身勝手な私
「お~い若様~、お客さんをお連れしましたよ~。」
「「「お連れしました~~~。」」」
「あの~、ノマです。夜分遅くに申し訳ありません……。」
さて、黒猫ちゃん達の案内により通して貰ったのは立派な刺繍が施された一際大きな天幕で、そこでは地図を前にしたルミアン少年がマリベルさんと顔を突き合わせて何やら講義を受けている最中であった。
というかその奥にはゼリグとキティー、そしてお付きと思われるシャリイちゃんの姿も見えるとあって、不可抗力とはいえ勝手な行動を取ってしまった事に対してこれからしこたま叱られるのでは無いかと、わたくしギクリと戦々恐々震えてしまうところである。あ、緊張でお腹の調子が…………。
「皆さんご苦労様です。お客人という事ですが……、ああ、ノマさん。お待ちしておりました。」
「な~、アタシが言ったとおりだろう若様。待ってればアイツは自分から顔を出しに来るってさ。」
「ノマちゃんそういうところ、変に律義だったりするのよね~。」
「まあお互いの立場上、元より坊ちゃまの側から顔を見せに行くなどとありえない話ではありますが……。とはいえよく来てくれましたねノマさん、オーク達との接触に先立って貴方とは事前に詰めておきたいお話が…………む。」
口火を切ったのはルミアン君で、続いて赤毛と桃色が賑やかし、マリベルさんが眼鏡をくいくい上げながら言葉を引き継いだところで会話の流れがピタリと止まった。みんなの視線の先にいるのはメルカーバさん。王太子派の敵対派閥、王女殿下派の大物である。
集まった視線は次いで黒猫ちゃん達へと向かい、猫耳な彼女達は文字通り猫のように音も無く移動をすると、するりとルミアン君の後ろに隠れてしまう。視線でそれを追いかけたマリベルさんのお顔はといえばじとりと半眼になったしかめっ面で、こんなお大臣を先触れも無しに勝手に連れてくるんじゃねえと今にもガブリと噛みつかんばかり。
ちなみに間に挟まれてしまった少年はといえば未だ状況を飲み込み切れていないのか、目を白黒とさせてあちらこちらを見回すばかりである。あ、目が合った。そんな縋るような顔をしないでください、ちょっと親近感湧いちゃいます。
「おや、どうされましたか王太子派の皆さん。まるで招かれざる客でも現れたような顔をして。」
「……メルカーバ卿、このような夜更けにどのような用向きでしょうか。こちらと歩調を合わせて頂く事について考え直して貰えたのでしたら幸いですが。」
「それについてはまだ保留をさせて頂いております、今わたくしがこの場にいるのは、ただノマさんの付き添いとして同行をしたからに過ぎません。」
視線に晒されたメルカーバさんが早速先攻して煽り、受けて立ったマリベルさんとの間にバチバチと火花を散らす。本来であれば同じ貴族であるルミアン君が応対すべき場面であるとは思うのだが、さすがに少年にとって心の準備も出来ていないような遭遇戦である事をおもんばかって前面に出てあげたのだろう。
というか皆さん平気でポンポン喋りますね。こういうものは基本的にお貴族様が会話をして直答を許された時にだけ平民が口を挟むものと思っているのだが、案外咎められたりしないあたり小国に過ぎないこの国のお国柄といえるのだろうか。生活が儀式化していくその過程においても、やっぱり裕福さと諸々の余裕は必要という事が察せられてなんとも微妙に世知辛い。
まあ平民といってもこの場にいるのは血生臭い荒事に慣れた面々であるからして、単純にみんなガサツで図太いからに過ぎないような気がしないでもないですが。挽肉になっても興奮のあまりケタケタ笑っちゃう私の繊細さを見習ってほしいものである。ふるふる。
うーむ、しかし気まずい。いや自分でメルカーバさんを連れてきておいてなんなのだが、こうして肌身で感じてみると思った以上に棘のある雰囲気になってしまった。
