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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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それから③ 明日を保証されぬ人々

 私はシロゲを名乗っています。名前はおやびんがつけてくれました。


 自分がどこで生まれたのかとんと見当もつきませんが、何でも薄暗いジメジメした所でみんなと身を寄せ合って、ニャーニャー泣いていた事だけは記憶しています。


 おやびんとは平易な言葉を用いて言うところの『親分』の事を指し、そのおやびんたる黒猫ちゃんこそが我らの指導者、救世主なのです。私だけではなくチャトラもトビも、彼女と出会わなければとうの昔に生き足掻く事を諦めて、野に屍を晒していたに違いありません。



 そんなおやびんに何とかご恩返しをして、彼女だけでも路地裏でごみを漁って一喜一憂するような、惨めな生活からは抜け出して貰いたい。それこそが私たち秘密結社『猫耳団』の、その最高幹部会議で決議された使命というものであったのです。


 ちなみに猫耳団とはおやびんにすら内緒の秘密の組織であり、シロゲ、チャトラ、トビの三人の大幹部によって極秘に運営される、謎の秘密結社です。もう秘密と謎でいっぱいなのです。団員は現在三名、随時募集中。


 とはいえ、そうやってニャーニャーと気炎を吐いたまでは良かったものの、やはり如何せん先立つモノがありません。結局のところ盗みを働いたり身体を売ったりで、日々の糧を得るのに精一杯であった生活は長く続き、そんな中でご恩返しなどと夢のまた夢というものでした。



 転機は突然に訪れます。こうやっていつか冬の寒い日に、朝を迎えられずにみんなで抱き合って死ぬのかなぁと、ぼんやり考えるようになったそんな頃、私達は突如として人攫いに捕まってしまったのです。あれは本当にびっくりしました。だって私達のように薄汚れて痩せた子供なんかが、大したお金になるとも思えません。連中の狙いは一体どこにあるのでしょうか。


 ですが囚われた当初こそそう思ったものの、お湯の中でじゃぶじゃぶと洗われて鱈腹ご飯を食べさせて貰ったおやびんを見て、私の気も変わりました。しっとりと水気を含んだツヤツヤピカピカの毛並みはとっても綺麗で、それでいてヤワヤワフニフニと触り心地の良いそれは、まさに極上の逸品であったのです。うん納得、これは高い値がつきそうです。おのれ人攫いめ、見る目があるではありませんか。



 そこからの日々は実に目まぐるしいもので、お月様が一巡りもしないその内に、私達を取り巻く環境は劇的な変化を見せました。新たな妹分であるギンちゃんとの出会い、お貴族様に金貨二百枚で買われてのお屋敷勤め、そしてどこの馬の骨とも知れない卑しい産まれだと馬鹿にされる、悲しい毎日。


 頭に来たので小馬鹿にしてくる使用人連中を一人ずつ暗がりに引きずり込んで、眼球の裏側に指をねじ込んでやりながら『オハナシ』をさせて貰ったりとか。それでマリベルの姉御に返り討ちにあって、四人まとめて叩きのめされて従わされたりとか。まぁ本当、色んな事があったものです。



 我らがおやびんたる黒猫ちゃんが、誰か他の者の下に付かなければならない。それは正に雌伏の時ではありましたが、当のおやびんは毎日ご飯が食べられて暖かい寝床で横になれるとご機嫌でしたので、私達はあえて声を上げるような事もしませんでした。なによりも新たな生活の場で見い出した獲物を前に、下手に騒ぎ立ててしまうのは得策では無いと考えたのです。


 その獲物とはお屋敷の跡継ぎである少し年上の男の子で、その関係はやつれてきた旦那様からお下げ渡しをされた私達が、彼を新たなご主人様と仰ぐようになった事から始まりました。そしてその出会った当初から既に、私達三人は彼の仕草が物語る、感情の動きというものを読み取っていたのです。ははぁ、さてはこいつ、おやびんに一目惚れしやがったな、と。



 まあ我らがおやびんのような上玉を突然に、今日からお前の好きに扱って良いと言われて目の前に放り出されたのです。そりゃあお顔を真っ赤にして背けつつも、視線をきょろきょろと胸やお尻のあたりに彷徨させてしまうのも当然というものでしょう。むしろそうで無いのならてめぇ、おやびんの何が気に入らねーんだよと囁きながら、目ん玉をバリバリと引っ掻いてやるところでした。


