表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
28/152

暴虐の足音

本作は残酷な表現を含みます。

「っち、兎一匹居やしねえや。どうなってんだ、ったくよぉ。」


「おカシラ!熊のお頭ぁ!こっちも駄目でさぁ!なーんも見つからねえや!なーんも!」



 草叢を掻き分けて、先ほど分かれた手下の一人、ジロの奴が戻ってきた。お互いにめぼしい獲物は無し。この数日、ずっとこんな状態だ。どうなってやがる。


俺達、街道の自警団が拠点にしている宿場からほど近い森の中、弓矢をぶらぶらと揺すりながら、二人そろってため息を吐いた。



俺らの飯の種は、通行料として巻き上げた金銭や物品だ。宿場を行き来する行商人へそれらを売り、同時に必要な物資を買い込んでやりくりをしてきた。


だがまあ、なんせ男だらけのむさくるしい大所帯だ。それだけで腹を満たすにゃいささか足りず、弓を片手に森に分け入り、獣を獲って飯に彩を添えるのが常だった。それが、ここ数日は兎一匹、野犬一匹見あたりゃしねえ。


野鳥の類は見ないでも無いが、生憎と飛ぶ鳥を落とすような弓の腕など持っちゃいない。そんなもんがあったら仕官の一つもしているところだ。



「ジロ、引き上げるぞ。他の連中にもそう伝えろ。」


「頭ぁ、まだ日が沈むまでには時間がありやすぜ。もう諦めちまうんですかい?」


ベッと唾を吐いて弓を担ぎなおせば、ジロの奴が口先を尖らせて食い下がってきやがった。まあ肉を食いたい気持ちはわかる。ここ数日は、獣が獲れぬとはいえ一応食うには食えているものの、黒パンと麦の粥に干し肉程度。これじゃあ今一つ物足りねえ。


まあ、食い物より酒を優先して揃えたツケが回ってきただけなのだが、それに関しちゃあ俺を含めて文句をつける奴は居なかった。誰か止めろよ。どいつもこいつも馬鹿野郎共が。



「引き上げるっつってんだろうが。学のねえ俺にはよくわかんねーがよ、こいつはきっと良くねえ事が起きてやがる。ほとぼりが冷めるまで森に入るのは止めだ!止め!!」


舌打ちをし、声を荒げて怒鳴ってやると、ジロの奴も渋々と頷いた。こういう時は勘に頼るのが一番だ。特に悪い事に関しては良く当たる。


荷物を畳んで弓矢を担ぎ、まだ日の高いうちに撤収の指示を出す。十中八九、化け物絡みであるだろうからして、日の高いうちに場を離れるに越したことは無い。




「あ~~。これで今日もかったいパンに麦粥っすねえ。ほんと、女でも抱かねーとやってらんねーっすよ。」


「酒ならたくさんあるんだがなー。アレを売っぱらってなんか買うか?」


「そいつは頂けねえな。酒が飲めねぇくらいなら俺は死を選ぶ。」


「ぐだぐだ抜かしてんじゃねえ!黙って歩きやがれてめぇら!!」


「「「ういーす。」」」


 街道をぞろぞろと歩きつつ、ジロをはじめ戻ってきた手下共が口々に言ってぶーたれる。娯楽と言えば飯と酒、博打と女くらいのものだ。愚痴を言いたい気持ちもわかるが、いちいち聞かせられる身としてはたまったもんじゃない。



「そういや頭ぁ、ゼリグのやつぁ、無事に王都まで着けやしたかねえ。あの山猿にガキの面倒なんて見れんのかって、俺ぁ心配でたまんねーでさぁ。」


「あいつに限ってくたばっちまってるなんてこたぁあるめぇよ。まあ、別嬪の嬢ちゃんが二人も連れだって歩いてやがるんだ、絡んでいった連中はくたばってるかもしれねえがな。」



そう言ってガハハと笑う。人殺しを捕える為に網を張っていた時分に、あの山猿みてーな嬢ちゃんが、えらい別嬪のガキを連れて俺らに顔を見せたのは月の巡りが一回りするほど前の話だ。今頃は王都に落ち着いて、酒場を巡って日雇い仕事でもしている事だろう。


結局、件の人殺しは捕まらなかったが、だからといって逃げおおせたとは限らない。やっこさんは宿場にも寄れぬ無法者だ。大方、とっくに化け物に取っ捕まって食われちまったのだろう。


だがまあ、当ては外れたが、久方ぶりにゼリグの嬢ちゃんの顔を拝めた。ついでに尻も揉んでやった。あの日は美味い酒が飲めた事だし、無駄足であったとは言うまいて。ガハハ。



初めて会った時は、それこそ本当に、山猿のようにひょろりとしたすばしっこいガキだった。王都で一旗揚げるんだと息巻く割に、旅のいろはも知らねえような物知らずを見るに見かねて、色々と叩きこんでやったもんだ。


