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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
51/152

罰当たりの法螺吹き娘

「ぬかせ!おぬしみたいなちっこい輩が!無様に這いつくばって地に転げておる輩が一体何だというんじゃ!本当に気に入らん!気に入らん!気に入らん奴!!!」



 思わず吠えながら撃ち放ったアチキの槍羽根の一撃は、地に倒れたノマの肩口に突き刺さるとその半身を抉って穿ち、破裂するように損壊させて吹き飛ばした。


肉を弾けさせたその衝撃に、小さな同胞はゲボリと濁った血を吐いてその身を震わせ、そして土に顔を突っ伏して痙攣を繰り返すと、やがて動かなくなる。



あ゛。


ああぁ!!?ああああああぁぁぁーーーーー!!!!?


やっ!やり過ぎたぁ!?適当に手足を潰して痛めつけてやるつもりだったというに、胴体を吹き飛ばしてしもうたぁ!!?



「お、おい!ノマぁ!!!生きておるか!!?まだ生きておるなら返事をせい返事を!!?」



ドタンドタンと地を踏みしめて倒れた銀髪娘に歩み寄り、抱き起こそうとして翼を伸ばす。こやつも化生の端くれであれば手足の一本二本はそのうちに生えてくるであろうが腹は不味い。


はらわたというものは手足と違い、放っておけばニョキニョキ生えてくるというものでは無いのだ。ここまで吹き飛んでしまえば散らばった臓物を集めてくっつけ、蔦か何かでぐるぐると巻いて動かないようにしたうえで、長い間じっとしておらなければ治らない。


アチキとしてはこの分からず屋のちっこいのを痛めつけ、巣に持ち帰ってアチキたち化生の者のなんたるかを説教してやるつもりだったのだ。幾百年の昔にアチキたちを生み出した混沌様の教えに触れれば、この人間かぶれの大馬鹿者も少しは己というものを取り戻すであるだろうと。


だというにこれは不味い、このままではこやつ本当に死んでしまう。ええいくそ、とりあえず肉片と臓腑と骨を集めて、それから、ええと……、ああ、そうだ。マガグモの奴を探してきて、あやつに繭のごとく雁字搦めに縛り付けて貰わねば。あやつ今日はどこらへんにおったっけか。ええと、ええと。



「ええい!なんでアチキがこんなに頭を悩ませてやらねばならんのじゃ!?そもそもこの阿呆の聞き分けの無さが原因だというに!!!おい!ノマぁ!聞いておるのか!?聞こえておるなら返事をせいと言っとろうが!!?」



ぐぐぐぐぐ、己が手元を狂わせたのが原因とはいえ、こんな形で数少ない同胞を失うなどと馬鹿らしいにも程がある。


しかしノマの奴め、相変わらず返事を寄越さんがさては気絶でもしおったか。身体の損壊具合からいってまだ即死とまではいかぬであろうが、いずれ危険な状態である事に変わりは無い。早いところ助け起こしてやらねば。



伸ばした翼で地に倒れ伏す娘の身体をばふりと覆い、鮮血に羽根が汚れるのも構わずに小さなその身をひっくり返す。


焦りの声が届いたか、それともひっくり返された衝撃で目を覚ましたか。ゴロリと仰向けに転がった銀髪娘は身じろぎをしながらこちらを向くと、顔に残った紅い左目をシャガリと見開いてアチキを見た。



「おう!おう!おう!ようやっと目を覚ましおったか。少々やり過ぎてしもうたが、なぁに命までは取ろうと思わん。いま助けてやる故、ちっとばかし大人しく……して…………。」



ノマが反応を見せてくれた事に安堵を覚え、かけてやった言葉はしかし、最後まで言い終えることなく尻すぼみになって消えてしまった。


伸ばした翼を咄嗟に引っ込め、倒れたままこちらを見つめる彼女の視線から身を隠そうとして後ずさり、巨木の幹に背中をぶつけたその感覚に、思わずビクリと身を震わせて動きを止める。


