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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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南の蛮族と馬の尻尾

「あ……どうもどうも、お久しぶりでございますクラキリンさん。過日は成り行きとはいえ無作法な口の利き方をしてしまった事、まずは一言お詫びをさせて頂きたく存じます。」


「え? あ、いえ、どうぞお気遣いなく。こちらとしましても成果を持ち帰らねばと焦るあまり、少々ばかり礼を失する発言をしてしまった事は事実ですので。」



 夕暮れも近づいた異国の街のその外縁で、赤毛と二人ぎゃいのぎゃいのと騒いだあげく、ころり転がった私と目が合いましたのは先日にお会いした衆国の使者、クラキリン女史。


 なんともお恥ずかしい真似を見られてしまったという羞恥のあまり、一瞬だけ身体を強張らせてはしまったものの、そこはそれ年の功。別におかしな所など何もございませんでしたよと言わんばかり、すぐさまむくりと起き上がって猪口才にも言葉を弄し、平身低頭初手から謝罪で入っていって出鼻を挫く。


 幸いあちらさんもこの場で事を荒立てる様なつもりは無かったようで、一瞬の間をおいて返ってきたものは己の非を認めるという、案外にも謙虚な言葉。ただし柔和な笑みを浮かべるその中において、いつぞやの如く彼女の目は全く以って笑っていない。ならばその腹の内は如何ばかりか。怖や怖や。



 そんな彼女は自らの従者なのか、長く美しい髪を後背で馬の尻尾のように括った少女を伴っており、この子はこの子で何故だか私を睨みつけてくるのだから畏怖の念も尚更である。見たところ年の頃は十台半ば、黒猫ちゃん達ほど幼くも無いが、かといって大人びた雰囲気とはまだまだ遠い。少なくともニコリと微笑みかけた私渾身の媚びへつらいを、ツンと無視してくれる程度にはお若いようだ。


 つい先ほどに私で遊んでいたゼリグの奴も、その敵意に触発されてか軽く会釈をしたのみに留め、佩いた剣の近くで腕をゆらゆらとさせて警戒中。そんな一難去ってのまた一難に、何事もなければ良いがと抱いた懸念はしかし、クラキリン女史に促された少女がその剣呑を引っ込めてくれた事で杞憂に終わった。うむり、とりあえずは一安心か。



「衆目の前です、お止めなさいティミー。……いえ、部下が失礼を致しました。しかし聖女様も長旅でお疲れになっておられるでしょうに、このようなところで遊びに耽られておられるとは案外に、年相応なところもあらせられるのですね。」


「ノマで結構ですよ。まぁ物見遊山もお目当ての一つであった事は否定しませんが、どちらかと言えばこれは視察の性格が強いものです。蛮族の脅威に晒されているという貴国の実情、争いに身を投じて民草の困窮が目に留まらなくなってしまう前に、しかと心に刻んでおきたかったものでして。」


「……相変わらず口の回る奴だなお前。あの物珍し気にうろちょろしてる様にそんな高尚な考え……痛ってぇ!?」



 此処へ来た目的も顧みずに、他国の名士様が勝手にうろついて良い気なものですね、と。そんな至極真っ当な皮肉を多分に孕ませたクラキリン女史の物言いに対し、あながち嘘偽りとも言いきれぬ心の内を、懇切丁寧に着飾らせる事で以ってひらりと躱す。そんな応酬を知ってか知らずか、色々と台無しな発言を小声でつぶやく赤毛の足を、ガスリと踏みつけておく事も忘れない。空気読めや。



「えー、コホン。どうも、お見苦しい様をお見せしてしまいました。ともあれ私どもが今日こちらにおりました理由というのは、まぁそのようなものでございます。それにしても中々どうして、このように首都にまで土地を追われた人々が押し寄せているあたり、そちらの戦況は相当に宜しくないようでございますね?」


