それぞれの立場と抱える事情
「なー。おい、キティーよう。ノマの奴が連れて行かれちまったってぇのに、こんな風にのんびり茶なんて飲んでていいのか?」
「まぁ落ち着きなさいな、ゼリグ。急いては事を、仕損じるってね。それとも何かしら? あんたはノマちゃんの事が心配?」
「いいや。全然まったく、これっぽっちも。」
時は夕刻。ようやっと帰ってきました居候の自宅の中で、卓を挟んで向かい合うは実に落ち着いた面持ちで茶器に口をつける我が相棒。茶請けに使うための菓子まで焼いて、そんな悠長な事で良いのかよと頬杖つきつつ、ありがたくご相伴に預かって焼き立てのそれにかぶりつく。味が無ぇ。
まー、しかし参ったものだ。あの馬鹿の起こした聖女騒ぎにかこつけてここぞとばかり、有象無象が湧いてくるだろうとは思っていたが、まさか初手であんな大物が出張ってくるとは。いや、なんか偉い人なんだろうなと察しはついていたものの、あれが王女様であると、後で聞かされた時には思わず閉口したもんである。
とはいえ、さすがにアタシ達も王族相手に楯突くというわけにもいかず、首根っこを掴まれて引きずられていくアイツを生暖かく見送りつつも、こうしてすごすごと帰ってきたわけではあるのだが。いいのかなぁ、さっさとドーマウス伯爵へ報告に向かわないで。あ、ちょいとキティー、そこの果実煮の小瓶とってくれ。
「あらあら、酷い人ねえ。私はとっても心配よ? 本当ならすぐにでも動いてあげたいのに、こうして大人しく待ちに徹するしかない程にね。」
「っち。なんでぇ、話を振ったのはそっちじゃねえか。そりゃあアイツが王女様に失礼を働いてないかってぇのは気になるけどよ、かといってあのバケモンの身を心配してやるっつーのも今更じゃねえか?」
「そうじゃないわ、少し考えてもみなさいな。予定では今日私達は、こうして家に戻ってからあの子にこの落ち着いた場所で、ゆっくりと血を飲ませてあげるつもりだったのよ? それがその食事も無しに、こうして突然に引き離されてしまったらどうなると思う?」
「なぁ、お前ってさ、どっか国外に逃げ出すあてでも持ってねぇか? 王城が吹っ飛んだらそれを合図にとんずらしようぜ。」
「ばか。そうならない為に、こうして手を尽くそうとしてるんじゃないの。早々に諦めてるんじゃないわよ。」
んーなこと言われてもなー。ひらひらと手を振る桃色を横目で見つつ、甘い果実煮を塗りたくった焼き菓子にかぶりついて、もっさもっさと口を動かす。なんせ、一度は殺されかけた身だ。血に飢えてまともな判断が出来なくなったあの馬鹿の恐ろしさは、文字どおりこの身に染みてわかっている。
しかも仮にそうなったとした場合、王城では先日にやりあったあの魔人や怪物達が、もれなく解き放たれて溢れかえるのだろうは目に見えた事。君子でなくたって危うきには近寄りたくないのだ。正直なところ、さっさと逃げ出したいと思ったのは本音である。半分よりちょっと上くらいには。
「で、どうするんだ? かしこいかしこいキティー様の事だ、もう頭の中で、絵は描けてるんだろう?」
「別に、奇をてらうようなつもりは無いわよ、やろうとしている事はいたって正攻。まずはお兄様とメルにここまで来てもらって、二人にノマちゃんの取り扱い方について情報を渡すわ。例えあの子が遠慮して求めてなくとも、定期的に若い女の血を飲ませなさい。ってね。」
「騎士団長様もあの後すぐに、王女様を追いかけて行っちまったからなあ。話せるような間も無かったか。しかしそんならなおの事、待ち惚けなんてしてないでさっさと尋ねに行ったほうが良かったんじゃねえか?」
別に相棒を疑うようなつもりも無いが、どうにも悠長が過ぎる気がする。そもそもドーマウス伯爵に関して言えば、マッドハットの若様を通じて既に手紙を渡してあるのだ。こんなまどろっこしい真似をせずともそこに、一切合切の話を書き込んでおけば済んだじゃないか。
そんな疑念を視線に込めつつも右手を伸ばし、もう一つ菓子を手に取ってクルリと回す。とはいえアタシに思いつく程度の手際の良さなど、こいつが考えていないという事も無いだろう。んで、そこんとこどーなんだよ?
