化け物降っても地は固まるか
さてもさても、私を呼びつけた司教猊下なる偉い様は、如何なるお人柄であらせられるのか。みな連れだってぞろぞろと廊下を渡るその道すがら、尋ねた人物評の結果はといえば、なんともこの先の荒れ模様を予感させるものであった。
キティーは言う。アレは頭の固い、偏屈なクソ爺だと。ゼリグは言う。コイツとは過去の確執もあって不仲らしいが、聞く限りでは話のわかってくれそうなお人であると。そして両殿下とメルカーバ嬢の言うところによれば、普段はまぁそこそこに温厚であるが、こと化け物の対処に関しては、妥協を許さぬ苛烈な御仁であらせられると。
はい、見事にノマちゃんアウトである。なんでも聞くところによれば、例の聖女騒ぎを聞きつけた司教様は事態の混乱を危ぶんでか、既に昨夜の時点において、私の身柄を確保しようと動かれておったらしい。その時点ではまだ理性的な事を仰っていたようなのだが、どうもその一件を通じて私の実情も伝わっているようで、ならばおそらくこの一晩のうちに、強硬な態度に転じていよう事も覚悟すべきか。
「おう。ようやっと来たか、カッセルのせがれ共が。そこの嬢ちゃんが、例のノマとかいう小娘か? カカカ、ふてぶてしい面をしおってからに。」
「お待たせして申し訳ございません、ダンプティー司教猊下。なにぶん予定には無い、急なご訪問であったものですから。父上も同席されておられる事ですし、すぐに改めて場を設けさせて……。」
「構わん。これは非公式な場であるし、なにせ要件が要件じゃ。我が国の歴史と伝統ある謁見の間を、下賤の血で汚すわけにもいくまいて。のう?」
で、のっけからこれである。こちらでお待ちになって頂いておりますと、恭しく頭を下げる女官さんの開け放った扉の先は、まるで食堂のようにだだっ広い応接間。高い天井とそこから吊り下げられた大きな照明のその威容は、私なんぞからすれば十分に格式を感じさせるものではあったが、それでもこの場の面子からすれば役不足であったらしい。
その中央に鎮座ましますこれまた大きな机に面し、腰掛けて待っておられましたのは男女二人の白い鎧を着込んだ騎士を伴った、なんとも勝気なご老人。そして今しがた王太子様と言葉を交わされたところによれば、このお方こそが件の司教様であらせられるらしい。ついでに言えば、既にあちらさんってば殺る気満々である。なんてこったい。
さてこれはどうしたものかなと、そそくさと視線を左右に振れば、目に入るのは壁際に控えたお偉い方々。ドーマウス伯といつぞやもお会いしたマッドハット侯は見知った顔だが、他にも何人かいらっしゃる知らぬ顔ぶれは、王女殿下の派閥の方々であろうか。あるいはあの中に、王女派の大物だというメルカーバ嬢の御父上も、混じっておられるのやもしれぬ。
その王女殿下はといえば事の対処を兄にぶん投げ、もとい任せるつもりとお見えになって、騎士団長様を伴ったままに一歩を下がった。一瞬だけ私と顔を見合わせたゼリグの奴も、キティーに手を引かれてそれに倣い、取り残されてしまったのは王太子様とこの私。その際に桃色の奴が顔をしかめながら舌を出し、司教様が無言で首を掻っ切る仕草をして応じなさったのも見逃さない。あんたら本当に聖職者か。
そしてそれより何より気になってしまうのは、司教様の上座に腰掛けていらっしゃる初老の男性。位置関係と王太子様の言から察するに、このお方こそが床に伏されておられるという、国王陛下その人であろうか。茹で卵の殻を破って匙を差し込むその姿からは、なんとも健啖なものを感じさせ、案外に元気でいらっしゃるという安心感と、この状況で何をやっているんだろうかという不安感が去来する。
「おお、ヘンゼルにドロシアではないか。よう来たのぉ。どうじゃ、すぐに用意をさせる故、久方ぶりに三人で朝食でも。」
「おうカッセル、最早とうに昼も過ぎたぞ。だいたいおぬし、それで四回目の朝飯なのがわかっとるのか? 何回食う気じゃ。」
あかん。ボケてらっしゃる。これでは両殿下が実質的な国の最上位に位置し、意思決定を巡って争う破目に陥っていたのも已む無しか。よそ様の家庭の事情に首を突っ込むというのも野暮なものだが、早いうちに戴冠式を行って、王位を譲り渡されたほうが宜しいかと存じます。はい。
