強がったところで寂しいものは寂しい
「へぇ。昨日の今日だってのに、随分とまあ動きの速いことじゃねーか。諸侯軍の連中も、ただ指を咥えて見てただけじゃあねえってわけだ。」
「そうね~。昨日まで指揮官の人達と話してみた感じ、私達の合流まで上手いこと抑えてくれていたみたいね。各個に撃破されるような、無様な真似を晒さないでくれていて助かったわ。」
時は早朝、場所は野っ原。紋章入りの旗を掲げ、目の前をゾロゾロと歩いていく諸侯軍の兵達を見送りながら、アタシは山羊の胃袋で作った水筒をグビリと煽った。
赤い槍に寄り掛かったまま天を仰いで最後の一滴をピチャリと舐め取り、それから顔をしかめて舌打ちをして、空の水筒をぷらりぷらりと振ってみせる。むう、もう無くなっちまったか。キティーの奴の視線が痛い。
なぜだか最近、無性に喉が渇いて仕方が無い。水は十分に摂っているのに飲んでも飲んでも満たされないのだ。上手く言えないが、アタシの中のもっと根本的な部分が渇いているような気がしてならない。
自らの赤毛に交じった、一房の銀髪を弾きながら考える。頭に浮かぶのはアタシ達の元に転がり込んでいる銀の少女の、チンチクリンなその姿。アイツは自分の事を吸血鬼という化け物だと名乗っていた。そして自らに血を吸われた者もまた、化け物へと変わってしまうのだとも。
今のところお天道様を嫌いになったりはしていないものの、やはり自分の身体によくわからない事が起こっているとくれば不安にもなる。この一件が落ち着いたら相談でもしてみようか。まあそれでもアイツの事だ、役に立つような返事が返ってくるとも思えないが。
「ちょっとゼリグ、ここでは水は手に入りにくくなってるんだから、そんなにガブガブ飲まないで頂戴。……ゼリグ? 聞いてるの?」
「……ん、ああ。わりい。ちょいと考え事をな。それより抑えるってのはどういうこった? 昨日にぶらっと街を回った感じ、どこもまあ呑気なもんだったぜ。目と鼻の先に敵陣があるってぇのに図太いもんだ。」
水筒を懐にしまいながら視線を巡らせれば、目に映るのは会戦を前にして息を飲む新兵や、武具の手入れをしている傭兵達のその姿。如何にも剣呑な見慣れた光景ではあるものの、そこから悲壮感といったものは感じられない。いや、むしろ若干の余裕すら見て取れるか。
「水が手に入りにくいって言ったでしょう? 私から見れば正直に言って、嵐の前の静けさって感じだったわね。目に見える形で不満が噴出してくる一歩手前ってところよ。」
「オークの連中に水源地でも分捕られたか? それにしちゃあ街中に影が無いっていうか、割と活気があるほうだと思ったけどな。」
「その通り、奪われちゃったわけよ。でも連中、水売りをはじめとして民間人の行き交いは認めてたらしくってね、特に通行料を要求するような真似もしなかったらしいわ。まあ実際は、みんな自分の身の安全を保障して貰おうとして、ちょっとした食料なんかを渡してたらしいんだけどね。」
「おいおい、認めちまっていいのかよそれ? 野営中の敵軍に食い物を渡すなんざぁ利敵行為もいいとこだぞ。」
「諸侯軍からしてみれば、あくまで民間の活動って事で目を瞑ってたらしいわよ。下手に口出しでもしようものなら、それならさっさとオークの連中を追い払えよこの無駄飯喰らいが! ってな感じで矛先が向いてきそうなものだしねぇ。」
「アタシたち王都からの援軍が到着する前に、攻勢の気運を高められても困るってか。理解はまあ出来なくもねえんだけど、納得はいかねえなー。」
ぺらぺらと説明をしてくれるキティー先生を横目で見つつ、懐をまさぐって小さな袋を一つ取り出す。中身はからっからになるまで炒った豆で、アタシはそいつを一粒手に取ってぽーんと放り、はっしと口で受け止めた。うん、滅茶苦茶に塩っからい。
こいつは以前にノマの奴が、激しい運動をするのなら塩を摂れと言って持たせてくれた代物なのだが、これで案外に口寂しい時や酒のあてなんかに使えるのだ。おかげでまあ、こうして必要のない場面でじりじりと減りつつあるのだが。