「……そうでもなければ貴国に対し、我が国の恥を明かしたりなどはしなかったでしょう。ましてや頭を下げて支援を求めるなどと以ての外です。実情を言ってしまえば先の冬に受けた大攻勢により、南部穀倉地帯は既に失陥。幸い刈り入れは済んでいましたので一年持ち堪える事は出来るでしょうが、このまま作付けが出来ないようでは次の冬は厳しいでしょうね。」


「背に腹は代えられぬ、というわけですか。もっとも先日のあれが頭を下げているような態度だとは、とても思えませんでしたとだけは言わせて頂きますよ。しかし話を振っておいてなんですがそのような話、この往来の中で口にされてしまっても宜しかったので?」


「もはや隠し立てを出来る状況でもありませんので。耳聡い商人などはとうに食料資源の高騰を見越し、貴国との商取引を活発化させているような有様です。この戦況が我が国のみならず、そちらの城下にまで噂話として広まるのも既に、時間の問題というものでしょう。」



 吐き捨てる様なその言い草にちらりと周囲を伺ってみれば、なるほど確かに。都市を囲む外壁に沿って設けられた天幕の下、力無く座り込む困窮者達もそれを尻目に往来する人々も、みな明日への不安と焦燥に駆られているのだろう。仕立ての良い服を纏う私達はそれなりに目を引く存在であったろうに、それでもこちらへ注意を向ける者が見受けられないあたり、彼女の言は周知の事実であるらしい。


 どうやら先ほどまでこちらへ向けられていた視線の群れも、私達が施しも迫害も与える者では無いと知って、早々に興味を失ったようである。そんな言い様の無い空気の中、耳に入ってくるものといえば足早に通り過ぎていく硬い靴音ばかりなもので、それがまた悪目立ちをして、この場に一層の重苦しさを与えていた。きっと誰も彼も、自分の事だけで手一杯なのだ。



 と、同時に私達がここへ至るまでの往路において、この目にしてきた物事についても合点がいった。今の衆国は深刻な食糧不足への懸念に見舞われており、そこへ品物を持ち込めば高く売れるのは必定である。だから船団は穀物を運んでいたし、隊商はノマちゃん印の瓶詰食品を買い求めていたのだ。きっと今頃王都ではそういった、日持ちのする保存食が飛ぶように売れているのだろう。


 そこだけ聞けばお買い上げありがとうございますとでも言いたくなるが、問題は王国の生産基盤は脆弱極まるという事である。対価として積み上げられる貴金属に目が眩んで売りに売り、飢餓輸出のような有様にでもなろうものなら目も当てられない。かといって売り渋ればそれはそれで諍いが起こり、王国の治安に悪影響を与えるのである。ああ、ドロシア様が怒り狂う様が目に浮かぶ。


 やはり互いの関係性の善し悪しは置いておくとしても、王国がこの大国の経済圏の一部として組み込まれてしまっている以上、どうあってもこの争いには首を突っ込まざるを得なかっただろう。それをしなかったとした場合、独力で勝ちを得た衆国との今後の関係性が悪化するのならばまだしもマシで、負けた場合は王国に大量の難民が雪崩れ込んで共倒れである。それだけは何としても防がなければ。



「心中お察し致します。私とて先日の会談の席で、伊達や酔狂であのような啖呵を切って見せたわけではございません。この五色の神の祝福受けし、王国の聖女様の技の冴え。これからとくと御覧に入れてみせましょう。」


「……要らないよ。まだ衆国にはボク達という、先生から薫陶を受けた誉れ高き者が残っているんだ。小国の田舎娘なんかの出番は無いさ、引っ込んでろ。」



 どーんと任せておきなさいと、少々鼻高々に薄い胸を叩いた矢先、返ってきたものは即座に伸びた鼻をへし折る冷たいお言葉。聞き覚えの無いその甲高い声へと目を向けてみれば、そこにあったのは先の馬尻尾のツンツン少女から発せられる、これまたツンツンとした侮蔑の視線である。なんで初対面でこんなに嫌われてるんだろうか私。あんまり失礼だとそのお口に人参突っ込みますよ、人参。



