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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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神様のありがたいお話

「んー、あー。昨日ゼリグの奴が使い込みおった金額がこれでー、買い出しに使った分がこれだからー……んー……んぅー……。」



 どうも。先日の化け物騒ぎの一件により、なんだかなし崩しに就職が決まったノマちゃんです。祝、無職脱出。


 とはいえ素直に喜んでも居られない。この私を手駒に置いて、果たしていったいどんな荒事をさせるつもりであるのかと戦々恐々びくびくとしていたところ、蓋を開けてみればなんとびっくり自宅待機の毎日であった。



 おかげで私の日々はこれまでと変わらずに、おさんどんをしたり銭勘定をしたりと家事手伝い兼自宅警備に勤しんではいるのだが、これはこれで就職初日から窓際族になってしまったのでは無いかと変に気を揉んでしまうのだ。もしかしなくても持て余されているんだろうか私。


 実は厄介者を抱え込んでしまったと煙たがられているのでは無かろうかと、想像するだけでへこんでへこんでぺしゃんこになってしまう。せめてなにか簡単な仕事でも振ってくれないものだろうか、悪党のアジトを地盤ごとぶっ潰すとかそういうやつ。なんでもやりますよ私。抗争とか、出入りとか、殴り込みとか。鉄砲玉とかも多分得意です。




 はー、ひーまでーすねー。等とぼやいてみても、生憎と家にいるのは私一人であるので突っ込みの一つも入らない。ただいまを言う相手もいないという奴で、ゼリグもキティーも日またぎの外出中であるからして、一人お留守番の私は暇ひまのヒマリンコである。


 まあそのおかげで家計簿をつけるのも捗るというものではあるが、そもそもにして捗らせなければならないような状況を作りおったゼリグの奴が、私にお留守番を押し付けてさっさと出て行ってしまったのが微妙になんか気に入らない。せめて戸棚に何か甘いものでも置いてけや、うぬぬぬぬ。



 その彼女がどこに行ったのかと言えば、あやつはこの度まとまった収入が入ったことで時間と懐に余裕が出来たからと、ようやっとその重い腰を上げてはるばる実家へと顔を出しに行ったのである。


 家族水入らず、どうぞごゆっくりと笑顔で送り出せるなら良かったものの、あいつときたら私に黙って酒に煙草にとなんやら土産をごっちゃごちゃと買い込んでいやがったのだ。しかも葡萄酒の一番搾りのたっかいやつをごっそりと。



 いや、土産を買う事そのものは別に問題ない。たしかにあの化けガエルを下したは私一人の仕事であったが、そもそもにしてゼリグとキティーが仕事を探してくれなければ私はその間口に辿り着く事すら出来なかったのだ。これはみんなで稼いだお金なのである。


 よって、彼女が己は王都でこんなに大成したのだぞと、両親ご近所に自慢する為の出費とあれば、むしろ遠慮なく良い物を買っていってくれと背中を押してやるのもやぶさかではない。快く送り出してやりたいというのが人情というものだろう。



 しかしである。高額の出費をするというのに、黙って勝手にお金を使うなと。しかも勢いで買いまくったのでいくら使ったかも覚えておらず、領収書の類も残していないとくれば、家計簿を握り締めた私がキレて食って掛かったのも致し方の無い話であろう。


 別に、飲み慣れているだろうからと私への土産としてついでに買ってきてくれたのが、三番絞りの微妙に不味いピケットワインであったので、それがなんだか私の事を軽んじられているような気がして腹が立ったからとかそういう訳では無い。無いったらない。ぐすん。



 いやそれなのにあいつときたら、懐に余裕があるから問題無いだろう、ケチ臭いこと言うなよとか言って、まるで反省する様子を見せぬのだ。むっきー!お母さんは貴方をそんな子に育てた覚えはありませんよ!!


 っていうかお前がそんなザル勘定ばっかりしてるからこないだみたいなド金欠に陥るハメになったんだろうがと!私が家計の状況把握するのにどんだけ苦労したのかわかってんのかと!!わかってんのかって聞いてんだよゴラァ!!返事しろや赤毛ぇぇぇぇぇっ!!?



