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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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お話死合いをしましょう

「ふおお……、は、鼻打った。っと、おや? これはお二人共どうもどうも、実に昨日ぶりで。」


「おう、昨日ぶりだなノマ。ったく、呆れるくらいにいつもどうりで、心配して損したぜ。」


「飢えの影響も出てないみたいねぇ。昨日の内に、メルに情報を渡してあげた甲斐があったってものだわ。」



 王女様との面談から明けて翌日。遅めの朝食を頂いたそののちに、派手に扉を開けてやって来ましたはまたも先日のやんちゃ様。その彼女からすったもんだの末に、吊るし切りに失敗したアンコウの如き扱いを受けた私の顔を覗き込むは、こんなところでお会いするにはちょいと意外な二人の姿であった。


 この部屋が王城のどこに位置しているのかまではわからぬが、よもや、ただの平民が気軽に出入り出来るような場所でもあるまい。彼女らが私の身を案じてかけてくれたのであろうその手間暇に、知らず胸がいっぱいになり、そして申し訳無さに頭が下がる思いである。それこそこうして物理的に、ベチョリと床にへばりつくくらいには。



「ああ。王女様もなかなかどうして、随分と耳が早いなとありがたく血を頂いておったのですが、話の出所はキティーでしたか。いや助かりました。ちょうど、牙も疼き始めていたところであったものですから。で、ところでそのぉ、あちらの男性はどなた様で?」


「それはどうも、お粗末様でした。それで、あちらはこの国の第一王子であらせられる、ヘンゼル王太子殿下その人よ。ノマちゃんも失礼の無いよう、きちんと挨拶をしておくように。」


「はあ、それはまあ勿論ではありますが、あの……。王女殿下とめちゃめちゃガンを飛ばし合っておられるのは、お止めしなくても良いのでしょうか?」



 ふよふよと近づいてきて傍に控えたフルートちゃんの頭を撫でつつ、竜虎の幻影飛び交うその一角へと視線を向ける。そこに見えるは王女様と向かい合って、腕を組んだままに顔をしかめるお若い男性。とはいえ彼が帯剣をしているにも関わらず、控えているメルカーバ嬢が微動だにしていないあたり、そこまで関係は致命的というわけでも無いらしい。


 放っておいて良いのですかと視線で小突く私に対し、触らぬ神に祟りは無いとばかり、ひょいと肩を竦める我が家の桃色。見ればゼリグもその判断に従うようで、心持ちちょいと緊張した顔をしつつも静観の構えである。それでもいつの間にやら部屋全体を見渡せる位置に陣取っているあたり、いざとなれば飛び込むつもりなのか、それともうちのフルートちゃんを警戒しているのか。



「ほほほ。まさか、兄上が自ら乗り込んでこられるとは思いませんでしたわ。それほどに目をかけておられたのであれば、鍵付きの宝石箱にでも仕舞い込んでおかれれば宜しいものを。」


「そうだな、次からは検討させて貰うとしよう。それで、ただの平民に過ぎないその少女を正規の手続きも踏まず、無断で王城に連れ込んだこの不始末。なにか申し開きはあるのだろうな?」


「おや、これは人聞きの悪い事をお言いになられる。これは保護ですよ、保護。かつての帝国の末裔であるという高貴な者が、事もあろうに下界で艱難辛苦に喘いでおったのです。同じ尊き血を持つ女として、見過ごせる訳がありますまい?」


「帝国の末裔などと、とんだ与太話もあったものだな。彼女は平民の身とはいえ、マッドハット侯爵家ならびにドーマウス伯爵家に召し抱えられた、我が方の関係者だ。此度の一件、王国第一王子として正式に抗議を申し立てても良いのだぞ?」


「それこそ異な事。彼女が高貴なる血を引く事は、哀れにも囚われていたという非合法な競りの場で、きちんと説明が為されていたと情報を得ております。そういえばその場において、兄上に与しておられるマッドハット卿の姿を見かけたとも、物の噂に聞いておりますが?」



 おお、カウンターでいいのが入った。流石、お偉い方々の舌戦は一味違って見応えがある。なんせただの平民とは到底言えず、さりとて高貴なるご身分とも程遠いこの我が身。その実態が利用価値ある怪物である事くらい、とうに二人とも掴んでいように。互いの言い分が上っ面だけのものであるとわかっていながら、よくもまあポンポンと、あれだけの返しが出てくるものよ。



