翼持つ聖女
風に吹かれてゆーらゆら。意識も希薄にゆーらゆら。
……いや、いつまでもお空の彼方を漂っている場合ではなかった。ぼやけた意識をえいやっと集め、座ったまま寝ている時に見る夢のように、身を起こそうとしてふんにゅふんにゅと気合を入れる。
やがて寄り集まった『私』はその重さで以って地に引かれ、ふわりふわりと風に煽られて揺らめきながら、真っ赤な靴を履いたそのおみ足で、すたりと森の中へ降り立った。ドーモ、大惨事となったツチノコモードから見事に復活。ノマちゃんです。
いや、しかしびっくらこいた。まさかあのお嬢さん方が、あんな突拍子もない隠し玉を持っているとは思いもよらなんだのだ。いくら私が火に弱いとはいえ、表面を少し焦がされる程度ならまぁ問題無いだろうと踏んでいたのが、そこにきてまさかまさかのあの仕打ちである。私も内心大慌て。さすが、火薬の力は侮れない。
何をそんなに慌てたかって、なんせあの時の私はお腹の中に、飲み込んだオークさん方の若い衆をしこたま詰め込んだ状態だったのだ。そんな私のお口の中に、爆弾なんぞを放り込まれて爆発炎上ときたものだからもう大変。放っておけば鯛の塩釜焼きよろしく、みんな揃って蒸し焼きの刑である。
咄嗟にツチノコボディーの尻尾のほうに、お腹の積み荷をゴロンゴロンと大急ぎで詰め込みなおし、ブチリと切り離したのが間に合ったから良かったものの、実に危ない所であった。
まあホっとしたのも束の間で、ふふん、この程度の攻撃では児戯にも等しいですねぇ。と、冷や汗だらだらに虚勢を張って見せたその直後、私は切られて燃やされて灰になったそのあげく、風に巻かれて吹き散らされてしまったわけですが。慢心ダメ、絶対。
とはいえさしもの闘争大好きオークさん方も、私という得体の知れぬ存在によって、あれほどまでに脅しつけられたのだ。此度の侵攻の失敗に懲りて、当分は大人しくなって頂けるとありがたいのだが。いやさ、そうであって貰わなくてはさすがに困る。
ん~~~っと、一つ背を伸ばし、右へ左へと傾けながら、ぽきりぽきりと身体を鳴らす。いや、実に疲れた。ホントに疲れた。この胡散臭い吸血ボディーに肉体的な疲労は皆無であるものの、心の疲れはそうにもいかぬ。性に合わぬ慣れないキャラ作りなぞ、やはりするものではなかったか。
……実のところを言ってしまえば、なんとも愉快なものであった。己の安全を確保したうえで絶対的な力をもって、抵抗の術を持たぬ者達を嬲って弄び追いかけ回す。その圧倒的な優越感は、私のちっぽけな自尊心を十分過ぎるほどに満たしてくれたのだ。
特にあの、リーナと呼ばれていた小さな少女。大きな瞳に涙を湛え、身を震わせながら精一杯の抵抗を試みるその様は、私の嗜虐心を刺激して暗い情念を沸き上がらせるに、これまた実に十分なものであった。そんな自分に虫唾が走る。
かつて前世を生きた私にとって、このように人様を狩りの獲物として愉悦に浸る機会なぞ、終ぞまみえる事の無いお話であった。いや、ゲームの世界ではそのような遊びに興じる事も無いではなかったが、あくまでそれはゲームの話であって、現実では無い。そう、現実では無かったのだ。かつてにおいては。
小さな己の手のひらを、じっと見つめながら、何度も何度も握って開く。いやはや、人様の生殺与奪を握るという事がこれほどに楽しいとは、そしてこれほどに恐ろしいとは思わなんだ。この下卑た快感に違和感を感じなくなった時、私の中に残る前世の私は、ノマに塗りつぶされていなくなってしまうのでは無いだろうか。そんな予感にぷるりと一つ、身体を震わせて肩を抱く。
今でして思ってみればどうにも私は、例え己がどう変わろうともその根っこは人間のままであるのだと、根拠も無しに信じ込んでいた節があった。この身を怪物に変えてしまうという大事について、如何にも考え足らずであったのだ。まったくもって年甲斐もなく、子供じみた滑稽な考えであったものよ。
ううむ。あの邪神に選択肢を狭められた結果とはいえ、さすがにちぃとばかし、考え無しであったかなぁ………………いや、違うか。私は、別に変質をしてしまったわけではない。増長しているのだ。
いかにこの身が愉快な代物になろうとも、私は今なおこうして、前世の人格を保っているのである。で、ある以上は結局のところ、己の気の持ちよう一つ。それを吸血鬼になったから化け物になったからと、もっともらしい理由をでっち上げて、目に見えぬものに責任を押し付けようとはなんともはや。
「……やれやれ。我ながら、なんとも卑しい性根であったものよ。げに恐ろしきは、人の心の醜さか。」
ふるりふるりとかぶりを振って、それから大分と傾いてきたお日様を見上げながら、ポツリと呟く。そしてなーんか眩しいなぁ。と、そう思った次の瞬間。日光に顔面を焼かれた私はブリッジしながらひっくり返り、頭を地に叩きつけてウニャアと呻いた。熱っつ!? いやなんだこれ!? 熱っつぅ!!?
