戦勝報告(表)
「わははははは!我らが怪物姫様に~~~!!かんぱ~~~~~い!!!!!」
「「「いぇ~~~~!!!かんぱ~~~~~~~い!!!!!」」」
「ふぅーはははー!!そうだそうだー!このノマちゃんをぉ!もっともっと褒め称えるがよいぞぉ~~~!!」
さて、頂き物の赤い槍を担ぎ上げ、ついでに折れ砕けたもう一本も拾って帰ってきましたはドーマウス家の別館で、今は宴もたけなわ戦勝祝いの真っ最中である。
とはいえ私はあの月ガエルの遺体を持って帰ってきたわけでも無く、証拠はこの槍二本のみ。無事にあの怪物めを誅殺せしめたと主張する私に懐疑の目を向ける者がいないわけでも無かったが、とりあえずは今後の被害報告について経過を見守る事と相成った。
ああ、ちゃんと証拠の品としてご遺体を担いでくれば良かったとは思ったものの、埋葬した仏さんを掘り起こすなどと気が引ける。
その癖、私はあやつを仕留めた事を示す遺体を提示してみなに安堵を与えてあげられなかったばかりか、あのはぐれは一匹では無く無数におり、空に浮かぶ船に乗って移動をしているなどと不安な情報をもたらしたのであるからタチが悪い。
既に目覚めて身を起こしていたゼリグをはじめ、皆々様には動揺をさせてしまったものの、圧倒的な物量差にも関わらず私が抗しようという姿を見せた事に連中は分が悪いと見て引いていったと話してみれば、幾分か安堵のため息が漏れ聞こえたものである。
私があのカエルを誅殺したと主張したところで、この赤い槍はただ拾ったものだと言われればそこまでの話。あやつに仲間がおった事も空飛ぶお舟の事も、いかんせんその確たる証拠は提示できぬ。
ただ私という女児の証言だけであるからして、不確定な情報で不安を煽るのもどうかとは思ったが、とりあえず知っている情報は全て話しておく事にした。その取捨選択と判断は偉い人に任せる事としよう。なんせこの件において、私はただの雇われ人の立場に過ぎないのだから。
極端な話、私が怪物を倒した事で賞賛をされる必要は別に無いのである。そりゃあちょっとは褒めて欲しいが、ようは王都周辺における被害が止まればそれで良いのだ。あの連中が引いた以上、おそらく日中における化け物の被害は今日以降で鳴りを潜める事だろう。夜は知らん。各自自分で気を付けるように。
ただ、私は今現在において証拠を示す事は出来ないが、被害が収まるというその事実が私の言動を証してくれるはずである。それにあやつとやりあった現場についても、場所はうろ覚えだが歩いた感じ、王都からそこまで遠いというわけでも無いのだ。
あれだけ派手にやりあったのである。木々が折れ砕け、土が掘り起こされて岩が破砕されたあの現場は、いずれ猟師だか樵だかが見つけて人づてに伝わることだろう。
まあそういうわけで、貫徹して朝方に戻ってきた私の披露したなんともあやふやな戦勝報告は、子供が適当な事を抜かすなと罵声を浴びせられるのも已む無しとは思っていたものの、存外にみな信じてくれたようで、こうして酒宴を催す事となったわけである。
酒と食い物はスポンサーであるお貴族様持ちだ。肉体労働者を働かせるのに必要な金の使いどころをわかっているあたり、中々に出来たお貴族様だとこのノマちゃんが太鼓判を押してやりたいくらいである。というかこの連中、ただ単に人の金で飲み食いしたいが為に私の証言に異を唱えなかったんじゃぁあるまいな。
ちなみに場所は負傷者が転がされていた大広間で、寝っ転がった負傷者が端っこにゴロゴロと転がされ、代わりにどでんと地べたに置かれたのは量だけはやたらと多い宴会料理と大量の酒瓶である。お前らに人の心は無いのか。お前らほんとに人間か。