「ん~、そうねぇ。どういう順番で話したものかしら。まずこうして待ちに徹している理由についてなんだけれど、いくら大事だからって私達がのこのこと王城まで出向いたところで、門前払いを喰らうだろうはわかりきった事よね。」
「そりゃあただの平民だしな、アタシ達。でもそれならそれで、伯爵様のお屋敷まで出向けば済んだ話じゃねえか? お前が勘当された身っつっても、今までだって散々に出入りしてんだ。今さら遠慮するようなもんでも無ぇだろうによ。」
「お兄様が屋敷に戻られるという確証が無かったのよ。王女殿下の後手に回ってしまった事に私の手紙まで重なって、今ごろはたいそうお狼狽えになっていらっしゃるでしょうから、その対策の為に王城に詰めたままになると踏んだの。それにこうして待っていれば間違いなく、お兄様の側から私へ接触を持とうとしてくるはずよ。」
「それってぇと、アタシ達が王城にまで呼びつけられるってか? 悪いが舞踏会に着ていけるようなドレスなんざぁ、ちっと持ち合わせがねーんだがな。」
そう言ってお手上げとばかり、おどけて掲げてみせた両の手は、何言ってんだコイツという冷たい視線に射落とされてあえなく沈んだ。へいへい、話の腰を折ってわるうござんしたね、続けてくれい。ちなみにちょっとだけ、気持ちが浮ついたのは内緒の話だ。
「はぁ。さっきも言ったでしょう? 場所はここよ。私はあの手紙にノマちゃんの危険性についてまでね、しっかり書き記しておいたの。そしてそんな重要な情報だからこそ、文字でのやり取りで齟齬が出ることを嫌ったお兄様は、私から直接話を聞き出そうとするはずよ。」
「伯爵様が、妹とはいえわざわざ平民の家にまでいらっしゃるってか? さっきからえらく自信ありげだがよ、なんでそうまで言い切れる?」
「私がね、教会の連中と距離を取る事になった経緯はあんたも知っているでしょう? その後に恥晒しと罵られて、家を追い出された事もね。そんな私を王城に呼びつけて奇異の目に晒すような真似を、お兄様が選ぶとは考えづらいわ。」
「愛されてんなー。っていうかその自覚があるんならよ、もうちょっと伯爵様を労わってやってくれよ。ついでに言えば、アタシはどっちかっつーとお前を王城へ呼ばないのはさ、売られた喧嘩を買って暴れだすのを危惧したからだと思うけどな。なんならこの菓子を賭けてもいいぜ。」
「まあ、善処はしましょう。っていうかそのお菓子、そもそも私が焼いたやつじゃないのよ。図々しいわね。」
そんな声と共に伸びた腕が、アタシの手からヒョイと菓子をひったくって、薄桃色の唇へとそれを運んだ。なるほどねえ。言われてみれば納得も出来ようものだが、よくもまあこんな色ボケた頭で色々と察しをつけるもんだ。もしもその予測が外れたら小突いてやろう。
しかしまあ、どいつもこいつも、良くも悪くもノマ、ノマ、ノマだ。そりゃあ天蓋落としを打ち砕いたアイツの活躍はこれ以上無い程に目立っていたが、アタシ達にだって魔人を撃退したという功績がある。ちょっとくらいは褒め称えてくれたって、バチが当たったりもしないだろうに。全部アイツの手のひらの上だったけどさ、くそう。
「悪いね、けっこう美味かったんでな。で、伯爵様の動向についてはそういう読みがあったとして、騎士団長様までここに来るってのはどういうこったい? ここから動かないのはそれと入れ違いになるのを防ぐ為もあったってぇのは、なんとなくわかるけどよ。どうせ待ち惚けの身だ、時間潰しに教えてくれよ。」
「ん~、これもまあ、推測の上での話にはなるんだけどねぇ。そもそもゼリグ、あんた王女殿下がノマちゃんを連れて行った理由、その真意はどこにあったと思う?」
「どこって、そりゃあメッキだらけのあの聖女様をなんかこう、上手いこと使ってさ、敵対派閥を攻撃しようとしてるんじゃあねーのか? なんかそんなような事も仰ってたし。」
「最初はそうでしょうね。ノマちゃんが勝手に聖人を名乗ったとあげつらって、その背後にいるお兄様とマッドハット侯爵、引いては王太子殿下その人を叩く為の材料にする。でも聖女云々の噂は事実であるとしても、きっと端々で生じているのでしょう誤解の山を、ノマちゃんが解こうとしない理由が無いの。」