怖かったのだ。紅色の中に深い深い暗闇を感じさせる、この小さな娘の瞳の色に思わず飲まれた。この娘はアチキと同じ化生の者なんぞでは無く、もっともっと近くて遠い、恐怖と狂気の世界からやってきた存在では無いのかと、わけのわからぬ感覚に囚われてしまったのだ。



「……イツマデさん。」


「な、なんじゃ、ノマ。お、おぬし半身が吹き飛んだままじゃというに、平気なのかぇ?」


「先ほども言いましたが、出来るのならば、私の事を恨んだり恐れたりしないでください。いま私とあなたは敵同士ではありますが、それでもそれは、とても悲しい事であるのですから。」


「なにをわけのわからぬことを言って……ヒィ!!?」



気が付けば、ノマの顔は溶け落ちたかのように黒く染まって塗りつぶされて、ぐにゃりと蠢く闇の塊へと変じていた。その暗闇の中に残された紅い左目は渦巻く闇の中心であるかのように、爛爛と輝いてしばしその存在を主張していたものの、やがてそれも渦に飲み込まれて消えてしまう。


続けて闇の中に細い亀裂が小さく走り、牙を覗かせるそれがキィキィと甲高い声で産声をあげる。そしてそれを合図にしたかの如く、瞬く間に彼女の全身へと広がった紅い亀裂は次々に口を開いて牙を剥き、蠢き囁いてざわめき始めた。



お、落ち着けアチキ。その姿形を変じる化生とて珍しくはあるものの、かといってうつしよに存在しないというわけでは無いのだ。ノマの奴もその一例であったに過ぎん。


……過ぎぬというに、なぜにこんなに恐ろしい?なぜにアチキはこんなにも逃げ出したいのじゃ!?わからん!わからん!ちぃともわからん!!!



そうこうするうちにノマの左腕が持ち上げられて、その短い指先がアチキに向かって指し示された。


突き出された人差し指の先にもやはり紅い亀裂は走っており、パクリと割れたそれはギュウギュウと鳴き声をあげながら細く短い手足を伸ばす。そして耳が生えて被膜が伸びて、やがてぶつりと千切れた指の一本は小さな銀色のコウモリに身を変じると、翼をはためかせながら夜の森へと舞い上がった。


一匹が飛び立ったことを皮切りに、次々と蠢きだした彼女の皮膚は声を上げ形を成して、その左腕の先から次から次に切り離されると夜空にはためき飛び去って行く。


その都度にノマの身体は欠け崩れ、それは肩に達し頭に達し胸に達し、金色の月を背景に数多無数のコウモリ達が夜空に浮かび上がるその頃には彼女の姿は綺麗さっぱり消え失せて、後に残るは爆ぜて雑草とかき混ぜられた土くれの山と、それを成したアチキ自慢の槍羽根のみ。



「ぐ、ぐ……!こ、こけおどしじゃ!!!そんなちぃこい蝙蝠の群れに化けたところで何になる!!?はったりも大概にせぇよ!!!」



己の中の説明できぬ恐怖の声をねじ伏せて、気炎を吐きながら風を纏って翼を振るい、視界を覆い尽くすコウモリの群れに目掛けて槍羽根を飛ばす。


空気を弾いて切り裂きながら、ヒュボリと撃ち放たれた四本の槍は数多のコウモリ達をその暴威の中に巻き込んで、引き裂きかき回し粉微塵にして吹き飛ばしたが……。けれどもそれだけだった。


幾百幾千にもなろうという群れの一部が潰された程度ではあやつにとって何ら痛痒にならぬのか、周囲を取り巻く銀色の群れは、相変わらず鬱陶しい鳴き声をあげながら飛び回るばかりで堪えた様子の一つも見せぬ。


いや、それどころか粉微塵になって吹き飛ばされて、木々や草木に紅い染みとなってへばりついた連中もみるみるうちに血の渦と化してより合わさると、再び銀のコウモリへと姿を変じて夜空に飛び立ち群れの中へと戻っていくのだ。ぐぐぐ、おのれぃ、おちょくっとるのかノマの奴!



