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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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北上する遠征軍

「あの~、団長さん。私一人でも大丈夫ですのであまり無理は為さらないほうが……。」


「なんの……これしきの事ぉ……!貴方のような子供にこのような労苦を負わせて見て見ぬ振りなどと、そのような真似は王国貴族として、大人としての矜持が許しませんんんん……!!!」



 でっかい荷馬車に鎖で繋がれのしのしと歩く私のその隣、顔を真っ赤にしながらその一本を肩に担いで引っ張ってくれていた団長さんはそう言って一つ吠え、そしてその言葉を最後にべちゃりと倒れて動かなくなってしまった。


装飾の成された立派な鎧が土にまみれ、彼女の荒れた息に合わせて留め金がかちゃりかちゃりと音を立てる。手伝ってくれようとするその心遣いはありがたいが、彼女の身体強化術は本来なら要所要所で瞬間的に使うものであるらしい。さすがにこのような重労働に連続使用し続けるのには限界が来たのだろう。



日除けの帽子を少しずらし、目を細めながら空を見上げる。お天道様も傾き始めた事だし食事も兼ねて、そろそろ大休憩が必要な頃合いだろうか。


団長さんが倒れてしまった事で全体の行軍が止まり、周囲の従騎士達から隊列へ大休憩を伝える伝令が出される。そして残った者達は団長さんを抱き起こし、頭をくらくらさせる彼女を休ませようと道端の方へと連れて行った。



寝かされる団長さん、血薔薇騎士団長を務める王国貴族であるところのメルカーバ女史のぐったりした姿を心配げに見やりつつ、私も全身に括りつけられた鎖をずしりと地に降ろして息をつく。


ふと遠くを見やれば瞳に映るはなんとも大きな鳥の影。さぁてまったく、なんでこんな事になってしまったのやら。




 出発間際に荷馬車を暴走させてぶっ倒れるという無様を晒した私であるが、目を回していた時間はそう長いものでは無かったらしく、気が付いた時は揺れる視界の中で土煙に濡れた荷馬車がゆっくりと遠ざかっていくところであった。


私が身体を預けていたのは鎧を纏った女性の背中で、一瞬ゼリグに背負われているのかとも思ったが、目の前で揺れる髪の毛は見慣れた赤毛では無く見事な金髪である。プラチナブロンドというやつだろうか、私もこの身体を作った際には銀髪と金髪で悩んだものだ。うむ、やはり金髪も捨てがたい。



さて早速話が逸れた。おそらくこの女性は気絶した私を介抱しようとしてくれているのだろうが、あの荷馬車から引き離されてしまうのはまったくもってよろしくない。


なんせ我々は宿場を繋ぐ街道沿いに移動しながら北上するのだとはいえ、この大人数を小さな宿場で受け入れきれるわけが無い。当然その周辺で夜営を行う事になる。


そしてその為には諸々の物資が必要となるわけで、私に預けられた馬鹿デカ荷馬車もそういった兵站に必要な物資が満載されているのだ。それも鍋釜をはじめとした重たい物ばかりとあって押し付けられた感が半端ない。


しかしながら当人の許可を得ぬままに進められていた話とはいえ、引き受けてしまった以上私にはあの荷馬車を運ぶ責務がある。このまま荷馬車を放って私が先に進んでしまおうものなら輜重隊の皆さんも胃痛でぶっ倒れる事間違いなしだろう。初手で補給線に大打撃とは笑えない。



「あ、あの、どなたか存じませんがありがとうございます。ですがあの荷馬車は私が運ばねばならぬものですので、申し訳ありませんが降ろしては頂けないでしょうか。」


「む、目を覚ましましたか。どこか体に痛むところはありませんか?」


「あ、はい。大丈夫です。その、ありがとうございます。」



その場ですとんと降ろされてしげしげとお顔を眺めてみれば、私をおぶってくれていたのはやはり見慣れぬ顔の若い女性。周囲を見渡してもゼリグやキティーをはじめ見知った顔はいないとあって、さてこちらは果たしてどちら様であろうか。


派手な装飾の施された鎧に加えて周囲の者達のかしづく様なその態度、いずれ名のあるお偉い様とお見受けするが、いずれにせよ私のすることは変わらない。背筋を伸ばし、ぺこりと腰を折ってお辞儀して、それから顔を上げた私はふにゃりと愛想笑いを浮かべながら口を開いた。



「ご迷惑をおかけ致しました。私はノマと申しまして、ドーマウス伯爵家とマッドハット侯爵家の計らいで今回の派兵に同行させて頂いている一傭兵でございます。その、申し訳ございませんがお名前を頂戴させて頂いても?」