「まあ確かにそうだろうなあ。それにあの騒動の裏側については騎士団長様にも伝えているのだし、仮にノマの奴が黙っていたとしても、そっちから話は伝わるか。んで、アイツが化け物である事は王女様も知るところになって…………あれ、どうなるんだ? これ?」
「王女殿下があの子を排除しようとする可能性も無くはないけど、野心家で知られる殿下の事、きっとあの子の力を取り込もうとするはずよ。で、ちゃんと周囲と調整を取ってくださいとかしょっぱい事を言うノマちゃんに突っぱねられて、機嫌を損ねる。」
あー……。目に浮かぶな、それ。茶器を手に取って熱めに淹れて貰ったそれを啜り、頬を引き攣らせながら苦笑する。なんせアレだ。ノマの奴は色々と耳聞こえの良いことを口にするが、その実では責任を取りたくないだけなのだ、アイツ。大体にして二言目には、『私はそれを判断できる立場にはありませんので。』とか言いやがる。
しかもその癖、その我を通すだけの力を持っていやがるのだからタチが悪い。きっと今ごろ王女様に対しても飄々とそれを言って、不興を買って怒らせているのだろう。方や先手を取られたと頭を抱える王太子様に、方やその馬鹿を持て余して怒り狂う王女様。なんだこの地獄絵図。
「それに付き合わされるメルの立場を思ってみれば、正直堪ったものじゃあ無いでしょう? 調整を取れと口では簡単に言えるけども、実際のところ王女殿下と王太子殿下にはこれまでの確執もあって、易々と襟を開いて貰えるようなものでも無いわ。お兄様からの伝聞だけれどね。」
「かと言って騎士団長様からしてみれば、いつまでもノマを閉じ込めたままにしておいて、アイツがヘソを曲げるような事態になる事も避けたい、ってか。なんとも、心中お察しするね。」
「そういうこと。で、こう考えるはずよ。愚痴の一つも零したいけれど、ノマちゃんの正体について語れる相手は多くない。そうだ、自分にはその条件に当てはまる悪友がいて、ついでにその兄を通じて王太子殿下の側から歩み寄って貰えないかを頼み込めば、まさに一石二鳥じゃないかってね。」
「で、その悪友に縋る為に、わざわざこちらへお越しになられる、ってか。さすがはキティー、見事な推察だと言ってやりたいところじゃあるが、生憎と誰にでも思いつくような未来の絵面が、綺麗にすっぽ抜けてやがるみたいだな。」
「ん~? なによ、私にケチをつけようっての?」
「そこまでは言わねえけどさ、それって伯爵様と騎士団長様が、この家で鉢合わせる事にならねえか? 敵対派閥同士のお二人様が。」
言い切ってやったアタシの前で、ふっと真顔になった我が相棒が、その視線をゆっくりゆっくり横に逸らす。そしてその瞬間を示し合わせていたかのように、窓の外から聞こえていた小うるさい車輪の音が、家の前でピタリと止まった。
おい待てや、目ぇ合わせろ。こいつまさか、本気でそれが抜けてたとでも言うつもりじゃあないだろうな。
「お久しぶりでございます、ドーマウス伯爵閣下。その、キリー……、いえ、キルエリッヒ嬢には友人として、とても良くして頂いているものでして……。」
「あ、ああ。メルカーバ嬢、いや、今は子爵位を得ておられるのだったか。苦界に落ちた我が妹を今でも友と言って頂ける事、こちらこそ礼を言わせて頂きたい。」
「ほほほ。そう仰られる割にはキルエリッヒ嬢が苦境に立たされた際、お庇いになられる事なく放逐されたと聞き及んでおりますが?」
「ははは。あの当時はまだ、私も家督を継げているわけではなかったのでね。だが今はこうして邸を訪ねる事が出来る程に、互いの関係も修復出来た。ああ、ところでメルカーバ子爵は何か、我が妹にご支援などは頂けたのかな?」
「ほほほ。いえ生憎と、彼女は王都から姿を消してしまったものとばかり思っておりましたので。」
「ははは、そうでしたか。友人を名乗られようという割には、捜索に乗り出すような事もされなかったと。」
「……ほほほほほ。」
「ははははは。」
……いや、どうすんだよこの空気。悪い予感を振り払いつつもパタパタとお出迎えに向かってみれば、目の前で繰り広げられるのはこれまた綺麗に鉢合わせたお貴族さま方が、人んちの玄関先で互いに牽制し合うその姿。一見感じさせるその和やかさが、余計に腹黒さを際立たさせているあたりがまた皮肉である。本当に一見だけな。