 とまあそんな感じで猫のように毛を逆立ててギャーツクギャーツクと騒いでは見たものの、そもそもド金欠の原因はお前だろうがという正論でぶん殴られ、次いでそもそもこんだけ土産を買い込んで頭を下げに行く原因を作ったのもお前のせいだろうがという言葉の暴力でボッコボコに叩きのめされた私は、ぐうの音も出ずにマットに沈んだのである。ちーん。


 うん、まあ、正直すまんかった。私がゼリグに出会った直後から、村を出るまでの誤解が誤解を生んだ負の連鎖については既に私も知るところではあるものの、別に私だってわざと騙そうとしたわけでも無かったのだし許してほしい。



 そもそもにして勝手に誤解し、親御さんと村長さんに喧嘩を売って飛び出してきたのはお前じゃねーか何言ってんだよと喉元まで出かけたが、それを口にしたらマジでぶん殴られそうな気がしたので辞めておきました。


 円滑な人間関係を構築するにあたっては、時に愛想笑いをしながら仮面を被ることも大事なのである。カワイソウナワタシ。およよよよ。



 で、最終的にめちゃくちゃ良い笑顔をしたゼリグから、その口を塞ぐか私と一緒に頭を下げに行くかどっちか選べと脅された私は、HAHAHAと笑ってお口にチャックをするとニッコリと頷いたのでありました。


 いや勘弁してほしい。私が原因の一因であるとはいえ、ご家庭のトラブル&ご近所トラブルのダブルパンチなぞ好んで関わりたいものであるものか。私の豆腐メンタル舐めんなよ。あ、想像しただけで胃が痛くなってきた……。




 と、まあそういうわけで、言いたい事を飲み込みつつも大荷物を担いだゼリグの奴を見送って、一人残された私は残高から逆算しつつ、ぶーたれながら家計簿をつけている真っ最中というわけである。


 いや、お貴族様から安定して仕事を回して貰える事が確約されたとあって、もうそれほど厳密な銭勘定なぞ必要無いとわかってはいるのだが、なんというかもうこれは職業病なのだ。お金はきっちり管理されていなければ気が済まないのである。


 馬鹿は死んでも治らないとは言うものの、実際に死んで自らそれを証明する事になろうとは夢にも思わなんだ。長生きはしてみるもんである。むーん。



 ちなみにもうお一方、私の保護者の片割れであるキティーの方は、何やらお兄さんから歌劇に誘われたとかでこれまた朝早くからお出かけ中である。


 いやぁ、さすが関係は良好と言うだけあって、勘当された身でありながらもこうして遊びに誘ってくれるなんて良いお兄さんでは無いですかと温かい気持ちにさせてくれたのも束の間の事で、こちらはこちらでなんだか波乱を感じさせるお見送りになってしまった。



 事の次第を伝えに来なすったアサシンメイド少女ことシャリイちゃんが控える中、ばっちりとオシャレを決めた彼女を見やって「家族水入らず、楽しんできてくださいね。」と声をかけてみたところ、こちらを振り向いてニヤ~~~っと笑い、桃色の奴はこう言ってのけたのである。


 『ええ、いつまでもお兄様に舐められているわけにはいかないからね。ここらで一発決めてくるわ。』と。



 いや待てや、決めてくるって何をだよ。家族旅行のお見送りをしているだけなのに、なんでそんなこれから一発タイマン張ってくるわみたいな決意表明を聞かされなきゃあならんのだよ。


 で、言いたい事は色々あったが何と言ってよいかわからずに乾いた笑いを返すしかなかった私は、『わたくしがお二人の間に入ってとりなしを致しますのでご安心下さい。』と、鼻息も荒く親指を立てるシャリイちゃんに全てを任せて彼女達を送り出す事になったのでありました。白目で。



 はふーん。もうゼリグの件といい朝っぱらから胃が痛い。なんであいつらあんなに血の気が多いのだろうか。もう少しだね、私を見習ってお淑やかに女の子らしくしなさいとお説教をしてやりたいくらいでありますよ私はね。ド畜生。




 まあそんなしょうもない事を考えつつも、木板をガチャガチャ積み重ねながら石板と石筆片手にカリカリと満足するまで帳簿をつけること小一時間。思ったよりも早く終わりました。


 んーっと一つ伸びをして、こきりこきりと首を回し肩も回してぐるんぐるん。さて今は何時であろうかと視線を巡らし時計を探し、そういえば時計なんかあるわけ無いかと回らない頭でぼへりと考え窓の外へと視線を飛ばす。