「クラキリン先生、このような貧民の住まう小汚い場所に、先生が長居をするような事はございません。手早く確認を済ませてしまい、清潔な内区へと帰還致しましょう。その、ミーシャやクリスティーと選んだ、良い茶葉を買ってあるんです。宜しければ一緒に……。」


「はて、確認ですか。クラキリンさん、こちらへは何かお仕事の都合でいらっしゃったのですか? で、あればこのように話し込んでお引き留めをしてしまった事、申し訳ございませんでした。」


「……お構いなく、大した用事ではございません。元々は王国の第一王女様がお着きになったとの報せを受けて、明日の事前調整の為にこの外区にまで足を運んでいたのです。しかしその外縁部において、何やら騒ぎが起きていると聞きつけましてね。事の子細を確かめようと、こうしてついでにその足を延ばしてみた。そんな程度のお話ですよ。」



 私が口を挟んだ事にカチンと来たか、こちらを睨みつつ再び口を開こうとした少女を片手で制し、クラキリン女史が前へ出る。しかし外区の外縁部といえば今まさにここであるが、彼女の言う騒ぎとやらには覚えが無い。それは共に歩いてきたゼリグの側でも同じなようで、ふいと視線をやってみた私に対し、彼女はただゆるゆると首を振ってみせる事でその意を返した。



「ふふふ。確かに事が起きているのはこの近辺ですが、まだ辻一つは向こうのお話ですよ。宜しければ聖女様方も後学の為、御覧になっていかれますか?」


「……後学、ときましたか。それでいて軍部の貴方が出張るような騒ぎとくれば、それは何か今後の人生の酸いと甘いを豊かにしてくれるような、そんなありがたくも無い催し物であるとお見受けしますね。」


「まぁ、そうですね。ありがたいかどうかは見る者によって異なるのでしょうが、それでも今この国に住まう大半の者にとってみれば、実に甘美な見世物であると言えるでしょう。」


「……宜しければそのように勿体ぶらず、何が起きているのかを教えて頂いても?」



 そう水を向ける私を前に、彼女はさして面白くもなさそうに息を吐くと、こちらから外した視線を自らの真横へと向けてみせる。その先にあるものは乱雑に建て増しの繰り返された建物の群れと、それらに挟まれて形を成した、細く長く続く小さな路地。


 一見して何の変哲もない小道ではある。しかし私の鋭敏な感覚はその半ばから設けられた、緩く傾斜の続く石敷きの階段の先に、確かにそれを感じ取ってしまったのだ。それはこの距離にあって、それでも僅かに漏れ聞こえてくる狂騒の声と、そして食欲を刺激する血の匂い。



「……公開処刑。だ、そうですよ。私達衆国の民へ苦渋を舐めさせている、あの憎き南の蛮族。ソシアル共が一兵卒のね。」






 怨嗟が舞い、罵声が飛び、そしてそれ以上に石が飛ぶ。クラキリン女史と馬尻尾のティミー嬢の後ろに続き、路地を超えて辻を超え、ひとしきり歩いた先に私達が出くわしたものは小さな広場。そこではどこから集まってきたのやら、黒山の人だかりが呪いを叫び立ちはだかって、つまるところ小さな私では前が見えない。


 そんな有様に顔をしかめるゼリグの方をちらりと見、ん、と両手を伸ばして肩車を催促すれば、あちらさんも心得てくれたもの。ひょいと持ち上げられた私の視点はみるみるうちに高さを増して、人垣の上を超えたその先にある、広場中央の凄惨な催し物をよぅくこの目に映してくれた。なんというか、惨たらしいな。



 そこに見えたものは地面に突き立てられた三本の杭と、それらそれぞれに一体ずつ縛り付けられた人型の蟻。身長はいずれも優に成人男性を超える程はあり、同じくいずれも肌に直接鎧を打ち込んだかのような、如何にも硬そうな外殻に全身を覆われている。


