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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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幕間、冬のあれこれ

 王国の冬は寒い。雪こそ僅かにちらつく程度で積もりこそしないものの、内陸であるが故か冷たいからっ風がぴゅーぴゅーと吹きすさび、やる気だとか体力だとか、まあそういった大事なものをごりごりと削り取っていくのである。


 一度は人様にご迷惑をかける決意を固めたこのノマちゃん、しかし寒いのは大嫌いとあって王女殿下からのご命令が下らないのをこれ幸いと、ここ最近は毛布に包まって暖炉の前でぬくぬく蕩ける怠惰な毎日である。大丈夫、明日から本気出すから。何か言われたらちゃんとやるから。



 当初軟禁目的で閉じ込めたのだろう王城の離れの部屋に、そのまま根を張って居着いてしまった私の耳へ、風に乗って遠くから響いてくるのは派手な轟音。すわ、一大事。と言いたいところではあるが、残念ながら何が起こっているのかは察しがつく。大方にして、今日も今日とてゼリグの奴とフルートちゃんが城門前の広場を占拠し、どかばきごっすんと殴り合っているのだろうて。


 私の血をがぶがぶと飲んだが故か、本格的に人外の身と化してしまった彼女の変化には目覚ましいものがあった。あってしまったのである。さすがに私ほどでは無いが怪力を振るい、多少の欠損程度ならば瞬く間に再生をするその不死性。当然、彼女をそのような怪物に変えてしまった事に対し、私はどうしようもない程のいたたまれなさに苛まされたものであった。


 が、もはや詫びの言葉すら思いつかぬと眉を下げる私を尻目に、当の本人はまるで新しい玩具を買って貰った子供の如くに面白がってみせるのだから、いやはやなんと声をかけて良いものやら。そのうちに早速その力を振り回してみたいというゼリグの奴と、彼女を泥棒猫と罵るフルートちゃんが目の前でどつき合いを始めるに至り、私はこう思ったものである。うん、なんか、もういいや。と。


 そんなわけで傍迷惑な決闘騒ぎは物見高い見物客と屋台を呼び込み、飽きもせずに勝った負けたとはしゃいでは観客ごと相手をぶっ飛ばしたりもしつつ、王国の新たな風物詩として謎の定着を見せつつあった。ちなみに風の噂で聞くところによれば、これは強力な術者を新たに召し抱えた王女殿下による、旧王太子派に対する示威活動の一環であるらしい。ソウカナ? ソウカモ。



 ついでに私の保護者のもうお一方、キティーの方も最近は両親や司教様との関係修復に忙しく動き回っているそうで、二人して私の事はすっかりと放置気味である。成り行きとはいえ王女殿下直属となってしまった以上、さすがに実家から勘当扱いの今の宙ぶらりんな身の上は宜しくなかったらしい。


 人様の家庭の事情にあまり口を挟むようなものでは無いが、それでも人付き合いが円満であるに越したことは無く、わたくし陰ながらに応援をさせて頂く次第である。そして願わくば早いうちに所用を済ませ、ぶっ飛ばされた野次馬共で野戦病院の様相を見せつつある城門前へ、どうか応援に入ってあげて頂きたい。まったく、世には危険な娯楽を好む傾奇者の多い事で。ふわぁ~ぁ。






「……さて、眠そうなところを悪いがな、ごく潰し。そろそろいい加減、貴様にも仕事というものをやって貰うぞ。いつまでも無為に過ごされていたのでは堪らんからな。」


「急に呼び立てられたと思ってみれば、要件は仕事のお話でしたか。上役たるドロシア様のご命令とあらばこの私、いつなんどきであろうとも暴力を披露させて頂くと、既に腹は決まっております。さぁて、いずこに攻め込みましょうや。」


「冬に兵を動かすような馬鹿がおるか、この戯けが。何事もな、下準備というものが肝要よ。そんなわけで貴様にはもうちょっとばかし、聖女としての箔をつけて貰おうと思ってな。」