「そうでなくても、相手を侮って諸侯軍だけでオーク達を蹴散らしてしまおうって声は当初からあったらしくってね。抑えるってのはそういう事よ。」
「前にデーモン共とやり合った時にもご一緒したけどよ、国境沿いの奴らってそんな好戦的っていうか、ガツガツした連中だったか? どっちかっていうとひたすら待ちに徹して、こっちに有利な条件で戦うのを信条にしてたはずなんだけどな。」
「そのデーモンとの小競り合いで、誰かさんが大将首を挙げたおかげで若い連中が調子づいちゃったらしいのよね~。自分達は強い、もはや蛮族など恐れるに足らず。ってね。ねぇ、隻腕殿?」
「っち、自信がつき過ぎちまったってぇわけか。っていうか、それに関しちゃあお前も共犯だろうがよ。なぁ、相棒。」
最近はもういい加減に慣れてきた隻腕の呼び名であるが、それでもキティーに言われると明らかに茶化されている感じがして、なんともいえずこそばゆい。
口内で転がしていた豆を噛み潰し、髪をパサリとかき上げながら、槍を担ぎなおして背伸びを一つ。そのまま数年来の付き合いである桃色の方へと歩みを進めれば、件の彼女は一瞬パチクリと目を瞬いて、それからプイっとアタシから視線を逸らした。ん、なんだよオイ。
「相棒って……よくもまぁ、咄嗟にそんな言葉が出てくるものねぇ貴方。」
「あん? 別に間違っちゃあいねえだろ。もう何年も一緒にいるんだし、何度も命を助けて貰った仲だ。キティーはどうだか知らねえけれど、少なくともアタシはそう思ってる。」
「……貴方、普段の仕草といいそういうところ、本当に男っぽいわよねぇ。もうちょっと気を付けたほうが良いわよ? 行きつけの酒場の娘さんなんか貴方に告白しようか真剣に悩んでるみたいで、ゼリグさんって彼女いるんですか? ってこないだも聞かれたんだから。」
「うぉい!? お前の行きつけってアタシと同じところじゃねーか!? 今度からどんな顔して飯食いにいきゃあいいんだよ!!?」
「さぁねー。まあ向こうは貴方を男だと勘違いしてるみたいだったし、後腐れの無いようキッパリ断ってあげたら良いんじゃないかしらねぇ。それともノマちゃんでも連れていく? これが私の彼女です。ってね。」
「…………別に、アタシとアイツはそんなんじゃあねえよ。ただ、なんとなく気が合うから一緒にいるだけだ。なんとなく、な。」
槍の石突をどすりと突き立て、首の付け根をカリカリと掻く。バツが悪い時や迷いがある時に頭を掻くのがアタシの癖だと言ったのは、確かノマの奴だったっけか。
思えばあの山中でアイツを見つけてからこっち、つくづく妙な腐れ縁になってしまったものだ。ノマはその生活力の無さからアタシ達を頼らざるを得ないし、アタシ達はアイツに魅了の呪いでもかけられてしまったのか、アイツを手放して放り出そうという気には全くならない。例の一件で金に困窮した時ですらそうだった。
今でも時々考える。アタシ達は、そうやってノマに体よく利用されているだけなんじゃあないだろうかと。アイツは自分の世話をさせる為に心を操り、自身に対する好意を植え付けて、アタシ達を使役しているに過ぎないのかもしれない。
アタシは、自分が自由な意思を持っているのだと、アイツに思わされている。その疑念は常にあるのに、それでもノマと離れようとは思えないのが恐ろしい。だからその恐怖を振り払うために、アタシは夜毎にアイツの身体をぐちゃぐちゃにしてやって、自分がアイツよりも上であることを確認せずにはいられないのだ。
「……いや、冗談だったのだけれどね。ちょっとゼリグ、そんな真剣な顔して考え込まないでよ。」
「あ。あぁ、すまねぇな。それで、そのノマの奴はもう出発したのか? さっきから姿が見えねえんだけどもさ。」
「ノマさんなら、私どもに先んじて出て行かれましたよ。自分が姿を晒してしまえば、一部で要らぬ混乱を引き起こしてしまうかもしれないと言ってね。」