実際のところこのように仲違いした状態で鉄火場に首を突っ込むなどと、その愚は皆さんも承知しているはずである。しかしながら相手の言う事に対してそうやすやすと首を縦に振るわけにもいかないのであろうあたり、効率だけでは割り切れぬ人の心のなんとも厄介なことであるものよ。敵対派閥の提案に乗って譲歩したという姿を迂闊に見せてしまうわけにはいかないのだ。
まあそれでも必要な事であるからして、これから皆さんには歩み寄って頂くわけではあるのだが。ええ、嫌でもなんでも無理やりにでも。
「あらまあ、メルったらいつの間にやら随分ノマちゃんと仲良くなっちゃったのねぇ。なんだか危なっかしくて放っておけないでしょう?その子。」
「キリー、茶化さないで下さい。私はただ、彼女のような子供を夜間に一人で外出させるなどと見過ごせなかっただけでですね……。」
「あの~~。そろそろお話をさせて頂いても宜しいでしょうか。」
とはいえこのままでは何時まで経っても私の手番が回って来そうに無いとあって、やや強引ではあるが話を打ち切る形で割って入った。控えめに右手を上げてピコピコと主張する私に場の視線が集まり、それを身に受けたままルミアン君の前にまで歩み出るとペコリと頭を下げてみせる。
では、どうぞ私の誠意をお受け取り下さい。まあ誠意と言ってもお金は払えませんけども。
「ルミアン様、この度はご挨拶も無く勝手な行動を取ってしまい申し訳ありませんでした。おそらくそちらでも私の状況は掴めていたものとは思いますが、一言お詫びを申し上げたかったものでして。」
「あ、ええとその、ご丁寧にありがとうございますノマさん。ですが私のほうでも不可抗力であったことは承知しておりますので、そのように頭を下げて頂かなくても……。」
「いいえ、いいえ、ルミアン様。此度の案件において貴方は私の上役であるのですから、その下についている私が貴方に何の連絡も無く場を離れるなどとなんとも失礼なお話であるのです。どうぞ、私の謝意をお受け取り下さいませ。」
ぺこぺこと頭を下げる私に対し、少年はどうして良いのかわからないと言わんばかりの困り顔。ここで居丈高に出ることが出来るのであれば良くも悪くも貴人らしいと言えるのだろうが、それが出来ずに遠慮してしまうあたりが微笑ましいというかなんというか。
とはいえ私からしてみればその腰の低さは好印象ではあるものの、同時にそれは人から舐められる要因にもなり得てしまう。なんせ実際、彼の事を与し易しと侮った黒猫ちゃん達からは養分としてむしゃぶり尽くされている最中であるのだからして、わたくし少年の今後の成長には期待をさせて頂きたいところである。
ちなみに私はもう成長しきってしまっているとあって、なんぼ子供っぽかろうがどうにもならない完全体だ。一応自覚はあるのだけれども、だからといって人の性分という奴はそう簡単には変えられない厄介極まる代物なのである。ははははは、本当に自覚はあるんですけどねえ。はぁ~~~~~。
「別にノマちゃんが頭を下げる必要なんてないわよぅ、貴方のチンチクリンな可愛さに中てられて暴走した騎士団長様がついお持ち帰りしちゃったのがそもそもの原因でしょうに。自分でやらかしておいて連れ去られた側の子に謝らせるなんて酷いわよね~。メ~ル。」
「ぐ……、た、確かにこの子の身を案じるあまりに迂闊な事をしでかしてしまったかもしれませんが、かと言ってわたくしは貴方のように不埒な趣味を持っているわけではありません。そういう妙な言い回しは止めてください、キリー。」
「いや、中てられるだのなんだのと危ないオクスリですか私は。っていうかこんな美少女を捕まえてチンチクリンて。」
「いやあ、どう考えてもお前はチンチクリンの劇薬だと思うけどな。用法用量を良く守って適切に扱わないと危なっかしい事この上ねえや。」
「ふはははは、そのくらいで止めておく事ですねゼリグ。なんならこの場でしゃがみ込んで拗ねていじけてしまっても良いのですよ?」
ええい皆して言いたい放題言いおってからに。ぷくっと頬を膨らませて私の保護者たる赤毛の方を睨んでやるが、当の彼女は涼しい顔してどこ吹く風である。ちょっとはルミアン君の謙虚さを見習い給えよ、むーん。