 その鎧は頭部を完全に覆うほどにまで達しており、なだらかな傾斜をつけてやや扁平になったそのご尊顔には目も鼻も無く、ただ巨大な大顎を有する口器だけがギチギチと音を立てていた。かつて相まみえたオーク達とは異なり人面を持たないあたり、私の感覚でいえばマガグモちゃん達よりも余程にこちらの方が、いわゆる化け物という奴に見えてしまう。


 そんな彼らではあるものの、今やその身は節々に鉄の杭を打ち込まれ、二対四本を備えた両の腕も中程から断ち切られているとあって満身創痍。その痛々しい姿の中にあって、囲む人々から投げつけられる石の雨をものともしない外殻の頼もしさだけが、何となくこの非道な光景の唯一の救いであるように思えてならなかった。まぁこんな事を口にすれば、また私の立ち位置だなんだと言われるのだろうが。



「……詳しい事情も知らぬ、この身の上です。後からやってきてこれが蛮行であるなどと、そう声高に非難するような真似は致しません。が、やはり共感はしがたいですね。そもそも捕虜への虐待であるだとか、そういった諸々は大丈夫なので?」


「交渉も碌に出来ぬような相手の兵です。身代金を要求する事も、労働力として内に取り込む事も出来るわけで無し、生かしておいたところで維持費がかかるだけですよ。むしろ問題は衆目を集めたこの行いが、私達軍務局の許可を得ずに行われているという事です。まったく、どこの隊が勝手をやらかしたのやら。」


「軍も縦割り、というところですか。まあこの鬱屈とした状況です。こういった大衆受けのする見世物を行う事で、被害を被った当人達の胸をすかせ、役目を果たせずにいる自分達の信望を少しでも回復させようというその狙い、わからなくは無いですけれどね。」



 だからって無許可は困るんですよ無許可は、いえそもそも無理を言って捕虜を後送させてきたというに、何の情報も引き出せずにただ死なせたのでは私達の面子というものがですねー、と。そう憤るクラキリン女史を横目に見つつ、つつがなく進んでいく酷な見世物の推移を見守る。


 やがて場を取り仕切っていると思わしき男の手振りに合わせ、石打ちの手を止めた民衆の間を割って出てきた者は、大きな戦斧を担いだ体格の良い一人の兵士。その彼は広場の内側で人々を押し留めていた兵達と頷きあうと、ゆっくりと斧を振り上げながら、哀れな犠牲者の元へと歩み寄っていく。いよいよ以って、最高潮というわけか。



「……おうノマ。これは勘なんだけどな、ありゃあ不味いかもしれねーぞ?」


「ん。何か気に掛かる事でもありましたか? ゼリグ。」


「何もかもを諦めちまった奴ってーのはな、普通もっと項垂れて、死人みたいに身体の力を抜いてるもんさ。それがアイツらこの状況にあって、未だに顔を上げ続けてアタシ達を観察してやがる。」


「つまりまだ、諦めたわけでは無いと……クラキリンさんっ! 前っ!!!」


「……ふん、こいつら警邏隊か。あとで担当局に苦情を申し立ててや…………んんっ!?」



 悪い予感こそ当たるもの。ゼリグの指摘に耳を傾けた矢先にその頭上から見えたものは、外殻の丸みを用いて振り下ろされた斧をいなし、逆にその鋭い大顎で以って執行人の首筋に食らいつく蛮族の姿。両腕を失ってなお、どこにそんな力が残っていたやら。死に際の最後の抵抗と見えるそれは、自身を縛り付けた杭を引き抜く事で勢いを増し、噴水の如く噴き出した紅い雨を私達の頭上へと降り注がせる。