 まぁそれはさておきとして、これは千載一遇の好機というものです。なんせ相手は女の味を知らぬ、地位も財力も保障された未来ある若者なのですから。ここで上手く取り入っておけば一生涯に渡り、美味しい汁を吸い続ける事も夢ではないでしょう。


 いえ、どうせ夢を持つのならば、狙いはもっとでっかく行くべきでしょうか。せっかくあちらさんはおやびんにホの字なのです。このまま二人には仲睦まじく付き合って貰い、やがて婚姻をして侯爵夫人となったおやびんは晴れて、お貴族様の一員となる。路地裏の浮浪児が社交界へ羽ばたくという、その輝かしい出世劇に思わず私の胸も高鳴ります。ああ、なんて素晴らしいのでしょうか。


 そうであってこそ、これまでおやびんから頂いた返し切れないほどの多大な恩に、報いる事も出来ようというものです。そしてそのとき私達も、侯爵夫人様の召使いとしてお傍にはべる事で、家内で自在に権力を揮う事ができるのですから正に一石二鳥。にゃふふふふ、これは笑いが止まりませんね。



 これにて、私達の目指すべき方向性は定まりました。あとはチビの癖におやびんに色目を使うだなんて、生意気な奴だと毛を逆立てるチャトラとトビに、屋根裏会議で情報を共有して意思統一を図るだけです。勝った。勝ちました。これで私達の人生大勝利だと、この時はそう、思っていたのです。



 残念ながら物事はそう易々とは進まぬもので、そこからしばらくの間、私達『おやびんとルミアン様をくっつけ隊』は大した成果を挙げるでもなく、無為に日々を過ごす事となりました。


 いえ、私達のご主人様であるところのルミアン君を、おやびんのそのびぼーにドップリドロドロに嵌まらせるところまでは簡単であったのです。正直なところもう少し時間がかかるかと思っていたのですが、一晩で即落ちでした。拍子抜けです。


 問題は肝心要のおやびんの側で、そのおやびんはルミアン様のほうが扱い易いし、夜の方も身体が楽でいいなぁと低く笑うばかりでちっとも気の無い様子なのです。私達も頑張っていやらしい雰囲気に出来るよう努力はしましたが、そもそも身体だけは最初からいやらしい関係なのですから、既にいやらしさが頭打ちです。心です、もっと心を動かしてください、おやびん。


 ニブチンのおやびんに思いを届けるには、もう正面から正々堂々はっきりと、お前が好きだ、愛していると叫びながら、突撃を敢行する他に無いでしょう。それは迂遠ながらもあのヘタレご主人様に何度か伝えはしたのですが、如何せん身体は触れ合える癖に心を触れ合わせるのには奥手なようで、おやびんの彼に対する認識は扱い易い金ヅルのまま、ついに変わる事は無かったのです。



 そんな私達が再びに転機に出会い、状況に変化が訪れたのはあの北方遠征においてでした。ギンちゃんとの再会、そして現れる、羽根を飛ばす鳥のお化けにみょうちきりんな銀色の怪物たち。ルミアン様のお傍仕えとして駆り出された私達は、おやびんと共に戦場を駆けながらも勇敢にそれらと戦い抜いて、見事この肉球に勝利を掴み取ったのです。そうです、ゆーかんに戦ったのです!


 混乱の渦中において、私達の前に立ち塞がるでっかいイノシシ! 震えながらもおやびんの事を守ろうと、その前に立ち塞がるルミアン様! そしてどさくさ紛れに行われる、一世一代の大告白! 見事です、思わず私も濡れそうでした。そのあと五人全員一纏めに、イノシシの鼻先にぶにっと吹っ飛ばされて気絶してしまいましたが、まぁみんな生きていたので良しとしましょう。


 文字通りに愛を叫ばれたおやびんの反応は満更でも無く、おまけに何と、私達の妹分であるギンちゃんがせーじょ様だった事まで判明したとあって、まさに勝利、勝利、だいしょーりというものでしょう。あとは手を出さずとも、なんか良い感じになったおやびんとルミアン様は近い将来に夫婦となって、私達も聖女ギンちゃんの名を笠に着てぶいぶい言わせる事が出来るはずです。