しかも互いに何か共通の話題を切り出して、そこから腹の探り合いでもしようとしたその矢先に、見事に癇に障る部分を踏みあっているのだからなんともまあ。おい、そこの『共通の話題』の当人さんよ、ちょっと満足気な顔してムフーと鼻息吹かしてるんじゃあねーってよ。早く間に入ってくれ。
「ふふふ、二人共ありがとう。そう言って気にかけて貰えるだけで、今の私には十分よ。さて、こうしてこの大変な時に、私を訪ねてくるくらいですもの。メルもお兄様も本当のところ、互いの目的に察しはついているのでしょう?」
「む……。すみません、見苦しいところを見せてしまいましたね、キリー。ええ、その……王女殿下とノマさんの事について少々、相談をさせて貰えればと思ったのですが……。」
「ふむ。考えてもみれば王国の一大事、隠し立てをするような話でも無かったな。メルカーバ子爵、こちらも要件は概ね君と同じだ、当て擦るような真似をしてすまなかった。」
「いえ、先に仕掛けたのはこちらの方です。こちらこそ、申し訳ございませんでした、伯爵閣下。」
雨降って地固まるとは良く言ったもので、さっそく調停に乗り出した我が家の桃色によって、見る間に矛を収めた両者は軽く腰を折って頭を下げた。しかしまあ、自分の立ち位置をよくわかっていると言うかなんというか、ずるいなコイツ。大切な人にみっともない姿は見せたくないという見栄の心をくすぐって、まぁ上手いこと人様を操りやがる。
とはいえそのおかげもあって、両派閥に足並み揃えてもらう必要のあるこの有事に、こうしてその中枢に近い人物を一堂に会させる事が出来ているのだから、あまり悪し様にも言えないか。こちらとしても、二度も三度も同じ話をする手間を省くことが出来るとなれば、それは諸手を上げて歓迎したい。
いや、あるいはさっきすっとぼけた顔をしやがったこの桃色女、これを狙って仕組みやがったか。女狐め。
「はい、それじゃあ仲直りも出来たところで、まずはお茶にしましょうか。美味しいお茶とお菓子があれば、重い口だって少しは軽やかになろうってものよ。ゼリグ、悪いけれど先に戻って、一度卓を片付けておいてもらっても良いかしら?」
「ん。あ、ああ。それはまあ、構わねえけどさあ……。」
曖昧な返事を口にしつつ、玄関脇に設えられた、明かり取りの小さな窓へと視線を向ける。しかしさっきから気になっちゃあいるが、アタシがいる意味はあるんだろうか、これ。別に自分なんかがおらずとも、キティーというある種特別な存在を間に介し、お貴族さま同士で滞りなく話は進んでいくのだ。
そこに何ら特別なものを持たない平民が混ざる必要はないし、事実さっきから伯爵様も騎士団長様も、所在なさげに立っているアタシには目もくれない。二人とも知らぬ仲というわけでも無いが、本当はアタシなんぞ、キティーの使用人程度にしか思われていないんじゃあ無いだろうか。どうしても頭をよぎってしまうその疎外感に、少々ばかり気が滅入る。
さて、ひーふーみーの……見える範囲では三人か? まあいいさ。お貴族様にはお貴族様の、アタシみたいな荒っぽい山猿には山猿なりの、相応しい仕事というやつが世の中にはあるってものだ。腰に帯びた短剣は二本、キティーと伯爵様は無手でいるし、騎士団長様は帯剣しているとはいえもう少しばかり手が欲しい。
「わりぃなキティー、お茶会はもうちっとばかし、後に回して貰っちゃあくれねえかな。おーい! シャリイの嬢ちゃん、どうせどっかにいるんだろう? 三人はこっちで確認したが、全体の様子が掴めねえ。入ってきた時に外から見て、どうだったよ?」
「……そうですね。十と二人、といったところです。いずれも碌に気配すら消す事が出来ていないあたり、大した手練れというわけでもありません。旦那様のご許可が下りればの話ではありますが、消しますか?」
宙に向かって呼び掛けたその問いに対し、どこからともなく返ってきたのは抑揚の無い少女の声。そして次の瞬間にはアタシの前に、逆さまに降ってきた金髪頭が床に手を着きながらポーンと跳ねて、伯爵様の眼前に音もなくするりと控えた。
