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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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それから① 公式発表と事の顛末

「聞いたか? サソリ。王城が襲撃を受けたらしい。それも相手は、ノスフェラトゥとかいう何だかよくわからん化け物だそうだ。」


「ああ、とっくに耳に入ってるよ、メックルマックル。国王様や司教様までをも手にかけようとしたそのバケモンを、王女様が見出した聖女とやらが撃退したってんだろう? ちょいと耳聡い連中の間じゃあどこも、その噂で持ちきりさ。」



 邸の最奥、書類に埋まった私室の中で、訪ねてきたゴブリン商人と向かい合って茶を啜る。枕に使われたのは今朝発表されたばかりの出来たてホヤホヤの情報で、自分が媚を売っておいたあの娘の想像以上の出世っぷりに、知らず口角を上げながら茶菓子を砕いた。


 くくく、良い仕事をしてくれるじゃねえか。北方で俺達をひでぇ目に遭わせたあの化け物共が、後を追ってこの王都にまで侵入していたってぇのには肝を冷やされたが、まったくノマちゃん様様だ。危うく、これまでこの国で築いてきた手足を捨てて、東の衆国あたりにでも逃げ込む羽目になるところだった。あぶねぇあぶねぇ。


 上手く立ち回って美味しい汁を舐めさせてもらうはずが、予想外に首を突っ込む事になっちまったあの遠征。そこから命からがら戻ってこっち、様子見に徹するしか無かったこの俺様にも、ようやくツキってもんが回ってきたらしい。なんせアレだ、あの小娘が王族にまで人脈を広げたとなれば、いずれはそのおこぼれにあずかる機会もあろうってもんよ。



 そんな皮算用に浮かれながら、天板の上に置いた一本の瓶をカチンと弾く。中にこれでもかと詰め込まれているのは酢漬けにしたひよこ豆で、見たところ蟲も腐れも生じていないそれが、遠征の出立前に仕込まれたものだというのだから驚きだ。


 理屈はわからねえが、ノマちゃんが作ったというこの瓶詰、こいつは絶対に商売の種になる。そう考えて一枚噛ませて貰おうと思っていたその矢先に、王女様に横からかっ攫われちまったのには思わず閉口したもんだったが、まぁ終わり良ければ全て良しだ。あのお人好しの嬢ちゃんの事、手揉みしながら下手に出ていけば嫌とは言うめぇ。



「ほう、ほう。それでそれが、件の聖女がもたらしたとかいう保存食か? 良いな、良いな。金の匂いがする。」


「へっ、流石にお宅も鼻が効くな。だが、悪いがこいつは俺のシノギだ。手ぇ突っ込みたいなら下につきな、出し抜こうってんならタダじゃおかねえ。」


「くふふ、そう邪険にするな、サソリ。ゴブリンは旅商人も多い。道中で美味いもの喰いたい、当然の欲求。それにしても不思議。蟲、カビ、腐れ、水と空気から湧いてくる。でもこれは違う。色も変わらないし、新しいまま。なんでだ?」


「さてね。嬢ちゃんは滅菌だの密封だのと言ってたが、まあ細かい理屈は偉い先生方にでもお任せするさ。俺にとっちゃあ、実った果実がもぎ取れればそれでいい。」


「金は大事。金は世の中の真理。でも本当に苦しい時に、金で腹は膨らまない。そんなことを言ってるといつか、蹴つまづいてオダブツになる。くふくふくふ。」



 手にした瓶詰をくるくると回しながら、覆面野郎はそう言って意味深に笑ってみせる。ほぉら、おいでなすった。こいつは何かにつけて、いちいち俺を若輩者扱いしては説教を垂れるのが好きなのだ。そして往々にして、それを遮るような真似をすればヘソを曲げて、最近の若い者は年寄りの忠告を聞かんと言って愚痴りだす。めんどくせえ。


 そうこうするうちに何かを思いついたのか、奴は背負った背嚢を降ろして中身を漁り、縄でぐるぐる巻きにした小さな箱を取り出してみせた。話の流れからして奴ご自慢の非常食でも見せてくれるのかと思ったが、予想に反して目の前に突き付けられたのは、小箱の中身では無く縄のほう。なんだってんだよ。



「これ、ゴブリン伝統の保存食。芋の茎に調味液、染み込ませてからよく乾かす。そのまま齧っても良いし、煮炊きすれば汁物になる。おまけに荷造りにも使えて便利。強いて問題を挙げるとすれば、せいぜい死ぬほど不味い事くらい。」


