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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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王城の底の底へ

「ぬううっ! 手応えはあるのに一向に堪えもせんか、この化け物めが! ならば貴様の姿微塵と成り果てるまで、ただひたすらに切って捨てるのみよっ!!!」


「カッセル! 調子に乗ってあまり前に出るでないぞ! 儂の『祝福』にも限度っちゅうもんがあるからのおっ!!!」


「あの、お二方。そうあまり興奮されますと、お身体に障りますので……あ痛ったぁっ!!?」



 剣戟が舞い、白光が飛ぶ。そしてその度に私の身体は焼け焦げて切り飛ばされ、支えの無くなった胴体がてんつくと跳ね回っては、再びに四肢を生やして起き上がる。これをもう何度繰り返した事だろうか。


 それでもまあこちらは良い。限りなく再生を繰り返すこの身を用いた果てなき無窮の削り合いこそ、不死者たる私の真骨頂。泥沼膠着大変結構というもので、あとはなんともかくしゃくたるこのご老人方が、力尽き倒れ伏してくれるのを待つのみである。結果は既に、見えているのだから。



 ただ強いて問題をあげるとするならば、わたくしどうにも気分が悪い。自らが選択しておっぱじめた事ではあるが、今一つそこに己の正当性というものを感じられないのだ。自身の行いが鼻につく。後悔は先に立たず、吐いた唾は飲み込めない。なぜについ今しがたの私はこのような、暴力と絶念による事態の解決を図ってしまったのか。へこむ。


 確かに先ほど陥りかけてしまったあの状況は、まさに司教様と王女殿下、あちらを立てればこちらが立たずというような有様で、解決の糸口が見えぬ様相であった事は事実である。そして迂闊な発言をしてしまった王女様に、向かう矛先を引っぺがすその為には、なじられ責を押し付けられるべき相手が必要であったのだ。少なくとも、先の私はそう断じた。


 かといって腑に落ちる理由も無しに、誰かを責めるような趣味は無い。というかそもそもにして、問題の焦点は化け物たる私に頼る事の、その是非を問うものなのだ。ならばこれも身から出た錆というもので、自ら矢面に立って批判を受けるは大いに結構。では何が鼻につくのかと言ってみれば、それは対話による解決を早々に諦めて放棄してしまった、私自身の浅はかさである。


 力でねじ伏せて意見の多様性を奪い去り、然る後に私は良い人であるのだからそちらの言う事に従ってあげましょうと、上から目線で交渉の席に立つ。つい先ほどゼリグに窘められたばかりだというに、この傲慢さ、いったい何様のつもりであろうか。率直に言って後が怖い。



 とはいえそうは思うものの、では何が正しき選択であったのかなどと、考えあぐねても答えは出ぬ。いくら言葉を重ねたとて相手が聞く耳を持たぬ以上、交渉が物別れに終わるは目に見えていたのだ。そして私がやらずともいずれ誰かが口火を切って、本格的な争いに発展してしまったであろう事もまた明らか。


 あるいは司教様は既に高齢であらせられるのだから、任を退かれるまで私が一時的に身を隠す事で、問題を棚上げするという選択肢も無いではなかった。が、流石にそれは悠長が過ぎるというもの。事態が進展を迎えるまでに何年かかるやらわからぬし、何よりその間に生じてしまうであろう、人の不和というものが恐ろしい。


 で、あるのならば結局のところ、先に手をあげるという損な役回りを無敵の私が引き受けることは、最低でありながらもまだしも救われる選択であったと言えなくもない。お、そう考えてみたら少し自分の正当性が見えてきた。がんばれ、がんばれ私。もうちょっとで上を向いて歩けそう。


 願わくば事が終わったその後に、あれはやむを得ない対処であったと、仕方が無かったと許しを得たいものである。甘やかして欲しいのだ、無様な事に。実際には赤毛と桃色あたりに一言先に相談しろと、泣きが入るまでタコ殴りにされそうだが。すいません、やっぱり俯いて歩きます。



 そう考えるうちにも司教様の手にした札に、再びに灯った光が走り、八方に広がる銀糸の長腕を焼き落とす。規模こそ小さいがかつてゼリグが用いてこの身を焼いた、キティー謹製の呪符と似たような御業であろうか。見れば光は我が身を断ずるその一方で、国王陛下の衰えた身に厳かな輝きを与え、悪しき化け物を打ち滅ぼさんとする、揚々とした活力を与えているようでもあった。お元気ですね。