「それこそ誹謗中傷の類だな。卿は日々我が国の為、身を粉にして働いておられる立派な御仁だよ。ところでお前が、先日に後生大事に抱えていたあのひんがしの活劇本。品が無いとして我が国ではご禁制の扱いであったはずなのだが、一体どこで手に入れたのだろうかね?」


「兄上こそ、このあいだ大切そうに磨いていらっしゃった東方の長剣。如何なる経路で手に入れられたものであらせられるのか、わたくし大変に気になっておりましたの。なにせ、あれほどの刃紋美しい逸品でございましょう? こんな遠国の市場にまで流れてきたのであれば、もっと噂になっていてもおかしくは無いでしょうに、おかしなお話だとは思いませんか?」



 クロスカウンター炸裂である。微妙な顔をする私達が見守る只中、似た者同士の兄妹二人はうふふおほほと笑ったのちに、互いにスッと真顔になって視線を逸らした。ねえ、あんた方二人、本当は仲が良いんでしょう? ねえってば。



「ん、んーっ! ごほん。まぁ、良いだろう。この話はこれくらいにしておこうか。さてノマ君、まずは見苦しい姿を見せてしまった事、謝罪をさせて頂こう。こうして愚妹と鉢合わせる事を考慮していなかった、私の不手際だ。申し訳ない。」



 ぺたんとお尻をついたままの私に向かい、そう言って露骨に話題を逸らしつつも、軽く頭を下げる王太子様。意外と腰の低いお方だとは思いつつも、座ったままにそれを受け取る無礼を恥じて、私も背筋を正して屹立をする。それを目にした彼がスゥと、目を細めてみせたのははて? 気のせいか。



「改めて、自己紹介をさせて頂こう。私の名はヘンゼル・インペレ・ハートクィン。そこのドロシアの兄にして、この国の次期王位継承者たる王太子である。君の活躍はファーグナー……、ああ、ドーマウス伯爵殿から既に、嫌というほどに聞き及んでいるよ。どうか、お手柔らかに頼む。」


「これはこれは、ご丁寧な挨拶痛み入ります。既にご存知ではあらせられましょうが、私はドーマウス伯爵家、ならびにマッドハット侯爵家の元でお世話になっております、ノマという名のちんけな女。御多忙であろう王太子殿下にこうして拝謁が叶う事、誠に恐悦至極に存じます。」



 求められた握手に快く応じつつ、微妙に嫌味を混ぜられたその自己紹介に、必要以上にへりくだって毒を混ぜつつ笑顔で返す。ふむ、やはり腰の低く、それでいて茶目っ気のあるお方だ。


 同じ言葉一つ取っても、与える印象はその仕草によってガラリと変わる。小さな苦笑と共に発せられた今の言葉も、そう畏まる必要はない旨を伝えて場の緊張をほぐそうという、彼なりの処世術の一つであろうか。ふふふ、なんとも回りくどい真似をするものよ。あるいは、私がそれを額面どうりに受け取って気を損ねるような者であるのかを、試してやろうとしたのやもしれぬ。



 先ほどまで吠えていたドロシア様も、いったんは椅子に腰を据えて見守る中で、交わした握手はどこまでも長く続いた。いやなんか、手を離してくれないんですけども、なんだろうかこれ。私の方から振り解くのも失礼にあたりそうだし、はたしてこれは、こういう儀礼か何かであろうか。困る。



「…………ふむ。やはり、何も感じられないな。どこを取っても隙だらけで、少々ばかり口の達者な、ただの子供としか思えない。」


「あの、殿下? 申し訳ございませんが、そのぉ……。私が何か?」


「……ノマ君、失礼ついでで申し訳無いが、一つ頼みたい事がある。どうか私と、手合わせをしては貰えまいか?」



 開口一番、振り払うようにして私のお手々を解放した王太子様が、腰に佩いた剣を抜き放って突き付けた。突然の事にぽかんと口を開いた私の視界に映るものは、慌てて王女様との間に割って入るメルカーバ嬢と、いきり立ったその足をゼリグとキティーに押さえつけられて、ビタンと前のめりに転がるフルートちゃん。みんな動きが早いですね、私は一挙手たりとも動けてないのに。



「兄上!? 何を馬鹿な真似をっ!」


「黙って見ていろ、ドロシア。さてノマ君、私は君の事を恐るべき怪物であると、そう伝え聞いてここまで来た。そして確かに、君の眷属であるという『踊るフルート吹き』なる化け物からは、侮りがたいおぞましいものを感じさせてもらったよ。ところが肝心要の君自身には、そういったものが何もない。」


