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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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件の少女はノマと名乗った

 腕の中の少女はしばらくの間、すん、すん、と鼻を鳴らしていたが、そのうちに静かになった。眠ったのだろう。


 背中をさすってやりながら、彼女の言動を思い返し、ため息を吐く。やはり、いや、思っていた以上に、厄介な子供であったと。


 そもそも、この少女が村に禍を呼び込むだろう事も、私が彼女を連れて村を出ようとしているのも、彼女が高貴な身の上であるというのが前提だ。お偉方の権力闘争に巻き込まれてはたまらない。


 アタシはそれを確認したかった。もしかしたら杞憂だったかも知れないと、少しは期待していたのだ。




 彼女が目覚めたのち、一言二言交わしたが、受け答えははっきりしており、目は知性の光を宿していた。一見して、クスリで壊されていたり、狂気に囚われているようには思えない。ひとまずは安心した。もし、そうであったなら、アタシがこの手で始末する羽目になっただろうから。


 警戒を解こうとして、まずはアタシの身の上と、なぜ彼女がここに居るのかを語って聞かせる。与える情報を選択しつつ、彼女の様子を窺った。ドレスについては、野犬に引き裂かれて襤褸切れになっていた事を伝えておく。大事な事なので、念入りに伝えておく。


 ここが、王都から見て東のはずれにある、寂びれた村である事を教えてやったが、えぇとか、はぁとか、気の無い返事しか返ってこない。これは王都から出たことも無い箱入りか、と、見当をつけた。



 アタシはひとしきり語り終えると、彼女に話を促した。聞きたいことは色々ある。身分は、産まれは、名は、なぜ一人で山中にいたのか、そして、お前に何があったのかと。どの程度、事情を教えてくれるかはわからない。あるいは、彼女は自分の身に何が起きたかなど、理解していないかもしれない。それでも、まあ、名前と産まれくらいは教えてくれるんじゃないかと考えていた。


 彼女は口元に手をやると、何事か考えだした。ぬーぬーと唸り声が聞こえる。ややあって、彼女は小さな手を、ぽんと叩いた。



「ノマ。私の名前は、ノマと申します。」



 唖然とした。お前、いま思いついただろ、それ。どう考えたって偽名である。まして、誤魔化す相手の目の前でそれを考える仕草を見せるなど、世間知らずの一言で済ませてよいものか。思わず頭を抱えたくなった。余程、蝶よ花よと育てられたらしい。


 彼女は、それ以上の事を語ろうとしない。情報が駆け引きの手札であることを理解しているのだろうか。先の発言は馬鹿にしか見えなかったが、あるいはそれも、相手に己を軽んじらせる為のブラフであるのかもしれない。


 痺れを切らして、目の前で剣を弄んでやったが、彼女は動じず、ただ静かに微笑んでいた。



 己が傷つけられる事などありえないと、確信しているかのようだ。死にかけていたところをわざわざ助け出されたのだ、情報を引き出されるまでは、危害は加えられないと思っているのだろうか。あるいは、剣を持った人間は、みな、己を守ってくれる護衛であると信じ込んでいるほどお花畑なのか。わからない。こいつの頭の中が読めない。


 剣をかちりと収める。降参だ。アタシに、お貴族様相手の腹の探り合いなど、出来そうに無い。白旗を掲げて、彼女をひょいと抱き上げた。彼女が死に瀕していただろうことは確かなのだ。何か食べさせて、体力をつけさせる必要がある。



 母は、厳しい懐事情の中、それでも3人分の食事を用意してくれた。客人への見栄なのか、それともアタシの顔を立ててくれたのか。案外、父が叔父の家に転がり込んで、一人分が余っただけかもしれない。叔父には干し肉でも差し入れておくこととしよう。


 彼女の、いやさ、ノマの様子を窺うと、パンとスープを前にして硬直していた。まあ、お貴族様はこんなもの、食べたことが無いのだろう。アタシも王都に出てから、その違いに驚いたものだ。下々の食事の貧相さを思い知るがいい。ふはは。まあ、アタシもこれではちょっと足りない。後で干し肉でも齧ることとする。



 まごまごしているノマを、じとりとねめつける。先ほどは白旗を掲げさせられたのだ。多少は留飲を下げさせてもらおう。と、その矢先。


 ノマは、両手を組み、祝詞らしきものを唱えながら、神へ祈りを捧げ始めた。思わず腰を浮かせかける。



 こいつ!神学生か!!



 横をみやると、母もぽかんと、目を閉じて何やら唱え続けるノマの事を見つめていた。アタシらのような庶民は、日常の食事で軽々しく神へ祈りを捧げたりはしない。神へ祈り、神と交信するのは神職のする事なのだ。アタシらがその一端に触れるのは、神職の主導する礼拝の時か、祭りの時くらいだろう。


 村唯一の礼拝所の、私が生まれた時から婆さんだった老婆が言っていた。軽々しく神に祈ってはならない。お前が神の深淵を覗くとき、深淵もまた、お前を覗いているのだ、と。たまにヒステリーを起こして、ああ!窓に!窓に!と叫んでいたが、元気だろうか。



 王都の神学校は、地位と、コネと、金が無ければ入れない。つまりノマは、それ相応の家柄の生まれであり、本家から将来を期待されたエリートなのだ。眩暈がする。それが、なんだってこんなド田舎で死にかけていたのだ。


 まあ、神学生といっても、私の友人のように首席で卒業し、将来を約束されていたにも関わらず、身体を要求してきたお偉いさんを殴り飛ばして傭兵稼業に身をやつすような奴だっている。だがノマは、少なくともここまで接する限りでは、か細く、物静かな少女である。あんな破天荒な奴の同類には見えない。



 頭が痛い。本当に、何なのだ、こいつは。ねめつける目に、思わず力がこもる。


 視線に気づいたのか、祈り続けていたノマがちろりと片目をあげて、アタシを見た。




 ノマが目覚めてからの事を思い返し、再びため息を吐く。アタシの平穏な幸せが逃げていく。逃げて行った幸せは、アタシの視界の片隅でトラバサミにかかって倒れた。馬鹿め。こんな事で私がへこたれてたまるものか。


 得体の知れぬ少女だが、私にしがみついて声も上げずに泣くその姿は、年相応に母を求める子供でしか無かった。助けてやらねば、と思う。



 ノマの身体は相変わらず冷たい。体調が悪そうな仕草こそ見せなかったが、相当に無理をしていたのだろう。私から主導権を得ようとするその裏で、この子はどれほど苦しんでいたのか。


 そもそも、自分は既に、この子に肩入れすると決めたのだ。一度、こうと決めた以上、それを軽々と翻すのは嫌いなのである。アタシの沽券にかかわる。


 だが、ノマが村にとって危険な存在であることは間違いない。早々に村を発たなければならないだろう。



 しばらく、銀糸の髪をくしけずりながら、明日からの事を考えていたが、そのうちに眠気を感じ、アタシはそれに身をまかせた。




主人公さんは謎多きミステリアスな美少女です(白目)

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― 新着の感想 ―
[一言] 神学校...ミスカトニックなんちゃらとかじゃないですよね
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