 やりました。今度こそ勝った、勝ちましたね。これで私達の人生向こう百年大勝利だと、お屋敷に戻ったら秘蔵のマタタビ酒を開けて一杯やろうと、そう、思ったものでした。






「それがにゃー……。どーして、こーなったのかにゃー……。」


「シ、シロゲ~。やばいよやばいよ、おやびんってば、アレ絶対に怒ってるぅ!」


「やっべー。」



 どこか遠い目をしながら長々と時の流れを思い返し、ようやく戻って来ましたは今この時。ぱちぱちと爆ぜる火が温かく照らす暖炉の前で、一触即発のお洒落なお茶会を開催しているのは我らがおやびんとルミアン様、そしてつい先日から顔を合わせるようになった、メルカーバとかいう名の騎士だんちょー様です。一方の私はといえばチャトラとトビと身を寄せ合って、壁際で遠巻きにそれを見守るばかり。


 いや正確に言えば、おやびんは元々給仕をする立場であってお茶会の参加者では無いのですから、ここは乱入者とでも言うべきでしょうか。そんなおやびんはだんちょー様を睨みつけてがるがると威嚇をし、ルミアン様は青い顔をして冷や汗だらだら。そして当のだんちょー様はといえば、無言で焼き菓子をぱくつくばかりなのですから何ともはや。ほんと、どーしてこんな事になってしまったのか。



 思い返してもみれば、事は長いお出かけからはるばる帰ってきたその日のうちに、突然現れた王女様がギンちゃんを持ち帰ってしまったあの事件から始まっていたのでしょう。それを私達はやっぱり聖女様ともなれば、偉い人も放っておかないんだなあと呑気に見送っていたものでしたが、それが巡り巡ってこんな形で降りかかってくるだなんて、思いもしていませんでした。


 お城の中で何があったのか、私達にそれを詳しく知る術はありません。ですがお屋敷を訪れたこのだんちょー様が言うところによれば、なんだかとにかくギンちゃんの活躍によって、お城は大きな変化を迎える事となったのだそうです。そしてそれが結果として、今まで仲の悪かったお貴族様同士もこれからは仲良くしていきましょーねと、そういう事になったのだとか。


 それ自体は大変けっこうな事でした。なにせ将来、おやびんが乗り出して征服する予定の貴族社会です。それが来たるべきその時までの間、平和で穏やかな代物であってくれるに越したことは無く、おそらくはおやびんの為を思って動いたのであろう妹分のその自覚ある行動に、おねーさんである私達も鼻高々というものであったのです。



 ですが、気分が良かったのもそこまでの事。なんと王女派閥と王太子派閥の対立解消の象徴として、両派閥の代表であるマーチヘアー家とマッドハット家の間に縁談の話が持ち上がったのだそうです。そしてその当人こそが、おやびんにぎりぎりと手の甲をつねられているルミアン様と、頬杖をつきながらそれを見守っているだんちょー様というわけで。


 それはご主人様の御子を産む事にすっかり乗り気であったおやびんにとっても、お城での騒動から蚊帳の外にされてちょっぴり不機嫌であったご主人様にとっても、まさに寝耳に水というものでした。結果としてそいつぁ聞き捨てならねえなと、給仕の仕事をほっぽりだしたおやびんはどすんとその場に居座って、板挟みにされたご主人様をぐりぐりと責め立てているという有様なのです。


 とはいえまぁ、ぎらぎらした分厚い鎧を脱ぎ捨てただんちょー様の、そのでっかいお胸を見たご主人様が生唾を飲み込んだのは私達も見ていました。それに怒ったおやびんが、こうしてさっきから制裁を加えているのも当然の流れというものでしょう。もう何年か我慢しなさい、きっと私達もでっかくなりますから。多分。



「……まぁ、そういう事です、ルミアン殿。今のところは互いに婚約者の候補にあがったに過ぎませんが、実際のところはほぼ確定と見ておいて良いでしょう。急な話ではありましたが、私としてはお父様の決定に異を唱えようという気もありません。貴方は、どうですか?」


「メ、メルカーバ卿。私も未だ父上から事の詳細を伺っているというわけではありませんが、それが事実であるのならば、これも責務というものだと思います。この国の安定と繁栄の為の役割を全うさせて頂く事に、異論はございません。」


「……耳障りの良い事を言うわりに、目の方は先程から泳いだままですね。貴方のお気に入りはこの縁談について、随分とご立腹でいらっしゃるようですよ? 言っておきたい事があるのなら、今のうちに伝えておきなさいな。どうせお互いに、明日をも知れぬ命なのですから。」



 そう言って茶器を置いただんちょー様に、お茶のお代わりをお淹れしようと近づきます。ですがそれはやんわりと手で遮られた事によって拒否をされて、私は再び壁際へと舞い戻りました。


 それにしてもなーんかちょっと、変な感じです。初めて会った時のだんちょー様はなんていうかこう、もっとぶいぶい言わせてる感じの人でした。それが今日ではすっかりしおらしいというか、なんだか元気の無い様子なのです。お腹でも痛いのでしょうか?