あ、そういえばさっき、あのえらくガタイの良い娘さんに、日除け帽ごとぶった切られてからそのままだったわ。暴れていた時はなんかもう、脳味噌からドッパドパと何かを出しながら興奮しきっていたので気づかなんだ。
くふふふふ。人は時として、己に酔いしれるあまりにその感覚すら見失う、愚かな生き物であるものよ。いかん、今更こんなこと考えてもツライものはツライわ。日光は私の大敵では無い、ただちょっと、大嫌いなだけである。つまるところは死ぬほどキツイ。
気づいてしまえば無様なもので、魔人を騙った先ほどまでの恰好つけはどこへやら。ふぎゃあみぎゃあと奇声をあげる私は影を求めてゴロゴロ転がり、そしてようやく入った木陰の下で、安堵のため息をはふんと漏らす。
そして事ここに至り、わたくしノマちゃん漸くにして、とある珍事に気がついた。いやなんか、周囲の物がでっかいのだ。よくよく見れば私が逃げ込んだこの木陰も、樹木の下というよりは草花によって日の光が遮られた、ほんのちょっとした日陰である。いくら私がチビの小娘とはいえ、そんな中にスッポリと収まってしまう十歳児とはこれ如何に。
右を向いて左を向いて、そして頭の横でモゾリと動いた小さなモノに、ふいと気づいてもう一度右を向く。そこにいらっしゃったのは淡い黒色が何とも渋い、親指大ほどもあるダンゴムシ。落ち葉を掻き分けてもしょもしょと歩くそいつは、やがてすぐ横でガン見をする私の真顔に気づいたか、くるんと身を丸めて文字通りの団子になった。まぁお上手。
……いや。いやいやいや。デカすぎるだろういくらなんでも。もしかしてこれ、もしかしなくとも、私ってば縮んでいるんじゃあないだろうか。それこそ手乗りサイズくらいに。
思い当る節はある。なんせつい先ほどに、屋外で火葬に処されたこの私だ。以前にゼリグとやり合って燃やされた時とは違い、その灰は風に巻かれて吹き飛ばされて、四方八方に散ってしまったわけである。結果として身体を形成できるだけのまとまった灰が、これっぽっちしか残らなかったという事は、十二分に考えられる話であった。
……いや待て。待て待て待て。納得できるかそんなもの。我が身の事ながら、いくらなんでも身体の作りが適当すぎる。いやはや、なんともふざけた話もあるものだ。これではもう、まるっきりお化けではないか。そういえばふざけたお化けだったわ、私。
んーむ。納得は致しかねるが、まぁなってしまったものは仕方がない。ダンゴムシを指で転がして八つ当たりをしつつ、ヨイセっとばかりに身を起こす。さぁて、これから如何したものか。まずは散ってしまった灰を集めて完全復活を……いやそれよりも、ゼリグ達と合流して状況を説明する方が先だろうか。この身体で? それもちょっとなぁ。
首を捻ってほっぺのお肉をぷにぷに揉んで、それからとりあえずは、周囲を一通り歩き回ってみるべぇかと、一歩を踏み出したその矢先。せいたかノッポの葉っぱを掻き分け、がさりと姿を現した肉色の触手の束に、私はベチョリと顔を突っ込んでひっくり返った。なんぞなもし。
「おお! おお! ノスフェラトゥ様! 漸くに合流が叶いました! 不肖、この踊るフルート吹き。見事に仰せつかった役目を果たし、帰還を果たした次第であります!」
パチクリと、お目目を瞬く私の前で、素っ頓狂な声を発した触手の束は、そのままくるりと身を翻した。途端に現れたのは銀髪紅眼を持つ女の顔で、そんな彼女はひんやりモチモチとした触手を伸ばし、尻もちをついた私の身体を殊更丁寧に引っ張り起こす。
いや驚いた、得体の知れぬ蟲の類にでも当たってしまったのかと思いきや、この状況下でまさかまさかの再会である。しかしまあ、よくぞ私の居場所がわかりましたね? こんなお互い、ミクロなアドベンチャーも寸前の状態で。ねぇ、フルートちゃん。
「私ども銀の軍勢は、ノスフェラトゥ様の御身より生み出された分身でございます。なればその中枢たる、御方のおわす所を突き止めるなどと造作も無い事。」
「……やれやれ、そんなに顔に出ていましたかね。ともあれ、ご苦労様でした。踊るフルート吹きよ。きちんと言いつけのとおりに人死にを出さぬよう、目いっぱいにオークさん方を脅しつけて、追い払ってきましたか?」
「はい! 多少、ノスフェラトゥ様の意を汲めぬ不心得者の躾けに手間取ってしまいましたが、見事に成し遂げましてございます! それとその……人間共にも、一応は花を持たせてやりました。」
「不心得者? ん~、まあ、良いでしょう。それにしても目標は達成できているとはいえ、お互いこっぴどくやられたものですねえ。」