「ぬぅくくくぅぅ!ほんっに奇怪な奴じゃのぉ!じゃがおぬしとてそんなナリではアチキに大した手出しも出来まいに!いつまでも化かしておらんでさっさと姿を現さんかい!!!」


「いいえ、いいえ、イツマデさん。そういうわけでもありませんよ?」



夜空を飛び回るコウモリ達の一集団が螺旋を描いて渦を巻き、下り降りながら溶けて混じったその先端に姿を現したのは、宙から逆さまにぶら下がった銀髪娘の上半分。


長く伸びた銀糸の髪をクルクルと弄び、ぷらりぷらりと揺れながらギシリと笑うその狂態を前にして、すかさず翼を広げて身構えようとしたアチキの所作は、しかし己の首筋に突然に襲い掛かった衝撃によって妨げられた。



「な!?んっっ!?かひっっはっ!!?」



思わずあげようとした悲鳴の声が、がひゅうと形に成らぬ呼気となって消えていく。咄嗟に視線を向けたらば、首筋に齧りついて唸り声をあげていたのは顔を持たぬ銀の狼。


このような奇怪な獣、いったいどこから湧いてきおったのかと目を剥いて身体を強張らせるが、事の異様さに驚いて隙を晒してしまったのがまずかった。


狼の姿は一匹二匹どころでは無かったようで、次から次へと殺到するその群れはアチキの身体の至る所に食らいつくと滅多やたらに頭を揺すり、この身を押さえつけ地に引きずり倒さんとしてぐいぐいぐいと引っ張りおるのだ。



あ痛!んぎ!んにぃ!?ちょ、調子に乗りおってぇ!!!だ、だがこれは不味い、非常に不味い。己の図体と比べれば所詮小さくか弱い犬っころ共に過ぎぬのだが、いかんせん初手で呼吸を妨げられた事が痛すぎた。


上手く空気を吸えない上に首筋の血管まで押さえつけられて、振り解いて弾き飛ばしてやろうにも満足に力を入れられぬのだ。おまけに数が多すぎる。本当にどこから湧いてきたんじゃこの群れは!!?



「こにょ……!いにゅっころ共が!退け!にょけ!アチキの翼に触れるでにゃいわぁ!!!ってぇ!?あわわわわわわぁ!!?」



そうこうするうち狼共に足首を噛まれ、引っ張り上げられて姿勢を崩したアチキはずでんと転げ、数匹の犬っころ共を下敷きにしてやりながら土くれに顔を突っ込んで倒れ伏した。


口に入った枯草をぶぺっと吐き出しながら頭を上げれば、眼前にあったのは宙からぶら下がった腕を地について、すたりくるりと姿勢を戻したノマの姿。


何をどうしたのかはわからぬが、いつの間にやら全身の再生を終えたらしいその姿は先ほどまでのボロ切れと違って真っ赤な布に包まれており、随所に縫い付けられた綺麗な石がピカピカ光ってまあ鬱陶しいことこの上ない。


アチキに向かってピカピカを見せつけおるとは嫌味かこやつ。くそう、くそう。いいな、いいな。ピカピカいいな。



「これこの通り、いかにあなたが強大な化生であろうとも私の力には及びません。これ以上は無駄にあなたを傷つけるだけですし、どうか引き下がっては頂けませんか?」


「なぁにをぬかしおるか!確かにちぃとばかし驚かされたが狼といいコウモリといいおぬしの技はこけおどしばっかりじゃ!アチキの翼の一本も奪えておらん!偉ぶるのはこの首をとってからにせい!!!」


