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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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私に出来る事出来ない事

 私が注文をつけた生い立ちは、大国に挟まれた緩衝地帯である小国の片田舎で強力な吸血鬼として誕生することである。現在地はわからぬが、とりあえず田舎という点では契約のとおりであるようだ。


 周辺住民と細々と交流を持ちながら、静かに暮らしていくつもりであった。邪神の要望である騒動とやらは縁遠いやも知れぬが、なんせこの身は吸血鬼である。討伐隊やら自称吸血鬼ハンターやらが押しかけて来るであろうから、それらを程々に追い返す事で要望には足るであろうと考えていた。


 しかしそれも、この身が強大な存在であるという前提がつく。先ほどのお犬様の一件で判明したように、どうにもこうにもこの体は、私が考えていたようになってはおらぬようのだ。


 私には何が出来て何が出来ないのか、まずは己の体の事を把握する必要があるだろう。




 まずは先ほども試した、霧化について再度試してみる事にした。変われ変われと念じてみるが、何ら変化が起きる様子も無い。ついでに動物化も試してみた。変われー、変われーと念じてみるが、やはり梨の礫である。


 イメージとか、気合とか、心意気が足りぬのかと思い、空に向かって腕を突き上げながら掛け声も加えてみたが、私の気合はただただお空に吸い込まれて消えていくだけであった。うーん恥ずかしい。



 さて、気を取り直してお次は再生能力である。しかしながら、私の肌は犬の牙も通さぬことを目にしたばかり。どうやって傷をつけようかと頭を捻ったその結果、己の牙や爪でなら傷をつける事ができるのでは無かろうかと思い至った。


 手のひらに指をちょんと押し付けてみれば、なんとなくだが刺さりそうな手ごたえを感じる。しかし私はマッチョでは無い。痛みには耐えられないので、少しだけ傷をつけて出血させてみようと軽く指を押し込んでみた。



 ぞぶり。



 なんとまあ、私の爪は、私が考えていた以上に業物であったようだ。指ごと手のひらを貫通してしまったではないか。


 慌てて指を引き抜こうとしたが、動揺したせいかあらぬ方向に力を加えてしまい、手のひらが半ばから、外側に向かって引きちぎれてしまった。



 たまらず悲鳴を上げてしまう。少女の悲鳴とは文字通り、まるで絹を裂くかのようだと妙なところで得心を得つつも私を襲うであろう激痛を覚悟したが、不思議な事にあまり痛みは感じなかった。


 痛いは痛いのだが、痛みが鈍いとでも言うべきか。千切れかけた手のひらはぷらぷらと揺れ、朱色の間からは風に煽られて折れた傘の骨のようなものが、ぐしゃりと顔を覗かせている有様なのだ。本来ならばのたうち回っていてもおかしくないはずである。



 視覚から入ってくる情報に対して、私が感じている痛みはどう考えても不相応なものであった。何という事だ。私はマッチョであったらしい。痛みに耐えられる。


 ぽかんと、なにやら前衛的なオブジェと化した己の左手を見つめているうち、まるで映像を逆再生するかのように、零れ落ちた血液を巻き上げながら私のお手々は元の姿を取り戻した。血、地面にこぼれてたのだが。衛生面が気になるが大丈夫であろうか。


 ともあれ、私の再生能力は健在であるようだ。これで私は、怪力マッチョ再生ゾンビ少女にグレードアップしたと言えるだろう。泣きたい。



 他にも試したい能力はあるが、生憎と対象が居なくては試すことが出来ぬ。先ほど作ったお犬様の墓の前に座り込み、なんぞ動物は居らぬものかと目を凝らせば、えっちらおっちらと歩く亀が目に入った。


 亀を抱き上げて視線を合わせる。今から貴様は我が下僕だ。我が剣として悪逆の限りを尽くすがよい。と、じっくりと目ぢからを込めて話しかけてみた。亀に。


 なんせここは異世界である。私としてはけっこう本気でお話する気満々であったのだが、当の亀さんはしばし手足をバタつかせた後、その体を甲羅の中に収めて丸くなってしまった。スルーか。良い度胸だ。亀よ。



 やはり魅了や動物支配の力は発揮できぬらしい。せめて哺乳類で試すべきかと思ったが、私の周囲には不貞寝に入った爬虫類しか居らぬのだ。致し方なし。


 せっかくなので吸血も試してみようかと考えたが、さすがに亀の血を飲むのは気が引けた。寄生虫とかが怖い。



 ならばと思い、精気吸収を試してみる。亀の甲羅を触りながら、エナドレー、エナドレーと念じてみた。


 念じるうちに、私の中にほのかな命の活力とでも言うべきか、温かい何かが流れ込んでくるのを感じた。はて、成功したのだろうか。視線を戻せば亀はその四肢をだらりと垂れ下げて痙攣しており、今まさに天に召されようとしていた。


 慌てて、戻れ戻れと念じながら亀の背中をさすってみる。ほどなくして、亀はジタバタと手足を振り回して暴れはじめた。どうやら精気を吸うだけで無く、他者に送り込む事も出来るようだ。これは怪我や病気の治療などに使えるやも知れぬ。