まったく人の事を劇薬だなどと失礼な。私がやった事といえばその、なんだ、ちょっと暴走してゼリグ達を殺しかけたり、月ガエルと殴り合ってみんなの目の前で半欠けの粗挽きになってみたり、荷馬車を暴走させたあげく地面にめり込んで土を耕したりしたくらいで…………あとなんかやらかした事ってありましたっけね。
うん、正直すまんかった。どう考えても劇物ですわこれ。よくも今まで捨てられずにやってこれたものである。およよよよ。
ちなみにメルカーバさんが私の事をお持ち帰りした件について言及するつもりは無い。いやまあ事実として無断で隊列を離れる事となってしまった原因はそれであるのだが、ここでそれに触れてしまうとなんだか彼女の事を攻撃しているような感じがしてバツが悪いのだ。
別に彼女に与しようというわけでもないのだが、王太子派貴族とその雇われ者が大半を占めるこの場において今の彼女は余所者以外の何物でも無い。なんだかんだつい今しがたまで騎士団長殿とは仲良く一緒にやってきたのだ、ここで私が逆側についてしまう事で彼女を一人にしてしまうような真似をするのも気が引けた。
とはいえそんなことを口にしようものなら男勝りな彼女の事だ。「子供にそのような気を回されるほど弱い女ではありません!」とか言いながら目を吊り上げるのであろう事は目に見えたお話で、ならばわたくし余計なことは言わないようにお口にチャックをする次第である。っていうか私の周りってそんな女性ばっかりですね。もうちょっとたおやかな子っていないのか。
「しかしノマちゃん本当に律義ねぇ、こんな夜更けに出歩かずとも明日の出発前に接触すれば良い話でしょうに。それならそこの空気が読めない心配性貴族さんがついてきて、変に顔を合わせてしまってこうして揉めることも無かったかもしれないわよ?」
「キリー、喧嘩を売りたいのなら買いますよ。ちょっとその澄ました顔に手袋を投げつけてやりますからじっとしていなさいな。」
「いや、また話が明後日の方向に飛んで行っちゃいますから堪えてくださいメルカーバさん。手袋しまってください手袋。キティーも無駄に煽るの止めなさいってば、そもそもメルカーバさんに同行を願い出たのは私なのですから別に彼女が悪いわけでは…………って二人して手袋握って振りかぶるの止めてぇ!」
いや、仲が良いのは結構ですが、だからといって学生時代のノリに戻るのはちょっと勘弁して頂きたい。まだ私のお話は終わっていないんですよってば。それが終わったら思う存分旧交を温め合って貰って結構ですので。拳とかで。
「あ~もう、一応キティーの質問に答えさせて頂くとですね、あまり間を開けてしまえば私がルミアン様の事を軽んじていると捉えられてしまうかなと思ったのですよ。思い立ったが吉日というやつです。それに私にはもう一つ用向きがありまして、そちらは責任者の一人であるメルカーバさんにもぜひ聞いて頂きたいお話であったのです。」
「あの、ノマさん。そんなに気を遣って頂かなくとも、私は本当に気にしていませんので……。」
「おーいむしろ若様のほうが気を遣っちまってるじゃねーかよ。別に悪い事は言ってねーんだろうけどさ、本人の前でそれを言っちまうあたりがなんていうか、お前らしいよなあ。」
私の言葉を受けて少年は軽く身を縮めてしまい、それを見た赤毛が野次を飛ばす。ちなみに見た目だけは良い私が先ほどからピョコピョコフリフリと身振り手振りを加えつつ、ルミアン様ルミアン様と連呼しているせいか彼のお顔は火照ってしまって少々赤い。
そしてそれを見た黒猫ちゃんがスゲー良い笑顔で彼の足をガッスンガッスンと踏んづけているのが微笑ましいやらハラハラするやら。なんせ主人に狼藉を働いているとあって、その横に立つマリベルさんもこれまたとても良い笑顔で青筋を立てていらっしゃるのだ。きっと後でお折檻間違い無しであろう。なむなむ。