「いやいやいや、食い物で荷造りしてんじゃねぇよ、ありえねぇだろ。っていうかその薄汚れた見た目の通り、くそ不味いんじゃねーか。」


「くふくふ、まぁそう言うな。こういう物、自作できるようにしておいて常に数品持ち歩くと、いざという時にすごく頼れる。俺も若い頃、酷い目にあって婆さんと二人で逃げた時、重宝した。でも出来るなら、美味い物が喰えるに越したことは無い。あの不味さ、今でも婆さんから愚痴られる。」


「へいへい、夫婦仲が良くて結構なこって。説教したいのか惚気たいのか、せめてどっちか片方にしてくんな。」



 右手で空になった茶を淹れ直しつつ、如何にも塩辛そうな匂いのするその縄に向かい、左手で以ってシッシと払う。いいからさっさと仕舞ってくれ。部屋に臭いが移っちまいそうだ。


 顔をしかめてそう訴える、俺の無言の要求が通じたか。それともやりたい事をやって気が済んだか。相変わらず顔も見せずに笑うゴブリンは、手にした危険物で小箱を縛ると軽く放り、それは口を開けた背嚢の中にスポンと入って姿を消した。なんともまあ、口に入れる物とは思えない雑な扱いをしやがって。


 とはいえ、この世知辛い世の中だ。こいつの言うとおり、いつ何時に何が起こるかなどわかったものでは無いわけで、それを考えればいざという時の備えは欲しい。このノマちゃん印の瓶詰が量産出来たら、まずは非常食としてうちの屋敷に常備しよう。育ちは悪いがこの俺様、飯の味にはちょいとうるさい性なのだ。文句あっか。



「で、メックルマックルさんよう。まさかそんな世間話で茶をしばく為に、わざわざ足を運んできたってわけでもねぇんだろう? そろそろアンタの本題って奴を、聞かせて貰いたいところなんだがね。」


「そうだな。前置き、もうこのくらいでいいだろう。北方でお前達がやり合ったきた、オーク連中とリーナヴォルスクのその後の動向。一応、伝えておいてやろう思ってな。」


「へぇ? 情報料も取らずにか? 金にがめついゴブリン商会様ともあろうもんが、稀には殊勝な事もするもんじゃねえか。」


「俺達ゴブリン、なんでも売る、なんでも買う。時にはタダで施してやって恩を売る。リーナヴォルスクの目論見が叶う、この国に賭け金を積んだ俺達には手痛い損失。だからこれはまあ、その礼のようなものだ。そう思っておけ。」



 その言い草に反し、どことなく気落ちした仕草を見せるゴブリンの小男は、そう口にしつつも目の前の茶菓子を一枚手に取ってパキンと割った。混ぜ込まれた香料の匂いがふわりと漂い、子供舌には良く合うであろうそれを、奴はピスピスと長い鼻を鳴らしてどこか懐かし気に嗅いでみせる。


 いや、なんもかんも色眼鏡のはめ込まれた覆面の下とあって、正直何を考えてるんだかよくわからねぇけども。それでも何となく、そんな気がしたのだ。



「……耳聡いあんたらの事だ、俺らが北方でどんだけえらい目に遭ったかってぇのは、とうの昔に掴んでるんだろう? あれだけの化け物がわんさかと蔓延ってたあの国境沿いを、良くもまあ抜けて来ようだなんて考える奴がいたもんだな。えぇ?」


「あれだけ騒いだ後であれば、台風一過で逆にやり過ごしやすいかも知れない。それに賭けて、峠を抜けてきたゴブリンの商隊が一ついた。商機を失う恐れるあまり、命を失う馬鹿らしい。それでも丁度そんな馬鹿が居たおかげで、都合よく最新の情報、手に入った。」


「ひゅう、おっかねえ真似しやがるぜ。俺なら当分は、見に徹するところだけどなぁ。でもまあその命知らず共のおかげで、こうしておすそ分けを頂けるってぇもんだ。それで、どうなったよ? お互いあれだけ酷い目にあったんだ、まさか、もう一戦やろうだなんてこたぁねえよな?」