「ほほう、その年で随分とよく躾けられていると見えますね。いや失礼、ご丁寧な挨拶痛み入ります。わたくしはメルカーバ・スヴレ・マーチヘアー、血薔薇騎士団団長にして王女殿下より此度の出兵の代表を申し付けられた者です。どうぞ、よしなに。」



血薔薇騎士団。その名には聞き覚えがある、先日に伺った話では王女様が無理やりにねじ込んできた自身の手駒という話であったか。そしてこの女性はその代表者というわけで、ならば彼女は今回の実働部隊における王女派筆頭という事になる。


目を回していた私をこうして気にかけてくれたあたり、メルカーバさん個人は良い人なのだろうがそれでも王女派という集団の一員としての彼女はまた別なのだろう。彼女の挨拶からはその溢れる自信と共に、此度の派兵から王太子派を退けて己が主導権を握ってやろうという考えが見え隠れしていた。



ドーマウス伯爵家、マッドハット侯爵家が共に王太子派である以上、そこからお仕事を頂いている私は形式上では王太子派としてこの場に参陣している事になる。だからといってルミアン少年の政治的な立場に積極的に与しようという気は無いが、それでも少なくともこの派兵が終わるまでの間は両派閥の対立で現場に混乱が起きることは避けたいところ。


と、くればこの早い段階で王女派筆頭であるメルカーバさんと面識を持つことが出来たのは幸いであった。既に私はこの場における王太子派筆頭であるルミアン少年とも面識を持っているのであるからして、上手い事立ち回れば両者の対立を回避することが出来るやもしれぬ。



「なるほど貴方がノマさんですか、お話は伺っておりますよ。先日に王都を脅かした化け物を、見事退けた立役者にして王太子派の懐刀、幼いながらに前代未聞の力を振るう実力者であると。先ほどの一件もお見受けしましたが、あれほどの身体強化術を振るえるとなればその評価も納得に値するというものですね。」


「懐刀というほどの信頼を頂けているかは存じませんが、王太子派の貴族の皆様方には良くして頂いております。どうぞ、この度は宜しくお願い致します。」


「これはどうもご丁寧に。して、王太子派の切り札であるとも言えるような貴方が、なぜにあのような獣の如き仕打ちを甘んじて受けていたのですか?」



メルカーバさんの言葉を受けて、思わず背後のドデカ荷馬車へと目を向ける。荷馬車の周囲は既に野次馬だかなんだかでごった返しており、さてどうやってこれを動かしたものかと皆さん頭を捻っている真っ最中であった。


よく見ればその中には見知った顔もちらほら混ざり、キティーはぺたぺたと車輪に触れて、ルミアン少年は口を開けてその巨体を見上げており、そしてゼリグはさっさと戻って来いよと言わんばかりにこちらへとジト目を向けている。


いや、根菜の如く地面に突き刺さった私の事を、もうちょっと心配してくれても良いんじゃ無いですかね。すねますよ。むくれますよ。



「宜しいですかノマさん。五色の神のご加護というものはそう誰にでも与えられるものでは無いのです。才有る者が神の御力に触れ、認められてこそ初めて賜るその力。いかに神職として現世で出世しようとも得る事の出来ぬその術はいと尊きものであり、その力を振るう選ばれし者は決してあのような扱いを受ける存在では無いのです。」



ぷくっと頬を膨らませた私の態度を自分に対する不服と取ったか、メルカーバさんは身振り手振りを加えつつ、なにやら私の事を諭すようにお説教を始めてしまった。


いやしかしそう言われましても、私は自分の事を特別偉いなどとは思っていないのだ。この身が特別な存在であるのは確かであるが、だからといって持ち上げられひれ伏されるなどと性に合わない。荷馬車引きであろうと誰かのお役に立てるのであれば、私にとってはそちらのほうが嬉しいのである。



そもそもにして私の知るこの世界の神様は今のところ碌な存在では無いのであるからして、神に選ばれし者と言われても適当に面白そうなところに加護を与えてるだけの愉快犯に目をつけられたとしか思えない。私なんぞは出自からしてその筆頭である。


ついでに言うと私はあの競りの場で緑の神の加護を得ている事を謳い文句に売り飛ばされたのだ。加護を持つものは選ばれし存在であるというその主張はあくまで彼女の主観であり、私と同じように周囲からは特異な力を持った便利な存在であると見られているのでは無かろうか。



おそらくはメルカーバさんもまた、キティーと同じくなんらかの術を操る者なのだろう。力説を振るうその言葉は彼女自身に向けられているようにも感じられ、そこには選民思想のような危ういものが透けて見える。それは他者に都合よく使われる事を良しとせず、自分は優れた特別な存在であろうと思い込もうとしている事の表れか。