そうかと思えば端っこに転がされた負傷者達は、うーうーとゾンビみたいな声をあげながら酒を求め始めては、「目の前でタダ酒飲まれるくらいだったら死んだほうがマシだ!俺にも寄越せコラァ!!」とか意味不明な供述を垂れ流しながら、部屋の中央へゴロゴロと転がってきては酒宴に交じっていきなさるのである。
あんたらも貫徹同然だろうに、朝っぱらからほんとにタフだなお前ら。お前らほんとに人間か。
とはいえ主治医のキティー先生の言うところでは、もう傷は塞いであるのだからあとは食って体力を付けろとの事。怖い先生のお許しが出たこともあり、まったく遠慮せずに飲み食いするその姿はつい先ほどまで地べたに転がって呻いていたとはとても思えぬ健啖っぷりで、あんたら酒を燃料にして動いてんのかと思わずツッコミたくなるほどである。
しかしまあギャースカギャースカと騒がしい事。此度の討伐隊は約百名であったが、部屋に入りきらなかったのかこの場にいるのは半数の五十名ほど。残り半数もどこか別室で、同じように酒盛りでもしているのだろうか。そう考えながら、私も世話を焼いてくれているメイドさんから受け取った酒杯をチビリと一献傾ける。
お酒なんてほとんど飲めぬが、実は意外と酒席の席は嫌いというわけでも無い。皆が酔っ払い、楽し気に軽口を叩く様を見ているだけで、私もその一員であるのだと思え、自然と愉快な気分になれるものなのだ。まあ蒸発したアルコールの匂いで酔っ払ってるだけであるやもしれぬけど。ひっく。
さて長々と独白が続いたが、ここで話は冒頭に戻る。ゼリグにキティー、マリベルさんにシャリイちゃんと主だったメンツはお貴族様へ報告をしてくると席を立ち、残された私は壁にもたれかかってヤンヤと騒ぐお兄さんおっさん方を見物する身でいたのだが、ここで声をかけてくれたのが傭兵団長のお二方、ネヴィンさんとグスタフさんであった。
「いよう!飲んでるか嬢ちゃん?いやぁ、本当に一人であの化け物を倒しちまうとは思わなかったぜ。俺達エルフも緑の神の信徒ではあるけどよ、嬢ちゃんみたいに神様に愛された奴ってぇのは居るところには居るもんなんだなあ。」
「いや、本当に大した嬢ちゃんじゃわい。儂も長い事生きておるがの、化け物に痛手を与えて追い払ったならともかく、殺しきるところまで持っていけたというのは寡聞にして聞いたことが無い。ましてやあの白い化け物は一匹では無く群れを成しておったと言うでは無いか。それをまとめて追い払ったなぞと快挙じゃよ快挙。」
「あはははは。いえいえそれほどでも。お褒め頂きありがとうございます。」
この場にいる傭兵達の代表たるお二方に褒めて頂き、なんとも鼻高々である。重要なのはあの月ガエルによる被害を防ぐ事であり、私が賞賛を受ける必要など無いとは思ったものの、やはり褒められれば手放しに嬉しいもの。ノマちゃんご機嫌である。お酒も美味しくなろうというものよ。
ドワーフ秘蔵の火酒とやらを注いで貰い、ぐいっと一献傾けて、度数の強さに思わずゲホリと咽こんだ。あ、これきっついやつだ。割ってないブランデーみたいなやつ。ゲッホゲホ。
「ははははは、嬢ちゃんには強い酒はまだ早かったみたいじゃな。ほれ、こっちの湯で割ったほうなら飲みやすかろう。どうかの。」
「あ、ありがとうございます。ヒック。こっちならまだ飲みやすいですね。ヒック。」
「ほれほれ、食い物も取ってきてやったから遠慮なくつまんでいけ。なぁに遠慮なんざするこたぁねえ、なんせお貴族様の奢りだからな。」
「あ、どうもどうも。ご親切に。ヒック。」
火酒のお湯割りを作ってもらい、受け取った炙り肉にがぶりと一口かぶりつく。うあー、さっきの強烈な一口で一気に酔いが回ってしまって、なんだか頭がぐわんぐわんする。