 そんなだらけた日々も唐突に終わりを迎え、やって来ましたは王女殿下の執務室。はて、箔をつけるとは何ぞやと思ってみれば、なんとこの私を噂の神学校へと放り込んで、ちょっくら卒業証明を貰って来いと言うのである。つまりは学歴を身につけてこいと。いきなり何を言い出すのか、このお姫さんは。


 いやそう簡単に言われましても、一朝一夕でどうにかなるものでは無いでしょうに。と返してみれば、既に根回しは終わっているから七日七晩泊まり込んでこいとの事。一週間缶詰ですか、そうですか。自動車免許だってもうちょっと手間暇かけて取得した覚えがあるんですけど。まあそれはそれとしても、流石に学友となる他の生徒達の手前、ちょいとそれは如何なものか。


 なにせキティーやメルカーバ嬢の語るところによれば、神学校とは中々にドロリとした学び舎であるらしい。そこは王都における学問探求の場であると同時、若人たちがお家の為ひいては己の立身出世の為に、日々研鑽を積み人脈を培う戦場なのだそうだ。無論、それが悪いというつもりは無い。その目的に清濁はあれど、みな将来への投資に励んでいるのだから。


 そんな所にポっと出の私が物見遊山でのこのこと出掛けて行って、僅か七日で一足飛びに駆け上がっていこうなどと、彼ら彼女らにとって面白かろうはずも無い。ましてこの身は名門大貴族の生まれというわけでも何でもなく、生まれ不確かな胡散臭いちんちくりんなのだ。そういった諸々を鑑みた上でやめておいたほうが良いのではと、私はドロシア様にそう進言をしたものであった。



 とはいえ一度動き始めた歯車は止まらぬもので、彼女の発した命に基づいて関係各所のお役人方は、既に諸々の手配を済ませた上での号令待ちなのである。ここで私が否を唱える事はそれはそれで、彼ら真面目な官僚諸兄にとっては迷惑もよいところ。というか実際に周囲に控えていた方々からは、一度決まった事をひっくり返すんじゃねえよとばかり、熱い視線が飛んでくるのであるから堪らない。


 で、結局あっさりと持論を曲げた私が鞄一つを持たされてその日のうちに、送迎という名目で無理やりに放り込まれましたるは件の学び舎。それはレンガの赤がなんとも言えず味わい深い、三階建ての大きな建物に教会が併設された造りの立派なもので、さっそく恰幅の良い老教師に引き渡された私は講堂に通されるや否や、集まっていた生徒諸君の前で挨拶をさせられたものである。


 物珍し気にこちらを見つめる若人達のその眼前で、内心コチコチになりつつも自己紹介をしますはこの私、産まれも不確かなちんちくりん。ところがその反応といったら予想に反しての好感触で、思わず首を傾げそうにはなったものの、考えてもみればそれもそのはず。なんせ今の私は王女殿下肝入りの聖女様とあって、表立って反発を示すよりは胡麻をすったほうが良いに決まっているのだ。世知辛い。



 それはそれで寂しいものがあるなあと思ったその矢先、私がぴょこんと頭を出した教壇へ上がってくるなり睨みつけてくれましたのは、一人の年若い娘さん。こんなどこの馬の骨とも知れない子供にかしづくだなんて納得がいきませんと、至極ごもっともな事を聴衆の面前で堂々と言ってのけるあたり、中々に末楽しみな胆力である。どこぞ、高名な家の生まれであろうか。


 見れば腰巾着と思しき数名の少女を引き連れた彼女の放言に、苦言を呈する者は誰一人として居ない様子。ならばこれこそがやはり、ここに集まった者達の内心の総意なのだろう。なにせ私が王女殿下に重用されている理由について、表向き発表されている事といえば胡散臭い魔人退治のその一点。というか私がその魔人当人であるのだから、もはや胡散臭いを通り越して詐欺である。お腹痛くなってきた。



「お嬢ちゃ……あ、いえ、お姉さん。私がこの国の為に成したその功は、王城から発表された正式なものなのです。それに異議を唱えるとなれば、貴方の立場を悪くする事にも繋がりかねませんよ?」


