欲求
「よう、キティー。お偉いさん達の話は終わったか?あ、これ土産な。街で売ってた串焼き。何の肉かは知らん。」
「いや、そんな得体の知れないモノ持ってこられてもねぇ。ま、いいわ。お帰りなさいゼリグ。早速だけど、ノマちゃんを交えて詰めたい話が……って、何よその大人数は。」
「どうも。大人数筆頭のノマちゃんです。いやまぁそのですねえ、事ここに至るまでに、実に色々とあったものでして……たはは。」
私達を呼びに来たシャリイちゃんの案内のもと、通されたのは砦の一角を占める会議室。では無く、ちょっとこじんまりとした宿のような建物であった。
そのさして広いわけでも無い室内に待ち受けていたのはキティーにルミアン君にマリベルさん、そしてメルカーバさんとお付きの人達が若干名。
そんな所に私とゼリグ、黒猫ちゃん達にシャリイちゃんにおまけでサソリの旦那と、八名もが押しかけてきたのである。甘辛い香りと共に。そりゃあもう室内はギュウギュウ詰めで狭い狭いっていうか食い物持って入ってくんな。気が散るでしょーが。
「おっと、若様に騎士団長殿まで同席されてたとは、アタシとした事がこいつはみっともない所を見られちまいましたね。ハハハ。」
「なー、傭兵のネーちゃん。その串焼きってアタイ達の分もあるのか?……ってもんがぁ!?」
どうやらゼリグの奴としては、呼ばれた場所が砦では無かった事から待っているのはキティーひとりであると踏んでいたらしい。それが彼女言うところのお偉いさんが、何とも言えない顔をしながら座っていたのであるから大誤算である。
串焼きの包みをプラプラさせる彼女は一瞬ピシリと固まって、それからバツの悪そうな苦笑を浮かべ、続けて入ってきた黒猫ちゃん達の口にお肉を突っ込む事で、自らの不敬の証拠を亡き者とした。いや、何も取り繕えてねーよおい。どうすんだ、この微妙な空気とタレの匂い。
「あのー。いえ、これは非公式な場ですから、そんなに気を張って頂かなくても大丈夫ですよ、ゼリグさん。それにクロネコ達も、その、なんていうか……何か食べていてくれたほうが大人しくしてくれると思いますし……。」
「ルミアン殿、自分の使用人に対して随分と弱気が過ぎませんか、貴方は……。まあ、それは良いでしょう。それよりも私としては、何故部外者であるお前がこの場に居るのかを聞きたいところですね?バラッド。」
うむ、無事に許して貰えました。これ幸いとお肉にがっつく黒猫ちゃん達のその前で、諦めだかなんだかよくわからない微妙なフォローを入れるのは、お偉いさん筆頭である侯爵家嫡男のルミアン君。
どちらかといえばその視線がチラチラとマリベルさんを向いているあたり、こめかみを指でトントン叩きながら目を細めている彼女の小言を、なんとか防ごうとしていると言うべきか。お若いのに苦労してますねこの子も。
で、お偉いさんのもう片方、騎士団長のメルカーバさんが食いついたのは、いつの間にやら部屋の角に陣取って壁に背中を預けている悪徳商人、サソリの旦那ことバラッド氏。
何故に彼がここに居るのかと問われてみれば、まあそこには黒猫ちゃん達の心を落着させる為の取引と言うやつがあったのだ。私達のややこしい関係を清算する為の落とし処である。
なおここに至る道中において、いやこの部屋に入ってからも、隙あらば頭に暗器を突き立てようとするシャリイちゃんと、機先を制する事でそれを防ぎ続ける旦那との暗闘が静かに繰り広げられているのだが、この際それは見なかったものとする。
私はもう細かい事を気にするのは止めたのであるからして、よってこれは現実逃避では無い。無いったら無い。まあ万が一、後ろで野太い悲鳴が上がるような事態になろうとも、この場にはキティー先生が居てくれるのだから大丈夫であろう。多分。
「へへへ、どうもどうも、メルカーバ卿。いえね、私もそこの銀髪のお嬢ちゃんにはご贔屓にして頂いたものでして、その礼として、ご友人である獣人のお嬢様方の護衛を買って出させて頂いたわけですよ。はい。」