背後からかけられた声に首を回せば、そこに居たのは例のなんだか偉そうな騎士団長様。なんでもキティーの旧友であるらしいのだが、どうもアタシはこいつを好きになれそうにない。かといって悶着を起こすようなつもりもないが。
たぶん初対面が悪かったんだろう。アタシのノマを勝手にかっさらって行きやがった泥棒猫だ、それで良い印象を持てというにも無理がある。おっと、またアイツに思考を誘導されちまってるなこれは。
「こいつはどうも、団長様。色々とお忙しい時分だろうに、こんなところで油を売っててもいいんですかい?」
「お構いなく。私はそこにいる、優秀な参謀殿を呼びつけにきただけですので。キリー、オーク共の陣地内で動きがありました。始まりますよ。」
「はいはい。私は別に、メルの参謀役になった覚えはないんだけれどねぇ。ああ、ゼリグも一緒に来て構わないわよ。貴方はメルやルミアン君たち司令部の、専属の護衛として配置されている事になってるからね。」
「おいおいおい、そういうのはこんな直前になって言うこったねえだろう。ったく、傭兵部隊への編入のお達しが一向に届かないと思ったらこれだよ。勘弁してほしいね。」
「うっさいわね。アンタが呑気に串焼きを齧ってる間も、こっちは諸侯軍との調整で目が回るくらいに忙しかったのよ。口を尖らせる暇があったら今日まで楽してきた分キリキリ働きなさい。」
っちぇ、藪蛇だったか。こいつはなんとも、返す言葉もございませんね。ヒョイと肩を竦めて両手を掲げ、苦笑いをしてお茶を濁す。
まあ指示が無いなら無いで、ならばアタシは救命の要であるこの桃色の護衛に就くつもりではあったのだ。そのキティーがお偉いさんと行動を共にすると言うのであれば、いずれにせよアタシのやる事は変わらない。
なんせあれだ。ノマの奴はきっと上手くやってくれるだろうが、それでもこの桃色に万が一の事があれば、そこから士気が崩壊しかねない。こいつ自身にどの程度その自覚があるのかは知らないが、治癒術士キティーとはそれだけ名の通った存在なのだ。特にアタシらみたいな、明日をも知れぬ連中にとってしてみれば。
いくら破天荒で好色だろうと、本来ならばこんな市井に居るはずの無い高位の神官様である。神学校首席の名は伊達では無い。どんなに手足がもげて死にかけようが、生きてさえいれば五体満足で家族の元へ帰れる芽があるのだ。荒事を生業にする連中にとって、それがどれだけ心の支えになる事か。
この騎士団長様もそれをわかっているからこそ、こうしてキティーを最も守りの硬い司令部へ連れて行こうとしているのだろう。友人が高い評価を受けている事を感じられて、アタシも少々鼻が高い。
まあ、でもなんだ。強いて言うならこいつの場合、酒癖の悪さと指砕きの悪評の方が先行して広まって、治癒の使い手という話は自身のやらかしの後始末をする内に知られるようになっていったってぇのが、ちょいとばかしアレなところではあるのだが。いや、ちょいとどころじゃあすまねーか。
「それでメル、両翼の配置の事なんだけど……ん。ちょっとゼリグー、何見てるのよ? 置いてくわよー?」
「あー。おう、今行くよ。」
こちらを振り向く桃色のもこもこ頭に、しゅたりと手を挙げて返事を返す。へいへい、お嬢様の仰せのままに。今回も頼りにさせて頂きますよっと。
何やら小難しい話を交わしつつ前を行く、元お貴族様と現役お貴族様の後ろを追いかけながら、槍を担いでえっちらおっちらとひょこひょこ歩く。
ちっくしょう。キティーの奴め、どさくさに紛れて自分の手荷物全部こっちに押し付けやがった。最近はこの手の役回りはノマの奴が負ってくれていたのだが、アイツが別行動になった途端にこれである。これでアタシの負け越しか。覚えてろよ。
ふと左手を見れば、そちらに広がるのは一面の緑、緑、緑。わざわざ森の際まで寄ってきたのは、ノマが保険で潜ませてくれるというヘンテコな獣たちに期待しての布陣であるが、果たしてどこまで信頼して良いものやら。