「猊下。その剣呑なご様子ですと、既に彼女の正体については聞き及んでおられるものとお見受けします。ですがお言葉ではありますが、私もドロシアも今のところ、彼女と敵対するようなつもりはございません。」
「ほう、小僧がぬかしおる。では何か? お前達はよりにもよって化け物と疑わしきその輩を、この国にのさばらせる腹積もりであると?」
「疑わしきどころではありません。彼女は文字通りの『化け物』にして、我々が従来敵対してきたそれとは一線を画する存在です。ですが私共は既に、その彼女から手を貸して頂けるという確約を取り付ける事に成功しました。」
明らかに不機嫌そうなご老人に対し、面を上げて毅然と向き合う王太子様。その若武者の晴れ姿には思わずパチパチと賞賛を飛ばしたくなるほどであったものの、交わされる議題が私の処遇にまつわる揉め事というあたり、にんともかんとも玉に傷である。気まずい。
そしておそらくは既に、上層部の間で私の情報は共有されつつあったのだろう。私を化け物と認めたうえで、なおもその怪物を子飼いにするという王太子様の発言に、場が一瞬ざわついたのもむべなるかな。ちなみにそれが聞こえた一角は主に、王女殿下の周辺である。微妙に報連相が出来てませんね。とは言ったものの、昨日の今日では無茶もあろうが。
「ノマ君。あちらにおわすのが我が父でもあらせられる、カッセル・ロヨレ・ハートクィン陛下。そして我が国の教会を取り纏めていらっしゃる、ダンプティー司教猊下だ。どうか失礼の無いよう、宜しく頼むよ。」
流石に国王陛下が同席されておられる事は予想外だったのか、若干上ずった声の王太子殿下にポンと一つ背中を押され、おずおずと進み出ますはこの私。いやいやいや、確かについ先ほどまでは受けて立つぜと息巻いておったものの、いざ場に立ってみればこの空気である。どうしろと。
えー、どうも。ただいまご紹介に預かりました、名状しがたきノマちゃん様です。趣味は銭勘定で特技は分裂。どうぞ、よしなに。いかん、自分でも何言ってるんだかわからない。えーと、えーと。
「初めまして、国王様に司教様。私はノマと申しまして、化け物をやらせて頂いております。ですがわたくしは寂しがり屋な物の怪でして、今日まで築いてきた数多くの御縁というものを、失いたくはございません。よって今しがた王太子様が仰られた通り、是非ともこの国の安寧の為に力添えをさせて頂きたいと……。」
「口を噤めい、小娘が。儂もカッセルも、化け物と語る舌なぞ持ち合わせておらんわ。」
「猊下! 彼女の実力は本物です! 幸いにも穏便に済ませられそうであるというに、そのような言い草をなされるのはお止めください!」
なんとか口を開いて言葉を捻り、意外にも好調な滑り出しを見せた我が弁舌は、無惨にも一刀の元に切り伏せられて儚く散った。取り付く島もないとはまさにこの事。ううむ、やはりこれは先方も仰るとおり、血を見る破目にでもならねば収まりがつかないやもしれぬ。
焦りからか語気を強める王太子様を片手で制し、さらに一歩を踏み出してご老人方と相対する。間に挟まるは大分と顔色を悪くした護衛と思しき二人の騎士で、その彼らも司教様が一つ手を振った事を合図にしてか、これ幸いと後ろに下がった。ふはは、怖かろう。なんつって。
「司教様、この地の民草が人を食する怪異を隣人とし、夜のとばりに怯えて暮らす生を送っていらっしゃる事、このわたくしもよく存じております。ですがこのような身の上とはいえ、その実態は個々別々に異なるもの。どうか化け物としてでは無く、このノマというわたくしを見て頂くことは出来ないでしょうか?」
「カカカ、よう口の回る物の怪じゃ。おぬしのように上手く化ける輩は初めてみたわ。じゃがそうまでわかっておるのならば、儂らが是と言わぬ理由も察しがつこう? 己の生を賭して化け物と戦い、土地を切り開いて民を育み、それを守る為また戦いに明け暮れる。それこそが連綿と続いてきた、人の世の理よ。」