「カカカ、どうした化け物。先ほど儂らを退かしてやると息巻いておった、あの威勢は口先だけか?」


「ええ。口惜しくもその通りでございます、司教様。あの時点ではわたくしも覚悟を決めたつもりであったのですが、多少頭が冷えてみればこの有様。とはいえ覆水盆に返らずとも申しますし、このまま一度、お二人に大人しくなって頂く事には相違ございません。」


「ふん、ずいぶんと口先が達者なようじゃが、おぬしの物言いからは傲慢さが透けておるわ。いくらうわべを取り繕おうと、その裏側で澱む儂らを見下した驕り高ぶり、隠し通せるとでも思うたか。」



 自分でも内心思っていた図星を指され、放たれた一言は強烈な抉り込みを見せながら胸を穿った。うう、辛い、悲しい、このまま四つん這いになっていじけたい。まあそんな無責任な真似は出来ませんけども。


 そう内心がっつりとへこみつつも、迫る斬撃を横っ飛びに飛んで躱し、転げた先で壁に頭をぶつけてひっくり返る。切り裂かれたところでどうこうなるという我が身でも無いが、それでもあまり、すっぱんすっぱんとブツ切りにされてしまうのも気分が悪い。刃で削られて減っていってしまう気がするのだ、人間性とかそういうアレが。


 さて、それではお返しである。ビタンと床に叩きつけた右手の五指が、ズルリと太く大きく伸び広がって、現れましたるは銀色の大ムカデ。顎を鳴らしながら幾重にも迫る五匹の妖蟲は、壁を天井を問わず削り砕きながら暴れ回り、対峙するお二方を補足せんとして牙を剥く。


 少々ばかりやり過ぎたかとも思いはしたが、しかしお相手も流石なもの。走る光に目を眩まされたムカデ達は、めいめいに明後日の方向へと頭を突っ込んで動きを鈍らせ、陛下の長剣によって順繰りに輪切りにされてしまったのであるからなんともまあ。これは素直に素晴らしいと、お褒めをしても良いものだろうか。



「……いやはや、それは申し訳ございません。ですがなにぶん、これも性分というものでして。しかしお二人共、随分とおやりになられるものでございますね。やはり若かりし頃には民草の為、今のように剣をその手に、戦地を駆けていらっしゃったので?」


「当然よ。王として夫として父として、守るべきものの為に力を振るうは当然の事。我らはこの地より貴様ら化け物の暗雲を払うその日まで、抗い続けなければならんのだ。」


「陛下。私は一概に彼女ら化け物を排して良しとするを、支持できるものではございません。ですがこの身がお役に立てるのであれば、皆様の未来の為にご協力をさせて頂く事もまた、やぶさかでは無いのです。陛下が国の平穏を望まれるのであれば、私を否定するは本末転倒。どうか矛を収め、耳を傾けてくださっては頂けないでしょうか。」


「戯言を言うな化け物が! 我が妻を奪い去ったあの疫病も、貴様らのもたらした厄災の一つであろうに! 白き神の伝える、世に全ての悪を顕現させし邪悪の祖! 悪神『這いよる混沌』の信奉者どもめがっ!!!」



 やはり駄目か。この世界にはこの世界の、あの顔の無い男が作り上げた歪な歴史というものがある。そこに今日昨日現れたばかりの私が言葉を届かせようなどと、土台無理な話であったのやもしれぬ。


 彼らの半生には一組織の頂点に位置するものとして、計り知れぬ多くの心労があったのだろう。他国との折衝に蛮族との軋轢、化け物は国内国外を問わず跋扈して、疫病という抗しようもない存在は奥方までを奪っていく。その嘆きと悲しみの全ての責を、神から用意された『敵』に押し付けることで自己を保たんとするその弱さ、到底攻める事なぞ出来ようも無し。悲しいなあ。



「あらあら、ノマちゃんってば手を焼いてるようねえ。手助けは必要かしら?」


「キティー、申し出はありがたいのですが、お気持ちだけ受け取らせて頂きますよ。あなた方もこの国の民である以上、国王陛下に歯向かったなどという、不名誉な実績を残すわけにはいかないでしょう? 代わりにうちのフルートちゃんへ剣を向けて、お茶を濁しておいては頂けませんか。」


「それはなんとも、お気遣いして貰っちゃって悪いわね。そうそう。強引極まりないやり方ではあったけれど、全ての敵意を自分に集めて場を乗り切ろうっていうあなたの愚策、私は一応認めてあげるわ。許しの言葉が欲しかったんでしょう? 可哀想だからね。」