 晴れ渡った空の下、遠くに見える教会の鐘楼のその下で、お坊さんだか神官だかがゴーンゴーンと鐘を鳴らすのが見えて今がお昼だと悟った私のお腹が、カロリーを寄越せとグルグルキュキュ~と鳴き声を上げて抗議した。



 あ~。腹減ったの~。買い食いに行きたい。無性に買い食いに行きたい。


 ここしばらく流通が滞りがちだった事もあり、事件の終息後も街は依然として鬱屈とした雰囲気が漂っていたのだが、お貴族様の働きかけのおかげでつい先日にようやっと王城から正式に事態の収束が宣言されたとあって、まだまだ人々は半信半疑のようでありながらも次第にその暗い雰囲気は晴れつつあった。



 つまりこれはおまけをつけてもらうチャンスである。屋台商人の皆さんもここ最近の胸のつかえがとれたとあって、ご機嫌で商売をなさっておいでのはずなのだ。ならば私の容姿を活かし、ここは一つおまけをねだってみるのも一興というものである。


 いや別にお金に困っているわけでは無い。困っているわけでは無いが、おまけというものは大事なのである。あのちょっとしたお得感が童心を思い起こさせ、今は帰る事の出来ぬ故郷をもまた思い起こさせるものなのだ。だから別に食い意地が張っているというわけでは無い。無いったら無い。



 さて、そうなると目先の問題はお留守番である。今の私はお留守番の名目で絶賛軟禁状態であるからして、どうにか代わりのお留守番を工面せねばならぬのだがさてどうしたものか。


 一応玄関に鍵こそはかかるものの、近世以前のガバガバセキュリティーではそんなもんとても信用できたものではない。それこそ泥棒にでも入られようものなら目も当てられない事になるだろう。


 私達だって不幸になるし、なにより私達三人に追いかけ回され、産まれてきてすいませんでしたと宣言させられるまでぼっこぼこにぶちのめされるであろう泥棒さんの事を考えると、優しい私のハートはキュンキュンと痛むのである。あかん誰も幸せになれねえわ。



 さぁてどーしよっかなーと帳簿の山を脇にやり、椅子に腰かけたまま頬杖をついて、人差し指でトンツクトンとリズムよく机を叩き続ける事しばし。ふと、思いついた。


 ああそうだ。そういえば今の私には新能力があったでは無いか。あれでなんとかならんものだろうか。



 ぴょんこと椅子から飛び降りて、右足を踏み出してコツ、コツ、コツ、と足踏みをしてみれば、私の影からずるりと小さなものが這いずり出た。


 小さなそいつは銀色の毛並みを輝かせ、垂れた耳をぴくぴくと動かしながら私の足元をすろすろと歩き回る。そしてしばらくするとぺとんと腹ばいになって寝ころんで、さあ命令を寄越せと言わんばかりに私の事を見上げるとぎゅるぎゅると唸ってみせた。


 んむ、上手くいったようである。ようは泥棒が入らなければ良いのであるからして、こいつに番犬の役目を負ってもらう事としましょうか。さすれば私も気兼ねなくお出かけする事が出来ようというもの。



「じゃあ、ちょっと私は出かけてきますから、怪しい人が入ってくるようなら捕まえておくように。食べたり殺したりしちゃあ駄目ですからね?」


「ぐぎゅるぐぉぉ~~~ん……。」



うーん、大丈夫かなこいつ。まあ元は私の一部であるのだから。私の意に反する事をするとも思えんが。


 ともあれ、これによってお出かけしても良いという免罪符を手に入れた私は意気揚々とお財布を持ち、私が今しがた生み出したそいつ、眼球の無いミニチュアダックスちゃんにお留守番を任せて買い食いに出かける事にしたのでありました。うしし、さーてなに食べよっかなーっと。







「おっじさーん。その串焼き二本、くっださっいな~~。」


「おう、まいどありい。嬢ちゃん美人さんだからよ、一本おまけしといてやるぜ。」



 うへへへへ。目論見どうりである。儲かった儲かった。買った串焼きを三本ぶらぶらとぶら下げて、がぶりと噛みつけばお口に広がる甘辛い味。んー、現代人の基準でいえば一味足らぬが、まあこれはこれで悪くない。