他にも、酒に煙草に博打にと、要らん事も色々と仕込んでやったのだが、女を教えてやったのは失敗だった。あの目つきの悪い山猿が女だとは思わなかったのだ。商売女に預けた翌朝、寝所からふらふらと出てきた山猿に、跡が残るほど顔を引っ搔かれたのは苦い記憶である。


そいつがまあ、王都で食うや食わずの傭兵仕事を初めてこっち、見る間に頭角を現して、今では荒くれ共の間じゃあ名の知れた有名人だ。いつの間にやら出るとこ出っ張って育った身体もたまらねえ。


昔の話を引き合いに出して、拝み倒したら一発ヤらせてくれねえだろうか。いや、顔面の形が変わるほど殴られそうだな。やめとこう。



「へっへへへ。ゼリグの奴に絡んでくなんて命知らず、俺ら以外にいますかねえ。こないだ会った時も、俺もお頭も揃ってぶっとばされちまって、おっかねえったらありゃしねえ。」


「てめぇはただぶん殴られただけだろうが。俺はちゃんと尻を揉んだぞ。元はとったさ。」


確かにそいつぁちげえねえ。と、街道に下卑た笑いが響き渡る。ったく、どいつもこいつも品の無い連中だぜ。俺様を見習えってんだ。ゲハハハハ。




 ゼリグの嬢ちゃんの思い出話に花を咲かせて歩くうち、次第に宿場が見えてきた。が、どうにも様子がおかしい。そろそろ日も傾こうというのに、炊事の煙が消えていないのだ。


火の手こそ見えていないが、もうもうと上がる一筋の黒煙が不安を煽る。篝火にしてもまだ早い。誰ぞ、火の不始末でもやらかしたのだろうか。



「おい!どうした!?小火でもあったか!?ってテメェ!こんな時に昼間っから寝こけてんじゃねえよ!!」


手下共を引き連れて門に駆け寄り、番をしていた男を問い詰めるが返事が無い。見れば物陰の中、槍を支えに座り込んで真昼間から寝こけているようであったので、蹴り飛ばして起こしてやった。はずだった。



門衛の男は、そのままどさりと倒れて地に転がった。途端、異様な臭気に気が付いて、思わず飛びずさる。


男の頭は後ろ半分が無くなって、ぽっかりと穴が開いていた。その背中では、砕けて千切れた頭蓋の欠片と毛髪が、血にまみれてべったりとまとわりつき、形の崩れた脳漿がぼたりぼたりと滴り落ちている。



「か、頭ぁ。こりゃあいったい…………。」


「っち、くそ。勘ってやつぁ、本当に悪い事に関しちゃあ良く当たりやがる。全員抜け!まともじゃねーぞこりゃあ!!」



抜剣を許可し、円陣を組んで足を踏み入れる。覚悟はしていたものの、外壁の内側は酷い有様であった。


家屋はそこかしこが崩れ落ち、炊事の火が移ったか、既に火の手が上がり始めているものもある。目につく範囲ではぶちまけられたような血だまりの中に、黒い足袋を履いた膝下の脚と、頭蓋の一部が転がっているのが見える。そこから外に引きずり出されたのか、近くの窓枠には数十本の毛髪が絡みついていた。



「…………野盗の類じゃねえな。人間業とは思えねえ。化け物の仕業か?こりゃあ。」


「ば、化け物って言っても!まだこんな日も高いのに!!?」


ジロ達が取り乱す。うるせえ、知るか。こっちだって知ったこっちゃねえ。


「今は余計な事を考えんじゃねえ。目の前で起こってる事だけ見てろ。てめぇらぁ!円を組んだまま!自分の前だけ穴が開くほどよぅく見やがれ!動くものを見逃すんじゃねえぞ!!」



まず化け物の所業であることには間違いあるめぇ。なんせすぐそこに転がる脚は、刃物で切断されたのでは無く引き千切られているのだから。肉と骨の歪な断面と、握り締められたかのような不自然なへこみがそれを窺わさせた。


化け物共とは長い付き合いだが、あれで連中、意外に引き際は弁えているのだ。やり過ぎれば、俺達だって死に物狂いで武器を取り、連中を狩り立てざるを得ないであろう事は承知している。


とくれば、真昼間から人里に襲撃をかけるなぞ、おそらくは連中にとっても爪弾きのはぐれの仕業か。流れ者にはぐれ者、呼び名は色々あるようだが、時にそういう輩が現れる事は話のうえでは聞いていた。が、まさか自分でお目にかかる羽目になろうとは、つくづく俺は運が無い。



剣一本と、鳥獣用の短弓では心もとない。千切れた脚の持ち主が身を守ろうとしたのか、近くに突き刺さっていた血染めのまさかりを引き抜いて、正面に構えた。まあ、こんなものでも無いよりマシだ。




