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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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お金、お金、お金

「よーう、ガキ共。よく眠れたかよ?今日がおめーらの運命の分かれ道だ。せいぜい、いいご主人様に買って貰えるよう祈るこったな。」



 いよいよ、私達が商品として売り飛ばされる時が来たようだ。ここ数日ですっかり見慣れた焼き菓子のおっさんが、格子扉をがちゃりと開けると親指を後ろに向けて、外に出ろと合図をした。


「はん!あんたに言われるまでもねえや!!シロゲ!チャトラ!トビ!ギン!!絶対に、金持ちのお大尽をとっ捕まえて楽な暮らしをしてやろうぜ!!」


黒猫ちゃんが檄を飛ばす。子分ちゃん達も力強く頷くと、白い髪のシロゲちゃんが一生ついていきますとばかりに黒猫ちゃんの右手を握り、茶色い髪のチャトラちゃんもそれを見て慌てて黒猫ちゃんの左手を握った。



「あのー、親分さん。とっ捕まえると申されましても、私達は買われる立場ですので相手が選べるわけでは…………。」


言い終わる前に、黒い髪に一房の白が混じった女の子、トビちゃんにぷにりとほっぺをつつかれる。


「ギンちゃん……空気……読もう……?」



「……………………はい、すいませんでした。」



へこんだ。吸血鬼の身になってより、これほどのダメージを受けたことは初めてだ。こちとら御年七十を超えようというのに、十歳そこそこの少女にその場の雰囲気に見合った対応が出来ていないと叱られたのである。恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。肉まんと雑誌を持って二時間ほど引きこもりたい。


私がずごんとへこんで項垂れているうちに、トビちゃんがシロゲちゃんの右手を握って右端に陣取り、私の左手をチャトラちゃんの小さなお手々がきゅっと握った。



「いくぜぇ!みんな!アタイについてこい!!」


固く繋がれた手は、さながら彼女達の団結力を表しているかの如し。黒猫ちゃんの号令に従って、全員で手を繋いだまま格子扉の出入り口に向かってずんずんと突き進む。ちなみに私は左端で引きずられ気味だ。


黒猫ちゃん達の団結力と信念は、出入り口が狭い程度で揺るぐものでは無いらしく、全員で殺到したものだからものの見事に引っ掛かった。私が。



「あ、ちょっと!親分さん!引っ掛かってる!私引っ掛かってますから!!髪の毛が絡んでって痛い痛い痛い痛い!!!」


みんな興奮気味であるのか、それともこの状況がちょっと楽しくなってしまったのか、引っ掛かった私にお構いなしに、ぎゅうぎゅうと身体を押し込んで出入り口を潜り抜けようとするのだからたまらない。伸びちゃう!ノマちゃん伸びちゃう!!


そのうちに、すっぽん!!とばかりに出入り口を抜け、黒猫ちゃん達がばたばたむぎゅっと倒れこみ、私は反動で宙を舞って石造りの床に顔面から落ちた。ヒドクナイ?



「だはははは!最後まで騒々しい連中だぜ、もうお前らの面倒を見ないで済むと思うとせいせいすらあ。」


「ふん、その言葉、そっくりそのままお返ししてやるよ!散々ギンにひでぇ事しやがって!!」


ちなみにそのギンちゃんは顔面を押さえて悶絶してるんですけど。今まさに黒猫ちゃん達に酷い目に遭わされてるんですけど。



「なに言ってんだかわからねえが、まあ、ほれ、餞別だ。それ食いながらでいいからついてこい。」


言われて手を差し出すと、手のひらに小さな包みをぽんと置かれた。包みはほのかに暖かく、甘い匂いが漂ってくる。


黒猫ちゃん達に目をやれば、唇を尖らせながらも貰えるものは貰うようで、みんな渋々ながらも包みを受け取っていた。甘い匂いに気づいたか、その顔がわずかに綻ぶ。



おっさんご自慢の焼き菓子か。良いね。おっさんのツンデレは嫌いじゃない。この御仁にもなんだかんだで世話になった。少しは労ってやるべきか。


「ありがとうございます。ふふふ。私は好きでしたよ?おじさんのお菓子。」


そう言って、頭を下げた。毎晩缶詰になって机に齧りつくストレスを、蠍の旦那と二人、クッキーやけ食いで乗り切ったものである。感謝感謝。


「ちっ、のんきに礼なんか言いやがって。相変わらず調子の狂うガキだぜ、ったく。」


素直に礼を言われるとは思っていなかったか、そう言いつつもおっさんは口角を上げてくるりと振り返ると、ついてこいとばかりに歩き出した。少しだけ、耳が赤くなっているのが見える。愛い奴め。のほほほほ。