 ちょっとまずいかな? でもまあ良いかと思いながら飯を食う。これがB級グルメの正しい作法であるからして、わたくし異論は認めるところである。プテロダクティルスとやらのなんだかわからん串焼きを平らげつつ、残った串をがじがじと齧りながら大通りをぷらぷらぷら。



 私があの月ガエルを滅した事により、次第に回復しつつあるであろう流通を確認する意味合いを兼ねてのお散歩であったが、幸いな事に思った以上に物流の回復は順調なようである。


 なんせ今もぽてぽてと歩く私の横を、先ほど王都についたばかりと思しき荷馬車がごろりごろりとすれ違い、そうかと思えば背負った背嚢に飯盒やら水筒やらをくっつけた、ずんぐりむっくりのゴブリンらしき一団がうろうろと歩いていくのだ。



 うむ、我ながら良い行いをしたもので、おかげで今日も飯が美味い。


 自らが為した仕事の満足行く出来栄えに舌鼓を打ちながら、百キロ先まで嗅ぎ分けるヴァンパイアノーズで美味い物の匂いを辿りながらちょこまかと歩き回る。そしてそのうちに気が付けば、いつのまにやら私は教会の真下にまでやって来ていた。



 見上げれば遥か上に見えるのは先ほどゴーンゴーンと揺れていた鐘楼で、高い高い尖塔の上に拵えられたその荘厳さがなんとも儲かっているような風を思わせる。


 別に私は信心深いというわけでも無いのだが、この万国びっくりボディーの言い訳にさんざっぱら神様の名前を使わせて頂いておるのだ。たまには教会で手を合わせて読経の一つでもあげて差し上げるかと思ったその矢先、不意に後ろから肩を叩かれた。



「おうおう、ノマの嬢ちゃんじゃあないかい。嬢ちゃんも礼拝に来たのかい?」


「あ、どうも、お久しぶりです。肉屋のおじいちゃん。」



 振り向いてぺこりとお辞儀を一つ。そこに立っていたのは私が小遣い稼ぎに入り浸っていたお肉屋さんのご主人で、私の血抜きの技を五色の神の御力といって拝んでくだすった信心深いご老人である。


 さすが信心深いというだけあって、ご老人はちょうどこの教会に参拝に参ったところらしい。とはいえこれは好都合、いかんせん建物の中に勝手に入ってよいかわからなかったところであったのでこれ幸いと、『ええ、そのとおりですのよオホホホホ。』と調子よく話を合わせ、私も一口乗らせて頂く事とした。



「せっかくだから一緒に行こうか。ほれ、ついでおいで、迷子にならんようにな。まあほとんど一本道だがのお。」


「はい、ありがとうございます。お邪魔します。」



 子供らしく腕を伸ばして手を繋ぎ、初めて足を踏み入れた教会内部。その中は入ってすぐに大きな広間となっており、その正面には大きな大きな宗教画が飾られている。


 そこに描かれているのは三対六枚の翼を持った、白い衣を身に纏った女神の姿。その下にある檀上では司祭と思しき男性が本を手にして立っており、椅子も机もない広間はすでに大勢の人々でごった返していた。



「おうおう、急がんと始まってしまうわい。神父様の説法を聞き逃したら大変だからのお。」



 ご老人に手を引かれながら居並ぶ人々の最後尾にとりつけば、はるか上空からゴーンゴーンと鐘が鳴る。それを合図に神父様はごほんと咳ばらいを一つして壇上に本を置き、右手を軽く頭の上に挙げて厳かに口を開いた。



「我らは信仰篤き御身の息子。白の神よ、光明たるファラオよ。我らと我らの子孫に対し、等しく祝福を賜らんことを。いあ。いあ。」



 一瞬ぽかんとしたが、どうやらこれはお決まりの文句であるらしい。神父様はそのまま頭のうえで何やら幾何学的な十字を切ると、目を閉じて床に伏せ、頭をこすりつけるようにしてうずくまってしまった。


 どうしてよいかわからずに周りを見渡せば、横に居るご老人も周囲に居並ぶ人々も、みな次々に床に伏せ、うずくまって拝謁の礼をとり、そのままピクリとも動かない。



 うむう、元日本人としてはいささかカルチャーショックではあるものの、郷に入っては郷に従えという言葉もある。私も続いて床に伏せ、頭を下げたまま目を閉じた。大広間に椅子も机も無かったのはこの姿勢が原因かと納得しつつ、なんか土下座っぽいなこのポーズと余計な事を考える。