「生憎と、それが出来るほど私は非情になれません。だから困っているのですよ。……やろうと思えば出来るのですがね。」



こちらを見下ろす銀髪娘がパチリと一つ指を鳴らすと、それを合図にいつの間にやら半数ほどに数を減らしていたコウモリ達が、ザワリザワリとアチキの眼前に殺到し始めた。


このままアチキの顔を食い荒らして頭を潰し、嬲り殺しにするつもりであるのかと目を剥くが、集まったそいつらは予想に反し、溶けて砕けて混じり合いながらぶわりと広がると、もごもごと波打ち蠢いて何かの形を成し始める。



未だ己の身体に食らいついていた狼達も、そして先ほど下敷きにしてやってアチキの下から頭を出した連中も、ほつれるようにしてばらけて砕け、小さなコウモリ達の一集団となってその中に溶け混じり、みるみるうちに姿を現したのはアチキの図体を上回るほどの大きな大きな銀の狼。


呼吸を妨げていた銀のあぎとが居なくなった事により、かはりと空気を吸う事が出来たのも束の間の事。巨大な狼はその前足でアチキの首根っこを押さえつけると半ば押し潰すようにして地に押さえつけ、ぐりぐりぐりと重みをかけてこの身の自由を封じおるのだ。


ぐぎぎ、舐めおって。明らかに加減しておるなノマの奴。やろうと思えばアチキの首を潰してこの頭をもぎ取る事だって出来るであろうに。うぎぎぎぎ。



「かはっ!かへっ!あ、あの狼共もそうか、コウモリ共と同じ、おぬしの身体の一部か。ほんにけったくその悪い出鱈目な身体をしておるなぁ、おぬし。」


「もう一度だけ言います。引き下がってください、イツマデさん。そうでなければ、私はあなたの事をこのまま……。」


「おう!さっさとやれぃ!こんな屈辱を受けたうえに情けをかけられて見逃されるなぞと生き恥じゃ!さっさと殺すがええわぃ!!!」



…………嫌じゃ。嫌じゃ!嫌じゃ!死ぬなど嫌じゃ!本当は恐ろしゅうて堪らん!死ぬなどおっかのうて堪らん!じゃがこんなちっこいのにこうべを垂れるなどともっと嫌じゃ!嫌じゃ!うにににに~~~!!!


巨大な狼に押さえつけられたままギャンギャンと吠えるアチキを前に、ノマの奴は一瞬へにょりと目尻を下げると顔を伏せ、それから片手を上げてアチキの事を指し示した。


それを合図に己の首筋にかかる重みが僅かに増えて……。ああ、これで終いか。幾百年の時を生きたアチキも、これで終いか。呆気なかったのお……。マガグモよぉ、あとは頼んだ。みなの事は任せたぞ。



覚悟なぞととても出来ぬが、さりとてみっともなく泣き喚いて命乞いをするよりはまだ増しか。そう思って無理やりに己を納得させて、だらりと身体を投げ出し目を閉じて……………………。



けれども待てど暮らせど、その時は一向に来なかった。



怪訝に思って頭をもたげてみれば、相変わらず目の前の銀髪娘はアチキを指し示したままで顔を伏せ、なんだかプルプルと震えておる。なんじゃ、何をしとるんじゃこいつ。



「…………も、もう一度だけ言います。引き下がってください、イツマデさん。」


「……嫌じゃ。」


「もう一度だけ!もう一度だけ言いますから!ね!?ね!?引き下がってくださいよ!ちょっとくらい良いじゃあないですか!!?」


「うっさいわ!!!殺るならさっさと殺らんかい!!!なるべく痛くないようにさくりと殺せぇや!!?」


「嫌ですよぉ!!?女の子を殺すだなんて絶対夢に見ます!っていうか泣きます!夢に見て泣きながら飛び起きて吐きます!!!泣くぞコラァ!!?」



首筋を押さえつけられたままにビッタンビッタンと暴れて喚けば、ノマの奴もすっかり取り乱したかのようにジタバタと暴れて喚きおる。ええい本当に何がしたいんじゃコイツ!