いや、別にその実力を疑っているわけでは無い。なんせあの狼共はアイツの身体の一部だという事なのだし、いざという時の戦力としては十分過ぎるくらいだろう。それくらいに、アタシはあの銀色娘の腕っぷしを信頼しているのだ。腕っぷしは。
問題はそれと同じくらいに、アイツは何か妙な事を仕出かすという斜め下の厚い信頼もまた、存在するという事である。いくら大人ぶって知ったような口をきこうともガキはガキだ。アイツが十歳の子供であるという事実は覆しようが無い。
ノマがやたらと人の役に立つ事に拘るのも、おそらくはそうして誰かに認めて貰う事で、自分の居場所を確保しようとしているのだろう。そう考えてみればアイツがアタシ達の心を操ろうとしているのも、自分は受け入れて貰えていないのでは無いかという不安感の裏返しだと思えてくる。
まったく、情けないね。自分が情けない。これでもアタシは大人のつもりだ。だというのに女の子一人の不安すら晴らしてあげることが出来ないとは、なんとも自嘲の笑みが零れてくるじゃあないか。これではノマの奴が、いつまで経ってもその生い立ちを話してくれないのも仕方が無い。
うーん、もっとアイツの信用を得るにはどうしたら良いものか。今度一緒に寝た時にでもその銀髪をかき上げて、「アタシはお前を裏切らない。だからお前も、アタシの事をもっと頼って欲しい。」と耳元で囁いてみるのはどうだろう。
…………いや、これは……なんか違う気がするな。うん。
「隻腕殿、随分と森の方を気にされているようですが、やはりノマさんの事が気にかかりますか?」
「まぁね。アイツは今でこそ化け物だが、その元を辿れば人間だったらしい。そのお子様がちゃんとお仕事を全うできるのかどうか、おねーさんは気になっちまってしょうがないよ。」
前を歩く騎士団長様の問い掛けに、肩を竦めながらおどけて答える。冗談めかしてはいるが嘘は言っていない、偽らざるアタシの本音だ。
まあその気がかりには、アイツがアタシ達の想像だにしないような厄介事を引き起こすんじゃないかという心配が、多分に含まれてはいるのだが。
「……貴方は、彼女のあの姿を見てもなお、ご自分の中でノマさんを子供として扱うことが出来るのですね。」
「まあ、団長様の隣にいるその桃色共々、一回は本気で殺されかけたんだけどな。今でも思うところが無いってわけじゃあねーんだけど、それでもやっぱりアイツは子供だよ。化け物の癖に寂しがり屋で目立ちたがり屋、本当は人恋しくて堪らない癖に一人でも大丈夫だと偉ぶっている、なんとも人間臭いただのガキだ。」
「そうですか……。キリーも、やはり同じように?」
「そうねぇ、私はどちらかと言えば、最近ではいちいち細かい事を考えるのは止めちゃったわね~。ノマちゃんはどこまでいってもノマちゃんよ。私達の味方をしてくれるとっても強い女の子。だから、もしもこの先で私があの子に裏切られるようなことがあったとしても、それは私の人を見る目が無かっただけの話ね。」
「おいおいキティー。ノマの奴からの支配に打ち勝ってやるって意気込んでたのはもういいのか?」
「その鬱憤はもう十分にあの子の身体に叩きこんであげたからね。むしろあれだけやられてもやり返してこないくらいだもの、きっとどうあっても、この子は私を悪いようには扱わないんだろうなぁって思ったら、なーんか毒気が抜けちゃったのよねぇ。」
「さいですか。」
かつては拳を振り上げて吠えていたくせに、なんとも現金な奴だこと。いや考えようによってはノマからの心の支配が、ついにモノの考え方に影響を与えるまでに至ったとも言えるだろうか。
とはいえアタシも人の事は言えないか。あの銀髪に対し、自分で思っている以上に好意的になってしまっているのはアタシだって同じなのだ。願わくば、ノマが表に出しているあの態度が、彼女の本心であらんことを。