とはいえ彼女はまだまだ若い。貴族に産まれ、特別な力を授かり、騎士団長と言う地位にある彼女はまさに人生を謳歌しており、ならば少々思い上がったような考え方に至ってしまうのもまあわかるというもの。


若さというものは往々にしてそんなものである、年を食ってから思い出し、身悶えて転げ回るところまでがセットであるが。



「メルカーバさん、お心遣いは感謝致しますが、それでもあれは必要な事なのです。なんせあの荷馬車に満載した物資が無ければ、私達は食うにも寝るにも困ってしまうのですから。」


「ならばそれこそ輜重隊に運ばせれば良いでしょう?それに兵卒も傭兵も周囲にはいくらでもいるのです。貴方のような才有る子供が労苦を背負わずとも、そのような些事は大人に任せてしまえば宜しい。」



そう言って、彼女は手振りを加えつつ私から視線を外し、周囲の部下と思しき兵士達をぐるりと見渡す。その目は今にもお前らちょっと行ってあの馬車を押してこいと言わんばかりの冷ややかなもので、いかにも下っ端に厳しそうなお偉いさんを思わせた。


一方の部下達はと言えば必死の形相で目を逸らし、次いで私に向かって助けてくれと懇願するように視線を送る。うーん社畜だ。社畜である。ちょっと親近感が湧いちゃいそう。


うんそりゃあまあ、あんな金属の塊みたいな代物を押して運べなんぞと命令されたら溜まったものじゃあないだろう。自前の鎧と荷物だけでも大変なのに、あんな代物を動かそうとしたら完全にへばって動けなくなってしまう。それで不意に戦闘に入ろうものなら大惨事確定だ。



「些事とは思いません、態勢を万全に整える為の補給は何より重要な事ですし士気にも関わります。それに私は別段、あの荷馬車を運ぶことを不満には思っていないのですよ。ただ物を壊し、他者を傷つけることにしか使えぬこの力が暴力以外の事でお役に立てるのです。期待をして頂けるのならば、私は喜んでそれに応えようと思います。」


「……貴方は、自分が他者から都合よく使われる事を良しとするのですか?わたくしはこの力を認めて下さる王女殿下の庇護下に入ることが出来ました。友人は己の権利を守り通し、反発した結果市井に下りました。ですが貴方は、ただそれを認めて受け入れると?」


「そこは考え方の違いというものです。私とて他者に都合よく使われる事を良しとするわけではありませんが、己が信ずるところに従って成した行いが、結果として第三者にとって都合の良い結果になる事を否定しようとは思いません。私は期待をされました。そしてそれに応える事で誰かが喜んでくれる。その事が私の喜びなのです。私が満たされるのですから、私にとってはそれで構わないのですよ。」



別に取り繕っているわけでは無い。本心である。なんせ私ときたら、本当に誰かをぶっ飛ばしたりぶっ壊したりぶっ殺したりとかそういう事しか出来ないのだ。実に非生産的この上ない。


そんな私が荷運びとはいえお役に立てるのならばこれ幸い。ドーマウス卿の顔も立つし男手の皆さんも喜ぶ、そして私のなんかみんなの役に立ってる感も満たされるとあって三方良しである。むふー。



私を思ってくれているのだろう騎士団長殿の心遣いを丁重にお断りさせて頂いて、彼女に背を向け荷馬車に向かって歩き出す。そして三歩も四歩も歩かないうちに肩におかれた細い腕に、私はぐいっと引かれて引き留められた。


見れば私を留めたのは今しがた話していた騎士団長殿で、その目頭にはわずかに光るものが垣間見える。そして彼女はそれを指で拭うともう片方の手もがっしりと肩に置き、こう言ってのけたのである。



「ノマさん……!貴方はご両親から素晴らしい教育を受けてきたのですね!わたくしは己の力を笠に着て、恵まれた境遇をただ甘受し、自分は選ばれた者であるのだから他者を従えて当然であるとしか考えた事がありませんでした!目から鱗が落ちた思いです!」


「あ、はい。」


「高貴なる者はその立場に見合った責務を負う必要がある。お父様の仰っていた事が今こそわかった気がします!わたくしは友人に向かって己を投げ打って尽くす事の尊さを説いておきながら、その実は輿の上でふんぞり返る愚かな女でしか無かったのです!」


「あの、はい。」


「王国貴族として、いえそれ以上に一人の大人として、子供の貴方に一人で労苦を背負わせるわけには参りません。緑の神から加護を賜る者の端くれとして、ぜひわたくしも貴方のお手伝いをさせて頂きます!!!」


