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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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キャラクター・メイキング

「新しい体、ですか。」


「はい、わたくしの箱庭に貴方を送り出すにあたり、不自由の無い体をご用意させて頂きますよ。勿論、貴方がわたくしの要望を果たせるよう、色々とサービスもさせて頂きます。」



 邪神の顔、黒いモヤが喜色を浮かべたかのようにグネグネと歪む。自分の思うように事が進むことがそんなに嬉しいのか。それとも、今から行うキャラクター・メイキングとも言える作業を楽しみにしているのか。どちらにせよ玩具になるのは私であるのだから、腹立たしい事この上ない。


 しかし、生前はゲーム好きであった私にとっても、キャラメイクは好みの要素であった。キャラクターの容姿や能力の割り振りに何時間も頭を悩ませたものだ。


 これから用意されるという新しい体に、年甲斐も無く心を躍らせている自分に気が付く。もはや私の行く道は避けようが無いのだ。楽しめる事は楽しんでしまうとしようか。



「差し当たり、なにか要望はございますか?種族、性別、年齢、生い立ち、いろいろお選び頂けますよ。」



 さすが箱庭というべきか、どんな生い立ちかまで選べてしまうようだ。しかし種族などと言われても、私は今一つ情報を持っていない。私の行く世界ではどのような種族が一般的なのだろうか。


 眉根を寄せていると、心を読んだのだろうか、黒いモヤがぐにゃりと歪んだ。先ほどの独演会を聞いていなかった事を責めているのだろう。顔も無いのになんとも表情豊かなことだ。


 多少なりとも表情が読めるようになり、相手が正体不明の存在では無くなってきたその途端、若干ながら恐怖心が薄れてくるのだから不思議なものである。まあだからと言って、退路を断ったうえであのような提案を仕掛けてきたことについて許すつもりは毛頭無いが。



「そうですねえ、改めて説明させて頂きますと、大きくは人族陣営と蛮族陣営に分かれて対立しておりましてね、勿論、同じ陣営内でも種族が入り乱れており内戦し放題。日々、様々な悲喜こもごものドラマが生まれております。」



 今度は聞き洩らさぬよう、耳を澄ませて拝聴してみればこれはなんとも血生臭いことだ。こちとら、戦後生まれの日本人である。正直に言って暴力に対する耐性などありはしない故、新しい人生での身辺の安全は意識したいところだ。


 私の前世が人間であることを鑑みると、人族陣営の権力者のところに生まれるのが良いだろうか。しかしながら、産まれに応じて果たさなければならぬ責務というものがある。一般人として、既に七十年の歳月を重ねてしまった私が馴染んでいくのは苦痛であろうし、なにより能力的な面で不安がある。一介の事務屋に果たせるような重責では無いだろう。



 邪神の肝入りで体を作るのだ。個体として非常に強力な存在にしてもらい、どちらの陣営にも関わらず隠遁生活というのはどうであろうか。中々どうして悪くない。


 孤独を感じない程度の交友関係は欲しいが、積極的に人間関係を構築するという事には前世でいささか疲れてしまった。隠遁生活という点で、トラブルを望む邪神のお気には召さないであろうが、私の要望は満たされる。主張はしておくとしよう。



「まあ、わたくしは別に、構いませんが。それでも力あるものは、それを放っておこうとしない他者の事情に振り回されるものであるという事をお忘れなく。」



 また心を読まれたうえに釘まで刺されてしまった。だがやってみなければわかるまい。先ほどの説明を聞く限り、行く先の世界はいかにもゲームという風情のファンタジー世界である。サブカル好きだという邪神が方々から集めた知識を寄り合わせて作り上げたのだろう。


 で、あるならば、ゲーム好きであった私にも聞き覚えのある設定が随所に使われていると思われた。個体で強力な存在といえば、やはりドラゴンだろうか。



「ドラゴンの巨大な体躯では、引き起こす騒動はワンパターンになりがちでしょう。人間型でお願い致しますよ。」



 今度はケチをつけられたうえに注文がついた。邪神は人間型がお望みのようだ。ならばヒトに化ける事が出来るのならばどうであろうかと思いついたが、それでも荒事の際はドラゴンの姿に戻る事になるであろうからして、結局は同じ事だろう。