「……私は……正直に言って態度を決めかねています。ノマさんが、あの子なりに私達の役に立とうとしてくれている、とても良い子だという事はわかっているのです。わかってはいるのですが……。」
「やっぱりメルも、化け物が王都の中にまで潜り込んで人の隣で暮らそうとしているっていうのは、受け入れ難いものがあるかしらね?」
「ええ。化け物というのは、私たち人が幾百年と恐れ続けた存在です。それがいつの間にかこれほど身近にまで入り込み、何食わぬ顔で隣人たらんとしている。メルカーバ・マーチヘアー個人としてはともかく、国家を守るべき王国貴族である私としては、彼女のような危険な存在はやはり…………。」
「利用したら良いじゃないの。」
排除すべき。と続けようとしたのだろう団長様の言葉を遮り、友人の発した「利用」という単語に思わずピクリと眉を動かす。落ち着け、短慮になるなアタシ。長い付き合いだ、キティーがそんな底意地の悪い女では無いという事くらいはわかっている。
そもそもこいつは、裏でコソコソと他人を悪し様に言うような時間があるのなら、その間を使ってぶん殴りにいくような女なのだ。そのせいで今までに幾つの酒場で出入り禁止を喰らってきた事か。思い出すにあの苦労が……あ、ちょっと落ち着いてきたわ。
「……キリー。人から利用される事を何より嫌う貴方から、そんな言葉が飛び出してくるとは驚きですね。それで、その真意は?」
「真意も何も、そのまんまよ。ノマちゃんは自分の利益を私達から引き出すために、今までずっと私達の事を利用してきたの。それならばこちらだって同じように、あの子を使って利としてしまえば良いわ。化け物だろうとなんだろうと、使えるモノは使い倒してあげたら良いわけよ。」
「一応、聞いておきましょうか。貴方の言う、ノマさんが得ている利益とはいったい?」
「誰だってね、一人でいるのは寂しいでしょう? ねぇゼリグ。」
そう言って桃色のもこもこはくるりと回り、人差し指をチッチッと振りながらなにやら得意気に鼻を鳴らしてみせる。いや、なんでそこでアタシに振るよおい。なに「私いい事言った。」みたいな顔してんだコラ。
槍を担ぎ直しながら閉口し、思わずきょろりと視線をやれば、アタシと同じように微妙な顔をした団長様と目が合った。ったく、頭の良い奴ってのは時々何を考えてるんだかわかんねえ事を言いやがるから困りものだ。なあ、アンタもそう思うだろう団長様?
「……人は一人では生きていけない。化け物であるノマさんも、そうして人との繋がりを欲する以上は私達と心の仕組みは大差無い。という事ですか。」
「ま、そういう事ね。だから私は、もう内心であろうとあの子を恐れたり怖がったりするのは止めにしたわけよ。必要以上に警戒をして、ありもしない敵を自分の中に作り出してしまう事のほうが怖かったからね。」
「ふふふ、なるほど。それで貴方は、利用などという強い言葉を用いる事であの子を目下の存在だと位置づけて、そうして彼女に対して優位を取って、己の恐怖を納得させた、と。それが貴方の、ノマさんに対する処世術というわけですね。」
「……ふん。ご想像にお任せしようかしらね。」
駄目だわ。さすがは神学校卒のお貴族様、この騎士団長様も頭良い奴だわコレ。
こちとら麦畑相手に大鎌を振り回したり、山野でウサギを追いかけ回しては撲殺したりして育った生粋の田舎娘なのだ。そんな言外に言わんとしている言葉を読み取って会話をするなんぞという、高尚な真似に巻き込まれても困ってしまう。
「あぁ。それで、まあ、そうねぇ。そこで何とも言えない顔をしている、田舎娘にもわかるように一言で言ってあげるとねぇ……。」
「おう、そいつはありがとうよ。ついでにアタシも、お前は意地の悪い女じゃないっていう認識は改めさせて貰う事にするわ。」
「うっさいわね、黙って聞きなさい。つまり私はね、アンタが自分の優位を確かめる為にノマちゃんへ行っているような仕打ちをせずとも、気の持ちようによって自分の弱さを克服したっていうわけよ。おわかりかしら?」