「その心配、無い。オークの若い族長もリーナヴォルスクも、もう里からは姿、消した。現役に復帰した前族長も、今回の一件の後始末で忙殺されてる。当分は動けない。」



 パキン、パキン、と。ゴブリンは口に運ぶでも無く焼き菓子を割り続け、半分に割られたそれは四分の一になり、それから八分の一になろうとしたところで形を保てなくなって、ぐしゃりと砕けた。


 部屋を汚すんじゃねーよという俺のボヤキなどどこ吹く風に、奴は砕けた欠片を手に取って口に運び、相変わらずピスピスと鼻を鳴らしながら、ポリポリと小気味良い音を立ててみせる。



「……孫娘がな、小さい頃にこういう行儀の悪い食べ方をする、好きだった。でも美味くなったりは、別にしないな。」


「さいで。それで、連中に何があったよ? お家騒動だか政変だか知らねぇが、こんな時期での指導者交代が穏やかな話だったとも思えねえ。ぜひとも聞かせて貰いたいね。」


「闘争に敗者はつきもの。でも敗北しようと若族長が両腕を失おうと、立派に戦ったのであればそれは戦士の誉れであって、賞賛すべきもの。俺達にはよくわからんが、オーク連中の価値観ではそうなってる。でも不味かったのは、若族長が一族の禁を破って、赤の神の真言を行使してた事。それが槍玉に挙がった。」


「真言、ねえ。神様の話に踏み込むのもおっかねえから詳しくねえが、少なくとも人の身で近づくような代物じゃねえってのは、小耳に挟んだ事があるな。俺達も危うく死にかけたが、逃げ切る為にんなもんを使わされる程に、あちらさんも苦しかったってぇわけか。」


「若族長を襲った奴、化け物共の親玉の、巨大なうわばみ。聞くところによれば、奇跡的にみな生き残ったらしいが、それを退ける為に支払った代償、大きかった。若族長は責を取って蟄居となったが、命を救ってくれた英雄を罰しなければならない、やり場の無い部族の怒り、彼女を唆したリーナヴォルスクへ向かったらしい。」



 そこまでを口にして、ぷひゅーと息を吐いて茶を啜る小男の前に、無言で茶菓子の盛られた皿を押し出してやる。何事にも落とし所というものはあって、大抵は誰かが貧乏くじを引き当てるまで、物事というものは収まらないし進みもしない。まぁその責を負わされる破目に陥ったのが、そもそもの事をおっぱじめやがった小娘なあたり、如何にも自業自得というかなんというか。


 そのリーナヴォルスクとやらがオーク共に発破をかけなければ、俺は怪物相手に大立ち回りをするような真似をしなくても良かったし、ましてやその親玉を、王都にまで引き連れてきちまうような事も無かったのだ。ははは、ざまぁみろ。ただし過日のはぐれの一件で抱えちまった、余剰な在庫を放出するまたと無い機会に小躍りした事は、この際棚に上げさせて頂くものとする。



「戦いに従事した戦士達の中、リーナヴォルスクを庇う向きもあるにはあった。それでも結局、前族長の一声で私刑が決まって、あとは何のことはない。騒ぎを聞きつけて脱走した若族長が、止めようとした前族長を蹴り飛ばしてリーナヴォルスクを掻っ攫い、そのまま行方を眩ませた。それで終いだ。」


「あーらま、そいつはご愁傷様で。得体の知れないバケモンは現れるわ跡継ぎは失うわ、オーク共にとっちゃあまさに、踏んだり蹴ったりってな。たしかに当分はまともに動く事はできねえだろうし、なによりその腹立ちの矛先が、俺らのほうには向かいそうに無いってのがまたありがてぇ話だぜ。」


「行き場が無いからこその、八つ当たりという話も無くは無いがな、人族。まぁどの道ほとぼりが冷めるまで、あの峠道を使いたがるような奴、出て来ない。オークの連中、また攻めてくるような事があっても、それは当分先の話。」



 頬杖をついて茶器に手を伸ばすその前で、相変わらずゴブリン野郎はパキパキと菓子を割っては一舐めし、覆面の下でもくもくと口を動かしながら器用に話す。なるほどね、少なくとも北方に関しちゃあ、王国はしばらく安泰ってぇわけか。


 さて、ではこのもたらされた情報をどう転がして、新たな儲け話に繋げるか。さっそく頭の中で回りだした思案だったが、それは部下共が部屋の外でどすんばたんと五月蠅く暴れる物音に邪魔をされて、形を成すことなく霧散した。あの野郎どもめ、さては昼間から酒でもかっ喰らってやがるな。後で折檻してやらねぇと。