「はい、その、ありがとうございます?」



なにがなにやらわからないが、どうやら私は彼女の変なスイッチを押してしまったらしい。でもたぶん貴方のお父さんが言いたかった事はそういう事じゃないっていうか、少なくとも娘が馬車馬の代わりを買って出るような事は想定していなかったと思うんですけども。


とはいえすっかりやる気スイッチの入ってしまったメルカーバ女史はふんすふんすと鼻息荒く、私をずるずると引っ張りながら荷馬車のほうに向かっていくのである。私にとってはさして苦も無い馬車馬業務であるが、さて彼女にとっては如何なものか。



うーむ。不安である。不安であった。







「大丈夫ですか?メルカーバさん。ほら、休憩にしましょう、楽にして下さい。」


「うう、子供の貴方にみっともない姿を見せてしまうとは情けない……。しかしノマさんの身体強化術は凄まじいものがありますね、これほどの長時間に渡ってその力を行使し続けることが出来ようとは……。」



 ばちこーんとスイッチが入って張り切ってしまったメルカーバさんであったが、やはりというか長くは持たず、あえなく脱落となってしまった。


さもありなん。そもそもにして私のこれは建前上は身体強化術であると謳っているが、実際のところはただの馬鹿力である。自前の怪力でもってぶん回しているだけなのだ。しかも疲れ知らずの無限タフネスとあって我ながらチートも良い所である。



ずしりずしりと鎖を外し、踏み固められた道から外れて草の上に寝かされた彼女の隣へと腰を降ろす。道すがら色々と話をした私達はもはやすっかり打ち解けた感があり、どうやら初対面にして良好な関係を築く事が出来たようだと自負をしたい。


幼い少女という私の外見もきっと良い方向に働いてくれたことだろう。これが男であったのなら、年若い女性がそう簡単に懐を開いてくれるとも思えなかった。



さて、他の皆さんはどうしてらっしゃるだろうか。私には良くしてくれる彼女であるがやはり王太子派に対する心の壁は厚いようで、ルミアン少年達と行動を共にするのを拒否した彼女達はほぼ隊列の先頭あたりに位置しているのだ。


そういえば黒猫ちゃん達ともまだ再会の挨拶を交わせていなかった。先日顔を合わせた際は元気な姿を見せてくれたものの、やはりその近況については気にかかってしょうがない。おそらく彼女達も同行しているのであろうからして、どこかで話の場を持つ事が出来れば良いのだが。


なんせ彼女達は獣人とあって、その基礎体力は並みの人間を遥かに凌ぐものがある。おそらくは野外で使用人を連れ回すにあたってこれ幸いと、ルミアン少年の身の回りの世話をする為に彼女達も駆り出されているだろう事は想像に難くない。マリベルさんが同行していたのはそのまとめ役兼護衛役といったところだろうか。



ぺたりと座り込んだ私の近くではロバをはじめとした荷駄獣が放されて、兵卒に連れられた彼らはもっしゃもっしゃと草を食んでいる。遠くからかすかに聞こえるのはさらさらという水の音。地図の類には未だお目にかかった事が無いのだが、いずこかを流れる大河の支流といったところだろうか。


私達に追随するように飛んでいた鳥の影もいつの間にか三つに増えていた。逆光で良く見えないが大きな鳥だ。鷹だろうか、カラスにしては少々大きすぎるような気がしなくもない。



さながらピクニックのような有様ではあるが、これが本当にピクニックであればどんなにか良かったか。今から私達が向かうのは命のやり取りをする戦場であるのだからして、生憎と血生臭い事このうえない。なるべく私が上手く立ち回るつもりであるが、それでも幾分かの死者が出てしまう事は避けられないだろう。


ちょっぴりおセンチな気分になってしまい、被った帽子を目深に降ろす。最近は日光にも大分慣れてきてしまったが、それでも直射を浴びるのは勘弁願いたい。じりじりと焦げていく気がするのだ。じりじりと。



「そういえば、ノマさんのそれはただの日除けにしては大きなお帽子ですね。それほど陽射しが強いとも思えないのですが。」


「肌が弱いものでしてね、日光が苦手なのですよ。ほら、私は体温も人と比べてずっと低いですし、緑の神のご加護が無ければとうに死んでいたようなか弱い子供であったのです。」


「なるほど、貴方が生き長らえる事のできたその事実こそ、まさしく五色の神のご加護のおかげに他なりません。日々、神への感謝を忘れないようにしなければいけませんよ。」



そう言いながらメルカーバさんはずりずりとこちらへ這い寄ってきて、私の薄い太ももの上に頭を乗せた。彼女はキティーの学生時代の友人であると伺ったが、なんとなくこういうところはあの桃色に似ているような気がしてしまう。距離の詰め方とか。