 続けて頸椎の砕ける鈍い音が響き、支えを失った執行人の首が壊れた人形のように、くにゃりと曲がって肩へと落ちた。そして自らに突き立つ鉄杭が外殻にヒビを入れ、腱を引き千切ろうとも堪えた様子を見せぬその抵抗は、残る二体も同様であったらしい。


 腕を失い動きもぎこちないとはいえ、彼らには人間のそれを超えた巨躯がある。大顎による強襲と体重を乗せた力任せの体当たりは、不意を突かれた衆国の兵達を瞬く間に薙ぎ倒し、その脅威を以って溜飲を下げるべく集まっていた人々の群れを一瞬にして、恐慌の只中へと引きずり込んだのだ。っくそ、最初の一人はもう助けられんか。



「っち。死兵を侮ったな、馬鹿共め。ティミー! 三分です! 制圧なさいっ!!!」


「はいっ! 先生っ!!!」


「……あーあ、言わんこっちゃねえ。あの生意気なガキすっ飛んでいっちまいやがったが、アタシらはどうするよ?」


「もちろん加勢をしますよ! ゼリグ、後方は任せました! 避難の誘導をお願いしますっ!!!」


「んーっな経験ねーっつーのっ!? おいノマ! 無茶押し付けて勝手にっ! ……てめっ!」



 言うが早いが肩の上からポーンと飛び出し、互いに互いを邪魔だと押し退けて我先に逃げようとする人々の頭の上を、軽業師の如く跳ねて回って馬尻尾のティミー嬢を追いかける。そのまま身体能力の差を活かし、すぐさまに追いついてみせたまでは良かったものの、目を見開く彼女から返ってきた返事といえば、すぱり振るわれた剣による無常な一撃。ちょっと、どっちに剣を振るってるんですか貴方!?



「引っ込んでろって言っただろうが! 田舎娘っ! これはボクの仕事だ! 先生がボクに与えて下さった、ボクの役目なんだっ!!!」


「だったら万全を期す事を考えなさい! 相手は三体! 一人でかかるよりも、二人で手分けした方が確実なのは道理でしょうがっ!」


「黙れっ! 先生に特別扱いをして貰った癖に、そのお手を振り払った不埒者めっ!!!」


「……ああ、嫉妬してるんですか?」


「…………殺すっ!!!」



 勢いに任せて振るわれる剣を飛んで躱し跳ねていなし、半ば追いかけっこと化した私達の救援は勢いそのまま、広場中央で殺戮を振るう蛮族の一体を目掛けて突き刺さる。一応は無力化を狙うべきかと突き放った貫手は肩口を捉えて粉砕したが、それでも蛮族は残る三本の腕で以って私の身体を抱きすくめ、先に人命を奪った巨大な大顎を戦慄かせてぐわりと迫った。


 次いでそこに飛び込んできたのはティミー嬢の小柄な影で、彼女の握る剣から何やら駆動音のようなものが聞こえたと思ったその瞬間、パシン! と乾いた音を立てて頭上で弾けたのは小さな火花。そのまま彼女はそのバチバチと危なげな音を発する危険物を、構わず私に取り付いた蛮族の頭部に向けて、深々と突き立ててみせたのだから堪らない。



「死ねえっ! 神剣! ブルトガング!!!」


「ちょっとっ!? 貴方死ねってそれどっちに……あばばばばばばばっ!!!!?」



 雷に打たれる感覚とはこういうものか。固い外殻を易々と貫通した彼女の剣は、その刃に纏った強烈な電撃で以って蛮族の肉を焼き焦がし、水分を沸騰させ軟組織を弾けさせる事によって、言葉の通りに死をもたらしたのだ。その腕の中に捕らわれていた私ごと。


 いや、流石の私でもこれはキツイ。なにせ身体を動かす為の電気信号が搔き乱されてしまうとあって、一瞬とはいえ碌に動けなくなってしまうというのが非常にキツイ。っていうか私じゃなかったら確実に死んでましたよこれ、洒落にならない。