「リーナヴォルスクの商売、失敗した。でも俺達も北方との交易路、使えなくなった。その点では痛み分けだ。でもサソリ、この状況は悪くない。王城を襲った化け物も、あの忌々しい天蓋落としをも退けた聖人様が、この国には現れた。きっとこの国は強くなって、大きくなる。だから今のうちに、唾をつけておきたい話はいっぱいだ。例えばその、長持ちする瓶詰とかな。」


「で、結局そこに戻ってくるんだな、おい。ま、こっちとしてもノマちゃんから利権を貰ったらしい、あの伯爵様に対抗する為の味方は多いほうがいい。時は金なり。いっそこの場で、契約書のたたき台でも作っちまうか。」



 そう言いつつもぐっと伸びをする俺の元へ、扉の外の乱痴気騒ぎはますますその音量を増しながら、耳障りな騒音を届けてくる。っち、いつまで遊んでやがんだあの連中は、客人が来てるっつーのによぉ。


 がしがしと頭を掻いて、それから喉元を抑えながら声を発し、ドスの効いた声音を作る。それを見て失笑するゴブリン野郎に舌打ちしつつ、さーてまあこんなもんかと納得のいった次の瞬間、騒音は髭面の中年男の姿をとって、開け放たれた扉の向こうから部屋の中へと転がり込んだ。


 一瞬どこぞの連中からカチコミでも受けたのかと思ったが、それにしては血の匂いが流れてこない。見れば転がり込んできたうちの野郎も、女に引っ叩かれたかのように顔を赤く腫らしちゃあいたが、それでも泣き言を喚く事が出来る程度の活きのよさは残していた。っていうかアレだ、やっぱり酒クセェ。



「か、かしらぁ! てぇへんでさぁっ! 変な女の二人組が、かしらを出せって乗り込んで来やが……へっぶぁっ!!?」


「おうおうおう、居やがりましたねぇ人攫い野郎が。約束どおり、美味い酒を奢ってもらいにきてやりましたよ~っ! ヒック!」


「どうも、無理やり連れてこられた付き添いです。まあこれも何かの御縁という事で、観念して酒瓶を差し出しなさい。」


「……おう、わりぃな。ちょっと何言ってんだかわかんねーわ、嬢ちゃん達よぉ。」



 俺を盾にしてそそくさと後ろに下がったゴブリン野郎を尻目に見つつ、いちおう懐に手を突っ込んで構えてみれば、続けて踏み込んできたのは先日ご一緒した使用人の嬢ちゃん達。そういえば軽口で食事の誘いをかけちまったなあとは思い出したものの、それでもこんな、強盗の如き殴り込みを受ける謂れは断じてねえ。


 見れば、鞘に納められたままの短剣をぶんぶんと振り回すチビの嬢ちゃんは、既にすっかりと出来上がっちまっているようで、それに腕を貸す眼鏡の嬢ちゃんもよくよく見れば頬が赤い。いやマジで、何がどうしてこうなった。



「そりゃあね、私の身分から考えてみれば、事の全容を教えて貰えないなんてのは当然の話ですよ。でも旦那様もキルエリッヒお嬢様も、難しい顔をして不機嫌そうなお顔をするばかりで私の事はほったらかしだなんて、それはそれで酷い話だとは思いませんか? ねえ! 聞いてるんですか貴方!?」


「……おいサソリ。あの壁と話してる変な女と、いきなり酒棚の物色を始めた妙な女、どこの誰だ?」


「あー、北方でちょいと付き合いのあった嬢ちゃん達でな、俺が迂闊に軟派をかけちまったばっかりにこの有様よ。えーと、マッドハット家のマリベルさん、だったか? 酒が回ってるところ申し訳ねぇが、出来れば説明の一つでもして貰えると、ありがたいんだがね?」


「別に大した話ではありません。私とあの子にはちょっとした因縁のようなものがありましてね、先日の一件でまとまったお給金を頂けましたので、奮発して何か小物でもと街に繰り出したところ、ばったりと鉢合わせてしまったのですよ。あちらも虫の居所が悪かったのか、昔の事を蒸し返して食って掛かってきましたので、酒の力で有耶無耶にしてやろうとしたらこの有様です。」