頭のてっぺんからつま先まで、私と同じくらいに縮んでしまったフルートちゃんを、まじりまじりと眺めて見やる。彼女のちびっこ原因が私と同じであるならば、間違いなくその下手人はオークさん方の首魁であった、炎を操るあの女。うむ、この子達を増援として送り出した私の判断、やはり間違いでは無かったか。
なにせ周囲をぐるりと見渡してみても、あれほどに送り出した怪物のうち、彼女の他で戻ってきたのは空に浮かぶフクロウナギが僅かに一匹。なればこの子達が矢面に立ち、本来王国軍が受けるはずであった損害を被って、ほぼ壊滅に至るまでに戦い抜いてくれたであろうその事は、私も想像をするに難くない。
いや、本当によくぞやってくれたものだ。きっとそこには、様々な色濃い出来事があったのだろう。それこそ深海魚が重力に打ち勝って、空に進出してしまうくらいにはすごいドラマが。ちなみにその深海魚さんは先ほどからゴーゴーと、掃除機の如く大気を吸って、散ってしまった銀色の灰を拾い集めてくれている。すいません、お手間をかけます。
「……はい。正直なところ、私も相手を侮っておりました。そしてその慢心の結果として、御方より賜りましたあの装いを、このとおりに焼失してしまったのでございます。この失態、いったいなんと言ってお詫びを申し上げれば宜しいのか…………。」
余所見をしていた私に向かい、そう言って深々と頭を下げるフルートちゃん。ああ、なるほど。それで先ほどからゆさゆさと、自己主張をなさっておいでになったというわけですか。まあ、あの衣服については多少豪華であるとはいえ、元は私の血で編んだような代物である。別に元手がかかっているわけでも無し、そんなに気にかけてくれる事も無いのだが。
そして何より信賞必罰。私が与えた諸々の指示を、見事実行してくれた者達に、不義理を以って応じようなどとは微塵も思わぬ。まあ褒美として渡してあげられるような物も無いのだが、せめて労いの言葉の一つもかけてやらねば、上に立つ者としての礼儀に欠ける。
「顔を上げなさい、踊るフルート吹き。貴方達は、私の言いつけを守って素晴らしい仕事を成し遂げてくれました。それをたかがお洋服の一枚程度で、何を責めることがありましょうや。さぁ、胸を張って。貴方達にこの役目を任せて正解であったと、私に褒めさせてください。」
ぷにぷに震える触手の束に、そっと手を置いて優しく撫でる。うーむ。気分はさながら、孫娘のご機嫌をとろうとする祖父の如し。せめてこのまま、お駄賃の一つも渡してあげられたら恰好がつくのだが。
我ながらこっぱずかしい台詞に赤面しつつ、なでりこなでりと手のひらを動かすそのうちに、ぐしゅりと鼻を鳴らし始めたフルートちゃんは頭を上げて、目尻に涙を溜めながら破顔した。うむす。どうやら、私の言葉選びは正解だったようである。
くふふ、言葉一つでこれだけの成果を上げられるのだから、まったくもって安いものよ。いや、悪ぶるにしては、少々ばかり下衆いかな。とはいえ人心を引くも離すも、己の言葉尻一つである。余計な一言は慎むべきだが、かといってだんまりを決め込むのも、突き放しているように見えてよろしくない。
子供ですらわかるような事であっても、いざ実行しようとなると、この年になっても難しいものである。見事この難局を乗り切った事に内心で胸を撫でおろしつつ、ぺこぺこと頭を下げる彼女の前で、そうとは見えぬように取り繕った笑みで以って、自信ありげにニコリと微笑む。さーて。それではこれから、どうしたものかな。
「ああ、お優しきノスフェラトゥ様。その寛大なるお言葉だけで我ら一同、一層の忠を尽くさんと決意をするに、十分過ぎるものでございます。きっとパンダやサメ達も、今のお言葉を直で聞けなかったことにハンカチを噛み締めながら、草葉の陰でむせび泣いている事でございましょう。」
「……えらくシュールな絵面ですね。」
「それでは、我らはこれにてお役目を終了し、御方の中へ戻らせて頂きたいと存じます。御用命の際は一言お声がけ頂ければ、いついかなる時であろうとも、直ちに御方の御前へと馳せ参じさせて頂きます故。」
「……そりゃあまあ、私の中に居るんですからね。」
いや、というか自分で言うのも何ですが、出し入れ自由なんですねフルートちゃん。他と違って明確な自我を与えたが故に、既に独立した別個体という感すらあったのだが、そこのところは案外と融通が利くものらしい。うーむ、流石は吸血不思議ボディー。我ながらよくまあ未だに、人間としての自意識を保っていられるものである。
目尻に溜まった涙をぬぐい、とててててっと助走をつけて、こちらへ突っ込んでくる我が分身。あ、戻るってそうやってなんですね。体当たりなんですね。と、若干引きはしたものの、まあちびっこ二人が衝突したところでどうともなるまい、やるならさっさと済ませてしまおうではないか。さぁ、バッチコーイ!