「明日をも知れぬって、随分と穏やかじゃないこと言うじゃねーの、騎士団長の姉ちゃんさ。今日はさっきから妙に静かだけども、王城でなんか妙な事でもあったのか?」


「……使用人の分際で、貴人に対する口の利き方を弁えなさい。と、言いたいところですが、話を振ったのは私の方です。まあ、良いでしょう。少々思うところがありましてね、自分はいつ死ぬのだろうかと、この数日でついつい考えてしまうようになったのですよ。それを考えたところで何かが変わるわけでも無いと、わかってはいるのですけれどね。」


「んー? 姉ちゃんはさ、悪者と戦う騎士様だろう? つい先日だって北方でバケモン相手に、どんぱちやらかしたばっかじゃねーの。自分がいつ死ぬのかだなんて、そんなのは今更の話だと思うんだけどなー。」


「違いますよ。自らが覚悟を持って臨んだその道の果てに死を迎える事と、己の与り知らぬところで理不尽に死を押し付けられるという事は、全く以って違う話なのです。自分はいつか、さしたる意味も無く死ぬのかもしれない。それが私には、無性に恐ろしくて堪らないのです。」



 机の上で組まれただんちょー様のその指は、まるで心の迷いを示しているかのように、落ち着きなくゆらゆらと揺れています。その動きを視線で追った私の身体もゆらゆら揺れて、やっぱり同じように揺れていたトビとチャトラにベチンと当たり、誰ともなくふみゅんと小さな声をあげました。



「……あの、失礼ですがメルカーバ卿。申し訳ありませんが、私はそのお考えに同意する事は出来ません。いくら覚悟があっても死を目の前にすれば恐ろしいし、理不尽でない死などやはり、有りはしないのです。私はあの槍羽根を、そして銀の怪物達を目の前にした事で、今回それを存分に思い知りました。」


「ま~、ルミアン様の言ってる事は、アタイのそのまんま受け売りだけどなー。御主人様ってば、自分には使命の為なら命すら賭ける覚悟があると思ってたのに、実際には震えてばかりで何にも出来なかったってウジウジしてやがってさ。それがあんまりにも鬱陶しいもんだから、ちょいと活を入れてやったのさ。にひひ。」


「あ、あはは。せっかく少し格好をつけれたと思ったのに、あっさりばらさないでくださいよ、クロネコ。」



 ばしばしとルミアン様の肩を叩くおやびんの、その細まった瞳だけがくるりと動き、だんちょー様へと向けられます。出ました出ました、いつも私達を励ましてくれるおやびん得意の必殺技、『後は言わなくてもわかってんだろ?』です。


 実際おやびんが何を言いたいのかが曖昧過ぎて、結局聞き返しては何度も説明して貰うのが玉に瑕。それでも自信たっぷりのその姿は、いつだって私達に勇気と希望を与えてくれました。おやびんについていけばきっと大丈夫だって、そう思わせてくれたのです。そしてその結果として私達は、今ここに居ます。



「……ふふふ、なるほど。どこから流れてきたのかもわからない、小さな獣人からのお説教ですか。よろしい、それもまた一興でしょう。クロネコとやら、貴方の主人に入れたその活というもの、一つこの私にも披露をしては頂けませんか?」


「きっししっ! いいぜいいぜぇ! いいか団長の姉ちゃん、死はいつだって理不尽なんだ。アタイ達と一緒に路地裏で震えていた連中の中に、それを納得して死んでいった奴なんて一人だって居やしない。だからいつだって、今この時を生きているのさ。アタイ達はな!」


「随分と、まあ刹那的な事で。しかし貴方のそれは、恵まれない環境に置かれている事が前提でしょう? 傲慢な言い方かもしれませんが、私が自分が裕福な立場であると知っています。その説法は的外れですね。」