「……どうも、お察し頂きありがとうございます。ですが悩みはすれど、可哀想と言われるほどに悲哀に満ちてもおりませんよ。自らの選択を信じ切れず、思い悩むが人の性。しかしそのみっともなくて格好悪い人間性に、私はちょっぴり安心したりもするのです。」



 なんつってね。とはいえ本音半分に返したその強がりも、優し気な苦笑で流されてしまっては形無しである。ご老人方と対峙しつつもそんな後方をチラリと見やれば、壁を背にして腕組みをしたキティーの奴は、このまま静観の構えを貫くご様子。その向かいでチャンチャンバラバラと打ち合っているのはゼリグの奴とフルートちゃんで、はたしてあの二人は私の気遣いを、わかってくれているのやらいないやら。


 その足元に転がるのは巻き込まれてぶっ飛ばされたらしい白い鎧の男性で、もうお一方の女騎士は、要領の良い事にちゃっかりと桃色の後ろに陣取っている。ふーむ、こうも近いと怪我をさせるのが心配であるのだが、まあそれでもあちらさんも本職だ。あまり気にかけるのも失礼というものだろう。



 むにむにと顎を撫でながら踵を返し、千切れてしまった五本の指をズルリと巻き取る。そのまま握り込んだ拳は蠢き盛り上がりながら姿を変じ、巨大な上顎を持ったクワガタの頭部の形を成して、再びに迫る陛下の一閃をガチンと受けた。やらせませんよ。



「陛下、先ほど司教猊下にも申し上げさせて頂きましたが、御覧の通りに千変万化、この身は不朽不滅の存在です。例え私の攻め手がそちらへ届く事がなかろうとも、これを続けて至る末路は最早明らか。もう一度申し上げますが、どうかこのあたりで矛を収めては頂けませんか?」


「……何故にな、この場に貴様のような化け物が突如として現れたのか、儂にその経緯はよく解からぬ。だが、貴様らは敵だ。過去から現在に至るまで、互いの生存を賭けて争ってきた仇なのだ。そのような甘言を弄されたところで、わかりましたと頷けるわけが無かろうが。」


「長く続けた生き方は、そう易々と変えられるものでは無い。それは重々承知しております。ですが貴方のご息女であるドロシア様は、共にこの国を支え、育てる力となって欲しいと仰って下さいました。そしてわたくし頼まれてしまえば嫌とは言いづらい性分でして、今や時勢の変化を望む若人に手を貸してあげる事に、すっかり乗り気になってしまっておるのです。」



 いやはや、我ながらなんとも損な性格をしている事は承知の上だが、これも産まれ持っての性であるのだから仕方がない。人に頼られて悪い気はせず、そして一度頼られたのならば、親身に力になってあげたいと思ってしまうのだ。そのおかげで要らぬ物事に度々首を突っ込んでみては、頑張りが裏目に出たり出なかったりする。なんか思い出したら泣けてきた。



「ほう……。だから頭の固い年寄りは、引っ込んでいろとでも言うつもりか?」


「そこまでは申しません。ですが、それを否定も致しません。どうか私を信じて頂けずとも、私の価値を見い出したご子息様方の事は、信じてあげて頂けないでしょうか? とはいえ如何せん、陛下からしてみれば何もかもが急なお話である事もまた、承知をしております。ですからここは一度、ご家族の間でゆっくりとお話の機会を持っていただいて……。」


「本当に、化け物の癖をして卑屈な女よ。その卑屈さで我が子らに、亡き妻の忘れ形見に取り入って誑かしおったか……。ええい、何をしておるかダンプティー! こうして儂が押さえておるその隙に、さっさと浄化をくれてやらんかっ!」


「言われんでもやっとるわい! しかしここまでやられて逃げていかんとは、貴様も大概にしつこい物の怪よのぉ! ノマとやらっ!」



 応じた司教様の札がより一層の輝きを増し、やがて火を噴きながら弾け飛んで虚空に散った。それと同時に私の銀髪にも炎が灯り、それはゆっくりと舐めるようにして広がりながら、この身を手酷く炙って蝕んでいく。しかし、それだけだ。陽光にも似たそれは正直不愉快極まりないが、かといってこの身を滅ぼすには到底至らぬ。


 そして手を変え品を変え続けてきた押し問答も、いい加減ここいらが潮時か。自分の価値観を押し付ける様で気は進まぬが、一向に進展を見られぬのであれば力で押し通るもまた、やむを得ない。私は自他ともに認めるお人好しではあるものの、別に聖人君子というわけでは無いのだから。