私も両手をあげて足を踏ん張り、走り寄ってくるウニョウニョ触手を迎え撃つ。そして両者が接触するその瞬間、ぴょいと跳ねたフルートちゃんは、組体操よろしく私の肩に乗ってビシっと一つポーズをとると、頭上から降ってきたフクロウナギに押しつぶされて、私もろともにペシャンコになった。ヒドクナイ?
くくくくく。黙っていても、子は親に似てくるものよ。そんな益体も無い事を考えつつも、ベチョリと潰れて引き延ばされた私の意識は、フルートちゃんとウナギを取り込んで膨れていく。そして真ん丸になった風船が、きゅっと捻られて小さく小さく折り畳まれた時、私はパチリと目を覚ました。
ふと見降ろしてみれば、足元でちょこまかと動いているのは小さな小さなダンゴムシ。とりあえずは何時ものように、お洋服を生み出してイカ腹まっ平ボディーを隠したのちに、日除け帽の端っこを指先でもってちょちょいとつつく。うむり、見事なまでの五体満足に私も満足。これにて一件落着というものである。
いやはや、一時はどうなる事かと思ったものだが、灰を集めてくれていたウナギ君のおかげで事無きを得たようだ。本当によくやってくれたウナギ君、褒めてあげよう。二階級特進。
そしてやれやれ。これで本当に、私の仕事もお終いである。フルート達を疑うようなわけでは無いが、ゼリグ達のほうは無事であろうか。今更お金や名誉には興味も無いが、叶うのならば私があの子達を褒めてあげたように、「よくやった。」と、労いとお褒めの言葉が頂けるのなら大変嬉しい。
ちやほやとされる光景を目に浮かべつつ、ムフーと鼻を鳴らしながら一歩を踏み出す。さて、いまいち現在位置がわからないが、空に進出した深海魚のように、羽根でも生やしてお空を飛んでいけば早いだろうかと、ポヤリと考えたその直後。お腹の中の強烈な異物感に、私はグエッ! っと呻き声をあげながらつんのめった。おい誰だよ、さっき落着とか言った奴。
お、お腹の子が!? いや、阿呆をやっている場合では無かった。この異物感の正体は何であろうか? よもやあのウナギが何やら拾い食いでもして、その何かが私の中に混ざり込んでいるとでもいうのだろうか? しかも感覚からして相当に大きい。いったい何を飲み込みおったあの深海魚。
ゆらりゆらりと身体を揺すり、それから右肩からお腹にかけて、大きく真っ赤な亀裂を走らせる。ゾロリと牙を備えたその大口は、巨大な舌を動かしてモニョリモニョリと私の胎内をまさぐると、ぐっしょりと唾液に濡れた黄金色の大きなモノを、ペッ、とばかりに吐き出した。
「ん? なんだこれ……? んんっ!? ンんんんん~~~~~っ!?」
小さな私のお腹の中から出てきたものは、私の体積を優に超えるような、大きな大きな金色の鳥。なんとその鳥には首が無く、本来は頭があると思しき場所からは少女の上半身が生え伸びて、グルグルと目を回しながらウンウンと呻いているのだからなんともはや。これは異なこと妙なこと。
いや、というか、イツマデちゃんじゃないですか。なんでこの子が私の中に。もしやフルートちゃんの言っていた、『不心得者』とはこの子の事であろうか。おそらくは私を恨んで追ってきたのだろうが、こんな真っ昼間からよくもまあやるものだ。
そして銀の軍勢にあれほどの被害が出ていた事も、この子の介入があったのならば納得が出来る。いやあ、フルートちゃん達を派遣していて本当に良かった。あの槍羽根で以って手の出せぬ上空から、四方八方を滅多打ちにされていたら人族側にも蛮族側にも、果たしてどれだけの被害が出ていた事か。ふふふ、自分の慧眼を褒めてやりたい。
「ううう……。お、お許しくだされ、お許しくだされ、混沌様ぁ……。」
真っ青になった顔色で、なにやら寝言を呟く彼女のほっぺを、うにーと引っ張って溜飲を下げる。先の事を考えるのであれば、この場でこの子を滅ぼすべきではあるのだろうが、生憎と私はその選択肢を持ってはいない。
彼女たち化け物との共存。その都合の良い夢物語を、私は未だに諦めたわけでは無いのだから。とはいえそれも、所詮は建前。本当はわかっているのだ。私はただ、人間の形をしたものを殺したくないだけ。それを正当化する為に尤もらしい理屈を捏ねて、自分に言い訳をしているに過ぎないのだと。
このどっちつかずな判断が、いつか後悔を招くのやもしれぬ。しかしそれでも、ここを譲る気にはなれなかった。なんせ私は七十年の長きに渡り、殺人を忌避する社会の中で生きてきたのだ。その中で培ってきた倫理観を、今更になって壊してしまう事が、恐ろしくて恐ろしくて堪らない。そこを踏み越えれば、きっと私は変わってしまう。