「……だから、私がこの国の行く末を委ねるに足る、不条理なる存在であるのか否か。それをこの場で見せて欲しい、と?」


「それを論ずるのは、また別の話だ。今のところ私が知り得ているものは、全て人づての情報に過ぎないものでね。その前提となる君の実力について、肌で実感したものが無いのだよ。聖女ノマ、君は己が過大評価を受けているわけでは無いという事を、その身を以って証する事が出来るかね?」


「なるほど、仰ることは理解出来ました。聖なる存在とは縁遠い我が身ではありますが、殿下にご満足が頂けるよう粉骨砕身、ご協力をさせて頂く所存であります。」



 突き付けられたそれをつついと撫でて、相変わらず視界の端でじたばた暴れるフルートちゃんに、手出しは無用とばかりに視線を送る。なるほどなるほど。確かに何事にも、納得というものは大切なものである。王太子様がどの程度まで私の実情を掴んでいるのかはわからぬが、察するに伯爵様を通じてキティーを出所とした、おおよその話は伝わっているとみて宜しかろう。


 ならばこの吸血鬼ノマちゃん様様。話の裏付けの為に力の披露をさせて頂く事、まったく以ってやぶさかでも無い。くふふ。例え貰い物の力であろうと、持てる者は驕り高ぶり、見せびらかしたくなるというのが世の常よ。さぁさ、どこからなりとも、かかってくるが宜しいわ。



「ほらほら、どうされましたか? お受けすると申し上げたのです。来ないのであればこちらから行かせてー…………もっ!!! べっ!!! ぴゃあっ!!!!?」



 煽り散らして言うが早いが、全身のバネを使ってその場で放たれたと思しき強烈な刺突を前に、左目を抉られてぽーんとぶっ飛ぶこの私。眼球を潰した冷たい金属はそのままに脳腑を抉り、頭蓋の裏側に突き立って激しい衝撃を伝えながら、我が身を壁にはりつけにして愉快なオブジェへと変貌させる。ひひひ。やるねえ、お若いの。


 残った右目をぎょろりと動かし見やってやれば、そこにあるのは余りにもあっけない私の最後に驚愕してか、大きく目を見開く王太子様のその姿。まあそれも当然の事で、なにせ事前にあれだけの下馬評を誇ったこの私が、よもやこんなあっさりと無様を晒すとは思うまい。ちなみにわざと受けたというわけでも無く、ただ普通に反応出来なかっただけである。だって中身は凡人だもの。



 さぁてそれでは、お次はこちらの手番である。腰を浮かせる王女様やそそくさと逃げ出そうとするゼリグ達にはお構いなしに、裂けた頭蓋の隙間から部屋を埋め尽くさんとばかりにまろび出ますは、幾百幾千という蛇の群れ。瞬く間に床を覆い隠した銀色の大将達は、足を取られたメルカーバ嬢や馴染みの二人を引き倒し、そのまま飲み込んで部屋の隅へと押し流していく。


 王女様は卓に飛び乗って難を逃れ、フルートちゃんはグラグラと揺さぶられつつも、命じた通りの静観の構え。そして相対する王太子様はといえば、咄嗟に剣を手放したその判断までは良かったものの、もはや既に逃げ場は無し。彼の膝上までを幾重にも雁字に搦めた私の蛇も、間合いをはかる事すら許しはせずに、壁から剥がれ落ちてズルリと近づく主の姿を鎌首もたげて歓迎している。



「……なるほどな。理不尽だ。本当に、理不尽極まる。この化け物め。」


「ひひひ。仰せの通り、なにせ化け物でございますので。この私。」



 ぐちゅりと引き抜いた剣をぽいと投げ捨て、それから窮地を脱しようとする彼の前に、そっと右手を差し伸べる。コンコンと狐を形作った私の指は、ぐにゃりと歪むと腕ごと巨大な狼の頭へと姿を変じ、囚われの若人を一飲みにせんとあぎとを開いた。身を躍らせた若き少女が、恐怖に打ち震えながら立ち塞がるまでは。



「……頼む。後生だ、ノマ。この私に免じて、どうか兄上の無礼を許してやってほしい。」


「あはぁ、どーぅしましょっかねえ。私は精々が模擬戦程度のものと受け取っておりましたのに、それがいきなり頭蓋を吹き飛ばしてくれおったのです。もしも私が簡単に下せてしまうような弱き者であったならば、これを機に斯様な怪しい存在は抹消してしまおうと、そうお考えになったのではありませんか?」