 がさがさむしゃむしゃと音を立てながら廊下を進む。黒猫ちゃん達は遠慮などするつもりは無いようで、私の前方からは甘い匂いとお菓子の粉がひっきりなしに流れてきていた。


この分では、地上に出るころにはお菓子はすっかり彼女らのお腹に収まっている事だろう。どれ、空気を読んで、私もご相伴にあずかるとしましょうか。



包みを開き、焼き菓子を一枚齧ったらば、ぴりりと感じる生姜の風味。ふむ、今日はジンジャークッキーか。悪くない。


数枚の焼き菓子は見る間に私のお腹に消えていき、最後の一枚を手に取って、包みの底に書かれた「がんばれよ」の文字に思わずぶほっと噴き出した。


おっさん……黒猫ちゃん達は、文字読めないんじゃないかな…………。



あれでいて、おっさんはおっさんなりに、私達の今後を心配してくれているのだろう。だがそんなおっさんに対して黒猫ちゃん達の当たりは強い。親の心子知らず。悲しいねおっさん……。っていうか心配するくらいなら最初から攫ってくんじゃねーよ。




 黒猫ちゃん達と五人、おっさんに続いてもぐもぐと口を動かしながら階段を登り、例の倉庫と思しき場所に出ると、これまた見慣れた若い男、蠍の旦那が焼き菓子を齧りながら待ち構えていた。あんたもか。


「お頭、ガキ共を連れてきやした。」


「おう、ご苦労。お前はそのまま獣人共を連れていけ。ノマちゃんは俺と一緒にこっちな。」



いよいよ、ここでお別れのようだ。ぽてぽてと蠍の旦那の隣まで歩み出て、黒猫ちゃん達にくるりと向き直る。


「親分さん、シロゲさん、チャトラさんにトビさんも。短い間でしたが、お世話になりました。」


ぺこりと頭を下げると、黒猫ちゃんが空になった焼き菓子の包みをぽいと投げ捨て、一歩前に出た。子分ちゃん達も目じりを下げて、すんすんと鼻を鳴らす。



「ギン、お前は一人になっちまうかもしんねーけど、どこに居たってアタイ達は仲間だかんな!それを忘れんなよ!!」


「ギンちゃん!絶対だよ!絶対また会おうね!!」


「ええと……ええと……きっと!きっとまた会えるから!!」


「ギンちゃん……やっぱりやだよぅ……ぐすん。」



黒猫ちゃんが、子分ちゃん達が、口々に言葉を述べて私との別れを惜しんでくれた。胸が温かいな。でも、口の端にお菓子の粉がついていて微妙に台無しである。んふふ。


そもそもがこのアジトに乗り込んだのは、非合法市場とやらの実態調査にこっそり協力して、金一封を貰おうという興味本位と打算の代物であった。しかしながら、そのおかげでこの子達と出会え、その離散を防ぐ事に一役買う事ができたのだ。私の野次馬根性は実に良い仕事をしたと言えよう。


得意満面、うむうむと頷いていると、黒猫ちゃんがさらに一歩踏み出した。



「ギン!待ってろよな!アタイ達、金持ちのお大尽に取り入ったら上手い事操って、そんでここの連中も、お前を買った奴も全員ぶっ潰して、お前を自由にしてやっからよ!!」


え、なにそれ怖い。ちょっとなに言ってんのこの子。子分ちゃん達も当然とばかりに頷かないで。


「はっ!俺の前で啖呵を切ってみせるたぁいい度胸だ!上等だガキども、いつでもかかってこいよ。二度と舐めた口が利けねえように、死んだほうがマシって目に遭わせてやっからよう!!」


おい、蠍の旦那も子供相手にキレてんじゃないってばよ。大人げない。



蠍の旦那が叫んで凄み、黒猫ちゃん達が牙を見せて唸り声を上げ、焼き菓子のおっさんが胃のあたりを手で押さえた。すまんなおっさん。私にはあんたを助けてやる事は出来そうに無い。