ゆるりゆるりとかぶりを振って、くてりと脱力した少女の頭をポイと投げ出す。まあ見たところ気絶しているだけのようだし、このまま放っておいても問題は無いだろう。そこいらの獣に襲われた程度の事で、この子がどうこうなるはずもあるまいし。いや……しかし、なあ。
うーむ、本当にどうしようか。殺してしまうわけにもいかないが、さりとてこの子が私を恨んで追ってくる以上、やはりこのまま放置しておくわけにもいかぬ。いっそ首に縄でもかけて、私のペットという名目で飼ってしまうのは如何なものか。うん、絵面がやばいな。というかその発想がまずヤバイ。どうすんべ。
爪を噛みながらも思いは千々に乱れ飛び、次々に沸いてくる碌でもない発想をモグラ叩きに潰していたその矢先。ずごごごごん!!!!! と突然に、遠く彼方で凄まじい轟音が鳴り響いた。すわ、何事。
慌てて音の方へと目を向けてみれば、そこに見えたのは驚き飛び立つ鳥達を飲み込んで挽き潰し、空へと舞い上がっていく土砂に巨木と、森を丸ごとひっくり返したような大騒ぎ。いや、もうこれ以上の厄介事は勘弁して欲しいんですけど。もうお腹いっぱいなんですけど。お布団ひっ被って寝たいんですけど。
いやいやいや。いくら非常識でもこれは私の仕業じゃあ無いぞと、誰に対してかもわからぬような言い訳をしつつ、ぽかんとお口を開けて空を見上げる。そうこうするうち、地表からはぎ取られた森の塊は四方八方から殺到し、頭上でゴツンとぶつかり合って、なんとも不格好な緑のドームを形作った。なんともまあ、ド派手な事で。
さて、度肝こそ抜かれたものの、いつまでも驚いてばかりいるわけにもいかぬ。果たしてこれは、どこのどなた様の仕業であるのか、早々にその正体を見極めなければ。なにせ宙に釣られた緑の山は如何にもグラグラとして不安定で、アレがいつ振ってきて地上に居る者達に襲い掛かるのやら、わかったものでは無いのだから。
まず、王国軍は除外である。こんな大技を使える者がいるのであれば、それが策に組み込まれておらぬはずがない。一般には伏せられていた可能性も無いではないが、そもそもこのような秘策があったのであれば、オークさん方相手に切り結ぶ必要など、最初からなかったはずである。
かといって、オークさん方の仕業とも考えづらい。聞く限りでは、彼らは正々堂々を好む武人のはず。このような無差別攻撃は、彼らの好むところでは無いだろう。唯一、あのリーナという少女はその限りでは無かったが、仮にそうであったとしたところで、明らかに発動の機会を逸している。では、そのいずれにも属さない第三者が?
百里を見通すヴァンパイアーアイを全開にして、空に張り付いた歪な山を、ためつすがめつ眺めて見やる。そうこうするうちに優秀なる我がお目目は、宙づりにされた巨木の裏にまるでゴルフ場のネットのように張り巡らされた、白くて細い糸をカシャリと捉えた。
ふーむ、どうやらこの緑のドームは、あの糸によって吊り上げられ支えられているようである。糸、糸、糸。糸使い。まるで蜘蛛の巣のように、張り巡らされた白い糸。あー。一つだけ、心当たりがあるんだがなあ……。
頭の中に浮かんで消えるは、褐色の肌と白い髪を持った、十本手足の奇怪な少女。よもや、これは彼女の仕業であろうか。だがそうであるとしても、私の事を殊更に恐れていたあの子の事。その彼女がわざわざ私の敵愾心を煽るような真似をするとも考えづらいし、どうにもその目的というものが見えてこない。
彼女とは幾度か言葉を交わした過去があるし、意思疎通の出来る相手である事も知っている。仮にこの憶測が外れたとしても、彼女は糸の専門家だ。何かしらの助言を貰えるのではなかろうか。と、胸の内で呟いた心の声が通じたか、どこからかヒューンと音を立てて飛んできたか細い糸が、私の耳元にプスリと刺さった。地味に痛い。
「おう、ノマ。儂の声が聞こえておるか? 聞こえておったら、この糸を指で弾いてから返事をせい。」
糸を通じて聞えてきたのは、いつぞやも聞いた甲高い少女の声。言われた通りに張った糸をピシリと弾き、誰何の声を発する事も無く、単刀直入に話題を切り出す。なぁに、どうせこの先にいる者の顔はわかっているのだ。切り出そうという話の内容にも察しがつくし、ならば何を遠慮することもあるまいて。
「聞こえていますよ、マガグモさん。こんな折に私へ接触してきたという事は、頭上のアレは、やっぱり貴方の仕業なので?」