何がなんだかわからぬが、己の中で先ほどまでの得体の知れぬ恐怖が急激に失せていく事だけはよくわかった。こやつアチキの事を排除するだのと偉そうに言ったわりに、同胞を手にかける覚悟も無いとはとんだ甘ちゃんよ。これならマガグモの奴にもまた会えそうだわい。ふへ。



ヒャヒャ、やはりどこから湧いて出たのかもわからぬような若造はこれだからいかん。もっとアチキのような年季の入った化生のように、非情になって振舞う事も覚えなければのぉ。ん、おぬしが言うなって?ほっとけい!


己の内なる声に入れられた横槍をねじ伏せて放り投げるが、しかしこれは好機というもの。この銀髪娘が非情になり切れぬのなら、そこにどうにか付け込めればアチキの勝機も未だあるはず。まずはこの縛めを解かねばならぬが、さぁてどう言って回ったものか。



「ノマよぉ、ぬしがアチキを殺すまいとしてくれておる事はようわかった。じゃがそうまでして同胞を気にかけてくれるのならば、なぜにアチキの誘いに乗らんのじゃ。なぜに差し伸べられた手を蹴りおった。」


「ぜぃ、ぜぃ。さ、先ほども申し上げましたが、いまの私は人の側に与する者であるのですよ。生活を共にする者として、多少なりとも無下には出来ぬ恩というものがあるのです。」


「そこじゃ、まずそこが納得いかん。何故に化生のおぬしと人間共が馴れ合いなどをしておる?ましてやぬしは流れ者。新たな地に来たのであれば、そこに棲む同胞を頼って庇護を求めるが普通の事ぞ?」


「厳密に言ってしまえば、私は化け物ではありますが化生を名乗るあなた方とは似て非なる存在です。流れ者も流れ者、顔の無い神の誘いに乗って大した考えも無しにこの世界へとやってきた、異邦の怪異であるのですよ。私はね。」



どうにかこの娘の付け入る隙を探ってやろうと語り掛けたアチキの言葉は、しかし自嘲気味に吐かれた聞き捨てならぬ一言によってぴたりと止まった。



「……ノマ、おぬしは、己が使徒であるとぬかすのか?己が暗い暗い場所からこの地へ参った、闇を彷徨う者の使いであると?」


「おや、存外に詩的な表現をされるのですね。そうですねぇ、このような事を言っても伝わらないとは思いますが、確かに今の私はあの男から役割を与えられてこの世界にやってきた使者であると言えるのかもしれません。いささか不本意であったところも含むのですけれどね。」


「…………そうか、否定はせんのじゃな。残念じゃ。ほんに、残念じゃ。」


「…………はい?」



…………止めじゃ。止めじゃ止めじゃ止めじゃ!こんな奴を迎え入れてやろうとしたアチキが馬鹿じゃった!この罰当たりめが!!!


顔の無い神。盲目にして無貌の者。それはアチキたち化生を生み出したと伝えられる混沌様のお姿そのもの。こやつも同じ化生である以上、我らが神である混沌様のお姿を伝え知らぬわけが無い!


アチキたちがこの地に棲まうようになって幾百年、姿をお隠しになってしまわれた混沌様は一度たりとてその神々しいお姿を現してくれることは無かったというに、言うに事欠いてこの娘はその混沌様に導かれてこの地へ参ったと、己こそが暗き者の使者であるとぬかしおったのだ。


ぐぐぐ、思い上がりも甚だしいわ!法螺を吹くのであればもうちっと笑えるでまかせを言わんかい!このだぁほが!!!



「……イツマデさん?どうされましたか?私が何か…………んんっ!!?」



怒りに身を任せたまま翼の中に思い切り風を孕ませ、羽根が裂けて引き千切れるのも構わずに巻かせた渦を身に纏う。アチキも痛い目を見るのは御免であるが、いかんせんこればかりは看過が出来ぬ。


なぁにが混沌様の誘いじゃ!どこの馬の骨とも知れん小娘めが勝手に使徒様を名乗りおってからに!