だが良い気分だ。此度の化け物騒ぎを無事に治め、うっかり見せてしまった人外っぷりにも関わらずこうして私を受け入れてくれ、何かと優しくしてもらって実に良い気分であることよ。
なんせネヴィンさんもグスタフさんも、私の腕っぷしを褒め、この赤いドレスを褒め、嬢ちゃん実はどこぞのお貴族様の隠し子かなんかだったんじゃないかと囃し立てて私を持ち上げてくれるのだ。
その内に乾杯の音頭が取られ、ネヴィンさんから怪物姫などと勝手に渾名された私に酒杯が捧げられて皆が一斉に立ち上がる。盛り上がる場の雰囲気に飲まれ、酒にも飲まれた私は謙遜するどころかそれに乗っかって調子よく声をあげ、もっと自分を褒めてくれとはしゃぐのである。
いや実に楽しい。楽しい酒宴だ。みんなが口々に私の事を、天才、麒麟児、怪物姫と褒め称えてくれるのだから楽しく無い訳が無い。いや怪物姫ってどうなのよとは思わんでもないけども。しかし酒に酔って霞のかかった思考の彼方、私はこうも思うのだ。
なぜにこうも、あっさり私の言を信じてくれるのだろうかと。なぜにこうも、私のような子供を持ち上げ持て囃すのであろうかと。
繰り返しになるが私の示せる証拠はあの赤い槍のみ。まあ近日中に争いの跡が見つかって、あるいはあの怪物の遺体が掘り返されて証拠を固める事にはなるだろうが、今この時点では子供のほら吹きである可能性は残っているはずである。
私が昨日、いかに彼らの前で人外じみた格闘戦を演じる姿を見せていようとも、あの時点では勝ちも負けもしていない。いや、それどころか串刺しにされてまんまと逃げおおせられたあたり、どちらかと言えば私の負けとも言えるだろう。
私は見た目子供である。十歳児である。まあそれがあのような怪物に正面から立ち向かえるだけでも十分に異様ではあるのだが、だからこそ、本当はまたも負けて帰ってきたのに子供らしい負け惜しみを吹いているのだと、本来ならそう思われても仕方の無い事であるはずなのだ。
そして気にかかる事はもう一つ、私の言を信じてくれたとして、彼らがこうしてあからさまに私を褒め称えてくれている、それ其の物の異様さである。
彼らは傭兵だ。ほんの数日の付き合いではあるものの、此度の案件に引っ張り出されてくるあたり、お貴族様お抱えの食客として名の通った一団であろう事は想像がつこうというもの。
つまり彼らは荒事のプロフェッショナルなのである。当然、長い事その道に携わったものとしての矜持もあるだろう。その彼らがあの怪物を前に無力に打ちのめされ、その仇を私のような小娘が単独で討ち取ったとあれば面白かろうはずが無い。
私ならば面白くないと不貞腐れ、賛辞と嫉妬の入り混じった何とも言えない微妙な表情でその英雄を迎え入れる事だろう。にも関わらず、彼らはその嫉妬を見せることなくこうして私をヨイショヨイショと持ち上げてくれるのだ。
褒めてくれるのは嬉しい。かまってくれるのは嬉しい。自分が世に認められていると、そう思わせてくれるのは実に嬉しいものがある。だが私には、私にそう思わせようとしているのでは無いのかと。褒めて称えて持ち上げて、私のご機嫌を取ろうとしているのでは無いのかと、どこかそう思えてならなかった。
傭兵達が肩を組み、即興で歌われ始めた怪物姫を称える歌とやらを聞かされて恥ずかしさのあまり身悶えしながらも、私は心の中で燻ぶる疑念に気を取られ、今一つ楽しめきれずにいたのだが、そのうちに心の中で一つ折り合いをつけて開き直ることにした。
なに、きっかけは些細な事だ。団長さん達が二人して、「嬢ちゃん、気難しい顔しちまって、なんか気に障る事でもあったのかい。」と私に気を遣ってくれたのである。