「くひひひひ。しかり、しかりよ。アレぞ儂のとっておき、『天蓋落とし』じゃ。まあ事前の仕込みに阿呆ほど手間暇かかるうえ、仕留めた獲物はぐっちゃぐちゃに潰れてしもうて、食えたもんじゃあ無いがのう。」
「……なるほど、貴方もとんだ食わせ物ですね。これほどの力を揮えるのであれば、以前に言っていたように人を恐れる必要なども、本当は無かったのではありませんか?」
「カカカ。儂もかつてはそう思うておってな、数十年の昔に西の地で猿共の巣を一つぶっ潰してやったんじゃが、そのおかげで嫌という程に山狩りをされて、こんな東のくんだりまで逃げてくる破目になったというわけよ。」
「ほほう。貴方がた化生のほうが、人間よりもよほどに優位なのかと思っておりましたが、やはり数の力は侮れないもので?」
「ふん。全くもって気に喰わん話じゃが、その通りよ。おぬしも生きて帰る事を考えておらぬ死兵共に、昼夜を問わずして追い回されてみい。やかましいし巣に火は放たれるし、あの頃は生きた心地がせんかったわい。ってまあ、そんな長話はどうでもええんじゃ。」
「……それもそうですね。で、そのとっておきを用いてまで話したかった、貴方の御用向きとはなんでしょうか?」
さて、ここからが本題か。今しがたの話を聞く限り、アレは彼女にとっても己の脅威を主張しすぎて、とんでもないしっぺ返しを食らいかねない諸刃の剣であるという事はよくわかった。それでも敢えて、そんな大技を繰り出してきた彼女の真意はどこにあるのか。
努めて平静を装うとはしているものの、私の内心は不安に荒れ狂っている。その淀みが態度にも出たか、普段とは程遠い、平坦で冷たい声になってしまっているのが自分でもよくわかった。どうか彼女の狙いが、私が許すことの出来る範囲でありますように……。
「なぁに、儂の要求はたった一つよ。あの天蓋を落とされたくなければ、そこで馬鹿面を晒して伸びておる、馬鹿な同胞をどうか見逃してやってくれい。」
「二回も馬鹿って言いましたね。しかし散々に暴れたであろう彼女の事、それは少々ばかり、都合の良い話ではありませんか?」
「無論、その阿呆は二度とおぬしには関わらせん。儂が責任を持って、見張っておくと約束をしよう。じゃからノマ、頼む。そやつとは東へ逃げてきた儂を拾ってくれて以来の、長い長い付き合いなんじゃ。」
「……嫌だと言ったら?」
「別にな、これでおぬしを打ち倒せるなんぞとは、この儂も思うとらん。じゃが、おぬしのお仲間のほうは話が別じゃ。ぬしが儂を見つけ出してくびり殺すよりも、あの抉れた大地が猿共を打ち殺すほうが余程に早いぞ?」
「仮にそうなった場合、貴方はまず間違いなく私に八つ裂きにされるであろう事は、承知しているのですよね?」
「覚悟の上じゃ。」
ふむ、ど~しましょっかね~~。と、銀糸の髪をくりんくりんと弄びながら、さも意地悪そうに声音を吐く。いやはや、助かった。キュウと縮こまってしまったお腹を抑え、ホッと一息万歳三唱である。なにせ彼女の要求は私にとっても願ったり叶ったりというもので、持て余していたイツマデちゃんも任せられるとあって万々歳だ。
いや~、ははは。良かった良かった。
ころさずにすんだ。
「……ふふん。ま、良いでしょう。貴方の顔を立ててあげますよ、マガグモさん。これは貸しですからね。」
「……すまん。すまんな、ノマ。恩に着る。」
「恩義に感じるというのなら、お友達になりましょうという私の誘いも、少しは前向きに考えて貰えるとありがたいのですけれどね。で、頭上の危なっかしい大惨事、アレはどうすれば引っ込んでくれるので?」
「あの天蓋のてっぺんにはな、全ての糸の端が集まって繋がっておる、中枢と呼べる部分がある。そいつをつついてパカンと割れば、糸はその根元に引っ張られて落ちていくわい。巻き込んだ森ごとな。」
「……いや、危なくないですか? それ?」
「おおよそは地表が剥がれた元の場所に落ちていくんじゃ、そのまま真下に落ちるよりは、万倍もマシじゃろうて。さて、それじゃあ早速、儂はそこの阿呆を回収させて頂くでな。」
言うが早いが、私の真後ろからいくつかの糸球がヒュルリと飛んで、相変わらず気絶したままでウーウー唸る大鷲少女に、ベチャリベチョリとくっ付いた。おう、マガグモちゃんめ、この私に気取られることも無く、そんな近くにまで忍び寄っていたとはやるではないか。まあ私、気配の察知なぞ碌に出来んけども。