混沌様の名を騙るこのような恥知らず、同じ化生として、同胞としてその存在を見逃すようなわけにはいかん。例えこの身がどうなろうとも、この場でアチキが誅殺せしめてくれるわ!!!



「ノマぁ!見損なったぞこの罰当たりの法螺吹き娘めがぁ!!!神を神とも思わぬその腐った性根!今すぐ叩きのめしてくれるわ!そこになおらんかぁい!!!」


「え!?え!?ええぇぇぇ!!?あの!なにか私が気に障るような事を言ってしまったのでしたら謝りますから!?どうか落ち着いて!!?おちつっっ!?へぶぅっば!!?」


「じゃぁかましいぃわぁぁぁぁああ!!!言い訳無用!!!アチキが介錯してやるけぇ!深淵の淵で己の傲慢さを偉大な御方に詫び続けぇやぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!」



大きく広げた翼の内に、溜めに溜めた巨大な暴風。それを一思いに解放したアチキは爆ぜ散るように飛び出すと、己を拘束していた巨大な狼を吹き飛ばして小さなノマの身体を巻き込みながら、高く高く舞い上がった。


邪魔な木々を圧し折り砕き、樹冠の上にまで飛び出して、爛爛と輝く月を見上げながら哄笑を上げる。


ヒャヒャヒャヒャヒャ!!!ノマの奴め!ずいぶんと粋がってくれたものじゃが空の世界はアチキのものじゃ!ここでは先ほどまでのようにはいかんぞぉ!!!



己の肩口に引っ掛かった小娘をこのまま地に叩きつけ、頭を砕いて滅してくれんと気勢をあげるが、けれどもそのアチキの所作は、こちらを追いかけて飛び上がってきた巨大な狼の一撃によって再びに妨げられた。


右の翼に喰いつかれ、背中に爪を突き立てられたうえにこの重量!んっが!?重い重い重いぃぃぃぃいいいいい!!?



んががががぁ!?とてもでは無いが耐えられん!!!ええい退け!退け!退けと言っとろうがあぁ!!!あぁぁ!!!!?


堪らずに姿勢を崩し、銀髪娘を引っかけ巨大な狼をぶら下げたアチキの身体は失速して横滑りを始めると、ぐんぐんと勢いを増しながら緩やかに高度を下げて落ち始める。



「ぐううぅぅ!死なば諸共とでも言うつもりかおぬし!?このままでは共倒れになるぞ!さっさとこの狼を引っ込めんかい!おい!聞いとるのかノマぁ!!?」


「……………………きゅう。」


「泡吹いて白目剥いてんじゃねえええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっっっ!!!!!」



ぎゃあああああ!やっぱり痛いのは嫌じゃ!死ぬのも嫌じゃ!!!おい狼ぃ!せっかくアチキよりどでかい図体しとるんじゃ!このままアチキの下敷きになって身代わりになれやぁ!いや!それよりもアチキの翼に食らいついたその大口を放せ!放せ!放さんかいコラぁぁぁ!!!



そうこうするうちアチキと巨大な狼と、ついでに銀色の馬鹿の身体はゴチャゴチャに纏まりながらついに森の境界を越え、人間共の小さな巣と慌てふためく猿共が視界に入ったその瞬間。


土を掘り返し草木を巻き上げ、轟音と土砂を撒き散らしながら、アチキ達の身体は地に突き刺さって撥ね飛ばされて、砕けた岩の破片にぶち当たり…………。あ、すまんマガグモ。やっぱり駄目かも。




爆ぜ散った。




思いのほか両方ともポンコツになりました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ノマちゃんのキャラがすごく好みです! [一言] 無貌の神ってニャル様じゃん!!なんで今まで気づかなかったんだ……結構クトゥルフ好きなのに……
2020/02/11 21:20 そこら辺のオタク
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