「そうでもないさ。どんなに豪華なお屋敷の中に住んでたってさ、すっごい大火事に襲われるとか、すっごい大雨に流されるとか、そういうどうしようもない力の前じゃあ成す術だって無いもんだろう? そりゃあある程度は対策ってもんもあるんだろうけどさ、それでも駄目な時はやっぱり駄目さ。」


「……ひょっとすれば、明日世界は滅びるのかも知れない。それがわかっていてもなんら足掻く事なく、死を受け入れろと?」


「逆に聞くけどさ、もしも明日世界が滅びるとして、アタイ達に出来る事なんて何かあるのか? 起こるかどうかもわからない、起きたところで何も出来ない事に頭を悩ませるのなんて、そんなの意味ないね。もしもその日が来たのなら自分が死ぬまでのいっときの間、それを見物でもしていたほうが有意義ってもんよ。」



 身振り手振りで雄弁に語るおやびんに反論しようと、腰を浮かしかけただんちょー様はしかし返す言葉が見つからなかったのか、ぼすんと深く椅子に座り直して息を吐きました。


 まったくもって、参考になりません。と、顔を伏せた彼女は独り言ちるものの、それでも何か得るものはあったのか、忙しなく動いていた指の動きは止まっています。ふふん、どうですか。これはおやびんの勝ちですねきっと。何の勝負なのかはわかりませんけど。



「そういうわけでさ、いつ死んじまうのかわかんないアタイ達は、今日もご飯をいっぱい食べてあったかい寝床で眠る為に、今を精一杯に生きるのさ。そんでその為に団長の姉ちゃんとルミアン様に、一個だけちょいとお願いがある。」


「……唐突にねじ込んできましたね。まあ一応、聞くだけなら聞いておいてあげましょうか。ルミアン殿も、貴方の愛妾の嘆願です。それで構いませんね?」


「あ、愛妾って……。クロネコの一個だけお願いは三日に一度は聞いている気がするのですが、その、なんでしょうか?」


「アタイ達だって自分の立場は弁えてるからさ、正妻様になれるだなんて思っちゃいないさ。でも姉ちゃんとルミアン様が結婚して夫婦になっても、お妾さんとして傍に置いて欲しいんだ。別に贅沢しようだなんて思っちゃいないし、それくらいはいいだろう? もう邪魔になったから明日から放り出すなんて言われた日にゃあ、堪ったもんじゃあねーかんな。」



 無い胸を大きく反らしてふふんと得意気になり、尻尾をふりふりそう言ってのける我らがおやびん。それがけっして堂々と言えるような事では無いとしても、まずはこうして自分の利益を主張してみせるのがおやびんの凄いところです。そこに多少の無茶があったとしても、なんだかそっちの方が正論であると思えてきてしまうのですから。


 おやびんのおねだりを受けて、ご主人様はちょっと困ったように眉を下げながらも照れ照れとして、それを見るだんちょー様は微妙に白い目。でもまあここですぐさま駄目を出さないあたり、利害の点では拒否する理由も無さそうです。とすれば残るは感情面の問題だけで、そこは要領のいいおやびんの事、いずれは粘り勝ちになる事でしょう。



 やっぱりちょっと、侯爵夫人の夢は叶いそうもありません。けれども私達が今後も一緒に、変わりなく暮らせそうだというその期待にちょっとばかり嬉しくなって、左右にいるチャトラとトビの手を握ります。二人はその意味がよくわかっていなさそうな顔で、ふに? っと小さくこぼしましたが、それでも私の手をやわやわと握り返してくれました。


 おやびんは明日の事なんて考えないと言わんばかりでしたが、私はそうは思いません。お友達はたくさんいるほうが楽しいです。家族はたくさんいるほうが嬉しいです。ルミアン様もだんちょー様も私達の家族になって、それで明日も明後日も何十年だって一緒にいられたら、それはどんなに幸せでしょうか。



 お外は寒いけれど、暖炉の照らすお部屋の中は暖かいです。日が落ちてきたらお夕飯を食べられて、夜になったら暖かい毛布にくるまって、また日が昇ったら朝ご飯を食べることが出来ます。幸せです。いっぱいいっぱい幸せです。


 だから明日も明後日も何十年だって、こんな日が続けばいいと。私はいっぱいいっぱいそう思って、それを叶えてくださいと。



 そう小さく、『神様』にお願いをしたのでした。






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― 新着の感想 ―
[一言] クロネコちゃんのこういう考え方好きです。 すごいなぁと思います。
[一言] いい話を装って読者のSAN値を削りにくる名状し難き作者さん
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