「……それも、頭の片隅にあった事は否定しない。だがどちらかと言えば、そこにいる『踊るフルート吹き』なる化生をすら上回るという君の力を肌身で感じ、私の剣が届くのかを試してみたかったのだよ。すまなかった。そして胸を貸して頂いたこと、礼を言わせて頂きたい。」


「おやおや、なんともずるい言い方をなされるものです。そう言われてしまったのではとてもとても、これ以上にあなた様を責める事なぞ出来ないではありませんか。ふふふ、人の自尊心をくすぐるのが上手いお方だ。嫌いじゃあありませんね。くひひひひ。」



 こちらへと向けられる、恐れの色をたたえた四つの瞳。それに満足して目を細め、ケタケタと笑いながらパチンと大きく手を叩けば、途端に全てが巻き戻るようにして、蛇も狼も私の内へと収まっていく。それを見届けた王女様は深く大きく息を吐き、そして目に光るものを湛えながら兄の頬をパァンと一つ、大きな音を立てて激しく打った。



「くかか。なんかかんだ、兄思いの良い妹さんではありませんか。気に入りました。良い物を見せて頂いた礼とその指先の震えに免じ、全て水に流して進ぜましょう。ドロシア様に感謝をなさることですねぇ。」


「……恩に着る、ノマ君。そしてドロシア、身勝手な真似でみなを危険に晒した事、詫びさせてほしい。」



 深々と頭を下げる王太子様と、その前でぐしぐしと目元を擦る王女様。そんな二人を視界に収めて悦に浸る私の頭が、パカンと良い音を立てて、唐突に叩かれたのはその時であった。振り返って見上げてみれば、そこにあったのはどこか険しい顔をしたゼリグの姿。なにさ、いま実に良い気分であったというに、水を差すような真似をしおってからに。



「ノマ、調子に乗ってるぞお前。誰かを見下していい気になるな。」


「…………ありがとうございます。そして、すみませんでした。」



 放たれた言葉に肝を冷やし、右へ左へ視線を彷徨わせて顔を背け、最後に項垂れながらそう返した。バツの悪さに唇を噛みしめながら、露呈した自身の性根に深く恥じ入る。見下す、か。言われてみればその通りで、つい今しがたまでの私は他人様を圧倒するその快感に、愉快痛快とばかりに興じていたのだから言葉も無い。


 この卑しさが化け物になった事で、内面までもが変質してしまった故だとは思わない。元々私という人間が持っていた心の粗が、手に入れた大きな力を呼び水にして、噴き出しているに過ぎないのだ。つまりこれは私自身の問題であり、そこに吸血鬼だの化け物だのという、責を押し付けるべき相手は存在しない。あぁ、あぁ。なんともまあ、情けないものよ。



「あらあら。お三方とも暗ぁくなっちゃったわねぇ。でも今なら落ち着いて、お話し合いが出来るんじゃあないかしら。ねぇ、メルだってそうは思わないこと?」


「キリー、何故そこで私に振るのですか。それよりこっちを手伝ってくださいよ、こっちを。あ! こら! 暴れるんじゃあありませんっ!」


「おい! そこな赤毛の女! ノマ様に対しなんたる不敬な! この私の目が黒いうちはそのような無礼、到底見過ごせるものでは……っておい! 放せ! 放せ! おのれこの人間共がぁ……って! ふみゃあっ!!!」



 どんよりと重くなった空気の中で、一際けたたましく鳴り響くのは、主を思う我が分身のキンキン声。飛び掛かろうとするその身を構成する触手の一本、それをメルカーバ嬢に引っ張られて引き留められていた彼女であったが、やがて崩壊した力の均衡により、ついに引っこ抜けた大きなカブはたたらを踏むと、赤毛と桃色を巻き込みながら四人諸共、調度品に突っ込んで砕け散った。場の空気ごと。



「……さて、王太子様、ならびにドロシア様。そこで団子になって転がっている、桃色の言い分もごもっともです。不測の事態とはいえせっかくこうして集まったのですから、そろそろ建設的なお話し合いを始めませんか?」


「この空気でそれを言うかお前は……。まあ良いわ。さて兄上、どうせ既に聞き及んではいましょうが、私の主張は変わりませんよ。この娘の力を利用して強兵を成し、外圧に対しこちらから打って出る為の切り札とする。そうでもしなければこの小国で、百年の計はまかり通りません。」


「ドロシア、確かに彼女の力は、これ以上無い程に思い知らせて貰ったよ。口先ではどう言おうとも、その心根が実に甘いものある事も、いざとなればその身を制する者が居てくれる事も良くわかった。だがそれでも、お前の考えをそのまま飲むというわけにはいかないな。」



 見透かされている事に少々ばかり赤面しつつも、転がってきた椅子をヒョイと持ち上げて脇に寄せる私の前で、早速に始まった交渉事はいきなり暗礁に乗り上げた。とはいえここで、余地無しと断じてしまうのも時期尚早。さて王太子様の、その御心は如何に?