「……げっほ! ちょっとティミーさん! 何時までもふざけているようだと本気で怒りますよっ!?」


「っち、しぶとい奴。……ふん、お前は一軍にも勝る聖女様なんだろう!? 先生に向かって大口叩いてみせたんだ! ちょっとはらしいところ見せてみろよっ!」


「ええい、好き放題を言ってくれるっ! 後で覚えていなさいよ貴方……ふびぃっ!!?」



 あまりの考え無しにがばり起き上がって苦言を発せば、返事代わりに返ってきたものは先の電撃が発した衝撃波から立ち直ってきたらしき、残る蛮族の一体による痛烈な足蹴の一撃。実に面白くない。が、止むを得まい。殺意を持って私に対峙し、まして言葉を交わせる様子も無いとくれば、もはや討ち果たすより他は無し。


 蹴られた衝撃に転がりながら左腕を変じさせ、無数のコウモリの塊と化したそれを、先の蛮族へ向けて解き放つ。纏わりつき食らいつくコウモリの群れは、硬い外殻に阻まれて痛打を与えることが出来ぬようではあったものの、しかし五感を惑わせる事が出来ればそれで十分。


 足を止めた目標に対し、次いでミシリ音を立てながら変じた右腕が成したものは、私を一呑みに出来るほどの巨大な狼の上半身。そいつは地に脚を着くや否や、私の意に従ってがおんと駆けると蛮族の頭に食らいつき、硬い外殻をものともせずに、ぐしゃりと一息に噛み砕いた。許せとは言わぬ。怨むならば怨んでください。南無阿弥陀仏。



 心の中で小さく合掌をしつつ、さぁ残り一体であると振り返った先で、バシン! と再びに放たれたものは先の雷光。急激に膨張した空気がぶわりと髪を搔き乱す中、細めた瞳の先にあったものは最後の蛮族が胸部を裂かれ、焼け焦げた臭いと共にゆっくりと崩れ落ちていくその姿。ふむ、彼女の言葉に乗るというわけでも無いが、あちらも言うだけの事はある。



 そのまま最後にひとしきり周囲を眺め、制圧を完了した事を確認して大きく一つ息を吐く。損壊の状態から言って、見るからに死亡している被害者は四名。最初の一人が犠牲になってから私達が駆けつけるまでの一分にも満たぬうちに、随分とまぁ暴れてくれた事だ。思惑は様々あったにせよ、彼らなりに国民へ活力を与えようとした結果がこれでは報われない。


 そのやるせなさにゆるゆると頭を振って、それから呻き声をあげる生存者達に生気を分け与えながら、ゆっくり一人ずつ助け起こす。曲がりなりにも一国の首都、こうして延命さえ施しておけば、あとはこの国の治癒術士が彼らを救ってくれるだろう。それで駄目ならキティーの奴を叩き起こし、ここまで引っ張ってくれば良い。王国にこれ以上の貸しを作る事を、きっとクラキリン女史は嫌がるだろうが。



「よう。中々どうして、鮮やかな手並みなもんじゃねえか。いい加減に殺しも慣れたか?」


「……いいえ。それが必要であったから、こうして仏様になって頂いたまでの事ですよ。それよりもゼリグ、そちらは大事ありませんでしたか?」


「何事も、ってわけにはちょいとばかしいかねえけどな。ま、何人か押し合いへし合いに蹴り倒されて、泣き言言いながらうーうー唸ってる程度のもんだ。命には別条ないさ……っと、おらガキ共! 何時まで引っ付いてやがんだ! さっさと散って、お母ちゃんの所へ帰りやがれ!」



 五体満足な者はみな逃げ散って、すっかり人影もまばらとなった広場の中で、不意に声をかけてきたのは両腕と首回りの前後に四人の子供をぶら下げた、なんとも珍妙な格好と化した赤毛の姿。文句を言いつつも群衆に踏まれそうになっていた子供達を、それでもこうして掬い上げてくれていたあたり、やはり彼女はなんだかんだで子供好きである。