しかし神への感謝ときましたか。暫定白の神に対しては新たな生を与えて貰った事に感謝していないわけでもないのだが、あれはほとんど脅迫に近いものがあっただけに素直に感謝出来るかと言えば微妙なものがある。


では他の神はどうかといえば、私が知るのは今のところ圧迫面接をしてきた青の神だけ。手作りチェスをお供えしてやった事で何かしら反応を示すかと思ったが、遊戯盤はとぷんと祭壇の中に沈んだだけで音沙汰は無し。この分ではあいつを後ろ盾に出来ないかという企ても再検討の必要があるだろう。


さて、それでは私が隠れ蓑にさせてもらっている緑の神とは如何なる存在であろうか。いつか出会う事もあるかもしれないが、出来る事ならまともに話の通じる存在であって欲しいものである。



「ところでメルカーバさん、このまま街道に沿って北上するとは聞いておりますが、さすがに進軍の道筋があからさまに過ぎませんか?話に聞く限りオーク達の気質からいって待ち伏せは考えづらいですが、それでもいささか不用心では無いでしょうか。」


「ふむ、そうですね。ノマさん、貴方の隣で草を食んでいるのは何だと思いますか?」


「……ロバですね。」


「では遠くから聞こえてくるこのせせらぎの音は?」


「…………川、ですよね?」



私の膝の上でくつくつと笑い、人差し指をぴんと立てる彼女の顔はまるで意地悪な先生のようで、子ども扱いされている事になんともむず痒い気分になる。いやまあそのものずばり、今の私は子供以外の何物でも無いのだが。



「その通り、大荷物を持って長距離の移動をするのに荷駄獣と水の補給は欠かせません。道というものはどうしても水源と牧草地に縛り付けられるものなのですよ。先人達が切り開き、化け物共から勝ち取ったこの街道はそれに沿って作られています。ですから……。」


「私達の行動もそれに縛り付けられる以上、自然と街道に沿って行動する事になるのは必定。という事でしょうか。」


「ご明察。そしてそれは蛮族にとっても同じ事で迂闊に迂回なども出来ない以上、既存の街道沿いに行動する両者はその交わる点で激突する事になる。というわけです。」



行軍の道筋などはどこでも通れるようでいて、実際には補給を考慮すれば選択肢など無いに等しい。ということか。逆に言えばその定石を破る事で奇襲を仕掛ける事が出来るとも言えるだろうが、生憎とこの世界には敵軍以上に厄介な存在がうろうろしている。


迂回して森を抜けようにも、日が昇っている内に突っ切ることが出来なければそこは化け物達の領域だ。それこそ私が居ない時にマガグモの奴にでも出くわそうものならとんでもないことになるだろう。



「しかし先ほどお話していた時も感じましたが貴方は本当に頭の回る子ですね。キリーが気に入るのもわかるというものです。どれ、そんなノマさんに私から一つご褒美を上げましょうか。」



キリーって誰?と最初は私も思ったが、どうやらキティーの学生時代の愛称であるらしい。キルエリッヒだからキリー。名を変えた時にちょっともじってキティーにしたのは彼女なりの、過去と決別しようという意識の表れだろうか。まあ最近は大分寄りを戻してきているようだが。


しかし、はてご褒美とな。何かお菓子でも頂けるのだろうか。身を起こす彼女を見つつちょっぴり期待をしてみれば、隊列の後方から聞こえてくるのはなんとも場違いな楽器の音色。



ぎょっとしてそちらを見やればゆっくりと近づいてくるのは一台の馬車で、調子っぱずれで陽気な音色は御者台に腰掛けた詩人と思しき男の横笛から発せられている。なーんか見覚えありますねあの男。


隊列の脇を抜ける馬車は私の引いていたドデカ荷馬車に詰まって止まり、御者台の男はひらりと身を翻して地に降りるとこちらへ向かって深々とお辞儀をしてみせた。



「お久しぶりでございます、メルカーバ卿。このバラッド、戦地に向かう卿をお慰めする為にこの度は様々な嗜好品をご用意させて頂いて…………げ。」


「ノマさん、紹介しましょう。この男はバラッドといいましてね、此度の出兵にあたって将校向けに嗜好品の類を取り扱う従軍商人を買って出てくれた者なのですよ。バラッド、彼女に何か甘いものを見繕ってあげてください。」


「どうも、初めましてバラッドさん。私は傭兵のノマと申します。短いお付き合いになるかもしれませんが、どうぞよろしくお願い致しますね。」



ニッコーとこの上ない笑顔を向ける私に対し、かつて私を攫って売り飛ばしてくれたサソリの旦那は引き攣った笑いを返してくれた。いや、まさかこんなところで出会うとは思わなんだ。へーい元気してたぁ?