「何故ですか? 兄上がこれまで私の主張に反対してこられたのは、私がその原資を示す事が出来なかったからでしょう? 今まさにその問題は、この娘の存在によって解決したではありませんか。」


「確かにその通りだ。しかし、個人の心持ち一つで左右される一国の戦略などと、あってはならん事でもある。例えノマ君に心変わりが無かったとしても、なんらかの不測の事態によって、その身がこの国から失われてしまう事もあるだろう。そうなればその時点で、全ての計は破綻を起こしてしまうのだよ。」



 どうも、ついに国家のリソースに転職しましたノマちゃんです。それはまあそれとして、彼の言うことも至極尤も。特定の産業に頼るどころでは無いその偏りっぷりは、将来におけるリスク管理の上で、到底看過出来るようなものでは無いだろう。そのくらいは素人の私にも察しがつくが、かといって対案無き否定も愚策の一手。まさかそれで、終わりというわけでは無かろうて。



「まあ、そう歯を剥くなドロシア、対案はある。私は王太子として、今後も国家の安寧を図るべく政治を行う。その一方でノマ君の身柄はお前に預け、我々の方針を逸脱しない範疇で、その力を活用する事を黙認する。扱いとしてはメルカーバ卿の擁している血薔薇騎士団に近いものがあるが、より私兵としての性格が強い、お前の手駒だ。文句は無かろう?」


「それが兄上の分水嶺、というわけですか。ふむ、此方とて引き際は弁えているつもりです、それで妥協しようではありませんか。ただしこの娘に対する制限と抑制として、兄上が連れてきたあの二人も頂きたい。宜しいですか?」


「わかった、譲歩をしよう。ドーマウス伯とマッドハット侯に対しては、私から話を通しておく。これで手打ちだな。」



 なんだかとんとん拍子で話は進み、晴れて三人まとめてのお買い上げと相成った。いや、私自身はともかくとしてあの二人の処遇まで勝手に決められてしまうのは困るのだが、裾についた埃をはらう二人が共に何も言わない辺り、異論は無いという事だろうか。単に王族直属という金回りの良さそうな出世劇に、ほくそ笑んでいるだけの可能性も無いでは無いが。



「はぁ。まあ、きちんと筋を通して頂けたのならば協力は惜しみませんと、そう申し上げたのは私の方です。私兵で結構、宜しくやらせて頂こうではありませんか。ただしそこの二人に関しましては、きちんと個別に話を通して、納得して貰ってからにして下さい。それが、私から提示する条件です。」


「ふふん。お前を手に入れる為とあらば、その程度の手間なぞ安いものよ。さぁて、これからは忙しくなるぞ。まずは蛮族共に対する工作か、それとも衆国へ牽制を仕掛けるか。これまで机上の空論で終わっていたその諸々に、ついに実現する目途がついたのだ。くくく、なんとも目移りしてしまうなあ!」


「……ちょっと、王太子様。ドロシア様ってばなんだか早速物騒な事をこぼしまくってますけども、選択を早まったんじゃあ無いですか? お互いに。」


「……う、うむ。ドロシア、あくまでも定められた方針を、逸脱しない範疇というのが条件だからな? おい、顔を背けるんじゃあない!」



 うわぁ、悪い顔してるなあ王女様。とはいえ私も、無条件に言う事を聞くつもりなぞ毛頭無い。下された命が道理に反するものであったのならば、頑として跳ねのけて、首を縦には振ってやらぬ所存である。


 だがまあそれも、とりあえずは先の話。ひとまずは、混迷しかけた状況が無事に収束の良き日を迎えられた事に、素直に喜びの意を表させて頂こうではありませんか。北方で調子に乗りまくったせいで、そもそもの原因を作ったのは私ですけど。



「しかしまあ、何と言いますか。ご兄妹でこれほどに揉めていらっしゃったのであれば、それこそ国王陛下に鶴の一声を発して頂ければ良かったのではありませんか? そもそもにして今のお話にしても、国の最上位者であろうお方を通さずして、決めて良い事とも思えませんが。」