「心中お察し致します。数十年の長きに渡る積み重ねは、己の自信と自負を保証してくれるもの。ですがそれは同時に変化を拒み、自らを縛る鎖でもあります。私はドロシア様とヘンゼル様の御二方に、時勢の転回を望む、若人らしい熱意を見ました。私ども年経た者が失ってしまったその輝き、尊重してあげるべきだとは思いませぬか?」
人生の質に差異はあろうと同じ年寄り。そう簡単に、新たなる風を受け入れられぬというのは嫌というほどによくわかる。そして往々にして、それは変わらざるを得ない状況に陥らない限り、変節を迎えるような事も無いのだ。平たい話、頭の固い頑固爺である。
平行線を辿る押し問答は果て無く続き、国王陛下が二つ目のゆで卵に取り掛かってなお、終わる兆しはようと見えない。しかしあれやこれやと私を突っぱね挑発するその割に、向こうから手を出してこないあたりは如何にも老獪。
おそらくはあちらさん、業を煮やした私が我慢ならぬと暴れだすを、手ぐすね引いて待っておられるのだろう。そしてそうなったらばしめたもので、その時きっと、私を指し示してこう言うのだ。それ見たことか、口先ではどう言おうとも、これこそが化け物の醜き本性。者ども出合え! 出合え! 切り捨てい! と。
「ええい! 先ほどから黙って聞いてやっておれば、坊主風情が調子に乗りおって! 父上が口をきけぬのを良い事にしたその傍若無人、もはや堪忍袋の緒も切れたぞっ!」
「ほざけい小娘。儂とカッセルには数十年を連れ立って、生死を賭してきた仲というものがある。例え心を病んだとて、奴の言いたい事くらい手に取るようにわかるわい。尻の青いひよっ子は引っ込んでおれ。」
「ほう! 王の言葉を詐称するか貴様! ノマは先行きの見えぬこの国にとって、欠かす事べからざる力となるは目に見えておる! それを古い考えに囚われるあまりに廃しようなどと、貴様こそ獅子身中の虫よっ!」
変化は意外なところから訪れた。あまりに遅々として進まぬ問答に腹を立てて、暴発したのは我らが姫様。まあ彼女の言う事にも理はあるものの、かといってこうまであからさまに対立してしまうのも頂けない。このままではお立場を悪くされますよ、どうか落ち着いて、穏便に、穏便に。
「ノマ! 私からの最初の命令だ! この聞き分けのない爺を、ひっ捕らえて叩き出せっ!!!」
「無様な、化け物に心を囚われて操られおって。皆の衆よ! かつて白の神は異形なりし者共に抗し、これを廃し、地に満ちよと仰せになられた! 神に殉じる使徒たらんとする心があるのならば、今こそ己の真の敵を見定め剣を向けいっ!」
「し、司教猊下! どうか気をお静め下さい! ドロシアも口を慎め! こらっ! 暴れるんじゃあないっ!!!」
すんません、頼むから穏便にお願いします。いかんいかん、これは不味い。口角泡を飛ばすご老人と、兄に羽交い絞めにされて暴れる姫様の間に挟まれ、互いに顔を向け合うは居並ぶ方々。どちらの派閥のお偉い様も、私に剣を向けるのはともかくとして、王家ご息女たるドロシア様に表立って敵対するのは避けたいはず。
かといってご老人はご老人で、この国における精神的拠り所の頂点に立たれるお方である。そんなお人が神を持ち出して放った先のお言葉、立場ある皆々様にとっては無下に出来ようはずも無し。
つまるところ、彼らは選択を迫られてしまっているのだ。化け物を担ぎ上げようとする両殿下様にこのまま付くのか、それとも神の威光ある司教様の側に付くのか。正直態度を明確にしたくない、なんとも厭らしい二択である。うーむ、これは最悪の場合、このまま国を割りかねない。いったいどうしたら良いのだろうか。
考えるよりも先に身体が動き、それから穏便も諦めた。両の手を打ち合わせて殊更大きく音を立て、注目を集めた私はくるりこつこつと歩き回っては、その場の方々を見回していく。
いま必要なのはてんでバラバラであろう皆の意思を、一つ流れの中に集約する事である。そしてその為には団結が必要で、その団結は往々にして、共通の敵が現れることによって促されるのだ。そして実に都合の良い事に、今この場にはそれに最も適した存在がいる。
まずは恐るべき敵との争いを通じて一枚の板となって頂き、然る後にその板を相手として、改めて交渉の席に着けば良い。正直言ってちょっとどころでは無い乱暴さ加減であるが、神敵となりかけているドロシア様の立場を有耶無耶なものとしてしまうには、この手以外に考え付かぬ。