「生憎と私は生来不器用なものでして、人間関係の妙などとは程遠い人間であるのですよ。それならば思っている事を包み隠さずお話させて頂くほうが、痛くも無い腹を探られる事も無くて楽ちんなのです。ぶきっちょさんなのです。」
「包み隠さずとは言うけどよ、そう言うんであればそろそろアタシ達にもお前の出自を教えて貰えるとありがたいんだけどな。まさか本当に亡国の皇女様ってわけでも無いんだろう?」
ありましたわ痛い腹、いや別に痛いかと言われると自分でも微妙なところではあるのだが。なんせ以前に私が元人間の吸血鬼なる化け物である事は伝えたが、その出自については相変わらず彼女達に伝えず仕舞いのままなのである。
別に私の前世について隠そうとしているわけでもないのだが、かと言って地球だの日本だのと言いだしたところで子供が適当にでっち上げた空想で誤魔化そうとしていると捉えられてしまうのは火を見るより明らかで、つまりなんというかこう、もっともらしい上手い話が思いつかないのだ。
ちなみに皇女設定は論外である。私がそんな名乗りを挙げる事でどこにどんな影響を及ぼすやらわかったものでは無いし、何より光の速さでボロを出すであろうことは目に見えている。一般ピーポー舐めんなよ。
「ふふふ、まあそれはそれ、これはこれという奴です。いずれ機会があればお話をさせて頂きますよ。それで私のもう一つの用向きですが、森に潜んでいるであろうハルペイアの群れに関しての提案です。」
「……ノマさん、それについては一度釘を刺したはずです。アレらに迂闊に手を出してしまえば、その背後から何が飛び出してくるやらわかったものでは無いのですよ。」
さて問題の先送りはずるい大人の特権で、答えづらい話は逸らすに限る。逸らした話題のその先は私のもう一つの本題である例の死肉喰らいの件であり、昼間の遭遇時においてその危険性を説いていたメルカーバさんはそれを聞きとがめるなり苦言を呈した。
っていうか一応ちゃんと聞いてくれてたんですね騎士団長様。キティーとほっぺたの引っ張り合いをしててそれどころじゃ無いと思ってました。あ、吹っ飛ばされた。
「メルカーバさん、だからこそです。あの死肉喰らい共はまだ生きている者であろうと、それが弱っていると見るなり血肉を食らいに降りてくるのでしょう?それはこれから戦地に向かう者達にとって計り知れない重圧となるはずで、ならばここで排除してしまえば後顧の憂いを無くせるというものです。」
「それはわたくしも承知しています。ですがそのハルペイアとて無策で相手取れるような存在ではありませんし、ましてやその背後に化け物が控えているであろう可能性を考えれば、ここで兵を失う愚を犯すような選択をする事などとても……。」
「いいえ、私が一人で森に入ってちょっとばかり驚かせてきますよ。自慢ではありませんがこれでも少々身体のデタラメさには自信があるものでして、メルカーバさんとルミアン様はただ私にこう命じてくれれば宜しいのです。行って奴らを追い散らしてこいとね。」
ふんすふんすと鼻息荒く、ちょっぴり芝居がかった仕草で胸に手を当てながら自信たっぷり言ってのければ、この場における両派の代表たるお二人は一瞬目を見開いてから眉をひそめた。まあその反応も当然で、なんせ目の前にあるのは思い上がった世慣れぬ子供が適当にぶち上げているとしか思えぬような絵面であるのだ。
きっと私が相手の立場であってもやっぱり微妙な顔をして、額にしわを寄せてぬーんと唸ったことだろう。何チョーシ乗ってんだコイツ、というやつである。むふー。
「うおおい!何チョーシに乗ってんだよギン!?馬鹿じゃねーのお前!!?」
「ギンちゃん、それはちょっと……。」
「ギンちゃんって強いの?」
「お馬鹿なだけだと思う。」
ゴフッ!そう思われるのはわかっていたとしても、黒猫ちゃん達のような子供に声に出して言われると地味に効く。すんません、ちょっと調子に乗ってました。体は強靭だけれど心はガラスなんです、すんません。