旦那は必死で笑顔を取り繕ってはいるが、内心は脂汗ダラダラであろう事を考えると思わず口角が上がってしまう。愉悦、愉悦である。うへへ。



どうやらこの機に一儲けをしようと乗り込んできた旦那にとって、メルカーバさんは無下には出来ない上得意様である様子。そしてその上得意様がかつて売り飛ばしたこの私と、仲良く一緒につるんでいるのである。果たしてその心境はいかばかりか。


いや、別に私は喋ったりしない。「メルカーバさん、貴方の目の前のこの商人は人攫いで、私の事を攫って金貨千枚で売り飛ばした悪い人なんですよー。」とか喋ったりはしない。別に喋ろうと思えば喋れるけども、喋らないだけである。そこんとこ、わかってくれますよね?



「ははははは、勿論ですともお美しいお嬢さん!きっと甘いものがお好きでしょうからこれなんかはどうでしょう?砂糖で煮詰めた甘い果物で、しっかり日持ちのする一品ですよ!今回は今後の顔つなぎという事でお代も結構でございます!ええ!!!」


「ん、随分と気前が良いのですねバラッド、貴方らしくも無い。しかし良い物を頂きましたねノマさん。水気を飛ばした砂糖漬けは日持ちはするのですけれど、ふんだんに砂糖を用いるおかげで中々高価な代物なのですよ。」



邪悪な笑顔を絶やさぬ私に押し付けられたのは一本の硝子瓶。中に入っているのはコンポート、というよりはジャムだろうか。私の作った瓶詰と違って密閉もされていないその瓶の中身はぐずぐずに煮込まれた果物で満たされていて、既にくどいほどの甘い匂いが漂っている。


異様な早口でまくしたてるサソリの旦那をちらりと見れば、彼はその視線で語り掛けていた。「頼むからお前余計なことを喋るんじゃねえぞ。」と。


せっかくなので、私もにた~っと笑いながら視線で返してやる。「それは貴方の態度次第ですね。」と。



「お嬢さん、これもおまけだ。干しただけのナツメヤシだが味は悪くない。道中歩きながらでも食べるといい。」


「まあまあ、どうもご親切にありがとうございます。なんだかこんなにたくさん貰ってしまって悪いですねえ。おほほほほほほ。」


「ははは、やはり商売は第一印象が大事ですからね。メルカーバ卿共々、お嬢さんもぜひ我が商会をご贔屓に願いますよ。ははは、ははははは。はははははははは。」



旦那、もう半場やけくそである。第一印象が大事とはよくわかっているじゃあ無いですか。じゃああの時攫われた私の第一印象も察する事は出来ますよね。うへへへへへ。


ははははおほほほと不気味な応酬を交わす私達をメルカーバさんが首を傾げてこてんと見るが、どうやら彼女には私達の間で飛び交う火花は見えていないらしい。気は強いし能力もあるが、やはりというか彼女は結構箱入りなお嬢さんであるようだ。まあこんなやり取り慣れるもんでも無いとは思うが。



おっと、そういえばこの瓶入りジャムを見ていて思い出した。私が暴走させた荷馬車を止めてくれたのは彼女であると伺ったので、迷惑をかけたお詫びにお礼の品を渡そうと思っていたのである。今回の長距離移動に向けて作っていた私のとっておきを。


従騎士さんに預けていた背嚢を草の上に降ろしてもらい、何をし始めたのかと覗き込む二人の目の前に取り出しましたるは瓶詰保存食。中身は戻した塩漬け肉とお豆色々、様々種類を作ってみた中でも特に私好みの味に仕上がった自慢の一品である。



「メルカーバさん、これは先ほど荷馬車を止めてくれた事に対するお礼の品です。どうぞ、お受け取り下さい。」


「んー、ノマさんの気持ちは嬉しいのですけれど、これは……中身は肉と豆、ですか。既に調理がされているようですが、仕込んだのが昨日だとしても既に丸一日以上が経過しているのでしょう?これではとても…………。」


「あ、開封しなければたぶん一月は持ちますよ。瓶詰なので割れやすいのだけは難点ですが。」



私の一月と言う言葉を聞いて、途端に目を光らせたメルカーバさんはしげしげと瓶詰を眺めはじめた。キティーに見せた時もそうだったが、どうやらこの瓶詰には私が思う以上の価値があるらしい。


いやまあ私としても売れるだろうなぁとは想像が付くものの、いかんせん販路の開拓だとか業態の確立だとかそういうものにはとんと疎いのだ。やはり見る人が見れば違うものなのだろうか。