どうせ剣呑です。こうなりゃ剣呑は覚悟の上です。いざや悲しや、皆で不幸になりましょう。
「さて改めまして、ご挨拶を申し上げさせて頂きます。私は怪異、私は悪鬼、遠く彼方より来たるもの。何やら皆さん随分とお困りの様子であらせられます故に、ここは一つ、剣を向けるべき相手をご紹介して差し上げようではありませんか。」
みなが私の一挙手一投足を見守る中で、パサリとかき上げられた銀髪の隙間から覗くものは、毎度おなじみゾロリと牙の生えそろった大きな口。そこから吐き出されるのは赤い布を纏った血の色をした肉塊で、それは伸び上がり枝分かれをしながら起き上がって、半身を不気味な触手で覆った女怪を成した。
今度は保護者同伴であるが、やって貰いたい事は先に同じ。傷つけず、殺さず、さりとて恐るべき存在である事は全力で見せつける。そして叶うのであれば、そんな輩に話をつけた両殿下のその功績を、皆様高く見積もってあげて頂きたい。
「……おいノマ! お前またそうやってっ!」
「ゼリグ! 目なら覚めておりますよ! ですがこれは必要な事なのです! さぁさ皆さま! このおぞましき化け物を味方につけんとした、お二方の先見の明! とくとその目でご覧あれっ!!!」
「あぁもうクソっ! どうなったって知らねえからなあっ!!!」
赤毛の諫言を切って捨てつつ腕を振り、その身振りに合わせて次々と沸き立ち吠え猛けるのは、大小無数の怪物達。それは些か音を外した横笛の音色に合わせるように、四方八方へ散らばりながら、居並ぶ人々へと猛然と襲い掛かった。
事態を見守っていたドーマウス伯もマッドハット侯も、みなそれに応じて一様に剣を抜いたが、もはやそんな、お腰のもの一本でどうにかなる状況では無い。それが証拠に誰も彼も、最初の一当たりで弾き飛ばされて背に乗せられ、どんぶらこっこと獣の波に飲まれて流されていくのだから非力なものよ。くくく、すんません。後で土下座をさせて頂きますので、今は勘弁してつかぁさい。
「こ、こらノマぁ! 私はこんな真似は命じておらんぞ! 即刻この化け物共を引っ込め……って、わひゃあああ!? メ、メル! 助けてくれぇっ!!?」
「ドロシア様! この場を離脱致します! お手をこちらへ! ま、間に合わな……っきゃあああっ!!?」
「ドロシア!? っく、なんたることか。だがしかしこれで、我々の選択は誤っていなかったという事が証明されたな。ファーグナー、既に聞いての通りだ。私はノマ君の力を利用すべく、今後妹と協調していく事を選択した。その変節の理由については、この状況を見ればわかって貰えると思う。」
「おうヘンゼル! 言い分なら後で聞いてやるから今はこれをなんとかだなぁ!? くそっ! 碌に刃も通らないか!? だぁぁぁぁぁ! 流される!? 流される!?」
先程お痛をなさった王女様もその流れの中へと巻き込まれ、救い上げようとしたメルカーバ嬢を道ずれにして、パンダの群れの中へと姿を消した。そしてそのモフモフの上でボウンボウンと跳ね飛びながら、冷静に議論のようなものを交わすのは王太子様ご一行で、その彼らも身内からの至極全うな突っ込みの声を振り撒きながら、転がり流され部屋の外へと運ばれていく。
一瞬で人影まばらとなってしまった部屋の中、姿を残すのはご老人二人に護衛の騎士達、そして私とフルートちゃんに、馴染みの二人の合わせて八人。放たれた大多数の獣の群れは、流れに従い外へ出て行って惨禍を成して、司教様へと向かっていった残る一部は灰となって砕け散った。場がごちゃついていて何をしたのかまでは良く見えなんだが、なかなかどうして、強気に出てくるだけはある。
「よう、フルート吹きさんよ。アタシ達の相手はまぁたアンタかい? お互いに苦労するよなぁ、こんな見え透いた茶番に付き合わされるなんざぁよ。」
「ふん、あの老人に天誅を下してやりたいところではあるが、生憎とノマ様御自らが相手をされるようだ。よって、貴様らで我慢をしてやろうというのだよ。くくく、幸運というものは毎度続くようなものでも無し、今度こそは貴様らを這いつくばらせてやろうぞ。御方の御前でなあ。」