「あー。こないだのはぐれの時も結局お前が一人でなんとかしたんだっけな、考えてみればそれが一番手っ取り早いかなあ。またしてもお前に頼りっぱなしとあっちゃあアタシ達の立つ瀬が無いけどさ。」
「まあ、今回のオークの一件に関してもその選択が取れるのであれば早い話ではありましたからね。とはいえノマさんのようなよくわからない存在をあまり表沙汰にも出来ない以上、王国の強さを内外に対して示そうとするお偉い方々のご意思のもと、このような大人数で出歩く破目になってしまったわけですが。」
「いやマリベルさん、よくわからない存在というのはちょっと酷くないですか。」
「ノマちゃーん、貴方が私達の前でやらかしてきた事を、胸に手を当てて考えてみなさいな。貴方がそうして友好的な態度を取ってくれていなければ、私なんかとうに王都から逃げ出していた事でしょうね。」
「あの、キルエリッヒお嬢様。正直なところ私も同感です、はい。」
「シャリイさーーん!?私たち心の友じゃあ無かったんですかぁぁ!?」
この場に居る残り四人、月ガエル討伐の一件でお付き合いのあった組はさすがに私の扱いに慣れたもので、私の色んな意味でアレな実績に基づくその信頼はなんとも話が早くてありがたいものである。
でももうちょっとお互いの信頼を構築したいなと言いますか、出来るのであればわたくしノマちゃんはお子様が口に入れても問題の無い安心安全な吸血鬼でありますよという事を、今後ともアピールしていきたい次第であります。はい。
「み、皆さん何を仰っているのですか!?ノマさん一人で向かえだなんて、そんな事命じられるわけが無いじゃあ無いですか!!?」
「おう!もっと言ってやれ若様~~!アタイの子分になに無謀な事やらせようとしてくれてんだよってな~~~!!!」
「こればかりはわたくしも同意見ですね。貴方の身体強化術は確かに極めて優れた代物ですが、だからといって自惚れが過ぎるというものですよ、ノマさん。年若い貴方をむざむざと死地に送るわけには参りません。」
さーて、やはり引き留められてしまったがはてさてどう説得をしたものか。私のこの身を案じてくれる事については実にありがたいお話ではあるのだが、効率で言えばやっぱりこれが一番なのである。
なんせ私は別に戦いの技術を持ち合わせているというわけでは無い。強いは強いがそれはこの身体の出鱈目さで強引にねじ伏せているに過ぎず、他者に凶刃の矛先が向かってしまった際にそれから守ってあげられるかとくれば正直に言って微妙なところ。
よって荒事は私の領分、貰い物のこの力を人のお役に立てる為の使いどころである。突っ込んで引っかき回してぶっ壊し、安全を確保したところで他の皆さんに後事を託すのが私の役目。根回しだの交渉事だの復旧だの、そういったノウハウを持ち合わせていない私には出来ないところをお任せしたいのだ。
ついでに言ってしまえば私のトンチキな全力戦闘はとても人に見せられたもんじゃないという事もある。いやむしろそれの比重が一番大きい。あんなもん見られた日にはますますもって私のヨイコアピールが薄ら寒いものとなってしまう事は間違い無しで、そうなればわたくし最早どう言い繕ったら良いのか検討もつきません。うごごごご。
「んー、まあコイツのアレっぷりを知らねえ人からしてみりゃあそう思われるのも仕方ねえか。なあノマ、ちょいと一つばかし、なにか見せてやったらどうなんだ?そうすりゃあ若様達や騎士団長様も納得出来るってもんだろう?」
「アレって言わないでくださいアレって。直近のアレで言うならうっかり暴走させた馬鹿デカイ荷馬車に引きずり回されて地面を耕しながらめり込むって芸をお見せしましたけども、それじゃあ足りませんかね。」
「いや、確かにある意味凄かったけど正直ただの馬鹿にしか見えねーよ。もうちょっとこう、安心して任せられると思わせてくれるような材料をなんかくれ。」
むんむんと頭を抱える私を見かねたゼリグの奴が口を挟んでくれたものの、またなんともふわっとした事を言ってくれる。全自動地面耕し機じゃあダメですか、そうですか。こちとら顔面トラクターとしての腕前には一家言あるのですが。