 そのまま周りが動く様子も無かったので、土下座の姿勢を維持したまま固まること約数分。まだだろうかと薄目を開けて、チラリと様子を窺ってみたところ、前方の神父様が身を起こしたのが目に入ったので、それを合図に私も軽く伸びをした。



「皆様。我ら王国の守護神たる白の神への信仰篤き、御子たる皆様。先日まで王国を襲っていた悪しき化け物による災禍も神の御力によって退けられ、こうして再び皆様と神への祈りを捧げられること、一人の神職として私は大変うれしく思います。」



 この場にいる全員が身を起こしたのを見て取ると、神父様は再び本をその手に抱えて口を開き、私達一人ひとりに語り掛けるようにして話し始める。いやまあ、その災禍とやらを打ち払ったのは私なんですけどね。いや別にいいんですけども。



「それでは、本日も白亜の書より、創生神話の一節から始めさせて頂きます。皆さま、神への畏敬の念を忘れぬよう強く心を持ったまま、どうぞ、ご清聴下さい。」



 おお、この世界の神話についてはこれまで聞く機会が無かったのだ。これは良い機会に巡り合った。なにせキティーの奴ときたら神の教えについては正式な手順を踏まずに口にするものでは無いとか言って話してくれぬし、書架の本でも神話関係は触り程度にしか触れられておらぬのだ。


 前世の地球においては聖書だの経典だのがあれだけ普及をしていたというに、この世界においてはほぼ口伝でのみそれらが人々に伝わっているというのはなんとも面白い差異である。はてさて、いったいどんなお話が飛び出してくるのだろうか。



「こほん、えー、この世のはるか初めの事。無限無窮の宇宙の最奥、沸騰し沸き立つ原始の混沌のその中心。あらゆる次元から切り離され、時間を超越せし無明の房室に万物の王たる御方が座しておられました。」



 神父様の落ち着いた声が、広間に朗々と響き渡る。再び薄目を開けて周囲をこそりと見渡せば、肉屋のご老人も周囲の人々もみな目を閉じ、胸に手を当てて静かに清聴なさっており、私もそれらにならって胸の前で両手を組んだ。



「偉大なる王はその無聊を慰めんとする為、世界を、宇宙を、大地の全てを創造なされました。そして自らの御使いたる、白銀の翼持ちし踊り子達に、歌い、踊り、楽器を奏でて王の無聊を慰めんとしていた者達に、世を守り、人を導き、我ら人族の導き手とならんことをお命じになったのです。」



 一節ごとに、ぱらり、ぱらりと本の頁がめくられる。神父様の持つ白亜の書とやらはそれ自体がなんらかの神力を帯びているのか、それは頁がめくられるごとに何色ともつかぬ光を怪しく纏い、光は歪んで淀み、散っては舞って、祝福しているとも嘲笑しているともつかぬような怪奇な様を見せつけた。


 薄目を開けた私の視線はその光を追ってあちらへこちらへと彷徨うのだが、神父様のその視線は本に注がれたまま微動だにせず、一向に反応を見せる様子は無い。彼には見慣れた光景であるのだろうか。それともあるいは、この光が見えているのは私だけなのだろうか。



「王の命を受け、最初に世に顕現なされましたは白き衣纏いし踊り子でありました。七太陽の世界より降り立ちしかの神は、自らの住居たる原初の森をお創りになられると、そこに自らの同士たる赤、青、緑、黒の神を呼び集め、そこから神々は空を作り、海を作り、人を作り、そして我ら神の子たる人族に、麦と家畜をお与えになったのです。」



 神様が国土を産んだという考え方は、私のような元日本人にもなじみ深いものがあるところ。とはいえ別に詳しいわけでもないのだが、イザナギとイザナミの国生みの逸話がそんなようなものだった気がする。


 そしてこの世界においてそれら神産み、国生みに関わる神様こそが、すっかり私にも聞き馴染みのある言葉となった五色の神と、その主人であるとかいう万物の王という存在である訳か。



「我ら人族はすべからく神より産まれし子。神より命を授かり、死せる時その命を神に返し、我らの魂は神々の元で不朽不滅の存在となって、永遠の喜びの中を漂う事でしょう。皆さまもいつか神の身許に赴くことになりし時の為、そのことをゆめゆめお忘れにならぬよう、どうか心に留めておいてくださいませ。」