 実験に付き合ってもらった亀を地に下ろせば、彼はしばし手足を引っ込めて様子を窺ったのち、再びのそのそと歩き始めた。うむ。達者で暮らせよ、亀五郎。




 さて、お次は短所である。先ほどは日の光に対し、耐えがたい灼熱感を感じさせられた。幸いにも燃えたり灰になったりはしなかったが、好んで日の下に出たいとはとても思えぬ。


 吸血鬼の弱点とされているものは数多い。この場で試せるものは何かあるだろうか。



 真っ先に思いついたのはニンニクであるが、生憎と現物が無い。まあ、仮にニンニクを振り回しながら奇声を上げて襲い掛かる吸血鬼ハンターでも居ようものなら、弱点であろうが無かろうが逃げ出すであろう。ちょっとお近づきになりたいとは思えない。


 人里に降りる可能性を考えれば鏡に映るかも試してみたいところであるが、これまた先立つものが無し。未踏の建物に招かれずに入れるかどうかも同様である。こちとら大自然の中でホームレスの真っ最中なのだ。家屋敷どころでは無い。


 心臓に木の杭を打つ。身を焼かれ、灰になってしまうと復活できない。いや、出来るか。死ぬ。普通に死ぬ。いや、死なぬかもしれぬが、どう試せというのだ。これは脇に置いておこうか。



 で、考えた末に十字架を試してみることとした。手ごろな枝を拾い、十字に組んでみる。特に嫌悪感などは感じぬし、手が焼けただれるようなことも無いようだ。


 服の上から体に押し付けてみるが、何も無し。十字架は私に効かぬのであろうか。もしくは、私が唯一神に対しての信心を持たぬがゆえであろうか。



 他の聖なるシンボルも試してみようと思い立ったが、はて、何が良いだろうか。ぬーんと頭を捻った末に、とりあえず枝で卍と鳥居を組んでみた。私の考える、ないがしろにしたらバチが当たりそうなものセットである。


 さっそく体に押し付けてみようとはしたものの、上手く持てぬので地に置いて、その上にべちゃりと身を投げ出してみる。しかしてやっぱり何も無し。いや、体は何とも無かったが、その代わりに口の中に雑草が入った。青臭い。とりあえずは、形を組んだ程度のシンボルでは私に対してなんら効力を持たぬようだ。



 あと思いつくのは流れ水を渡れるかどうかであるが、さて。ここから目を凝らせど耳を澄ませど、水の気配は感じない。雨でも降ってくれれば手っ取り早いのであるが、相変わらずのぽかぽか陽気であって天気が崩れる様子も無さそうだ。うむ、日向ぼっこがしたい。


 水場を求めてここから離れようにも、生憎と私は日の下を歩けぬのだ。いや、気合と根性で何とかはなりそうであるが、ちょっと御免こうむりたい。人は易きに流れるものである。


 さーてどうしたもんかと、しばし木陰の下をうろうろと歩き回ったが、やがて座り込んで木の幹に背中を預けた。



 駄目だこれ。万策尽きた。



 流れ水を試すにも、周りの状況を把握しようにも、とにかく日が落ちぬ事には私はここから動けぬのだ。無理やり歩みだそうにも、動力源たる私の根性が早々に尽きるであろうことは容易く想像ができた。揺れる木洩れ日をぼんやりと眺めながら、さて、どうやって時間を潰そうかと考える。


 ふと、邪神の言を思い出した。そうだ。この世界には魔法があるのだ。吸血鬼は四大元素を操ることが出来るという。これは期待できるやも知れぬ。


 ロウソクの揺らめき、川のせせらぎ、恐ろしい土石流、突風に巻き上げられる牛。様々にイメージを頭の中で浮かべながら、むーむーと唸り声をあげてみる。牛が竜巻に巻き込まれて回転しだしたあたりで、私はくわりと目を見開いた。


 何も起きぬ。うむ。なんとなくわかってた。パラケルススよ、お前も私を裏切るのか。



 やけっぱちになった。両手を高く突き上げ、宙を睨みつけて叫ぶ。



「我が呼びかけに応えよ!煉獄の炎よ!カオスぅ!ダークフレイムぅ!!」



 我が呼びかけに応え、亀五郎がこちらを向いた。目が合う。


 やめてくれ。そんな目で、愚かな私を見ないでくれ。頼む、亀五郎よ。



 やっぱ駄目だこれ。万策尽きた。



 座り込み、死んだ鯖の目で木の幹に背中を預ける。そのままずるずると滑り落ち、不貞寝の態勢に入った。もはや、出来ることも無し。


 する事も無いので、相も変わらず目の前で揺れ続ける木洩れ日をぼへっと眺める。せっかくなのだ。どうせならこの陽気の中でまどろみたかったが、この身はもはやそれすら叶わぬ。誰だ。この身を吸血鬼などという、おぞましき不死者にした愚か者は。つねってやろう。



 お日様を羨みつつも、しばしぽやりとしていたが、程なくして睡魔に襲われ、私は無抵抗に意識を手放していった。



 夢は、見なかった。


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