とはいえこのままでは平行線を辿るだけであろう事も確かであり、彼女の言うように何かお手並みを見せられるのであればぜひともそうしたいところである。百聞は一見に如かず、言葉を尽くすよりも一発派手にぶちかましたほうが良いこともあるだろう。さ~てそうと決まれば何か良いネタは無いものか。
「う~~ん、そうですねえ。私としても了解を得られないままに勝手に出て行くような真似をしたくはありませんし、ここはちょっとばかり実演をさせて頂こうかと思います。あ、これなんか良いですね。」
「おう、なんか思いついたか?って何やってんだお前。」
「石投げですよ。これをポーンと放り投げてですね、ここから見えるあの巨石を見事打ち抜いて見せれば拍手喝采。というわけです。」
きょろりきょろりと目をやって、それに目を付けた私が拾い上げましたるは何の変哲もないただの石。左様、先ほど黒猫ちゃんが放っていた石礫の真似である。実を言えば内心ちょっとカッコいいなあなんて思ってたりなんかしちゃっていたのだ。
天幕の出入り口から遠目に見えるは森の外縁部にどでんと鎮座した小屋ほどもあるでっかい岩で、素人知識ではあるがいわゆる迷子石という奴だろうか。彼我の距離は大体数百メートルくらい。さながら気分は狙撃兵の如しであるが、問題はコントロールである。
的はデカいが大口叩いて外そうものなら恥ずかしい事この上ない。まあそれでもすぐ後ろには大きく育った森の木々がそびえ立っているのであるからして、どこかしらには命中してスコンと打ち抜いてみせるであろうからそれでまあなんとか……。
「ここからあそこまで届かせて当てられたら確かにすごいかもしれないけれど、ノマちゃんちょっと地味じゃない?それ。」
「ノマさん、身体強化を用いればわたくしにもその程度の芸当は出来ますよ。大方あの岩の端を少し砕いて得意ぶるつもりなのかもしれませんが、それでは貴方の提案の許可など出来ませんからね。」
「っていうかコイツあれだぞ、外したってその後ろの木々のどれかに当たるだろうから、さも最初からそこを狙ってましたよって顔をして誤魔化す気だぞ多分。」
「ま、まあ見ていてくださいな。言葉のとおり、この石を矢の如く突き立たせてあの大岩を打ち抜いてご覧に入れますから。」
うぐぐ、さすがゼリグ、付き合いが長いだけあって痛い所を突きおるわ。これはいよいよもって、華麗に一発決めて見せねばならないだろう。
手の中の石を一回二回とポンポン放り、パシリと握り込んでくるりと回る。さあそれではいってみましょうか。ご覧いただく演目は何の変哲もない小石投げ、観客は天幕の中の皆々様で、さぁてそれではお立合い。この私めのちょっとだけ凄いところ、さぁさとくとご覧あれ。
「ではいきますよ~~!外で待機してる従卒のみなさ~~ん!危ないですから出入り口から離れていてくださ~い!今から石を思いっきり投げますので~~~~!!!」
「……若様、獣人のガキ共と一緒にアタシとマリベルの後ろに隠れてな。こうやって牙を剥いて笑ってる時のコイツは大概碌なことをやらかさねえって相場が決まってんだ。」
「いや、焚きつけたのはゼリグでしょうに。メルとシャリイちゃんももっと下がったほうが良いわよぉ。いつも背伸びして大人ぶろうとしている癖に、こういう時のノマちゃんは本当大人げないんだから。」
天幕内の騒ぎを聞きつけた従卒の皆さんが出入り口から顔を覗かせ、思い切り振りかぶって何かを投げようとしている私を目にして蜘蛛の子を散らすように離れていく。お騒がせしてすみませんね。危ないですからもうちょっとお下がりくださいね。
ではいってみましょうか、今から私は人力対物ライフルちゃんである。開いた射線の先に見えるのはそびえ立つ大きな岩塊。よぅく眺めて狙いをつけて、手の中の石をゴリゴリギュリギュリと握りしめる。
ふと、砕けて砂になってしまうかもと思ったが、案外に硬くしっかり形を保ってくれた手の中のそれに気を良くしてキシリと笑い、そのまま全力で腕を振り下ろしてガォン!と一発ぶん投げた。