「親分さん達のお気持ちは嬉しいのですが、くれぐれも無茶は為さらないで下さいね。私は、私が傷つくよりも、親分さん達が傷つく方がずっとずっと辛いのですから。」


そう言いながら、睨みあう両者の間に割って入った。黒猫ちゃん達には優しい顔を、蠍の旦那には「いい年して子供相手に何やってんだあんた。」と視線をくれてやる。



「……へん!おいギン!お前のそういうところ!アタイはやっぱ気に入らねーや!!」


「それは申し訳ありません。ですが、譲るつもりはございませんので。」


私と黒猫ちゃんが同時に腕を差し出して、拳をこつんとぶつけ合う。子分ちゃん達も前に出てくると、シロゲちゃんが、チャトラちゃんが、トビちゃんが、次々に腕を差し出してこつんこつんと拳をぶつけた。


この行為の意味はよくわからぬ。だが、彼女達なりの別れの挨拶、ないしは団結の証なのであろう事は察しがつく。私の拳に集まった小さな五つの拳は、別れを惜しむようにいつまでも離れようとはせず、次第に小さく震えだしたかと思うと、その上に、ぽつりぽつりと水滴が落ちた。


この子達の決心が着くまで、待ってやるべきだろう。そう思い、肩を震わせる黒猫ちゃん達に気づかれぬよう、蠍の旦那と焼き菓子のおっさんにそっと笑顔を向けてやった。水を差したらぶっ転がすからなお前ら。



「…………うしっ!そんじゃな!ギン!!」


ややあって、目元をぐしぐしと擦ってから、四人を代表するようにそう言った黒猫ちゃんの目元には、もう涙は流れていなかった。うん、強い子だ。なお後ろの三人のお顔は察して欲しい。




 黒猫ちゃん達との別れを済ませ、蠍の旦那について歩く。さながら最後のお別れのようであったが、彼女達がどのような者に買われるのかは気になるところだ。確認の為に、もう一度くらいは会う機会があるやもしれぬ。


今生の別れを決意した数時間後に、ひょっこり顔を出したらあの子達はどんな顔をするだろうか。少なくとも黒猫ちゃんは、顔を真っ赤にして怒り、それでも笑ってくれるだろうて。にしししし。



「ところでよノマちゃん。俺には一つ、腑に落ちない事があってな?」


口に手を当てにやついていると、唐突に声をかけられた。なんじゃ、帳簿仕事ならもうやらんぞ。


「なんでしょうか?今更前提の数字が間違ってましたとか言ってももう知りませんからね?」


「……あんたなら、俺らを皆殺しにして、今日の競りもぶっ潰し、あの獣人のガキ共を連れて逃げ出す事だって出来たはずだ。そうしなかったのはなんでだ?」


足が止まった。蠍の旦那が振り向いてこちらを見る。冗談交じりの雑談などでは無い。目の前の男の目がそう言っている。



「…………私には、こちらさんの業界常識など解かりはしませんが、例え非合法な取引であろうとも、これもまた、この王国の太い金の流れの一部であろうことは察しがつきます。利害関係といった裏事情も知らぬのに、素人が正義感を振りかざしてうかつに叩き潰してしまえば、どこにどのような悪影響を及ぼすものか、わかったものではありませんので。」


「へえ、それはそれは。気を遣って頂いたようで、どうもありがたいこって。」


「それに、どうせこの競りや、蠍の旦那さん達は末端に過ぎないのでしょう?そんなの一つ潰したところで、本当に悪い奴の尻尾は掴めませんよ。」



ねえ?と私は視線をくれてやり、男は顔を顰めてがりがりと頭を掻く。


「っち、耳の痛てえ事言いやがって。これでも王都の悪党どもの中じゃあそれなりに大手のつもりなんだがなー。」


蠍の旦那はそう言って、じとりと私を睨みつけると、これで話は終わったとばかりに再び歩き始めた。機嫌を損ねたのか、その足取りは先ほどよりも少々早い。



大手ときたか。だが耳に痛いのならば、やっぱり末端の泡沫組織なんじゃないかなと思ったが、蠍の旦那は中々どうしてやり手に見える。そう思わせることこそが、この男の狙いであるのだろうて。