そしてそのままズリズリズリと、地に跡を残しながら引きずられた金の巨体は、生い茂る枝葉の影に引きずり込まれて見えなくなった。ううむ、あの子もあれで、華奢な身をして中々の怪力である。やはり化け物、少人数でカチ合ったならば、人の身で相手をするには荷が重いか。
と、最後に一つ、聞いておきたい事があったのだった。これで要件は済んだとばかり、プチンと外れた耳元の糸をはっしと握り、気がかりであったそれを口にする。
彼女ら化生は夜に蠢く。私は人伝に聞いたそれを世の理として当然に受け入れていたのだが、イツマデちゃんもマガグモちゃんも、こうして平気で昼間に活動をしているあたり、別に日光が弱点であるとかそういうわけでは無いらしい。ならば何故に、彼女らは夜に拘るのか。なんとなく、そのことが気になった。
「んん? なんじゃ、しつこいと思うたらそんな事か。『もんすたぁは闇に紛れて徘徊すべし。』我らが混沌様が残したという、始原のお言葉よ。おぬし混沌様の使徒を騙っておるとかいう癖に、こんな当たり前の事もしらんのか?」
「いや、誰が混沌サマの使徒ですか。知りませんよそんなお話。でもまあ、話してくださってありがとうございます。……腑に落ちました。」
「くひひ、やはりな。そそっかしいイツマデの事じゃ、そんな事だろうとは思ったわい。それじゃあのう。達者で暮らせよ、ノマ。まあ今度こそ、もう二度と会う機会も無かろうがな。」
それっきり、私の握っていた糸はスルリと逃げて、木々の暗がりの中に姿を消した。やれやれ、全くもって、つれませんね。私はこんなにも皆々様の為を思って、拙いながらも懸け橋にならんと奮闘しているというのに。いや、具体的な活動実績は無いんですが。
……しかし、『モンスター』ときましたか。そんな言葉を選ぶあたり、彼女らの奉じる混沌様とやらの、その正体も窺い知れてしまうというもの。
つまりはあの、顔の無い男。無貌の神を名乗る邪神こそが混沌様であり、同時にキティー達が奉じている、白の神でもあるというわけか。流石、この世界を作ったというゲームマスター様なだけの事はある。反吐が出そうだ。
導き出したその答えに、苦虫を噛み潰したような顔をして、ベッと一つ唾を吐く。ああ、ああ。マガグモに教えてあげたら、彼女は果たして、どんな顔をするだろうか。
貴方たち化け物とはつまり、この作り物の世界を盛り上げる為に設定されて配置された、ネームド・モンスター。徘徊する障害物に過ぎないのですよ、と。
軽く唇を噛んで目を閉じて、ギリリと胸を掻きむしる。この苛立ちは邪神に対して向けられたものか、それとも『私だけは知っているのだぞ』という、下卑た愉悦に口角を上げる、己自身への嫌悪感か。
まあ、いい。今は考えたところで詮無きこと。マガグモ達は去っていった。オークさん方も逃げ散った。残るは頭上の『天蓋落とし』。この厄介なお土産物を、この拳にて見事粉砕せしめれば拍手喝采。此度の合戦、王国軍の完全勝利にて終了である。しからば早速。
ふいと頭上を見上げてみれば、相変わらずそこに鎮座ましますはボロリボロリと土塊を振りまきながら、その自重故か少しずつ崩壊を始めている緑のドーム。さぁて、やるならばさっさとやっちまいましょうか。確か、中心の『目』を壊せと言っておったな。
両肩にポンポンと手を当てて、そこから銀色の翼をもふりと生やす。うーむ、我ながら良い出来だ、頬をくすぐる柔らかな羽毛も心地よい。今度寝るときにでも使ってみようか。
大きな翼でバサリバサリと空気を掴み、それから思い切り地を蹴り飛ばしてドヒュンと一つ、空の蓋を目指して飛び立つはわたくしノマちゃん。彼我の距離はぐんぐん縮まり、さながら撃ち放たれた砲弾の如き勢いをもって迫る私はさぁここいらが頃合いかと、再びに翼をはためかせ……。
そして多大な抵抗をもって空気を掻き分けた我が翼は、しかしなんら揚力を産む事も無く、ぼふんと虚しく空回った。んん?
ああ、考えてもみれば当然の事。いくら人体に翼を生やしたからといって、それで飛べる保証がどこにありましょうやと問われてみれば、まあその通りでございまして。なにせ私は元人間である。生憎と手羽先であった人生経験なぞ持ち合わせてはおらず、風の捉え方なぞ知る由も無し。ははははは。
……いや、あかん! あかんよ! 少なくともマガグモは、未だ私を見張っておるやもしれぬのだ! こんな所で失速をして、ベチャリと地にへばりつく姿を見せるなぞと恰好が悪すぎる!
ふおお! 頑張れ! 頑張れ私! もうちょっと! もうちょっとだから! あとちょっとだけ頑張れば届くから!!!