私の機嫌を取ろうとしている理由は何か。その真意までは今一つ掴めなかったが、彼らが私を楽しませ、心地よい気分にさせようとしてくれている事は確かなのだ。ならばその主賓がしかめっ面をしていては彼らの心尽くしに対して失礼であろうというものよ。
そもそもにして、私はこうも思っていたではないか。私を遠巻きにして離れていかず、こうして近づいて話そうとしてくれる人がいるだけで、それだけで私は嬉しいのだと。
気持ちに折り合いをつけてニっと唇を引き結び、手にした酒杯をぐびりと煽る。酒精がカっと喉を焼き、胃の腑に落ちて燃え上がり、たまらず口をぱかっと開いて煙を吐いて、私はぽんと言葉を吐き出した。
「そりゃあ気に障りますよ!なんですかさっきの怪物姫を称える歌って!恥ずかしいにも程があります!!っていうか怪物姫ってなんですか!女の子に向かって怪物って失礼でしょう!!」
「うおおおい!お前らぁ!怪物姫様がお怒りだぁ!!みんなでもう一度歌ってお怒りを鎮めてさしあげるぞぉ!!!」
「それを止めろっつってんだろうがぁ!!こんのアホエルフぅ!!あ、こら止めろ!勝手に酒を注ぎ足すな!!アルハラだぞ!そういうのアルハラっていうんだぞドワーフめぇ!!」
「うおおおおおおん!怪物姫ぇ!ありがとよう!!あんた俺の恩人だ!俺のダチの!俺の仲間達の仇をとってくれてよぉ!!これであいつらの墓に美味い酒を持って行ってやる事が出来るってもんだぜぇ!!おーいおいおい!!」
「くっさ!酒くっさ!わかったから!お礼は頂きましたから抱きつかないで下さい!あ、どこ触ってんだこら!!ぶん殴るぞ!どたまカチ割ってやんぞおんどりゃあああああぁぁあ!!!」
まあいいや、小難しい事を考えるのはやめだ。今は楽しい酒宴の席であるからして、ならばこれを楽しまぬは無粋というものよ。まるで私が彼ら傭兵達の一員になれたかのような一体感に、己を受け入れて貰えているという安心感に興奮し、飲んで騒いではしゃぎまくって、ぶっ倒れてまた飲み倒す。
その内に、昨日の朝からフル稼働で動き回っていた傭兵達は一人倒れ二人倒れ、朝から始まった宴会は登り切ったお日様が傾き始めるその頃にはもはや死屍累々の惨状と化し、瞬く間に野戦病院に逆戻りである。いや倒れている人間が倍近くになっているあたり、より悪化していると言うべきか。
かくいう私も飲み過ぎて、気持ち悪くて動けない。あ、ちょっとやめてメイドさん。そこら辺の傭兵共と一緒に転がして部屋の隅に持って行って片付けないで。でちゃう!でちゃうから!中身出ちゃうっぷ。
あ。
チュンチュンチチチとおはようさん。疲労の極致であるところに浴びるほど酒をぶち込んだノマちゃんアンドおっさんズは結局日没までには全員撃沈したようで、目を覚ませば私達は箒で掃かれたゴミのように部屋の隅っこに集められ、こんもりとうず高く死体の山を作っておりました。
ちなみに私はそのてっぺんで、鏡餅の上のミカンのごとく仰向けにひっくり返って目を回していたようで、私のような子供を生き埋めにしなかったあたりドーマウス家の使用人さん達の最後の良心が発揮されたと言うべきか。
いやだってキレてたもん。絶対メイドさん達キレてたもん。いやだってしょうがない。夜更けに呼びつけられて怪我人の世話をさせられて、ようやくひと段落したかと思えば今度は朝っぱらから宴会の準備をさせられて酔っ払い共のお相手である。
私ならキレる。キレてぶん殴って不貞寝する。ニコニコしながら私をゴロンゴロンと転がして、げっそりした顔で青筋立てながら山の上にぶん投げる彼女達の姿が目に浮かぶようだ。さぞかしスッキリしたことだろう。すまぬ、すまぬ。