まあ、よい。心理戦を気取ってみたところで、こちとら素人さんなのだ。裏の世界で丁々発止、しのぎを削ってきた旦那には敵うまい。いま出来ることは、このまま大人しくついていくのみ。




 実際のところ、蠍の旦那に言ったことは本心だ。何も嘘などついてはいない。だが、私の本心はもう一つ、別のところにある。


正直に言って、黒猫ちゃん達の受け入れ先に困るのだ。五人まとめてキティーの家に転がり込むしか思いつかない。彼女への金銭的な負担を軽減する為にこうして飛び出してきたというに、居候が増えたのでは本末転倒である。


ゼリグもキティーも、今は一見して羽振りが良いが、ゼリグは手柄首を売り渡した報酬金、キティーは実家からの略奪金もとい援助金である故に、金回りが良いとは決して言えぬ。使えば使うだけ、金は減っていくのだ。


いや、まあ、あの好色女はそれでも喜ぶかもしれないが、それはそれとしても、黒猫ちゃん達があの桃色から主導権を奪おうとして戦争が勃発するのが目に見えるのだ。そして、その怪獣大決戦に巻き込まれた私は、ベッドの上で物言わぬ屍となって沈むのである。勘弁して頂きたい。



孤児院を探して預けるなり、仕事を斡旋して酒場なんかで雇ってもらうなど、他に考えが無い訳では無かった。教会主導の救貧院を頼るという手もある。


しかしながら、そのような行先があるのであれば、彼女達は最初から路上暮らしなどしていなかった事だろう。黒猫ちゃんは教育こそ受けていないが頭が回る。自分達が生き延びる為の手は尽くしたはずなのだ。


孤児院に無理やり受け入れてもらうにしても、食べ盛りの子供が四人も増えれば食事代だって馬鹿にならない。酒場で雇って貰えるものなら、世紀末酒場のおやっさんは最初から春ひさぎの仕事など斡旋していなかったはずだ。読み書き算盤を覚えるのだって金がかかる。救貧院だってずっと居座れるわけじゃない。すぐに元の路上暮らしに戻ってしまうだろう。


結局のところ、金、金、金である。先立つものが無ければどうにもならぬ。ならばいっその事、元貴族のお嬢様とお付きの者達という付加価値をつけて、金持ちの好みそうな玩具としての価値を上げてみてはどうかと思ったのだ。



あの子達は一見して、ちょっとお馬鹿な猫耳ちゃんにしか見えないが、その目の奥底には私なんかでは想像もつかないような、どろりと濁った黒いものを感じた。


黒猫ちゃんは、金持ちのお大臣に取り入って、楽な暮らしを手に入れてやると意気込んでみせたのだ。あの子達はやる。絶対にやる。邪魔だてしようものなら何人か死ぬだろう。


おそらく、黒猫ちゃんがそこまでする事は無い。あの子ならば、加減というものをわかっているだろうから。だが、子分ちゃん達はわからない。


特にシロゲちゃんの、あの目はまずい。彼女には一際強く、黒猫ちゃんに対する狂信的なものを感じた。あの子は、それが黒猫ちゃんの利益になると判断すれば、何だってやるだろう。おやびんの邪魔になるのなら誰だって、何人だって殺してやると、その笑顔の底に黒い黒いものが透けて見えるのだ。



彼女達はお互いに依存している。子分ちゃん達はもとより、黒猫ちゃんも子分ちゃん達を守るのだという意気込みがあるからこそ耐える事が出来ているのだ。それが悪いとは言わぬ。それがあったからこそ、あの子達は今日までああして生きてこれたのだろうから。


なれば、四人が離れ離れにならぬよう手配をした時点で、もはや私に出来る事は無し。彼女達は十分に強い、私の助けなど必要なかろうて。




「着いたぜ。んじゃあ、ノマちゃんはここで待機しててくれ。」


 長々続いた私の思考は、蠍の旦那に声をかけられて中断された。気づけば私達は、競りの会場と思しき大広間の舞台袖に立っており、舞台の下にはそこかしこに丸テーブルが設えてあってちょっとしたパーティー会場という風情である。