「お前が一介の商売人でありながら、その実中々に腕の立つ男である事は風の噂に聞いています。が、かといって損得の絡まない取引は信用なりません。ノマのお嬢さんに見返りとして、何を取り付けたのですか?言ってみなさい。」
「……例の瓶詰保存食の商売に、一口噛ませて貰えるようにドーマウス伯へ口利きをして頂く事と……あとは単純に、王国最高の戦力であるだろうこの嬢ちゃんの心証を良くする為。ってえのは、理由になりませんかね?」
「……結構です。ノマさんに如何にして取り入っていくか、それがこれからの王国においては、自らの盛衰を決める重要な要素となってくるでしょうからね。貴方の判断にも納得がいけるというものでしょう。私も帰還次第、王女殿下にご進言しなければなりません。」
「本人の前でそういう話するの止めてくれません!?」
突然の飛び火に思わず狼狽え、ぺしりぺしりと机を叩く。別段、私に自らの暴力を誇って狼藉を働こうなどという意思は無いのだが、私の能力が周囲に知れてしまった以上は望む望まぬに関わらず、このような特別扱いからは逃れられぬものであるらしい。ぬ~ん。
こうしてあえて私にこんな話を聞かせるのも、お前はそういう目で見られているのだぞと知らしめる為の、ある種の牽制であろうか。しかし裏を返せば、それは私の性根が善良な凡人であると思われている事の証左でもある。
彼女達はそれを逆手にとって、私に対し優位を取ろうとしているのやも知れぬ。それを考えてみれば、果たして喜ぶべきか悲しむべきか。
ちなみに旦那の言い分に関しては概ね相違は無い。なんせこれから始まろうとしているのはオーク達を相手取った大立ち回りであり、荒事に臨むにあたって対人戦に長けた者が、黒猫ちゃん達やルミアン君を守ってくれる事は私にとって大いに満足のいく取引であった。
黒猫ちゃん達にしてみても、かつて自分達を踏みにじってくれた男を顎で使えるとくれば満更でもないようで、ここまでの道すがらに早速ジャムの小瓶を一本むしり取ってご満悦である。
旦那の利については先の通りであるものの、私との繋がりを保つ事そのものが、組織間の力関係において今後重要になってくるなどと言われてしまっては些かばかり気恥ずかしい。というか抑止力として使われて無いか私。いつか非ノマちゃん三原則とか成立しそう。ぷるぷる。
「は~い、みんな注目~。そろそろ本題に入るわよ~~。あとメル、ノマちゃんはうちの子なんだから、アンタの所にはあげないわよぉ。」
我が家の桃色がパシリパシリと手を叩き、部屋に足を踏み入れてからこっち、逸れに逸れた話の流れを引き戻す。さり気に、私の所有権をしっかり主張なさっておいでになるのは流石キティーと言うべきか。いやぁ私もすっかりモノ扱いが板についてきたものですね。オボエテロヨ。
「まずは……そうねえ。諸侯軍の人達を交えて話し合った結果なんだけど、対オークの布陣に関しては連中の誘いに乗ることになったわ。こちらも砦から打って出て、野戦を挑む。この一言に尽きるわね。ああ、聞いておきたい事とかあったら、遠慮なく言って頂戴な。」
「じゃあ、遠慮なく口を挟ませて頂きますね、キティー。素人の私からすると、籠城したほうがずっと優位に戦えると思うんですけどどうなんでしょうか?外で遠目に見たところ、陣を張っているオーク達の数は多く見積もっても千に満たないですよね、あれ。」
「ノマちゃんの言う事は最もなんだけどね、あの連中が望んでいるのは武人同士のぶつかり合いであってこの街を攻略したいわけでは無いだろうから、それだといつまで経っても戦局が動かない可能性があるのよねぇ。」
「それならなおの事、待ちに徹したほうが良いのではありませんか?彼らにとってこれは敵地への侵入である以上、持参した物資もいずれ切れるはずです。戦わずして勝利を得ることが出来るのならば、それが最上だと思うのですが。」