「……で、飲み足りなくなったそのあげくに、こうして絡みにきやがったと。なんつー傍迷惑な女共だよ、おい。親泣くぞ。」


「そちらこそ表向き真っ当な商売をやっているようで、その実すねに傷を持っている事くらいは知っていますよ、サソリのバラッドさん。別に吹聴しようなどという気もありませんので、ここは大人しく、私達をもてなしてくれるのが賢明でしょう。ところで良いお酒ですねこれ。教え子の出世祝いに送ってあげたいので、もう一、二本ばかり見繕って貰えませんか?」



 呆れた風に、そう言って聞かせる嫌味もどこ吹く風と、我が物顔に室内を荒らしまわる嬢ちゃん達。ったく、これだから酔っ払いはよぅ、まともに向き合うだけ馬鹿らしくなってきやがる。叩き出してやりたいのは山々だが、かと言ってこの二人もそれなりに使う方だ。下手をやって、お互いに怪我をするってぇのも面白くねえ。


 それに考えてもみれば、一度は生死を共にした間柄である。屋敷を荒らされた上に酒も食い物も俺様持ちだが、稀にはこうして戦友に付き合ってやるというのも良いだろう。それでも残るこの腹立たしさは、酌でもさせて溜飲を下げさせてもらうとしようか。なんせこれだけ腕っぷしの強い美人を二人、まとめて侍らせていると考えれば悪くない。



 ひょいと肩を竦めながら、散らばった調度品と背中を踏みつけられて唸る部下を端へと片付け、それからいそいそと帰り支度を始めたメックルマックルへと声をかける。ゴブリンってのはどいつもこいつも金にがめつい。そこに金額の大小は関係なく、とにかく得をするのが好きな連中なのだ。それがタダ酒タダ飯と来た日には、目の色を変えるだろうは想像もつく。


 どうせ、これからは一緒に悪巧みをする仲なのだ。とくれば、ここいらで媚を売っておくのも悪くはない。そう思っての誘いであったが予想に反し、やっこさんはフルフルと首を振って乱痴気騒ぎの外へと出ると、長いつま先をぺったぺったと鳴らしながら、ぐりんと振り向いて口を開いた。



「悪いな、サソリ。今日はちょいとばかし、酒飲みの気分じゃない。時勢を読み違えた馬鹿な孫娘の事、誰かに話してすっきりしたかっただけ。邪魔したな。」



 その捨て言葉に、何と返して良いか悩んでいるそのうちに、ゴブリンは扉の向こうへと姿を消した。やれやれ、自分の身内だとわかっていながらあの時俺に情報を売りに来たとは、連中の世界も世知辛いもんだ。一度商人として名乗りを上げたからには、それは身内である前にまず、商売がたきである。俺らも蛮族も変わんねえなあ。


 それでもまあ、ああして遺憾な態度を示して貰えるだけ、その嬢ちゃんも幸せ者か。それにその企みこそ潰えたとはいえ、最終的には逃げおおせる事が出来た上に、あのオークの若族長が一緒にいるのだ。とくればいずれはまた返り咲いて、どこぞで名を聞く事もあるかもしれねえ。その時は出来るのなら、一緒に手を取り合って商売を出来る様な仲になりたいもんだ。あの爺さんの為にもな。



 ふふんと顎の下を撫で回しつつ、柄にもなくしみったれた感傷に思いを馳せる。そして俺にもそんなカタギ染みた考えが、まだ出来たのかと気を良くしつつ振り返ったその顔面に、ぶっ飛んできたチーズの塊が直撃して砕け散った事で、俺は再び修羅に足を踏み入れることを覚悟したのであった。



「おい、この酔っ払いのクソアマ共! 食べ物を粗末にしてはいけませんって、お母さんに教えて貰わなかったか!? 猿みてーにギャーギャー騒ぎやがって! あ!?」


「あぁ!? 母親の顔なんて見た事もねーですよ! ヒック! こちとら気が付いたら路地裏でゴミ漁ってたんだ! 文句あっか!!?」


「母は男爵家当主のお手付きでしたが、私を産んですぐに死にましたよ。産後の肥立ちが良くなかったそうです。それが何か?」



 おう、すんませんでした。喜んで奢らさせて頂きます。






色々とほったらかしの事が多いので、しばらくそれらを回収しながら段々とノマちゃんの所へ戻っていく予定です。

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