大舞台というほど広いものでも無い。精々が大学の講堂か、それより少し広いくらいか。



「思ったよりも狭いのですね。」


「そりゃまあ、お天道様の下で大っぴらにやるような商売でもねーからな、っと。」


身を乗り出してきょろきょろと見回していると、後ろから手を回され、首にがちゃんと首輪をかけられた。続けて両腕に手枷をはめられ、鎖で繋がれたそれらが私の身動きを妨げる。


なんだなんだと振り返ってみたらば、いつの間にやら用意されていたのは台車に乗った狭い檻。


あ!?んだよコラやんのかコラ!!と一瞬顔を顰めたが、考えてみれば蠍の旦那とて、今更こんなもので私を封じられるとは思ってなかろうて。何かの演出だろうか。



「ノマちゃんにはな、枷をはめられたまま、あの檻に入った状態で舞台に登場して欲しいんだわ。」


「いや、猛獣じゃ無いんですから。私、女の子ですよ、美少女様ですよ。そのアピールの仕方はどうなんですか。」


「そんでな、俺が合図をしたら、枷を引き千切って、檻を派手にぶっ壊して客席の前に飛び出して欲しい。」


「脱走してるじゃねーか猛獣。」


地団駄を踏んでがおーと吠える。上等だ。猛獣なめんじゃねーぞ。だれが猛獣だコラ。



「まあ怒るなって、演出だよ演出。ノマちゃんは見た目もさることながら、緑の神から強い加護を受けた腕っぷしの強いクソガキ様だ。夜伽から護衛にまで使えておまけに読み書き算盤まで出来る。これを売りにしない手は無えからな。」


「喧嘩をお売りになられているのなら買わさせて頂きますよ。おほほほほ。」


ぐわっと手を伸ばして掴みかかり、ストマッククローでもかましてやろうかと思ったが、さすがにするりと逃げられてしまった。っち、相変わらず身のこなしの良い奴め。



ま、いちおう拒否感だけは示してみたものの、これが必要な事だと言うのであれば、この程度は協力するにやぶさかではない。やるならさっさと済ませてしまおう。


よっこらせっと檻に入ると、蠍の旦那ががちゃんと扉を閉めて鍵をかけた。檻の中には座布団のようなものが敷いてあり、あぐらをかいて座ってもお尻が痛くない。うむ、気が利くでは無いか。よきかな。



「なんつーか、そうしてると、本当に危険な猛獣みたいだな。お前。」


「旦那がやらせたんでしょうが!食い千切りますよ!?」


「どこをだよ。やっぱ猛獣だわお前。」


がるると牙を剥きながら座布団の位置を調整し、檻の隙間から会場が良く見える位置を探す。おーけいベストポジション。悪くない。




「さーて、私ってば売れますかねえ。親分さん達もやっぱり心配です。」


「お前さんは売れるだろうよ。今日の目玉商品だ。獣人のガキ共は、まあ、ここら辺じゃ獣人なんてそう見ねーからな。値はつくだろ。一応。」


 蠍の旦那と雑談をしながら待つことしばし、似合わない正装をしたチンピラ共に先導されて、目元に仮面を被った連中がぞろぞろと入ってきた。あれらが私や黒猫ちゃん達の飼い主候補になるわけか。


時間的にはまだまだ日中であるものの、窓は垂れ幕で覆われている為に室内は薄暗く、色付き硝子でこしらえられたランプの光とその下で焚かれた香が、いかにも悪い奴らが集まる闇オークションっぽい、良い感じの雰囲気を醸し出している。つまり碌な雰囲気ではない。



「競りって話ですけど、あの仮面の人たちが手をあげて入札するんですかね?」


「わざわざ顔を隠してるお偉いさんがそんな目立つ真似するわけねーだろう。入札に参加するのは代理人だ。予算やらなんやらを指示されたうえでな。」


ふーむなるほど、見渡せば、目元を覆うだけの仮面では無く、顔全体を隠したマスクのようなものをつけている者も居り、果てには頭からすっぽりと袋を被って覆面のような状態になったものすら見受けられる。たしかにこれでは誰が誰やらわからない。