「事この局面だけを切り取るのであれば、ノマさんの言う事は最もです。私も騎士団を預かる者としてその案を採りたいところではあるのですが、王国を取り巻く状況というものがそれを許してくれないのですよ。」
別段決まった事に対して異を唱えるつもりも無いが、せっかく与えられた機会である。頭に浮かんだ疑問を矢継ぎ早にぶつける私に対し、キティーに代わって答えてくれたのはメルカーバさん。
んむ、状況とな。と頭にハテナを浮かべたところで、ふと思い出した。王国が敵対関係にある蛮族達とは、別にオークに限った話では無いのである。むしろ以前から小競り合いをしているとかで、度々話の端に上っているデーモンとやらこそが、王国にとっての主敵であると言えるだろう。ふーむ、つまり……。
「つまり……、この局面で勝利を収める事だけを考えるのであれば、この街へ物資を運び入れつつ睨みあいを強いるのが正解。ただし他の蛮族勢力への備えを考えれば、ここに長期間縛り付けられる事によって遊兵と化してしまうのも避けたい。と?」
「そういう事です。さすがに話が早いですね。もっと言ってしまえばここにいる私達は王国にとって、王都から離して自由に使える戦力のほぼ上限に近いのですよ。なにせ王女殿下の私兵とも揶揄されるような、私たち血薔薇騎士団までが出向いているくらいですからね。」
「あら、メルの参陣は王室内の派閥争いで、王女派が存在感を示す為に捻じ込まれたものだって思っていたのだけれどね?」
「まあ、そう言ってくれるな、キリー。確かにそのような側面もあることは確かだが、殿下とて国の実情を鑑みた上で我々の派遣を推し進められたのだ。自らの身辺を守るこの私を遠ざけてでも、一刻も早い事態の解決を願われているのだよ。あのお方はな。」
「なるほど。それで期待をされていると舞い上がって空回ったあげくが、初日にマッドハットの若様に食って掛かったあの狂態、と。」
「うぐ…………。ま、まあなんだ。その節は、すまなかったな。ルミアン殿。」
「え、あの、いえ。私も気にはしておりませんので、どうかお顔を上げてください、メルカーバ卿。」
ふーむ。機動戦、というには些か大袈裟であるものの、王国としては貴重な戦力をこんな辺境に張り付けたままにしたくは無いというのも頷ける話である。勝利は当然、被害を出したくないのはなおさらの事。さりとて時間をかけるわけにも行かずとくれば、私達が求められている条件は中々に厳しいものがある。
だからこその野戦なのであろう。この私が先頭に立つことによって一撃で敵を食い破り、後方に控えた本隊でもって潰走する敵軍を追い散らす。なるほどなるほど、考えてみればこの私を実に効率的に扱った、良い作戦なのでは無いだろうか。
さすが偉い人の考えることは一味違う。餅は餅屋、蛇の道は蛇という奴である。うむうむ。
「ふむふむ、わかりました。つまりこの私がドカーン!と敵陣に突っ込んで、ズババーン!と引っかき回してやれば宜しい訳ですね!」
「あ、いえ。ノマさんはその、お留守番なんです。」
「せっかくやる気を出してくれたところ申し訳ないのだけれど、ルミアン殿の言う通りでしてね。表向き、私達の作戦の中にノマさんの起用は含まれていないのですよ。」
やれやれしょうがないねえ。とばかりに額に指を当てながら立ち上がり、フンスと鼻息を荒くした私の得意満面は、ぺこぺこと頭を下げ合っていたお偉いさん二人の否定によって、思わずベチョリとつんのめった。
いやいやいや、なんでじゃ。ここで私を投入すれば、先ほど述べていた問題の全部がいっぺんに解決すること間違いなしであろうにさ。納得のいける理由の開示を要求させて頂きたい。切に。
「ちょいと、アタシからも質問いいかい?聞いてる限り、いまアタシ達が求められている勝利の条件ってぇのはさ、そこのお調子者が言う通りに、ノマの奴を敵陣に突っ込ませて引っかき回してやれば解決する話じゃあ無いのかい?」
お、ゼリグもやっぱりそう思いますよね。さぁ言ってあげなさい、今こそが、このノマちゃんという手札の切り処であるという事を!さぁさぁさぁ!