 ふーむ、人間型で強力な個体ときたか。その作品固有の設定を除けば、思いつくのは吸血鬼である。日光に弱い、流れ水を渡れない等弱点も多いが。と、ここでぴんと来た。



 少女の吸血鬼。



 うーむ、うむうむ。良いのでは無かろうか。お恥ずかしながら、英雄願望や変身願望とでも言うべきか、自分は人より優れた存在である。今の自分とは違う存在になりたい。といった幼いころからの欲求は、老いて死ぬまで生涯消えることは無かった。


 年を重ねるにつれ相応に落ち着いていったものの、ゲームや小説の登場人物に自らの欲求を託し、悦に入って少々後ろ暗い喜びに浸ったものである。女性になってみたいと思うのもその一端であろう。



「ちょっと女性に夢を見過ぎでは無いでしょうかね。」



 冷やかされて目を向けてみれば、視線の先では黒いモヤが蠢いていた。この表情は嘲笑であろうか。小馬鹿にされた事に不快感を感じるより先に、不思議と懐かしさを覚えてしまう。若かりし頃にゲーム仲間とよく行っていた、くだらなくも愉快なやり取りを思い起こさせるのだ。


 一度親近感を覚えれば不思議なもので、このサブカル好きの邪神に対しても同好の士としての仲間意識を感じないでもない。退路を断ったうえであのような提案を仕掛けてきたことについて、許すつもりは毛頭無いが。私はねちっこいのである。



「では、まあ、決まったのなら早速作ってしまいましょうか。」



 嘲笑したつもりが若干ながら好意的な反応が帰ってきたせいか、言い放つ邪神は少々歯切れが悪い。とはいえ、早いところ作成に取り掛かってみたいのはこちらとて同じである。異論は無い。


 細かい注文を付けつつ試行錯誤を繰り返す事しばし、さんざっぱらこねこねして、ようやっと少女型の吸血鬼の体が出来上がった。



 年の頃は10歳そこそこか。吸血鬼の弱点を補う為、日光を克服したデイウォーカーにして貰う。吸血鬼の弱点らしい弱点はあらかた補ってしまったのであまり吸血鬼である必要性が残っていないが、ロマンより実用性が第一である。最低限度の生活では満足できないのだ。


 外見もこだわってみた。銀髪赤目の美少女様である。服装についても、真っ赤なふりふりドレスで気合を入れてみた。まさに吸血姫のテンプレだ。


 久しぶりに満足の行くキャラクターを作ることが出来た。聞けば箱庭の世界には魔法もあるそうだ。私のキャラクターは、ひょっとしたらその世界で英雄にすらなれるやもしれぬ。


 腕を組み、新しい体を眺めながらしばし悦に浸る。子供じみた空想ではあるものの、頭に思い浮かべるだけなら自由なのだ。この子供じみた空想の魅力に、長年憑りつかれてきた。



「では、箱庭の世界へお送り致します。要望のとおりにわたくしを楽しませてくれるよう、期待させて頂くとしますよ。」



 邪神は無駄が嫌いだと言っていた。必要な作業が終わった以上、早く次の段取りへ進めたいようだが、こちらはそうもいかない。まだ聞くべきことが残っている。



「待ってください。貴方を楽しませるという事がどのような事を指すのか、具体的に定義されておりません。改めてお聞きしますが、私は、何をしたら良いのでしょうか。」



 不本意ながら、私は邪神と契約を結んだと言えるだろう。私は新たな生を得、邪神は己の欲求を満たす。私は対価を既に貰っているが、邪神に対して契約を履行するのはこれからである。


 契約を結んだ以上、不履行となるのは心情的に避けたいところであるし、違約金代わりに何をされるかわかったものでは無いという打算もある。



「それについては問題ございません。貴方は必ずや、わたくしを楽しませてくれることでしょう。」



 納得できる答えは返ってこなかった。私の発言はむしろ邪神にとって利となるものであったはずだが、はぐらかすような何かがあるのだろうか。


 発言の真意を問いただそうとしたその時、不意に自分の意識が遠のいていくのを感じた。邪神がしびれを切らし、強引に私を送り出そうとしているのだろう。



 最後に見た邪神の顔、黒いモヤから読み取れた感情は、愉悦であった。


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