 語られるべき一節はそこまでであるようで、神父様はそう言って結びの文句を唱えると、ぱたりと本を閉じて胸に抱いた。頁が閉じられると共に本が纏う光も収束し、それは紙面に吸い込まれるようにして消えていく。うーむ、なんだかよくわからぬが神秘的な現象だ。見えたらご利益とかあるんだろうか。



 そしてそれからしばらくの間、神父様の説法が続いた。その内容はといえば、むやみに人を傷つけてはならないとか、神の清めを受けていない死んだ獣の肉を口にしてはいけないだとか、安息日には仕事をしてはならないだとか、それは生活習慣の基礎となるような、そういった類のものであった。


 そういえばご老人の営業している肉屋へ出入りしている時も、お肉に五色の神の祝福を与えてもらうとかなんとかと耳にした覚えがある。食肉に祝福を与えてもらうってなんじゃそりゃとその時には思ったものの、今思えば察するに、要は病死や怪我で自然死した獣の肉を口に入れんな、ちゃんと店で安全なヤツを買えという事であろう。



 地球においても、仏教にしろなんにしろ、あれをしろ、これはするなといった教えは、その初期においてはそもそもが生きる上において必要な衛生観念を生活に根差させることが目的であったと、どこぞで読んだ覚えがある。


 この世界に生きる人々も、腐敗だの細菌だのといった知識は無くとも、生きる上で何が必要で何が危険であるのかを経験則によって導きだしており、それらをこうして神の教えという体をとって人々に流布しているという事だろうか。


 いやあるいは、ここはファンタジーな世界であるからして、本当に神様がそこらへんまで細かく指定してくれているのかもしれんけど。



 それからもしばらくの間、神父様からのありがたい生活の知恵のお話を頂くこと小一時間。最後に聖餅とやらとなんか薄っすい葡萄酒を頂いて、本日の説法は終了という事にあいなった。


 お餅と聞いた時に切り餅みたいなのを想像し、そういえばお雑煮も良いなあ魚介ダシはあるし、とかぼやりと頭に浮かべる私のお手々に教会の人が手渡してくれたものは、意外や意外、薄っぺらいパンの板。なんだこれ、ウェハース?


 どうやらお土産の粗品というわけでは無いらしく、周囲の人々が神父様の指示に従い作法に則り、葡萄酒にウェハースを浸して口にするものだから慌てて私もそれに倣う。うーん。味がしないわこれ。感覚としてはなんかオブラート食べてるみたいなそれである。なんかもちゃもちゃする。



 ぺろりと親指を舐めながら酒杯を返すと、壇上の神父様は両手を掲げ、いま口にしたものは白の神の実体の一部であり、神の身を宿したあなた方は死後必ずや神の身許へ行き、偉大なる万物の王の元でその末席として加わる栄誉に預かれる事でしょうと、なんだかありがたいのかよくわからぬお話をされて壇上から退席なされました。お疲れ様でした。


 さてこれで本当に終わりのようで、広間に集まった人々が午後の仕事はどうしようかなどと雑談を交わしながら退出する中、もう帰っていいのかしらときょろりきょろりとしておれば、同じように退出しようとするご老人が私に向かって声をかけてくれた。



「それじゃあのお、ノマちゃん。また店にも来ておくれよ。店はほとんど息子に任せてあるんじゃからまあ良いが、婆さんが亡くなってからはどうにも寂しいもんでのお。ノマちゃんが顔を見せてくれると良い気晴らしになるんじゃよ。」


「ふふふ、また近いうちに顔を出させて頂きますよ。それよりも私なんかより、もっと息子さんを構ってあげてくださいよ。大事な跡取りなんでしょう?」


「ふん、あの馬鹿息子は若い嫁にばかりかまけてな、父親である儂を労わろうっちゅー配慮が足りん。その点ノマちゃんは気配りも出来てほんに良い子じゃて、どうかの?孫の嫁に。」


「お孫さんまだ三歳じゃないですか。ま、ご縁があれば考えさせて頂きますよ。」



 当たり障りのない返事をして、そしてなんだか見られている気がしてふと上を見上げる。そこにあったのは入ってきた時にも見た大きな大きな宗教画で、描かれているのは三対六枚の翼を持って、白い衣を身に纏った女神の姿。