「それこそ、こいつがここまで引っ張ってきたあの馬鹿でかい荷馬車があるだろう?あれに藁でも木材でもいいから詰め込んでさ、油を染み込ませて火をつけてからこいつごと突っ込ませてやれば、すげぇ威力になると思うんだけどなあ。」
「鬼か!!?私が炎に弱い事は知ってるでしょうが!?灰になるわ!!!!?」
「いや、灰になってもすぐ復活するじゃねーかお前。あれは今でも夢に見るくらい怖かったんだからなコラ。」
「あー、はいはい。静かにしなさいアンタ達。メルも表向きって言ったでしょう?ノマちゃんが表立って活躍してしまうと、色々と都合の悪い面も出てきちゃうのよ。残念な事にね。」
なんつー事を言うのだこの鬼畜女!とばかりに掴みかかった私の腕は、件の赤毛にヒョイと頭を押さえられた事で虚しくスカりと空を切った。はい、すいません。静かにさせて頂きますので、ご説明を願います。
「あの、それについては私からお話をさせて頂きます、ゼリグさん。キティーさんから聞くところによればノマさんは、未だその生まれについてを明かされていないとの事ですが、少なくとも私達は、彼女は故合って人に協力してくれている化け物、ないしはそれに近しい存在であると考えています。ですから……。」
「あ~~、つまり、なんだ。人間を喰らう化け物が王国の中枢にまで食い込んでいて、しかもその化け物をお偉いさんが重用している姿を下々に見せてしまうのが宜しくない、と?」
「はい。今のところ、私とメルカーバ卿の意見はその方向で一致をみました。ノマさんの存在については諸侯軍の方にも、その中枢にあたる人物にだけは伝えてあります。」
「こいつの化け物っぷりなんか、先日の槍羽根との一戦でとっくに知れ渡ってるだろうになあ。アタシの身分で若様にこんな物言いをするのも失礼だけどよ、今更なんじゃあ無いのかい?」
「確かにそうかもしれません。ですがだからこそ、私達は得体の知れぬ異形の存在によって守られている家畜なのでは無く、私たち人間自身の手によって外敵を撃退する事が出来るのだと、兵達に知らしめる必要があったのです。」
「……ま、遠征に参加してる連中からしてみれば、今回の一件は王都に戻った後で良い酒の肴になるだろうからな。噂ってのはすぐに広まる。王国の民が、実はその内部にまで食い込んだ化け物によって守られていて、自分たち人間はその後ろで震えていただけでした。なんてぇ話を撒き散らされるわけにもいかねえか。」
「だから本人の前でそういう話するの止めてくれませんか!?すごく居づらいんですけど!!?」
うごごごご、なんてこった。私なりに世の為人の為に役に立とうとしていた事が、このような受け取られ方をされてしまうような側面を持っていようとは。まったくもって寝耳に水である。本当になんてこったい。
しかしルミアン君も可愛い顔をしてキツイ事を言う。あるいは、キティーを通じて私が彼女達の血を飲ませてもらっている事を伝え聞いたのであろうか。これはつい先ほどに、私が黒猫ちゃん達から血を貰う約束をコッソリと取り付けた事を、知られるわけにはいかなさそうだ。
いやなにせ、家畜という表現は言い得て妙なのであるから始末が悪い。私は、私と親交のある人々の身を守り、その対価として血を頂く。さて卵が先か鶏が先か。私が人の側に立つその理由が、いつか情では無く食欲故になった時、私にとってゼリグ達は本当に家畜になってしまうのでは無かろうか。
私は不死者、いつかそんな日が来るのやもしれぬ。知らぬうちに変わっていってしまう自分を思うと、少しだけ……ふべっ!!?
「うぉい若様!なんか小難しい話をしてギンを虐めるんじゃねーよ!見ろよこの悲しそうな顔!!!」
「大丈夫ですかギンちゃん!?なんならさっき約束した血の話、今ここで飲ませてあげても良いんですよ!」
「く、首筋からチューチュー吸うんだよね?あ、あたし首筋弱いけど、が、がんばるから!」
「優しくしてね?」
うん、慰めてくれるんですね。ありがとう黒猫ちゃん、ありがとう皆。でもその串焼きのタレでベッタベタになったお手々で抱きつくのは勘弁してください。ああぁ、私自慢の銀髪がどんどん香ばしくなっていく。
しかもシレっと吸血の約束を暴露なんかしてくれちゃったおかげで、ルミアン君の顔色がなんかもう凄い事になってるんですけどちょっと。具体的に言うと想い人の少女達を、吸血鬼の十歳女児に奪われた女の子の顔である。いや間違えた、男の子だったわ。
いやいやいや、私にそのような意図は無いのでどうか安心して欲しい。この子達の言い回しがちょっとアレなだけだから。だから崩れ落ちるな少年!?声を殺してぷるぷるするんじゃない!?