私の手から放たれた石はキュボッ!!!っとなんだかヤバイ感じの音を出して飛んでいき、次いで切り裂くような雷鳴と共に周囲の空気が震えたのも一瞬の事。大気との摩擦で赤熱したそれは光を放ちながら突き進み、巨石の腹に突き刺さると爆音を響かせながら消し飛んで、周囲の物体を四分五裂に破壊する。
半ばから吹き飛んだ岩塊の、大きく砕けたその上部。小さな倉庫ほどもありそうなそれが不自然なほど軽い動きでお空に向かって舞い上がり、それから地面に向かってゆっくりゆっくり吸い寄せられて、轟音と共に土煙をあげて再び大地に突き刺さった。
瞬く間に訪れ過ぎ去った嵐の後、静けさの中に残されたのは空気が焦げたかのような臭いの中で、ポカンと大きく口を開けながら衝撃波でズタボロになった私だけ。
や、やりすぎました。この身の頑丈さが無ければ即死でしたわ、なんか右腕の手首から先とかモゲてるし。げふ。
「ふ、ふふふふふ。ど、どうですか皆さん。私のちょっと凄いところを見て頂けましたでしょうか。ああ、まだちょっと着弾地点が融解してるっていうか熱で景色が歪んでるっていうかとにかくヤバイ感じなんで近づかないように……ってげっふう!!!」
「どうですか?じゃねーよ!!!何考えてんだお前!!?」
「すんません!でもなんか見せろって言ったのはゼリグじゃないですか!!!」
「限度を考えろこの馬鹿!!!どうすんだよアレ!化け物が潜んでいるかもしれねえ森の外周であんな轟音あげやがって!あれじゃあどのみち変なモノが湧いてくる前にお前を叩きこんで後始末させる以外の選択肢が無いじゃねーか!!?」
ちょっぴり口の端をヒクつかせながら、言ってクルリと振り返るなり赤毛の奴にドタマを蹴り飛ばされた私はぐりんとその場で一回転。
回る視界の中に入ってきたのは顔を引き攣らせる大人組と耳を押さえながらひっくり返った子供達とあって、いやなんかもうすまんかった。なんというかこう、カッコよく岩塊を貫通させてみせるつもりであったのだが、まさかあんな殺人光線みたいになるとは思いもよらなかったのだ。
というかああならなかったにしろ、せめて屋外に出て広い所でやるべきであった。人的被害が出ていたらと思うと洒落にもならない。ところで天幕の出入り口から足だけ見えてるぶっ倒れたと思しき従卒さん、大丈夫ですよね?従卒さん!?
「そ、それよりノマさん、あなた腕がめちゃくちゃに千切れ跳んで……!ああ!キリー!早く彼女の治療をしてあげないと!!!」
「あ、大丈夫ですメルカーバさん。このくらいすぐに生えてきますので。ほら、ニョキっと。」
「どうなってるんですか貴方の身体!!?」
いや、すいません。ホントすいません。つい先ほどまでの不気味で静かな夜の闇はどこへやら、もはや状況はてんやわんやのしっちゃかめっちゃかである。
ゼリグの奴はド正論を吐きなさるし、シャリイちゃんとキティーは苦笑いをしつつも呆れ顔。いまだひっくり返ったまま目を回しているルミアン君と黒猫ちゃん達はマリベルさんに抱き起こされているし、メルカーバさんは私の両肩を握ったままガックンガックンと揺すりなさる。
天幕の外では騎士団長様の身を案じた従卒の皆さんが出入り口に殺到し、さらにその向こうで聞こえるのは慌てて飛び出してきたのだろう傭兵の皆さんのガチャガチャという金属音と、鳴り響いた爆音に大混乱をきたした森の中からのギャーギャーギーギーという叫び声。
そして考え足らずで盛大にやらかしてしまった私はといえばガックンガックンと民芸品の如く頭を下げ続けるばかりとあって、ど、どないしよう。今すぐ何か動かないといけないのに頭が真っ白になって回らない。ええと、ええと。
「ええいノマ!とにかくお前は森の中の連中が外に出てこないうちになんとかしてこい!返事はどうした!!?」
「で、でもゼリグ!まだ皆さんからの了解を得られていませんし……!」