生活できるだけのお金があれば十分な私にとっては巨万の富などと身を持ち崩すだけの諸刃としか思えないが、その富を運用できる気概と能力があるならば話はまた別という事だろう。彼女のギラついた目つきは美味い話に喰いつこうという闘志に燃えていて、それはもはや積極性を失ってしまった私にとってはひどく眩しいものに思えてしまう。


彼女の細い指が瓶の口に触れて封蝋をなぞり上げ、それから私へと視線を戻す。ちなみにサソリの旦那もガン見をしていらっしゃる。っていうかもう商売人じゃなくて人殺しみたいな目になってるんですけど。こわっ。



「ノマさん、これはその、何かしらの奇跡を行使した故の産物であるのでしょうか?」


「いえ、神様の云々は用いておりません。それは純粋に知識と技術からなる産物ですので。さっき頂いた砂糖煮のようなものであれば、一月と言わずに年を越す事も出来るかもしれませんね。」


「なあお嬢さん。こいつの作り方、俺に売っちゃあくれねえか?」



おおうみんな食いつく事食いつく事。私としては美味しくて便利なものが広まってくれるのは別段構わないのだが、生憎とキティーの奴から口止めをされているのだ。おそらくは彼女の兄のご商売に使われるのだろうとあって、申し訳ないが先約がある以上は商売敵にものを言うにはいかぬというもの。


というかサソリの旦那、儲け話に目が眩んでよそ行きの口調が崩れてきてますぜ。



「わたくしとしても気になりますね。これが神の御力によるもので無いというのなら、貴方は腐敗という現象の真なるところを知っている事になります。ぜひともご教授願えませんか?」


「メルカーバ卿、いくら貴方でもこればっかりは譲れねえな。騎士団の中で消費する分を作るんであればともかくとして、親父さんに報告して事業にならないか検討するつもりなんでしょう?」


「当然です、このような好機を目の前にしてみすみす逃すなどと愚の骨頂。どうですかノマさん、もちろん相応の謝礼はさせて頂きますよ。」


「うーん。申し訳無いのですがこの製法については既に友人に譲り渡しているものでして、おそらくその権利はドーマウス卿に渡っているはずです。製法を知りたいのであればぜひそちらへ交渉して頂けますと幸いです。」



丸投げである。まあ事実として私は瓶詰作りについての知識を既に譲渡してしまっているのだから、ここで迂闊に口を開くわけにもいかないのだ。


小難しい権利とお金の話は偉い人同士でやってもらいたいものである。私が妙なことを言って言質を取られ、キティーのお兄さんの立場を悪くしても責任は取れないのだから。



「むう。さすがにキリーの奴に先を越されていましたか。わたくしの一存で伯爵家と交渉を持つわけにも行きませんし、戻り次第お父様に報告が必要ですね……。」


「うへぇ、マジかぁ、よりによってドーマウス卿かよ。調子にのって煽ってやるんじゃ無かったぜ、気まずいなぁおい……。」



メルカーバさんは瓶詰片手に何やら考え込んでしまったし、偉い人用の化けの皮が既にぼろぼろのサソリの旦那はなにやら頭を抱えて呻いている。どうやらお貴族様相手に何事かやらかしていたらしく、なにやってんだかと言ってやりたいところである。


しかしまあ瓶詰一つでこの騒ぎ。他にもいくつかネタはあるのだが、これは迂闊にバラまいてしまえば私の意図しないところでえらい騒ぎになりそうだ。放出を検討する際はちゃんとキティーに相談してからにする事としよう。まあそれはそれでドーマウス卿に利権が集まり過ぎてしまう気もするのだが。




 そうこうする内に人が集まり、ある者は私の瓶詰へ物珍し気に視線をやって、またある者はサソリの旦那の美味しい物屋さんを覗きこむ。


私はといえばむふーと一つ息を吐き、先ほど頂いた砂糖漬けを一舐めしようと視線を落として、ふとそれに気が付いた。



視線の先、草むらの上に踊るは大きな大きな黒い影。幾重にも重なり、集まっては離れを繰り返す影たちは獲物に群がる猛禽の群れを連想させる。


ごくりと一つ唾を飲み、空を見上げた先にいたのは無数の大きな鳥、鳥、鳥。上空を舞うそいつらはこちらを襲おうと降りてくる様子こそ見せぬものの、こちらの隊列とつかず離れず、機を窺うように上空を旋回し続けていた。