「勿論、王女殿下に認められた貴方を疑おうだなんてつもりは無いわ。だから、納得をさせて貰えないかしら? 化け物を追い払ったというくらいですもの、それが手品やまやかしの類で無いのであれば、私達をあっと言わせることくらい簡単に出来ますわよね?」



 重ねてなんとも、ごもっともである。実際に目にしたわけでも無いというに、これこれこういう事があったから信じろと言われたところで、時に首を傾げたくなるのもわかるというもの。ましてそれが、出自不明の妙な娘をおだてなければならないという、さても詰まらない災いとして降りかかってくるというのであれば尚更である。


 さて、ではそれについて彼女らに納得をして頂く為にはどうするか。残念ながら手段に迷えるような余地は無く、私に出来る事と言えばひたすらに武力行使の一点のみ。なんせわたくし脳筋ですので、悲しい事に。


 

 そんなわけで聖なる暴力をお見せすべく、ぞろぞろと連れ立って移動をして参りましたのは訓練場。校舎壁際に面する形で屋外に設けられたそこは、標的として用いられたのであろう欠けた丸太があちらこちらに転がっており、その様からは若き諸君の日々の努力を窺い知る事が出来た。


 しかしなんというか、まるで子供同士が真面目に競い合っている場に良い大人が飛び込むようで、やはり気が進まないものがある。この期に及んでそんな傲慢を考えるうち、丸太を支柱に藁を巻いた大きな標的が一つ立てられ、私に食って掛かった件の少女は長弓を手にまずは一射、それにドスリと矢を突き立ててみせた。人であれば頭部に相当するであろう場所に見事一撃、いやぁお見事。


 事はそれで終わらない。私が感嘆のため息と共に手を叩こうとしたその矢先、続けざまに矢をつがえた彼女は二射目を放ち、元々突き立っていた一射目の矢にそれをぶち当てて圧し折ってみせたのだ。そして目を丸くする私に向かい、貴人として務めを果たさんとする身の上ならば、聖女様もこの程度の武技は嗜んでおられますよねぇと嘲笑うのである。聖女とは何時からもののふになったのであろうか。



 彼女としては私を挑発して心を乱そうとしたのかもしれないが、正直に言えば素直にカッコイイと思ってしまったあたり、真っ直ぐ行ってぶん殴るしか能の無い私の残念なところである。さてそれはそれとして、続けて回ってきますはこちらの手番。ふふふ、どうせやるからには私とドロシア様の面子を賭けた、最高の見世物をご覧に入れようではありませんか。


 私には神がお与えになられた力がございますのでと、あながち嘘と言うわけでもないそれを吹聴しつつ、用意して貰った武具の類をさらりと固辞する。そして目標を見定めて爪を伸ばし、地を踏み砕きながら一足飛びに近づくと轟と一閃、真下から掬い上げるように大きな丸太を天へ目掛けて消し飛ばした。ふはははは! さすが私。まさか標的丸ごと粉砕するとは、観客の皆々様も思うまいて。



 で、ここに一つの誤算があった。用意されていた標的は私へのちょっとした嫌がらせが故か、校舎の壁にぴたりと密着するように配置されていたのだ。おそらく私が剣か何かで切りかかった折に、壁に食い込ませて恥をかくのを期待していたのであろう。つまり私が消し飛ばした標的のすぐ後ろにはほとんど隙間が生じる事も無しに、都合三階建ての大きな建物があったのである。

 

 その広い広い西壁に、そのまま私の腕がぶち当たった。そして掬い上げるように真上に向けて振り抜いたものであるから、基礎の近くから派手に砕けた。それで一体どうなるか。その答えが示されたのは次の瞬間で、大きくもぎ取られた西壁は四分五裂となって飛んでいったのだ。空まで飛んだ。空まで飛んで、壊れて消えた。