「大丈夫なんですかね。あんなにがっつり顔を隠していたんじゃあ、官憲の手先とかが紛れていたってわからないんじゃあないですか?」


「売られる側のお前がするような心配かよ。ま、紛れてるだろうなとは思うがよ、そうそう邪魔はされねーさ。理由はさっきお前が言ってた通りよ。」


「王国は貧乏だって話ですしねー。大捕り物をするような負担には耐えられないってわけですか。獣人の子供の行く末だろうと国の行く末だろうと、結局は金、金、金っときたもんです。いやあ世の中ほんとに世知辛い。」


「おかげで俺らみてーな悪党は暮らしやすいってな。ったくクソったれな世の中だぜ。」



蠍の旦那に干し芋を貰い、二人して芋を齧る。檻に入れられ枷をはめられ身動きのとれぬ状態で、もっちゃもっちゃと口を動かしながら見物すること、しばし。



「お集りの皆様!この度は当商会へ足を運んでいただき誠にありがとうございます!本日も古今東西、様々な掘り出し物をご用意させて頂きました!!」


ようやっと舞台が整ったか、反対側の舞台袖から、仮面を被って正装をした中年男が登場して司会を始めた。っていうかあれ焼き菓子のおっさんじゃん。


「さあさ!笑うも泣くも皆さま次第!!本日はご存分に目利きをして頂き、買い物をお楽しみになっていってくださいませ!!」



会場から拍手があがり、お盆の上に飲み物のグラスを乗せたチンピラ共がうろうろと歩きはじめる。おお、似合ってるじゃないかチンピラ共。馬子にも衣裳とはこの事か。


「ここって商会だったんですね。悪の秘密結社とかそんなんかと思ってました。」


「おう、ちゃんと国に認められた商会様よ。悪徳商会だがな。」


「威張って言う事ですか。っていうか泣くって何ですか。買い物しに来て泣いちゃ駄目でしょう。」


地下室にあった真贋不明の美術品達を思い出す。やっぱりあれが商品か。保管状態最悪だなおい。



「古今東西の掘り出し物って言ったろう。そういう謳い文句の代物を集めちゃあきたものの、ぶっちゃけ俺らにも真贋なんてわかんねーんだよなー。そういうのは客任せよ。」


「詐欺じゃ無いんですかそれ。」


「目の肥えた連中にとっちゃあ目利きも楽しみの一つなんだろうよ。実際に本物っぽい物は高く売れていくしな。あと俺らに偽物を売りつけた連中はちゃんと後で間引いておくし。」


悪徳商人と悪徳商人の殺し合いか。不毛過ぎる。っていうか商人同士の殺し合いならせめて商売でやってくれ。物理でいくな物理で。



「へえ?まあ、さすがに偽物ばっかじゃあ客も寄り付かなくなりそうですしね。そこそこに値打ち物も混じってるってわけですか。」


「ま、そういう事よ。特に今日はとびっきりのホンモノを用意してある。そりゃあ盛り上がる事だろうぜ。」


そう言って、蠍の旦那がニヤリと笑う。なるほど、本日の客寄せパンダ。とびっきりのホンモノが私というわけだ。せいぜい、ご期待通りに派手に登場してみせようじゃないか。


ふふんと笑い、やってやるぜと指を鳴らした。あと旦那、恰好をつけたいのなら口の中の芋を飲み込んでからにしてくれ。なんかもう台無しである。



「あ、言い忘れてたわ。どうせお前、買われた先からさっさと逃げ出す腹積もりだろう?とんだドラ猫を掴まされたって怒鳴り込まれても厄介だからよ、逃げるにしても一晩くらいは夢を見させたってくれや。」


「他人の身体だからって気安く言うものですね。でもまあ、相手次第ですかねー。」


金貨何枚だか知らぬが、大枚はたいて手に入れた逸品が、お触りもせぬうちに逃げ出したとあっては腹も立とうというものだろう。そうまでして私を欲しがってくれたのだ。態度次第では、まあちょっとくらいはサービスしてやらんこともない。


さーて、私にはいくらの値段がつくのやら。少々楽しみである。蠍の旦那のお手並み拝見といこうじゃないか。くひひひひ。



今日の儲けを想像しているのだろう蠍の旦那と二人、ニヤニヤと笑いながら、私達は芋を一切れ、ぶちりと噛み切ったのであった。



ノマちゃんは人攫いの一味では無く、攫われてきた可哀そうな女の子です。念のため。

黒猫ちゃん達と、あとついでにノマちゃんの運命や如何に。

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