 ……私は手を貸してやると決めたのだ。だというに、物事が自分の思い通りに進まぬというのは腹が立つ。



「それはどうも。ですがあなた方のその意固地も、大概なものであると思いますよ。ねえ、悪いようには致しません。そちらは私という有用な力を得、私は他人様に、価値ある存在と見做して頂いたという満足を得る。それで良いではございませんか。わたくしも焦れてまいりました。そろそろこの問答も、これで最後とさせて頂きとう存じます。」


「不朽不滅か。なるほど言うだけの事はあって、信じられん程に頑健な奴めが。しかし、我々に手が無いというわけでは無い。滅ぼせないと言うのであれば、封じるまでよ。貴様のような魔性を縛り付けるに、相応しい場所というものにな。」


「ほほう。生憎と寡聞にして、そのような不穏な場所があるとは存じ上げておりません。宜しければ後学の為、その相応しい場所とやらをお教え頂いても宜しいでしょうか。いえなにせ、冥途に向かうにも手土産というものが必要でございましょう?」


「くくく、殊勝な事を。よいだろう、そこはかつて牢獄であったという古びた地下壕でな、記録によればかれこれ百年は使われておらん場所ではあるが、貴様のような輩を閉じ込めるにはちょうどよかろうて。そしてこれまた都合の良い事に、その地下壕が位置しておるのはな…………この真下よっ!!!」



 百年使われていない地下壕とは如何にも怪しい。そう思ったのも束の間で、それがこの部屋の真下にあるというその一言に、思わず変な声が出る。え? 陛下ってばもしかして、それは振りですか? やらかすおつもりですか!? 自分ごとっ!?


 刃で抑えつけられたクワガタからひょこりと一つ頭を覗かせ、キョロリキョロリと見渡してみれば、いつのまにやら周囲に仕掛けられていたのは如何にも怪しげな五芒星。淡い光を放つ札を、各々の頂点としたそれが次第に輝きを増すにつれ、私の周囲一帯にも不気味な軋みが広がっていく。やられた。さっきの蝕む炎は、この為の目眩ましか。



「……構わん! 儂ごとやれぇっ!!! ヘンゼル! ドロシア! 後の事は任せたぞっ!!!」


「カカカ、儂も付き合ってやるわいカッセルよぉ! これも長生きしすぎたバチっちゅうもんじゃわいっ!!!」


「ちょいと格好良さげな事言っちゃってますけどねえっ! 人の話を聞かずに勝手に暴れ回ったあげく、床ぶっ壊して大穴を空けるスゲェ迷惑な爺さんですからねアンタ方っ! だいたい後は任せるって、そんなこと言うくらいなら最初っから……ってひゃあぁぁぁっ!!? 崩れる!? 落ちるぅ!!?」



 言ってやりたい事は山ほどあるが、生憎とツッコミを入れてやるにも時間が足りぬ。そうこうする内に星型に亀裂の入った床はバガンと砕け、ぽかりと部屋のど真ん中に現れたのは石畳の基礎までをぶち抜いた巨大な大穴。それは椅子に机に赤絨毯と調度品を巻き込みながら、私たち三人を引きずり込まんと轟音を上げて襲い掛かる。


 そうはさせじと咄嗟に伸ばした銀糸の蔓は、一足先に飲み込まれた司教様の放つ、追い打ちの光に焼き切られて儚く散った。そして私はといえばその隙に、刺し違えてお命貰い受ける覚悟満々で踏み込んできた陛下の剣に、左胸を貫かれて満身創痍の有様である。いや、心臓とか最初から動いてませんけども。


 そしていよいよ足の裏が宙に浮き、ぐるんと真っ逆さまになった私の目線は驚きつつも、あんまり心配をしてくれてなさそうなゼリグのそれと、一瞬だけ交錯する。それを最後に色を失って転げ落ちる視界の中で、私たち傍迷惑な年寄り三人は仲良く揃って文字通り、王城の底の底へと落ちていくのでありました。



 ……暗闇の中に漂い蠢く、嘆きの声に迎え入れられながら。






今一つノマの行動に正当性を感じなかったので、なるべく鼻につかないように色々と語らせてみました。


そして舞台は奈落の底へ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ……これ、本質的にはジイさん3人がイケイケドンドンでハッスルしてるだけだな?絵面は兎も角。
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