「……さて、まあ、ルミアン殿が使い物にならなくなったところで話を引き継がせて頂きますと、家畜という表現は少々過激ではありましたが、別段私達に、ノマさんと事を構えようなどという考えはありません。あくまでも、そのように捉えられてしまう節がある。という事を知って頂きたかったのですよ。」
「そいつは結構だ、騎士団長殿。だがそもそもにして、ノマの奴を抜きにして勝算はあんのかい?勝てるにしてもオークってぇのは随分と精強な連中だと聞くし、戦力を摺り減らさずに王都に持ち帰るには、大分と厳しいもんがあるんじゃないかとアタシなんかは思うがね。」
「ええ、隻腕殿の言うとおりです。デーモン共への備えを考えれば、我々は可能な限り損害を出すことなく、この戦いに勝利を収めなければなりません。その為の秘策として、わざわざこのような場所にあなた方をお招きしたのですよ。ノマさんに戦いの趨勢を決める一手を打って頂く為にね。」
「くく、なんでぇ。人間自身の手によって、とか偉そうな事を言っておいて、結局うちのノマに頼ろうってかい?調子いいねえ。」
「命あっての物種です。戦に勝つ、戦力も失わない、兵達の士気も損ねない、王都におかしな噂も流行らせない。全て達成する事を求められるのが、私達上位者というものです。その為なら舌の二枚や三枚は使い分けてみせますとも。」
「ったく、偉くなるってのは厄介なもんだね、なんともさ。ほらノマ、いつまでも机にへばりついて潰れてねえで、話を聞いてやんなよっと。」
っぷはぁ!むむ、秘策とな?どうやら本当に、ただお留守番というわけでは無かったらしい。これはいつまでも、黒猫ちゃん達の下に埋もれているわけはいくまいて。
ゼリグの奴に引っ張り起こされ持ち上げられて、ポスンと膝の上に乗せられる。さぁてこの私に、如何なお仕事を割り振ろうというおつもりであろうか。お役に立てるのであれば、なんだってやらさせて頂きますよ。ただし常識的な範囲でお願いします。
「それじゃあ、ノマちゃんの内緒の動きも交えたうえで、改めて説明させて貰うわよ~。諸侯軍を交えた私達本隊は、オーク達の正面に布陣。あの連中が最も好む決着方法である将帥同士の一騎打ちによって士気をくじき、そのまま国境の向こうへ追い散らす。というのが表向きの作戦ね。」
「なんか、作戦というにもざっくり過ぎませんかそれ。もうちょっとこう、搦め手とか……ましてその一騎打ちに負けでもしたら……。」
「そこでノマちゃんの出番ってわけよ。本隊を連中の前に晒すのも、一騎打ちの誘いも全部時間稼ぎ。貴方にはその間に、森を迂回して連中の後ろに回り込んでもらってね、後方で大混乱を引き起こして欲しいの。突如現れた、正体不明の恐ろしい化け物としてね。」
「……化け物である私に、あえて化け物らしく振舞えというわけですか。そしてその混乱に乗じて、皆さんの本隊が一気に攻め立てることで決着をつける。事の真相を知らぬものが得られるのは、精強なる王国軍が外敵を打ち破ったという結果だけ。と?」
「そういう事。あとは前線を押し上げた私達の目につかないうちに、適当なところで切り上げてくれればいいわ。……ごめんなさいねノマちゃん。私達は貴方をただ利用するだけで、栄誉も名声も渡してあげることが出来ない。それでもこの話を受けてくれるのなら…………ノマちゃん?」
……うーん。化け物、化け物か。そういえば、私はこれまで人間らしく振舞おうとした事こそあったものの、如何にもな怪物らしく振舞おうとしたことは無かったかもしれない。
怪物である事を人に見られてしまうのではない。自ら怪物たらんとするのである。くひ、なんだか私の中の悪い心が頭をもたげてきた。ちょっとだけ、ちょっとだけ、楽しそうでは無いか。
「……いえ、すみません、キティー。少々考え事をしておりました。勿論、喜んでお引き受けさせて頂きますよ。なにせこの私が出張らなければ、ここに居る皆さん方の身に危険が及んでしまうのですからね。」
「すまないな、ノマさん。我々血薔薇騎士団も表向きには君の功績を認めることは出来ないが、事が終わった暁には出来得る限りの報酬を支払う事を約束しよう。ほら、ルミアン殿もいつまでも呆けていないで。」