「あれは……なんでしょうか?大きい鳥ですね。」


「ありゃあハルペイアだな。っち、厄介な連中に目をつけられたもんだぜ。」



誰にともなく放った私の質問に答えてくれたのはサソリの旦那で、彼はこれで店じまいとばかりに荷を片付けると静かに懐へ手を忍ばせてみせる。


周囲を見渡せばみな得物に手をかけてはいるものの、抜剣したり弓矢の類を取り出す者は見受けられない。今のところ危険は無いという事だろうか。



「ハルペイア……といえば、女性の半身を持った鳥の怪物でしたでしょうか?」


「生憎とそんな見目の良さそうな代物ではありませんね。良く言っても狂った老婆の頭を持った怪物といったところです。ノマさん、隊列から離れないようにしてくださいね。」



私を守るように前に出たメルカーバさんが言葉を返してくれた。離れるなという指示が出るという事はやはり危険な存在なのだろう。空中戦は不心得だが、危険であるならばどうにかして追い払うべきか。



「メルカーバさん、あの化け物はこうして日中から活動しているようですが、人を襲うのですか?」


「ハルペイアはおぞましい存在ですが、化け物というわけではありません。ただの気持ちの悪い大鳥ですよ。隊列から離れて単独行動を取らない限りは襲ってくることもありませんが、問題は士気に与える影響ですね。」


「と、言いますと?」



怪鳥に関する情報を聞きつつも、足元の小石をいくつか拾い上げて握り込む。こいつを思いっきり投げてやれば驚いて逃げ散ってはくれないものか。



「あいつらはですね、戦場では人が死ぬという事を知っているのです。そしてその死体や、逃げ散った兵達を食い殺しに降りてくる。あの連中が上空で手ぐすね引いて待っている以上、整然とした撤退も出来ないような酷い負け方をすれば生き延びれる可能性は限りなく低くなる、というわけですよ。」


「……なるほど、それはなんとも凶悪な死体漁りだことですね。追い散らしますか?」



聞く限りその生態はハゲタカに近いものがあるようだが、こちらが少数で反撃手段も持っていないと見れば嬲り殺しに降りてくるとはなんとも危険極まりない。


遠くにいるので大きい鳥だという事しかわからないが、見る限り下手をすればその大きさは成人男性ほどもありそうである。あんなものに複数で襲われればひとたまりも無いだろう。



先ほど拾い上げた小石をぽん、ぽんと宙に放り、ぱしりと右手で掴み取る。先日の化け物退治の時に引き続いてまた焼き鳥か。なんとも食いでがありそうだ。


上空に向かって狙いを定め、にししと笑う私の腕は、けれども士気の低下を危惧していたメルカーバ卿自身によって引き留められた。迂闊に刺激をするなという事だろうか。



「やめておきなさい、ハルペイア単体ではそれほど恐ろしい相手という訳でもありませんがあの数です。それにあの怪鳥の群れは化け物が日中に行動をする為の隠れ蓑であるという話もありましてね、迂闊につつけば何が飛び出してくるやらわかったものではありません。」


「では、あの招かれざる客人を空にのさばらせたままにしておくと?」


「口惜しいですがやむを得ませんね。いずれにせよ、わたくし達がオークに勝てば良い話です。」



メルカーバさんに諭されて私は素直に腕を降ろした。まだまだ私はこの世界の常識に疎いとあって、先人の言うことを聞いて素直に従うに越したことは無いだろう。


とはいえ周囲に与える影響は大きいようで、サソリの旦那は苦々し気に口を歪めて客足を遠のかせた敵を睨みつけているし、若い従騎士などは青い顔をして空を見上げながらおろおろとするばかり。


おそらくは隊列のそこかしこでこれと同じ光景が起きているのであろうからして、まだオーク達と会敵してもいないというのに士気を下げてしまうような存在はやはり無視できないものがある。ここは一つ、私が一肌脱いでみせるべきか。



そんな事を考えつつも、にっくき日光に目を細めながら空を見上げる私は手の中の砂糖漬けを指先で少しだけ掬い取り、口に入れてその甘さに思わず顔をしかめたのであった。


うーん、ただひたすら甘いだけだなあ……これ…………。



少しずつ場面を進めてはいるのですが、状況説明や各人がその考え、行動に至った経緯について言葉を尽くそうとするとどうしても長くなっていってしまいますね。


ノマの考え方についてはメルカーバが賛同を示した事で作中では肯定されましたが、会話の相手が違っていればおそらく否定をされた事でしょう。彼女は己の権利、利益を勝ち取ろうとする意欲に乏しいのです。


俗な言い方をしてしまえば、彼女は土下座して頼み込んだら~というタイプであると言えるでしょう。



さて、年内の更新はこれで最後となります。本年は拙作にお付き合い頂き誠にありがとうございました。年明けは少々たて込む事もあり、次回更新は少し間が空いてしまうやもしれません。


それでは皆様、よいお年をお迎えください。

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ノマちゃんに土下座で頼み込んだら、「しょうがないにゃあ…いいよ?」してくれるってマジ?
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