欠伸をしながら猫のように伸びをして、おっさんの山の上からボンボンズデンと転がり落ちてみれば、ぼすりと当たって止まったは見慣れた彼女のおみ足で。
「よう、やっと起きたか。この馬鹿。昨日丸一日飲み食いしたあげく、今の今まで寝こけてやがったとは呆れてものも言えねーよ。」
「おはようございます、ゼリグさん。病み上がりだというのに身体を起こして動き回ってしまっても大丈夫かと心配していましたが、その様子では壮健そうで何よりです。」
赤毛の彼女にぐいっと手を引っ張られて起こされて、猫のようにぷらんぷらんと吊るされる。見ればその後ろにはキティーもおり、桃色の彼女は茶目っ気たっぷりにニっと笑って、私に片目を瞑ってみせた。
「それで、どうでしたか?お貴族様への報告は。私の言は信じて貰えたでしょうか。」
「んー、そうだな。さすがに死体が無いんで今すぐに判断するってのは難しいんだが、元々化け物と事を構えるってえのは連中を追い払って終わりなんだよ。ただ追い払うだけでも相当の死傷者を出してな。だから、化け物を殺したってのは、アタシが知る限り前例が無い。」
化け物を殺したのは前例が無い。その言葉に、少しだけヒヤリとした。この世界において化け物と人が築いてきた微妙な勢力のバランスを、私の投じた一石が壊してしまったのではないかと思ったのだ。
あの月ガエルがマガグモ達の同胞では無い事を私は知っている。この件において、マガグモ達から人に対して報復が為されるような事は無いだろう。
だが、人の側はどうだろうか。これまで追い払う程度にしか抗する術が無かった化け物と言う存在を、殺す事の出来る者が現れた事で、勢力拡大とばかりに森を切り開き、化け物達の領域へ踏み入り始めてしまうのではないだろうか。
「だからまあ、化け物の討伐って言ってもその生死が確認出来ないのはいつもの事なんだよ。しばらくは様子を見て、これ以上に被害が報告されないようなら討伐完了と見做されて、がっぽり報酬を頂けることだろうよ。」
「そうですか……それは、ありがたい事ですね。」
私の心配をよそに彼女の説明は続く。これで先日使い込んだ金貨千枚の補填が出来ると、最大の功労者は私であるのだから、その取り分でお前も自身を買い戻せるぞと。
そもそもにしてゼリグがこの仕事を持ち込んだのは、先日の闇オークションにおいて、私が原因で使い込んでしまった現金の補填をすることが目的であった。
そしてその目的は十二分に達成され、私も自分の首にかけられた枷が外されたとあって喜ぶべきであるのだろうが、今一つ気分は晴れぬ。おそらく私は、自身のその有用性を、いささか示し過ぎてしまったのではなかろうか。
「それでな、ノマ。これからの話なんだが、アタシ達三人、ドーマウス家とマッドハット家の連名で、食客として雇われる事になった。お前仕事が欲しかったんだろう?喜べよ、お貴族様のお屋敷勤めなんてそうそう転がってくる仕事じゃねーぞ。無職からの大出世じゃねーか。」
「良かったじゃない。ノマちゃん自分でお金を稼いで生活費を渡したいって言ってたものね。お給金も良いし、なにより頼まれる仕事が無い時はこれまで通りに過ごしていていいってのが良いところよ。平時でもお給金が出るあたり破格の待遇ね。」
思わずひゅいっと声が出て、苦虫を噛み潰したような顔になる。幸い咄嗟に顔を伏せたせいかゼリグ達にこの顔を見られる事はなかったようで、彼女達は私に向かって、あれやこれやと今後の事を語って聞かせるのだが正直私は気が気では無い。