煌びやかなる白銀の翼を、ぶぼっさぶぼっさと高速回転でぶん回し、水面下の白鳥の如くに必死でもがく。にゅおお! 見ればただぁ! 何の苦もなき水鳥のぉ! 足に暇なき我が思いかなぁっときたもんさぁっ! いよっしゃ届いたぁっ!!!
必死の努力が実を結び、ついにドームの天辺へとお手々をかけた私はマガグモの言う糸の集まった『目』を、えいやっとばかりに貫き破る。途端、空を塞いだ森の残骸は支えを失って弾け飛び、けれどもそれは、繋がれた糸によって地に引きずり込まれるかのようにして、拡散することなく自らの足元へと落ちていった。
うーむよしよし。こうしてお空を飛びながら見渡す限り、地上にたむろする王国軍にもその先にある城塞都市にも、この巨大な飛礫による被害は出ていないようで大変結構。唯一被害が出ているとすれば、轟音と共に吹き飛んだ中心点にぶっ飛ばされた、私くらいなものである。ははは。おのれマガグモ、謀りよったな。
まあ彼女としても、こんな程度で私をどうこう出来るなんぞとは思っておらんだろう。考えようによってはこうして王国の皆様方の位置も確認出来た事であるし、なによりそちらへ一直線に飛ばされているとあって、帰宅も実に速やかである。直撃着弾待ったなし。
そうこうするうちに地表が近づき、豆粒のようであった人の顔が少しずつ見分けられるようになってきて、法衣を着た桃色の女性と話し込んでいた見慣れた赤毛が、ギョッとした顔でこちらを見上げた次の瞬間。
ずどんっ!!!!! っとまあ爆発もかくや。重たい地響きと共に地に突き刺さり、盛大に土埃を巻き上げた私は半身を埋めたままにピコっと手を上げ、見事に帰還の挨拶を果たしたのでありました。ただいま。
「……いきなり『天蓋落とし』が破られたかと思ってみれば、貴方は一体、何をしているのかしらねぇ、ノマちゃん? そんな御使い様のような銀の羽根を生やして、空まで飛んじゃってまぁ。」
「げっほ! ちょっとキティー、そんな大根を引っこ抜くみたいに扱わないで下さいよ。でもどうやら、皆さんご無事なようですね。安心しました。」
ずぼりと引っこ抜かれてぶら下げられたまま、周囲を見渡してみればそこに居らっしゃったのは目を丸くした皆々様。その恰好こそボロボロではあるものの、みな五体満足で欠けた顔もいないとあって、いやはやこれでようやく肩の荷も降りたというもの。今夜はぐっすりと眠れそうだ。
でもなんかこう、一部で若い方々がすっごい目をキラキラさせて、私の事を拝んでいるようにも見えるのはどうしたことか。なんか、『聖女様』とか不穏な言葉も聞こえてくるんですが。
はて、聖女様? 私にとって身近な宗教家といえば、相変わらず私を干した根菜の如くぶら下げたままの桃色であるが、彼女ならば何か察してくれるものがあるだろうか。
「『偉大なる万物の王は、白銀の翼持ちし踊り子達に、人族を守護し導く事をお命じになられました。』創生神話の一節よ。さてノマちゃん、魔人の脅威に不安を煽られ、めくれ上がった大地に怯える民草の前に現れた、白銀の翼を持つ少女。彼らの眼前で見事に天蓋を打ち砕いだその彼女は、果たしていったい、どんな存在に見えるのかしらねぇ……?」
んんん? めくれ上がった大地はわかるとして、魔人の脅威とな? 蛮族はともかくとして、魔人なんぞという存在の情報は………………あ。
右を見る。そこにいるのは身体に着いた埃をぱんぱんと払いながら、胡散臭いものを見る様なジト目のゼリグ。よくよく見れば、その後ろでこれまた埃を被って土色になった、マリベルさんとメルカーバさんも半眼である。あとおまけでサソリの旦那。
左を見る。そこにいるのはいよいよ伏して拝み始めたお若い方々と、スゲースゲー! ギンは神様の子だったんだ! と、やんややんやと囃し立てるクロネコちゃん達。ちょっとやめて、こういう状況下での子供の声ってのは洒落にならない。あぁほら、シャリイちゃんとルミアン君まで感化されて、ちょっと熱っぽい目になってるじゃないの。
「さてノマちゃん。魔人の出現によって結果的に蛮族は退けられ、混乱に乗じようとした化け物もまた、貴方の手によって打ち砕かれました。まずは、ありがとうと言わせて貰うわ。よくぞ、やってくれました。」
「は、はい。お褒めにあずかり、こ、光栄です?」
「……で、私が次に言いたいこと。わかるわよねぇ?」
…………ははははは。いやぁ勿論ですともわかってますとも。アレですよね魔人ノスフェラトゥとかいう突如現れた得体の知れぬ輩の事ですよねわかってますともほんとほんと。
やっべぇ。
ぶっ飛ばされて空を飛び、大地に着弾して頭からぶっ刺さる聖女。