「う~む、相変わらず白の神様のお姿は美しいもんじゃわい。婆さんの若い頃にそっくりじゃ。きっとノマちゃんも大きくなったら、うちの婆さんに勝るとも劣らないくらいの美人さんになるぞい。」



 ご老人の惚気を聞かされながら、けれども私はその神の絵姿から目を離せないでいた。ご老人はこの神の姿を美しいと言う。そしてそれは他の人々の目から見ても同じ事のようで、退出していく人々は時折足を止め、この絵姿を見上げては感嘆の声をあげるのだ。



 果たしてそうだろうか。では、いま私の目に見えているこれはなんなのか。



 私に見えている女神の姿は、白い衣を纏い、翼を生やした女性の姿。そしてその顔は真っ黒に塗りつぶされて、黒いそれは渦を巻き、うねりひしゃげて揺らめいて、そいつは私の事をじっと見ている。何故だか私には、そんな気がしてならないのだ。


 渦を巻く黒い顔。それが私の頭に思い起こさせたものは、かつて私をこの世界に送り込んだ邪神のその姿であった。この直感に従うのであれば、白の神とはつまるところこの箱庭世界の管理者であるあの邪神そのもの、あるいはその代行者では無かろうか。


 知る限り、この世界には五柱の神がいる。仮定に仮定を重ねるならば、この王国で主に崇められている白の神をはじめとした五色の神とやらの正体は、この世界というゲーム盤で遊ぶ、ゲームマスターにしてプレイヤー達という事になるだろう。



 あくまでも私の勝手な予想である。とはいえ、おそらくさほど的を外してもいないだろうという自信もある。きっとあの邪神は今もこうして私の事を観察し、奴が言うところの面白い事とやらを私が引き起こすのを今か今かと楽しみに待ち構えているのだ。この覗き見野郎めが。


 いや、碌に拒否権無くこの世界に送り込まれた事について多少は思うところが無いでもないが、その一方でこうして新たな身体を得て、新たな生を歩めるようになった事については感謝していないわけでも無いのだ。


 なんせ私は死んで、消えてなくなるはずであったのだから。己の自我が消えてなくなるのは、とてもとても恐ろしい事なのだから。



 しかしまあ覗き見は頂けない、見たいならちゃんと許可をとれ許可を。そしたらまあ、プライベート以外は見せてやらんわけでも無い。


 というか己を神として崇めさせるなどと随分とまあ悪趣味な事だな、邪神の奴め。いや、よく考えたらあいつ神だったわ。むしろ神が神の本業をやってるだけだったわ。それはそれでなんかムカツクな畜生。




 そんな事を考えながら神の絵姿を見上げつつ、いつの間にやら興が乗ったらしいご老人の、婆さんとの思い出話へと相槌を打つ。


 そして私はむふーっと鼻を鳴らしてんべっと舌を突き出すと、ご老人に見つからないようにこっそりと、絵画の中の白の神に向かって小さく中指を突き立ててやるのでありました。



 ふぁっきゅー。






おまけ_現時点における各キャラの神様に対する認識。このあたりの点はいずれ本編中で線で繋いでいきたいと考えています。


ノマ

【無貌の神】自分をこの世界に送り込んだ愉快犯。反発を覚えつつもそれなりに感謝をしてもいる存在。

【白の神】王国で崇められている五色の神の一柱。ノマは無貌の神と同一の存在では無いかと疑いを覚えた。

【這い寄る混沌】マガグモ達が崇めているらしい神様。まだなんかよくわからない。


キティー

【無貌の神】存在を知らない。

【白の神】五色の神の内、王国においては最も重要視され主神とされている調和の神。人族の守護者ともされる。

【這い寄る混沌】化け物達が崇めている悪神。王国教会の教えでは邪神とされる。


マガグモ

【無貌の神】存在を知らない。

【白の神】猿共が崇めているなんだかよくわからん神様。よくわからんけど混沌様を邪神呼ばわりしている連中の神なのでマガグモ達化生の者は神を騙る偽物として見下している。

【這い寄る混沌】かつて化生の者達を作り出し、今も教え導いてくれているとされる神様。人を襲い喰らえという彼女達の生活様式は基本的にこの神様の教えに従って実行されている。


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― 新着の感想 ―
神父の話がおもったよりそのまんまクトゥルフ神話で笑う
They are nyarlathotep!
[一言] 絶対全部一緒だよなあ
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