 ……しばし、あんぐりと口を開けて空の彼方を見つめていたが、やがて王都を取り囲んだ外壁の彼方で響く轟音がこちらまで届くに至り、ようやくにして我に返った。やってしまった。いや、やってしまったなんてもんじゃあない。入学初日で校舎半壊、しかも冬の寒空の真っ只中である。なんという大罪人か。


 こんな阿呆をやらかしてしまい、いったいなんと言って詫びたものか。ぷるぷると震えながら振り返ってみれば、一瞬前の私と同じようにポカンと口を開けた少年少女の只中にあって、いち早く立ち直ったのは先に私を出迎えてくれた老教師。彼はこの場を治めるべくさすが救国の聖女様と私を称え、生徒達に素早く目線を配る事で己に追随するよう促してみせたのである。


 しかしてそのにこやかな笑顔の中で、目だけが笑っていない事に勿論私は気づいていた。そしてそれは口で語ってみせる以上に、実に雄弁にその一言を物語っていたのだ。



 お前もう帰れよ。と。



 結局、その日の夕刻には学長直々に呼び出されて卒業証書を手渡され、王室の負担で校舎の修理をお願いできないかと頼みごとをされた上で、そのまま王城へと送り届けられた。入学から卒業まで僅か半日、おそらく今後の王国史において、二度と更新される事の無い大記録である。


 そして一日もしないうちに戻ってきた私に驚いたドロシア様は、何があったのかと事の詳細を問いただしたのち、周囲も憚らずにぶふりと噴き出してお笑いになられたものであった。無論、妙な前例を作ってしまったうえに降って沸いた神学校舎の大規模修理に、お役人の皆さまからの熱い殺意が私にぶっ刺さりまくった事は言うまでもない。お腹痛い。






 ……恥ずかしい。先日のアレは、心に刺さるまことの恥であった。穴があったら入りたい。炬燵と文庫本を持って半日ほど引きこもりたい。そんな事をぶつぶつと言って嘆きつつ、王城の庭にモグラの如く大穴を掘っていた私が再びドロシア様に呼び出され、メルカーバ嬢に首根っこを掴まれて連れていかれたのは件の事件から僅かに数日後の事であった。


 この無能めに何のご用でしょうかと若干不貞腐れ気味に尋ねてみれば、今度は王国に巣食う密売組織を一網打尽にするから手を貸せという事らしい。密売組織と聞かされて頭に思い浮かんだのは、例の金に汚いサソリの旦那。なんたることか、せっかく例の瓶詰商売に一口噛めるよう口利きをしてあげるつもりであったというに、ここでお縄にかかってしまおうとは運が無い。とっちめるのは私だけども。


 が、聞いてみればなんともまあ、今回の大捕り物についてキティーの兄であるドーマウス伯を通じ、王城へ情報をもたらしたのはそのサソリの旦那であるらしい。もともと王女殿下は私という使い減りもせず、ごり押しの出来る戦力を手にした事を機にこの手の連中の一掃を目論んでいたそうなのだが、旦那はいち早くこの動きを察知した事で自分だけでも生き残ろうと売り込みをかけてきたのだとか。


 ちなみに叩き潰した連中は人材不足の王城で登用し、国営闇の組織として生まれ変わってもらう事で、連中の持っているご禁制品の販売網をそっくり頂く予定だそうで。いいのかそれ。もはや政治家とヤクザの繋がりなんてものじゃあ無く、ヤクザが政治家をやっているにも等しいのだが。王国の闇は深い。



 さて多分に納得のいかないものはあるが、今や私も立派な国家公務員の一人であるのだからして、お上の命令には逆らえない。そういうわけでメルカーバ嬢をはじめとした騎士の一団にこそりと混ざり、どうせ暴れるならと引っ張ってきたゼリグとフルート、何故か一緒についてきたサソリの旦那と共にやって来ましたは王都有数の一等地。いやはや、儲かってますね。


 その旦那曰く、私達がいま遠巻きにしているお屋敷こそが悪の首領さんの、そのご住まいであらせられるらしい。なんでも首領さんはひんがしの茶の湯にかぶれており、定期的に幹部一同を呼び集めては自ら茶を振る舞っているのだとか。そのせいで人身売買をはじめとした通常業務に支障が出ることもあるそうで、なんとも公私混同も甚だしいお人である。いや、却って良いのかもしれないけども。