「ノマ君の言う事も尤もなのだが、父上は母上を亡くしてからというもの、すっかりと床に伏せるようになってしまってな。残念ながらとても、まつりごとに携われるような状態には無いのだよ。私とドロシアが反目を続けていたのも、その跡目争いに起因していた部分が大きいのだ。」


「それはなんとも、お悔やみを申し上げます。忌み事で申し訳ございませんが、ご母堂はどのように?」


「流行り病だったよ。悪しき風は血の尊さに関わりなく、無造作に人の命を奪っていく。化け物以上に忌々しく、そして抗しがたい存在だ。」



 さようでございますか。と、ポツリと呟き、それきり黙り込んで上を向いた。病か。私は元現代人として、一般的な病原体の存在は知っている。しかし疾病に関して一般人が持っている知識なぞ、そう役に立つというものでも無い。私がその場に居合わせる事が出来たとしても、果たしてどの程度の力になれたものか。


 そしてあるいは、先日から私が感じているこの死臭。これはその亡くなられたという王妃様が、自ら亡き後の国と家族を憂いての、嘆きの声であったという事であろうか。しかしそれにしては、兄妹の和解という慶事を経てなお色濃く残る死の匂いは、今もこうして私の第六感を刺激し続けるのだ。深い深い絶望の念と共に。


 やはりこの城には、穏やかならぬ何かがある。先日に聞きそびれてしまったその疑念の声を、発しようとしたまさにその時。大きく打ち鳴らされた扉の音に、出鼻を挫かれた私は思わずパクリと空気を飲んだ。今度はなんで、ござんしょう。



「ドロシア様! 火急の要件につき、失礼をさせて頂きます! ダンプティー司教猊下がお越しになられまして、その……、聖女を詐称する化け物を連れてこいと……!!!」



 息せき切って、なんとも間も悪く飛び込んでいらっしゃったのは、先日に私を案内してくれた女官さん。はて、司教猊下とはまた、知らぬ名前が出てきなすった。一難去ってまた一難。私という化け物についてご理解ご協力を求める飽くなき旅は、今しばらく続きそうである。


 くるりと周囲を見回してみれば、厄介がやって来たと苦虫を噛み潰す両殿下のお顔に混じり、目に映るのは露骨に視線を逸らす桃色の姿。ゼリグとメルカーバ嬢もジト目でそれを見やるあたり、元教会関係者である彼女がなんぞ、要らぬ事でも言ったのだろうか。ちなみにフルートちゃんは先程からこっち、勢い余って壁にめり込んだままである。何してるのさ君。



 はてさて。王太子様と王女様におかれましては、とりあえずはその意見に一応の合意を見ることが出来た。おそらくはこれで、残る実力者は件の司教様と、床に伏しているという国王陛下のお二方。ここはやはり彼らにも、私という存在についてご納得をして頂けなければ、進む話も進みはすまい。


 そもそもが無理やりに連れて来られた身でありながら、こうも親身になってあげるというのも妙なものだが、それでも乗りかかった舟という言葉もある。私は王女様の念願の為、この手を貸すと決めたのだ。ならばその気になってしまった我が意を通すにあたり、再びのお話し合いに身を投じる事もまた、致し方無しというもの。



 と、まあそんな感じにふんすふんすと気合を入れて、ポキポキと指を鳴らすこのノマちゃん様様。そんなわたくしめはいつのまにやら寄ってきたゼリグの奴に、猫の如く首根っこを掴まれてぷらんとぶら下げられたまま、新たなる戦場へと思いをはせるのでありました。


 はて? 今しがたボソリと一言呟かれた、後で話があるとはなんであろうか? もしや愛の告白であるならば、良い感じの大木を見つけるまで、ちょいと返事にお時間を頂きたいところである。なんつってね。ふふん。






徐々に物事は進んでいきます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前回の王子:妹がすいません 今回の姫:兄上がすいません 血の繋がりを感じさせますねぇ… [気になる点] ノマちゃんのヤバさを知ってなお喧嘩を売るようなツッコミ(物理)を衝動的に入れるとか…
[良い点] 言うても教会最上位のお方なわけでしょう? 焼き鳥ちゃん同様神の残滓を感じ取って最終的に平伏にサソリの旦那の魂を賭けるぜ。
[良い点] 化け物パワーに酔いかけると引っ張り留めてくれる存在。とても良き。 [一言] なんかいい感じに一旦の着地をしたなーと思ったけど、そういえば死臭問題ありましたわ。 そしてやってくる教会勢力。う…
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