「……っち。偉そうにご講釈を垂れやがって。っていうかそれだったらよう、お前はもう寝るときにノマを抱く必要はねーって事だよな。じゃあもうちょっとアタシの取り分を増やしてくれよ。」
「嫌よ。それとこれとは話がべーつ。アレは私の趣味、生き甲斐なんだもの。」
「くそぅこの好色女め。なぁー、どう思うよ団長様。団長様も旧友としてこの頭の中まで桃色になってる神職様に、なんか言いたい事の一つや二つはあるんじゃないのかい?」
「む……。い、いや。私は、そのですね。婚姻の契りを交わすまでは同衾はしないと決めておりまして、あまりそういった話は……そのぅ…………。」
女三人寄れば姦しいとはよく言ったもの。やいのやいのと騒ぎつつ、司令部の天幕目指して自陣の中を横断し、人目を集めては手のひらを振って追い払う。
悪いね、誰とも知らぬ兵卒さん方。これから斬った張ったをやろうってのに、お偉い様のこんな気の抜けた姿を見せちまってさ。でもまあ緊張のあまりガチガチに固まっちまってて、取りつく島も無いよりかは大分マシだ。許しておくれよ。
しかしまあ、何度か経験してはいるが、戦が始まるこの直前の空気ってのは未だに慣れない。なんせ今アタシの目に映っている人間が、今日の夕暮れ時にまだ生きているかなんてのはわかったもんじゃあ無いのだから。
みんなアタシの気が付かないうちに、知らないところで死んでいく。アタシが関与できる生き死には自分の持ち場の周りだけだが、叶うのならば王都への帰り道にもまた、こんな風に気の抜けた話をしたいものだ。
首を右へ左へゴキリと回し、予想外に鳴った大きな音に顔をしかめながら考える。さぁてアタシはどう立ち回ろうか。とにもかくにも、ノマの奴が敵の後背を切り崩すまでは耐え忍ぶ必要があるわけだが、その時間稼ぎの一騎打ちには騎士団長様が出るらしい。
キティーが言うにはオークってえ連中は戦いに美学を求める輩だそうで、こちらが大将格を出すのなら相手も同格の相手が出張ってくるはずだという。それでなおかつ、自分達の御大将が戦っている間はそれに敬意を表する為に、兵を動かす事は無いだろうという話ではあったのだが……果たしてそう上手くいくだろうか。
マッドハットの若様と獣人の嬢ちゃん達のお守にはマリベルの奴がついてるし、シャリイの嬢ちゃんと飛び入りの兄さんもそこそこに腕が立つようだ。と、くればノマの伏せた獣と同様、アタシも万が一に備えるべきか。
騎士団長様の操る身体強化術は見事なもんだったが、かと言って相手も未知数。いくらキティーの奴がついていようと、首でも飛ばされようものならどうにもならない。そうなったらノマを待つ暇も無く、士気の下がったこちらは勢いづいたオーク共に蹂躙されちまうだろうことは目に見えている。
というかアレだ。それより何より、そんな事になれば顔見知りを殺されたノマの奴が怒り狂って何を仕出かすか、想像するだに恐ろしい。敵に回しても味方に付けても怖えーなアイツ、勘弁してくれよ。
そういえばキティーの切り札の呪符、そろそろ出来上がってる頃だろうか。後でちょいと聞いておくか。最悪の場合は、まあ、なんだ。まぁたノマの奴の顔面に、バチンと叩きつけてやる破目になるかもしれないし。
それにしても、一人は寂しい、か。懐から再び豆の袋を取り出しながら、ふと、かつて故郷の村で世話になった山爺のことを思い出した。
厭世家を気取る山爺はほとんど村内での交流を持たない人だったが、それでもアタシには優しくて、里山の歩き方を色々と教えてくれたものだった。山爺も、本当は寂しかったのだろうか。孤独を感じない為の僅かばかりの繋がりを求めて、アタシの相手をしてくれていたのだろうか。
ノマの持たせてくれた袋をくるりと回し、ぼんやりと眺めながら考える。
なぜだか自分でも良くわからないが、人との距離感に拘るくせに寂しがり屋なアイツの姿が、あの孤独な老人に被って見えて……なんだか少しだけ、可笑しかった。
互いに認識が噛み合ってるようでそうでもない人達。




