眺め、光から3回目の同じ質問を聞くこととなった。


    ◇◆◇


 愛華が話してくれた内容は、光に出会うまでの自分の足跡。

 正直驚いた。愛華は自分の魔術に自信を持っていると思っていた。実際、私に初めて見せてくれた時も、嫌々って感じもなかった気がしていた。...気がしていただけかもしれない。

 本当は使いたくなかったのかもしれない。そう思うと、胸の奥に針が刺さる。


 しかし、私が何より驚いたことは、愛華が光に話していなかったことだ。

 今日家に来てすぐも話していたのだが、光に教えられていたのは魔術についてだけらしい。彼女の過去については何も知らなかったそうだ。

 光は何も聞いていないことについては特に言及してなかったという。

「いつかは話してくれるって信じてたからね」

 本人はそう言って笑っていた。

 なんかこういう、言わずとも伝わるような、親友みたいな関係って好きだな。ちょっと羨ましい。


 愛華は全て話したあと、安心したような顔をしていた。

 すでにエルには話していたらしく、『種』は取り除いてあるから詰まったりしないはず...

 とのことだったが、ところどころで胸を抑えていた。過去を思い出すのは『種』がなくとも苦しいものだろう。なんなら私と比べ物にならないほどの痛みが襲っている...


 ...そういえば、私にも『悲劇の種』があるとエルは言っていたけど、なんだか私だけこの二人と『悲劇』の規模が違うような気がする。

 二人は確かに大切な人が亡くなっている。

 でも私は...大切じゃないとまでは言わないが、二人ほど愛情を感じた記憶がない。邪魔だと思われたのだ。殺されかけたのだ。

 そんな人を愛せるほど私の器が大きいと思えない。実際死んでもあの人自身をどうとも思わなかった。自分と母しか気にかけていなかった。

 そんな私の『悲劇』があんなものでいいのだろうか?いや、これ以上苦しまないに越したことはないのだけど...なんというか、二人の気持ちを理解できないのが少し嫌に感じる自分がいる。