「今更そんなこと言ってる場合か!お前がこの場に残ってもややこしい事になるだけだしアタシが上手いこと説明しといてやるよ!いいからさっさと行ってこい!!!」
「は!はい!わかりました!行ってきます!!!責任持ってなんとかしてきますので!すいませんが後の事はお願いします!!!」
我が友人の叱咤によって、ようやく我を取り戻した私は放たれた矢の如く飛び出すと、何事かと集まった傭兵達の隙間を縫うようにしてヒュルリヒュルリと駆けていく。
いや、字面だけならちょっと格好良いと言えなくもないが、その実態は大失敗をやらかした子供がこれ以上保護者に叱られまいと奔走する姿そのまんまとあって、なんとも締まらない事この上ない。
とはいえ考えようによっては私の提案であった単独でのハルペイア撃退がどさくさ紛れで叶ったわけで、物事全体で見れば一応の進展を見ることが出来ただろうか。あとは私がみごと怪鳥達を追い散らしてお帰り頂き、ノコノコと帰ってきた後で皆様にド叱られるだけである。
ああ、もはや化け物よりもそれが怖い。ルミアン君や黒猫ちゃん達に白い目で見られることが怖い。こっそりとスライディング土下座の練習でもしておくべきか。あ、胃が死にそう。
内心ではオロオロしつつ、それでも見てくれだけは勇ましい私の身体は草木の合間を突き破りながらグングンと加速して、やがて四つ足になって地を蹴り飛ばし、先ほど惨事を引き起こした巨石の上をひょいと飛び越えて暗い暗い夜の森へと勢いよく飛び込んだ。
転げ落ちた暗闇の中、木々の間に見え隠れするのは轟音に驚いて興奮しきっているのだろう怪鳥達の、薄汚れた白い羽毛。まずはアレらを押し返して追い散らし、空の彼方にお帰り頂く必要があるだろう。
……本当の事を言ってしまえば、ちょっとばかり気が引ける。今現在の私は人間の側に与する者であり、そして彼ら怪鳥は人の生を脅かす存在である。お互いの立場が相反するものである以上、こうして衝突をしてしまうのはやむを得ない。それは理解しているのだ。
とはいえ先日の月ガエルの時と異なり、少なくとも現時点での私は彼らに怨みの類を持っていない。それが故に少々ばかり、彼らを傷つけるにあたって踏ん切りというものがつきにくいのである。
しかしながらこの怪鳥めらを放置すればいずれ必ず犠牲が出るであろう事もまた確かで、きっとその時私は烈火の如く怒り狂って彼らを怨み、一切の遠慮も無しにその身を引き裂いて溜飲を下げるのだろう。
なんせ実際に昼間遭遇した際、目の前で周囲の人々に脅威を与えるその姿を見た私は彼らの身を害する事について、まったく何のためらいも湧かなかったのだから。
平等博愛を尊びながら、実際に己の周囲を傷つけられると途端に手のひらを返して鬼と化すのだからなんともはや、人の心の身勝手なものであることよ。己の矛盾っぷりにはほとほと愛想が尽きんばかりで、いっそ何も考えずに殺戮の徒となれたのであればどんなにか楽であったことか。
かつてマガグモに語ったように、例え両者が相容れないものであったとしても出来るのであれば仲良くやっていきたいというのが私の本音で、しかしてそれは己を善き存在に見せようとする建前でもある。ああ、心の中がぐちゃぐちゃする。
一歩二歩と歩みを進め、そして不用意に森へ入ってきた小さな獲物を取り囲むようにして、怪鳥達は瞬く間に集い集まり群れを成す。
涎を垂らしながら目を輝かせ、ギャアギャアギィギィと唸り叫ぶ彼らに対して到底言葉の類が通じるようには見受けられない。ならばメルカーバさんが語ったように、こやつらは私にとって言葉の通ずる化け物に非ず。人を襲い、命を奪い、肉を喰らうただの害獣、本当の意味での化け物に過ぎないのだ。
それでも未だ定まりきらない己の心に歯噛みした私は、ギュウと強く胸を押さえて息を吐き、ようやっと腹を括って覚悟を決めた。
さあ来い、私を恨め。私は、私の身勝手な都合でお前達を傷つけるのだ。
ちょっと一話あたりの執筆時間が洒落にならない事になってきたので、今後もしかすれば1週あけてしまう事もあるかもしれません。