うん。いやまあ、護衛としてついてきているだろうなとは思っちゃいたが、だからってなんでそんなところに潜んでたんだよ。噂に聞くひんがしのニンジャか、アンタは。少し乱れたお仕着せを整えながら、決まった。とでも言いたそうな得意げな顔してんじゃねぇ。ノマみてーな真似しやがって。
「あら嫌だ、こんな街中に賊がお出ましになるなんてねぇ。メル、一応確認をさせて欲しいんだけれど、貴方の連れてきた護衛の類、ってわけじゃあ無いのよね?」
「いえ、心当たりはありませんね。こちらとしても、てっきり伯爵閣下の手の者であろうとばかり思っていました。ですが確かに言われてみれば、なんとも拙い隠形の腕を晒していたものです。まるで素人同然のような。」
「うちの子達は優秀だよ、一緒にして貰っては困る。それとシャリイ、あまり短絡的な行動は無しだ。今のところ、相手の正体と目的も掴めないのだからな。」
「いや、そうは言っても伯爵様よぅ。生憎と、こちとら一個しか命には持ち合わせがねぇんだわ。やっこさん共が殺しちゃ不味い相手かどうかはわかんねぇが、白刃晒して迫る相手に手加減しろっつーのは言いっこ無しだぜ?」
乾いた唇を舐めて湿らせ、腰に回した手のひらの先で、カキンと冷たい音を立てる。ああ、しまったな。お偉い様を相手に雑な口の利き方をしてしまった。興奮してくるといつもこうだ、別に殺し合いなんぞ好きでも無いが、暴力がアタシを昂らせるのは否定しない。
しかもいま腰に佩いているのは特別製。折れ砕けちまった槍のお詫びも兼ねて、時間潰しに血を捏ね回すとかいう気味のわるい遊びをしていたノマが、手慰みに作ってくれた血の短剣だ。と、くれば新入りを手にしたアタシがそれを使ってみたいと思うのも当然の事で、出来れば襲撃者の中に若い女でも混ざっていてくれれば万々歳。気兼ねなく血が奪える。
……おい待て。いま何考えたよ、アタシ。
「旦那様、僭越ではございますが、私もゼリグさんへ同意を示させて頂きます。斬った張ったは水物なれば、先んじて制す事が出来るうちに仕掛けるべきかと。」
「まあまあ。ゼリグもシャリイちゃんも、落ち着いて頂戴な。そう気配をひりつかせずとも、命のやり取りになるような心配は多分無いわよ。外の連中の正体もその目的も、大体のところは察しがつくしね。」
「はん、なんだよキティー、勿体ぶりやがってよ。大方、以前に酒場でお前に絡んで玉を潰された連中が、徒党を組んで踏み入ろうとしてるってぇとこじゃあねえのかい? おめでとう、いい女は一味違うね。」
「はぁ。その可能性を否定しきれないのが悔しいところね。でも今回はきっと違うわよ。そもそもそれをやった連中はとっくの昔に、じっくりお話をしてわからせてあげたじゃないの。」
「いやちょっと、キリーもゼリグさんも、今までどんな生活してたんですか一体。」
相棒とのちょっとばかし愉快なその思い出に、騎士団長様の呆れた声が割って入る。そういう彼女も剣の柄に手をかけたまま、口角を上げ牙を見せて笑うあたり、気性の荒さではお仲間らしい。おい伯爵様、なんで私の周りにはこんな女ばかりなんだとか、ぼそっと呟いたの聞こえたからな。
そんなやり取りを交わしながらもお偉い様を背に庇いつつ、『こんな女』のアタシ達四人は窓と玄関扉から身を引いて距離を取る。さぁて、お相手によっちゃあ抜剣そのものが厄介な事態を招くという事もままあろうが、それでも後手に回るよりかは大分マシだ。キティーは今しがたああ言ったものの、やはり抜いて構えておくべきか。
逡巡を孕みつつも腕を動かそうとしたその矢先、けたたましく扉を開け放って雪崩れ込んできたのは、いずれも揃いの鎧に身を包んだ騎士と思しき一集団。碌に使い込んだ様子も見られない新品のそれを誇らしげにガシャガシャ鳴らし、その先頭に立った小男は大袈裟に見得を切って、こう言ったものである。
「いざ! 御用改めであるっ! 背信者ノマよ! 神の威光を恐れる心が残るのならば、我ら神殿騎士団の手にかかって大人しくお縄につけいっ!!!」
…………あ、はい。でもすんません。その、なんていうか、空振りです。
作中ではキティーさんが何でもお見通しよとばかりに語ってくれましたが、実際はこの場面にキャラクターを集める為のもっともらしい理由付けの為に、各人の思考状況を一通り書き出す必要があった程には苦戦しました。