「だはははは。ま、そういうわけでよ、一つパーっと頼むぜノマちゃんよぅ。あのクソジジイをはじめとして他の連中がみんな揃ってお縄につきゃあ、残った縄張りは全部このバラッド様の独り占めときたもんよ!」


「へいへい、っと。ああ、でも旦那。私が王女殿下から伺ったところによれば、その方々が素直に恭順の意を示すのであれば、基本的には新たな人材として登用していく方針だそうですよ。」


「え、ちょっと、俺その話聞いてねーんだけど。」



 うわやっべ。という心の声が顔に張り付いた旦那を尻目に見つつ、裏口の封鎖を任せたゼリグ達へじゃあ行ってきますと挨拶をして、高級住宅地らしからぬ強面の男達が警邏をする件の屋敷へとひた走る。妙な子供がてててと向かってきた怪しいそれに、気づいた男の一人が制止しようと口を開く事が出来たのも束の間の事。


 次の瞬間には小さなこの身は正面玄関を突き破り、広々とした玄関ホールへダイナミックお邪魔しますをぶちかましたのであるからまあ目立つ事この上無い。そんな私に悪者として当然の権利と言わんばかり、テメェこんガキャアどこの回しもんじゃワレェ! と叫びながら迫りくるは怖い怖いおじさん達。


 ははは、いや嬉しい。そちらがそういう態度に出てくれるのであれば、こちらとしても先日かいた恥の憂さを晴らすに気兼ねが無い。という事で光り物を抜いたおじさん方をバッタバッタとぶちのめしつつ、件の首領どのを探してキシャー! と声を上げながらウロチョロと徘徊する。乗りに乗った気分は既に、パニック映画に登場するモンスターの如し。ちょっと楽しくなってきた。


 そんな風に適当に歩き回りながらもそれなりに道筋は合っていたらしく、立ち塞がる幹部と思しき鞭使いのお嬢さんを、刀剣を操る壮年の男性を諸共に男女平等ビンタでぶっ飛ばす。伸びてしまった二人を乗り越えた先にあったものはなんとも場にそぐわない小さな茶室で、そこで出迎えてくれたのは顔に深い向こう傷をつけた、年のいった一人の男。おそらくはこのご老人が頭であろうか。風格がある。



「……その銀髪紅眼。おめぇさん、王城を襲った化け物を退けたっていう、噂に名高い聖女様かい。ったく俺も焼きが回ったねえ。長ぇ悪党人生の最後に立ち会うのが、おめぇみてえな小娘だとはよ。」


「おや、私を知って頂けておられるとは恐悦至極。しかしご老人、まだ最後であると決めつけるには早計というものです。我が主人は寛大なお方であらせられる故、あなた方が王国の忠実な駒として働く事を誓うのならば、極刑には処さぬと仰られておりますよ。何せ、人手不足らしいものでして。」


「カカカ。せっかくのお誘いだが、犬に成り下がるなんざぁ御免だね。それにどうせこれで終いだってぇんなら、最後に一花咲かせてやるのが悪党の意地ってもんさ。」



 そう言うなり火のついた燭台をむんずと握り、男ががばりと懐に抱きいだいたのは大きな茶釜。何が狙いであるのかはよく解からぬが、そんなあからさまに怪しい真似をされて黙って見ているような私では無い。すかさず割って入って首領殿をべりりと剥がし、私が入ってきた奥の廊下のその彼方へと、一切の遠慮も無しにぶん投げる。


 そしてひとまずはこれで良しと、満足気に振り返った次の瞬間。先の茶釜はピカリと光り、爆音と共に解放された凄まじい圧力で以って、小さなこの身を木っ端みじんに粉砕してくれやがったのでありました。痛ひ。