この国のお貴族様は、その有用性を示して見せた私に対して、いったい何をさせるつもりであろうかと。まさか本当に、私に対してマガグモ達を殺して森を切り開き、王国の領土を拡大することを命じるつもりではなかろうかと、疑ってかからずにはいられない。
ゼリグ達はこの話に乗り気であるらしい。当然だ、収入も安定し、お貴族様お抱えの看板だって使えるのである。喜ばない理由が無い。元々は実家と反発して飛び出したらしいキティーが素直にこの話を受け入れたのは少々意外に思ったが、キティーの実家もその当主は彼女の兄に代替わりしているらしいので、ようやく彼女も実家と和解したと言ったところだろうか。
そして彼女達にとって、化け物とは人間の敵。戦って打ち倒すべき悪である。その化け物を打ち倒す事の出来る力が手に入ったとあって、その力を行使することに異論があろうはずも無い。
翻って私はどうか。私は別段、マガグモのことを殺したいなどとは思わない。私がこの世界で生まれ育った人間であったなら、ゼリグ達人族の肩を持つことに一片の迷いも無かったであろうが、生憎と私はこの世界の外から来た存在なのである。
人族も蛮族も化け物も、彼らこの世界で生きる者達が、己が生きる為の正当な権利を主張するにあたり、私はそのどれを否定する事も出来ない。例え力があろうとも、私は神様では無いのだから、生殺与奪の権限など私にありはしないのだ。
正直に言って非常に困る。かといって私には、この提案を蹴ることも出来ない。なんせ私はゼリグ達の元でご厄介になっている身であるからして、ここを追い出されたら行くあてなどありはしないのだ。そして何より、私は運よくこの世界で手に入れる事の出来た自分の居場所を、失う事が恐ろしくて堪らないのである。
彼方を立てれば此方が立たず、八方美人は嫌われる。いや本当にどうしたものか。このまま流れに身を任せるしか思いつかぬが、それで本当に良いのだろうか。うーんうーん。
顔を伏せたままうんうんと唸る私の事を、知ってか知らずか赤毛と桃色はアレを買おうアレを買い足そうと現金の使い道に花を咲かせて盛り上がる。そして私は結局結論を出せず、成り行きに身を任せることとした。
そも、本当に私に化け物退治が命じられるかどうかなぞ、今の時点でわかりはしないのである。全ては私の悪い想像の産物であるのだからして、実際に事が起こってからまた悩む事としよう。これを問題の先送りと言う。文句あるか。
そうこうしている内にマリベルさんが顔を出し、シャリイちゃんもやってきて、広間の隅に山になった傭兵達を蹴り起こし始める。
目を覚ましたネヴィンさんがマリベルさんを見て悲鳴をあげ、グスタフさんが酒瓶を抱えたまま身を起こし、それを見たゼリグ達が苦笑する。
とりあえずは、終わったのだ。ノマちゃん金貨千枚事件に端を発して私達が首を突っ込むことになったこの化け物騒動は、ここに終わりを迎えたのである。
私の借金も返済し、金回りも改善されて、そして私はこうして新たな知己を得て、私の狭い世界はまた少しだけ広がった。
今はただ、この交友の広がりを、少しだけ、ほんの少しだけ喜ばせて頂くとしましょうか。あ、マガグモもちゃんと入ってますからね。んふふふふ。
ところで、あの……ずっとぷらぷらぶら下げられたままなんですが、そろそろ降ろしてもらえませんかね。伸びちゃいそう。
今回のお話は全てノマちゃんの主観です。彼女が手にする事の出来る情報をより集め、彼女自身が頭の中で組み立てた結果であると言えるでしょう。
事の発端となった金回りの問題は解決しましたが、世に出たノマちゃんは国家の都合に振り回される立場になりました。かといってここを出て行こうにも、彼女に行くところなど、どこにもありはしないのです。