「ふぇ!?あ!はい!私も父上に事の次第を報告して、ノマさんがこれからも私達の国で暮らしていけるように便宜を図ってほしいと、お願いさせて頂くつもりです!」
二つ返事で了解の意を示せば、キティーもルミアン君もメルカーバさんも、少しだけ顔を綻ばせて息を吐いた。もしかすれば、みな私がこの指示を断る可能性を考えていたのであろうか。だとすれば申し訳ない事をした。なんとも余計な気をつかわせてしまったものである。
私には別段名誉欲のようなものは無いし、金銭にしても明日への不安無く、慎ましく暮らしていく事が出来れば十分である。まあ時折くらいはちょっとした贅沢もしてみたいが。むしろここで妙な思い上がりをみせることにより、ゼリグ達の身を要らぬ危険に晒してしまう事のほうが余程に怖い。
私は不死身の怪物ではあるが、その心は超人でも何でもないただの元人間である。私を化け物である以前にノマとして見てくれる、私が役に立つ存在である事を認めてくれる彼女達を失う事は、今や私にとって何よりも恐ろしい事なのだ。
「ふふふ。ありがとうございます、お二人共。では私もご期待に応えられるようにもう一手、手駒を用意させて頂きたいと思います。……おいで。」
「あん?ノマ、お前何してんだ……ってうぉぉぉおい!!?」
人差し指をちょんと唇に触れさせて、ポツリと一言。途端に私の髪がザワリと蠢き、広がった銀糸の束から飛び出てきたのは何頭もの銀の狼。
目も鼻も無いそいつらは真後ろにいたゼリグの顔をひゅるりと掠め、壁を駆けて天井を跳ねるとドスリと机の上に降り立って一つ吠え、周囲をぐるぐると威嚇してみせる。
「ああ、すみません。この子達が危害を加えることはありませんので、皆さんどうか、得物は仕舞っておいて頂いて結構です。」
「この狼……ノマちゃんの中から飛び出てきたわよね……。はぁ、また一つ、貴方に対する認識を改めないといけないわねえ……これは。」
「私自身とは別に、このような私の手勢を森の中に配しておきます。万が一の際にはこの者共を使って強引に介入させますので、その旨はどうか、ご承知おき下さいね。」
クスクスと笑いながら周囲を見渡せば、目に映るのは不気味な狼を前にちょっと引け腰のルミアン君に、頬に手を当てたマリベルさん。メルカーバさんは抜剣しようとした部下を手で押さえ、サソリの旦那は油断なく目を光らせながら懐に手を突っ込んでいる。
キティーはまだなんか隠してるんじゃあ無いでしょうねと言わんばかりのジト目を向けて、シャリイちゃんはそんな彼女の傍につき、そして黒猫ちゃん達は狼の一匹を捕まえてモフっている。ちょっと、やめて差し上げて。
くふふ、ちょっとだけ心地よい。今度は事前に情報共有も行って準備万端、私が役に立つ存在だという事を改めて売り込む事も出来た。
そしてこの周囲の目。今この場にいる人達にとって、私はどのように見えているのだろうか。それが好意であろうと恐れであろうと、いずれにせよ私が特別視されている事には間違いない。それがまた、私の人間としての、そして化け物としての承認欲求を大いに満たしてくれるのだ。
くふ、くふふ、くふふふふ。ああ、そうだ。化け物としての名前も何か考えようか。ノマでは無く、ただの怪物として行動する事を求められたせっかくの機会である。勿論遊びのつもりなどと毛頭無いが、少しくらいは楽しんでしまっても良いのでは無かろうか。
だって私は強いのだ。猫のように獲物を嬲るも、猫のように甘やかして可愛がるも、私のさじ加減一つなのである。心の中に黒い部分がジクジクと広がっていく。これは私が怪物になってしまったが故の事か、それとも人間というものが元来持っている醜さ故か。
……まあ、どちらでも良い。それが知れたところで何かがどうにかなるわけでも無し、どうあれ、私は己が必要としているモノが守れるのならば、それで構わないのだか……ふぎゅ!!?
「……おぃ、ノマ。その目は知ってるぞ。なんかまた碌でも無い事を考えて、調子に乗ってる時の目だ。なぁ?」
ふぁぃ。ひゅいませんゼリグ。だからほっぺ抓らないでくだふぁい。せっふぁく今ひょっと……ちょっと……ちょっとだけ……………………なんだったかな?
シナリオ上、もっていくべき結論は既に出ているのですが、登場人物の認識をなるべくそれっぽい感じで、鼻につかせる事無くそこに合わせにいくのが中々に大変です。