「...愛華、ありがとう。ちゃんと話してくれて嬉しいよ」

 私の考えをよそに、光が優しい声音で感謝する。

 私に言われたわけではないのに、何故か包み込まれるような安心感。うーん、やっぱりこの人の声には何かしらの力があるに違いない。

「...幻滅、したでしょ。私は、最低なこと、した。それを、ずっと、隠してた。最低なやつ」

 愛華は自虐的に言って首をすくめる。ミルクがたっぷり入った愛華の紅茶では、俯いた彼女の顔を映すことは叶わない。

 私と光はほぼ同時に互いの顔を見た。


 言いたいことは同じである証拠だ。にっと笑って愛華に伝える。一言で充分。


「「そんなこと絶対ないよ」」

 愛華が前髪の隙間から目だけをこちらに向ける。まだ信用仕切れてないようだ。

「最低な人なら、私の痣を気にかけてくれないし」

「それに私に魔術教えてくれないし!」

「そうそう...うん?」

「私が魔術できるまで面倒見てくれないし!」

「ちょちょちょ、光待って。私の知らない情報がある」

「え?なんだっけ...?」

 向かいのエルがぷぷ、と吹き出す。

 言いたいことは同じはずなのに、なんかすれ違ってしまったような...なんとも言えない微妙な気持ち。これを言葉に表すのは難しいだろうから早々に考えるのをやめた。

「えっと...またあとでにしよっか...うん、とにかく!」

 変な空気を吹き飛ばすため軽く手を叩き、話を戻す。

「愛華は愛華が思ってるよりいい人だよ絶対」

 なんとか励ましたいというか、事実を告げたい。

 事実は時に、人を貶める。

 事実は時に、人を救える。

 ただ元気付けたいがために、適当な嘘を言っても効果は薄いと思う。愛華はそんな単純な人じゃない。良くも悪くもね。

 きっと、自分もちゃんと認められるようにするのがいい。

 自分を愛したくないと愛華は言うけど、

「自分を愛さないのと、自分を否定するのは別だよ愛華」

 目を細めて言った。グッと下唇を噛む愛華が見える。...プライドを傷つけてしまっただろうか...。


 そんな不安に駆られていたが、突然愛華は右の袖を顔に押し当てた。

 持ち上げた顔は涙に濡れていた。今まで眉一つ動かさなかったような無表情の仮面が音を立てて崩れていった。


 愛華は何にも関心がないわけじゃなかった。ただ強がっていただけなのだ。


「...ごめん...私、ずっと...誰かに、助けて、もらいたかった...自分のしたこと、許されないって、わかってる...けど...」

 止まらない涙を袖で乱暴に拭って、声を震わせ嗚咽を漏らした。

 何かにすがるような、過去の自分を懺悔するような、痛々しい嘆き。


 それを見て左隣の椅子が引かれた。

 なおも大粒の涙をこぼす愛華の横にしゃがみ込む人影。

「大丈夫。大丈夫。辛かったね。私も一緒だからね」

 細くて白い腕で、そっと愛華を抱きしめた。

「...っ...うっ...ごめん、なさい...!」

 エメラルド色の髪が揺れて、同じ色の瞳から落ちる雫を隠した。

「おんなじだよ、愛華。あなたが最低なら、私も最低。なーんにも違わない。みんな一緒だよ。大丈夫。大丈夫」

 生まれたての赤子をあやすように、丸まった背中を優しく叩く小さな掌。

 二人の涙で溺れて消えてしまいそうなほど儚くて、でもこれから先生きることを決めた心強さもあって。幼馴染の二人にしかわからない心の繋がりが見えているような気がした。


 ───────きっとそんな二人の間に、私のいる隙間はないけれど。


    ◇◆◇


「待って待って...もうちょい...」

「...かなり、不安、なんだけど...」

 二人はすっかり泣き疲れてしまったけれど、水を出しすぎて乾いた目をそのままにしておくわけにも行かず、今目薬をさそうとしているところだけど...

 愛華がなかなかさせずにいた。自分でさすのが怖いらしい。そういうところがまだ子供なんだなと思った。...まあ、私もまだ子供だけどね。

 そんなわけで、光が愛華にさしてあげようとしているところだ。でもなぜか結構外すし、愛華もたまに目を閉じるので割とグダグダになっている。目薬くらいパパッとさして欲しいものだけれど。

「なあ、優羽香」

 わちゃわちゃ騒いでる光と愛華を眺めていると、ずっと黙ってやりとりを見ていたエルが私を呼んだ。

「どうしたの?」

「...お前は嫌じゃないのか」

「...何が?」

 何やら深刻そうな顔で聞いてくる。なんのことかわからないが、大切なことなのだろうか。


「大切なものが増えていくこと。嫌じゃないのか」


 どんな話をされるか構えてはいたが、そんなことを聞かれるとは思っていなかった。

 テンプレートを用意してるわけでもないから、その場で思ったことを伝えようか。

 顎に手を当て、少し考えてから冷たい空気を吸う。

「嫌...ではないかな。大切なもの、大好きなものが増えるのは嬉しいと思う。だってそれらがあればあるほど、私たちの見る世界は鮮やかになるんだもの」

 そう言ってエルに笑いかけて見せた。

「白黒の世界に彩を与えるのは好きなものだと思う。好きなものがあるから、生きるのが楽しくなるし、明日に期待だってできる。...前までの私の視界は白黒だったけど、今は全然くすんで見えないんだ」

 目薬がやっと入ったと安心して喜ぶ二人。愛華も光も笑っている。最初に会ったときとはまるで違う表情で、この空気が暖かい。ひとりぼっちの家で寂しがっていた私では見れなかった世界。


「エルのおかげだね」

 光たちを見ながらもう一度笑った。

 わずかな孤独感はまだ残っているけど、数週間前に比べたらなんてことない。

 ただここにいられるだけで幸せだった。



「...そうか」

 深く諦めの息をついた。


「強いな。優羽香は」


今年で小説をあげるのは、これで最後になると思います。来年もよろしくお願いしますノシ

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