 生き残りを探して、円を組んでじりじりと前進するものの、見えるのは千切れた手足に零れた臓腑。たまに人間の形を保っているものも無いでは無かったが、大腿部から先が食われて骨だけになっていたりと碌な有様では無かった。当然、息をしているものなぞ見当たりゃあしねえ。


こりゃあ。全滅か。下手人がどこに潜んでいるかわからない以上、俺らもさっさとずらかるべきかもしれねえ。そう思った矢先、ジロの奴が崩れた納屋を指さして声をあげた。



「頭ぁ!あれ!あの藁葺の納屋!ちょっと動きやしたぜ!生き残りがいるかもしれねえ!!」


「……潜んでいるのが人間とは限らねえがな。てめぇら、前に出るぞ。得物は構えたまま下げんじゃねえ。」


武器を構えたまま、摺り足でゆっくりと近づいていく。丁度よく、穂先の折れた槍が落ちていたので拾い上げ、距離を保ったままにその先端で、崩れた残骸を跳ねのけた。



息を飲んで悲鳴をあげたは誰の声だったか。残骸の下から出てきたのは、辛うじて息をしているだけの若い女だった。見覚えがある。近く子供が生まれると、昨晩に酒を飲みながら俺の背中をばしんばしんと上機嫌に叩きまくってきた豪気な女だ。


女の腹は破られて、胎児が外に引きずり出されていたが、桃色の肉塊のようなそれはまだ僅かに動いていた。


目の前の光景に気圧されて、誰も何も言えぬうち、女の目が僅かに動いて俺を捉えた。それに合わせてひゅーひゅーとか細い呼吸をしていた喉元が、力を振り絞るように大きく動く。



「頼む!腹破らんでくれ!!頭から食って殺してくれ!!!」



若い女はそう叫び、それきりげぼりと血を吐いて絶命した。後に残るは無言の静けさと、遠くであがる火の手の爆ぜる音のみ。



「…………全員、ずらかるぞ。街道で夜を明かすことになるがここよりマシだ。門から出たら一目散に駆け抜けろ。」


「で、でもお頭!?ひょっとしたら、まだ生きてる奴がいるかもしれねえ!!助かる奴がいるかもしれねえ!!」」


ジロが叫び、他の連中もそうだそうだと追従ずる。馬鹿野郎共が、ちょっとは頭使いやがれってんだ。


「うるせぇ、ずらかるぞ。腹を破られた奴がまだ息をしてたんだ。これをやりやがった野郎はな、まだ近くにいるぞ。俺達の近くにな。」


途端、みな青い顔をして、手に手に武器を構えなおした。俺も身体の震えを押し込めて、まさかりを握る腕に力を入れる。くそ、手汗で滑って構えづれえ。



「なるべく見通しの良い所を通って、門まで戻るぞ。てめぇら油断するんじゃ………………。」



最後まで言い切ることは出来なかった。目配せをしたその先で、ジロの首から上が吹き飛んで、胴の断面から噴き出した血が俺達の身体を赤く染める。



「か、頭ぁ!なんかが!なんかが居やがっげぇ!?」



続けて二人、三人と、首をねじられ喉を引き裂かれ、碌に悲鳴も上げずに死んでいく。崩れた納屋の傍まで来ていたのが災いした。母屋が邪魔をして見通しがきかず、この野郎は母屋の天井を伝って家から家を跳ね回り、頭上から襲撃を仕掛けてきているのだ。


みな、手にした得物を頭上に掲げて身を守ろうとするが、掲げた腕ごともぎ取られ、頭を叩き潰される始末。俺達の頭上を飛び回るその巨体は灰色がかった白い大猿のようであったが、その肌には毛の類は生えておらず、脂ぎった肌はまるでヒキガエルのようなそれを思わせた。



ぐちゃりと、頭を割られて最後の仲間が倒れ伏し、残ったのは俺一人。


背中の後ろ、視界の外に、なにかがどすりと着地した音に思わず肩を震わせる。



ずるりずるりと這いずる音に身をこわばらせ、手にしたまさかりを、指が白くなるほどに強く握り締めた。居やがる。俺の後ろに、この宿場を潰し、俺の仲間を殺したクソバケモンが。



…………上等だ。くそっ!てめえなんか怖かねえ!誰が!誰がてめえなんか!!


喉の奥がひりついて、乾いた舌が口内に張り付く。歯の根が合わずにガチガチと鳴り、まともに呼吸が出来ずにひゅーひゅーと音が漏れる。



「うおおおおおおおおおぉおぉぉおおおお!!野郎!!ぶっ殺してやる!!!!!」



まさかりを振り上げて、バケモンの頭に叩き込んでやろうと振り返ったその瞬間、頭に何かが突き刺さったような衝撃にひっくり返り…………。



それきり、何も見えなくなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なんかベネットみたいなこと言ってる
moon-beast?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