「お、やる気だねお前さん。ちょうどいい。何かにつけてノマ様ノマ様と、アイツの一の子分であるかのようなその言い草、どうにも気に入らねえところだったんだ。アイツの特別はアタシのもんだ、やるってんなら相手になるぜ。」
「ひ、ひええ……。あ、脚が震えて……お、お姉さま! キルエリッヒお姉さま! わ、私達はどうしたらっ!?」
「あ~もう。わざわざチャンバラやらかす理由も無いってんのに、こいつ等ときたらまぁ。トゥイー! ついでにドルディ! アンタ達そのままそこに居たんじゃあ最悪死ぬわよ! 化け物相手に刃を向けたっていう面目は立たせてあげるから、大人しくこっちへいらっしゃいな!」
血の気の多い子達がなんだか不穏な会話を交わす中、キティーの誘いをこれ幸いと、スタコラ離れるは白い鎧の騎士二人。護衛がそんな事で良いのだろうかとちょっぴり半眼にはなったものの、どうやらご老人はもはやそんな些事に頓着する気も無いようで、厳かな光灯る札を私に向けて、臨戦態勢真っ只中ときたもんである。
今のアレを見てもなお、潰えぬ闘志は見事なもの。そしてやはり、一戦交えぬことには事態の進展も叶わぬか。宜しかろう。その年寄りの冷や水、受けて進ぜようではありませんか。
「カカカ、ついに本性を晒しよったな、この化生めが。しかし化け物を操る化け物とは、これまたなんともおぞましき輩が出てきたものよのぉ。」
「ご老人、手前味噌ではございますが、この身は死なず滅びぬ不滅の身体。如何なる使い手であろうとも削り合いの消耗の末、その前に屈するは目に見えております。念のため最後の確認をさせて頂きますが、それでもおやりになられますか?」
「無論。如何なる理由があろうとも、おのれら化け物がこの国を大手を振って歩くなどと、儂の身命を賭してでも許しはせん。そうでなければ亡き王妃殿下に、冥府で顔向けなぞ出来ようものかよ。」
「年を食えば食っただけ、得た経験は自信となります。そしてその自信があるが故に、過去の経験と異なる選択が出来なくなるというのは良くわかります。ですが今、貴方様の存在が将来の発展への妨げとなっている事は、紛れも無い事実というもの。申し訳ございませんが、退いて頂きますよ。猊下。」
ゼリグが短剣を打ち合わせる冷たい音色を背後に聞きつつ、ひゅるりひゅるりと伸ばした銀髪で以って、巨大な両腕を形作る。揺らめく十指はあぎとを成して周囲を覆い、無遠慮に距離を詰める私がご老人に腕を振るおうとしたまさにその時、響き渡った素っ頓狂なその大声に、思わず前のめりになってつんのめった。なんぞなもし。
「おおう!? おいダンプティー! 儂の目の前に、この城内に化け物がおるぞ!? これは如何した事じゃっ!?」
「やぁっと目を覚ましよったかカッセル! さっさと手伝え! こいつはなんとまあ図々しくも、こそりとこの国の中にまで忍び込んできおった物の怪よっ!」
声の主はつい今しがたまでポケリとなさっておられた国王陛下で、私を見つめる青い瞳は今や爛々と輝きながら、如何にも剣呑な光を放っておられる。そしてこのご様子では司教様が仰られた、言いたい事は手に取るようにわかるという先の言葉に、残念ながら嘘偽りは無かったらしい。正気に戻られたのは結構なものの、何もこんな瞬間でなくとも宜しかろうに。
ううむ。これでは遺憾ながら、王様もこの馬鹿騒ぎに巻き込まざるを得なくなったか。そう溜息を吐く私の前に、陛下が取り出しなさったのは立派な長剣。そして妙に澄んだ音が耳に入ってきた次の瞬間、私のお腹はずんばらりと真っ二つに切り裂かれて宙に浮き、臓腑をぶちまけながらくるり回って落下をしたのでありました。
なんとまあ、これは吃驚。王様ってば意外な事に、とってもとってもお強い事で。うーむ、これはいけませんね。こうも手痛い仕打ちを受けてしまっては、わたくしなんだか楽しくなってきてしまいます。
さぁてそれではご老人方、踊りましょう、踊りましょう、踊りましょう。争いに疲れ果てて倒れ伏し、互いの妥協点を見い出さざるを得なくなる、その諦めの果てに至るまで。
いざ、お付き合いを致しましょうぞ。
アグレッシブ爺。