 ふと気づけば地面に放り出されるや否や、泣き声を上げて思い思いに散って行く彼らの中に、見覚えのあるスリの少年の顔が一つ。やれやれまったく、お礼の一つでも残していったらどうなんだいと、ヨテヨテと走るその後ろ姿を見ながら苦笑する。ま、ともあれ元気なようで大変結構。願わくば彼の明日に、再び明るい陽が射さん事を。



「………どうも、ご協力を感謝致します。怪我人の救護も含め、後の始末はこちらでつけておきましょう。それとティミー。こちらへ。」


「はい! 先生! 見てくださいこれを! 先生から賜った剣でボク、蛮族を二匹もやっつけて……。」



 ゼリグに続いて姿を現したのは、衣服の方々についた埃を払いながら歩み出るクラキリン女史。その彼女に声をかけられた事で、ぴょんと飛び出したのは馬尻尾のティミー嬢で、私に向ける言葉とは全く違う声音で擦り寄るその姿からは、なんとなく尻尾を振る小型犬のそれを連想させる。


 その様にきっと、甘やかされて育ったんだろうなぁと抱いた印象に反し、次いで聞こえてきたものは頬を張る乾いた音。予想外の展開に目を見張る中、ティミー嬢は先生から賜ったと口にした先の神剣を地に取り落とし、どさりと尻餅をついて呆然と、それを成した相手を見上げてみせた。



「……ティミー。私が貴方に命じたものは、敵兵の速やかな制圧です。けっして支援を願い出た協力者に対し、剣を振るって脅しをかけるような真似ではありません。」


「……でも、先生! ボク、ちゃんと敵をやっつけました! この剣でボク、二匹も敵を……っ!」


「お黙りなさい。貴方は余計な事など考えず、ただ命じられた通りに事を成していれば良いのです。わかりましたね。」


「…………はい。申し訳……ありませんでした。……先生。」



 ……居たたまれねえ。いや、確かに迷惑を被った側としては至極正論ではあるものの、だからってもう少しこう、言い方ってものがあるんじゃあなかろうか。そう口に出そうとはしたものの、しかし他所様の教育方針に口を出すというのも気が引けたもので、出来る事といえばただオロオロとするばかりなものである。


 ちなみにゼリグはゼリグで薄情なもので、項垂れて揺れる馬尻尾に対し、向けられるものは感情の籠っていない白い眼差し。いや、確かに彼女は年のわりには幼い感じがするし、貴方と年齢が近い事もあって嫌悪感があるんでしょうが、それでももうちょっとこう、ほら。なんかあるでしょうよ。



 そうこうする内、事を引き起こした兵の生き残り達が集まってきてクラキリン女史の叱責を受け、すぐさまにあれやこれやと指示が出されて後始末への奔走が始まった。彼女としてはこちらへの礼は先の一言で果たしたつもりであるようで、残された私は赤毛と二人、隅に追いやられてただそれを眺めるのみである。


 ふと空を見上げてみれば、そこにあったものは大分と光も鈍くなってきた丸いお日様と、建物の群れの彼方から次第にせり上がりつつある柔らかな茜色。察するに鐘三つはとうに過ぎてしまったようで、せめて食いっぱぐれたお夕飯をキティーの奴が、ちゃんと取っておいてくれる事を期待したいところである。まぁ電子レンジは無いのだけども。



「……はぁ。なんか、すごく疲れました。そろそろお暇をさせて頂きましょうか、ゼリグ。」


「おう。もうアタシ達のやれる事も無いみたいだしな。帰ろうぜ。」



 どっこいしょと腰を上げ、最後にクラキリン女史と帰る旨の挨拶を交わし、ではまた明日の会談でと意味深な笑みを返される。


 そうして本当に最後の最後、背を向けようとした視界の中で、未だにへたり込んだまま項垂れる馬尻尾の少女の事が、なんだか無性に気に掛かって仕方が無かった。






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