「おう、ノマ。お前ちょっと見ないうちに随分と焦げ臭くなりやがったなあ、おい。」


「そーですね。爆死するのは二回目ですよ、まったくもう。で、そちらの首尾は如何なものでしたか? ゼリグ。」


「如何もなにも、お前が散々に暴れてくれたおかげで暇なもんさ。こっちにももう少し、おこぼれってもんを貰えると嬉しかったんだがね。」



 メルカーバ嬢旗下の騎士達が完全制圧に動き始めたのだろうその喧噪を、遠くに聞きつつぽてぽてと歩いてきましたは屋敷の裏口。それを出迎えてくれたのは裏手に回ってくれていたゼリグ達とサソリの旦那で、方々に転がっている顔面をへこませた男達をちょちょいと退けて、ちょっとだけ焦げ目のついた首領殿と幹部二人をぽいと投げ出す。


 うむり、これにて任務完了である。まさか勝てぬと踏んで自爆を仕掛けられるとは思わなかったが、それでも死に至るような傷を負わせる事無くこうして捕縛を出来たは幸いであった。とはいえお年を召した方をこのままにするというのも気が引けたもので、顔を二度三度とペチペチ叩き、気を失ったままのお三方へと活を入れる。


 後の反応はまぁ知れたもの。目を覚ましたお嬢さんはサソリの旦那に裏切り者と詰め寄るわ、首領殿をはじめ男二人は俺達を殺さなかった事、いつかその命で以って思い知ることになるだろうよとせせら笑うわで、これが由緒正しき悪党としての阿吽の呼吸かと感心をさせられたものである。


 とはいえ言わせっぱなしも癪に障る。ましてこちらは命を救ってあげた側であるのだから尚更だ。そんなわけで少々カチンときましたこの私、その場で己の足元から呼び出したホオジロザメ君に三人を甘噛みさせて、次に私に逆らったならいつかと言わず、その命で以って思い知ることになるでしょうよと、言って返してやったものであった。



 後から聞いたところによれば、さんざっぱらに私が脅しつけてやったが故か、ぽっきり心が折れたらしい彼らは素直に王城の軍門に降る事を決めたらしい。中でも鞭使いのお嬢さんの怯えっぷりは相当なもので、保身の為かあれだけ罵っていたサソリの旦那に接近しては、ちまちまと私の好みを探ったりしているのだとか。いや、別に根に持ったりとかはしてませんよ。ちなみに好物はお菓子です。


 ちなみにそれを私に教えてくれたドロシア様といえば、なんとも悪いお顔をしてご機嫌である。国内の治安を改善したうえに連中の持っていた遠方との販路も手に入ったとあって、そりゃあ笑いも止まらないというものだろう。願わくはその扱っている物品についてももう少し人道的なものへ、是非とも改善を求めたいものである。かつて売り飛ばされた経験的に。



 まあそんなすったもんだもありまして、さんざっぱらに頭の悪い大暴れをしつつ、私のこの世界における初めての冬は過ぎていくのでありました。片棒担いだ私が言うのもまあなんだが、こんな阿呆ばっかりしてて良いのだろうか。はたして王国の明日はどっちだ。


 でも寒い。寒いからなるべくお外には出たくない。なのでとりあえずはまあ、春が来てから考えましょう。寒いので。






 一応触れておきたかったのですが、既に話の本筋と関係なくなっている以上、二話以上かけるとダレるだろうなあと思ったエピソードの詰め合わせです。


 本当はあと炊き出しの話なんかもやりたかったのですが、流石にテンポが悪かったのでカットとなりました。いつかちょろっと書きたいですね。


 そして次回より新章です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] サメ出した所から「あ、この聖女人間じゃねぇ…」ってアイデアロールキメて勝ち目が存在しないと悟って大人しくなったか 茶釜自爆だと…弾正殿もこの地に転生しておられましたか(邪推) [気になる…
[一言] なんでこっちにも茶かぶれの弾正様がいらっしゃるんですかね…
[一言] 学園編が始まるのかと思ったら一瞬で終わった… 聖なる暴力とかいうパワーワード
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