私達の行く末は
「おーう!ガキ共!飯の時間だぞーーー!!」
ようやっと、お夕飯が来たようだ。格子扉のその先で、強面のおっさんが木桶を柄杓でゴンゴンと打ち鳴らす。先ほど御者をやっていたあのおっさんだ。
いや、ていうかバケツご飯かよ。動物園じゃあるまいし、年頃の少女に対する扱いとして如何なものか。顔を顰めて見せたが黒猫ちゃん達は気にならないようで、おっさんの姿を認めるなり手を叩いて飛び跳ねた。
「やーーっと飯だー!めしーー!!」
「ふしゃーー!おやびーん!お腹空きましたー!!」
「ふみゅーー!ごはーんごはーん!!」
「はやくよこせ。」
ごめん、動物園だったわ。
「ったくうるせえガキ共だぜ。おら、入るぞ、場所空けろ。」
格子扉の鍵を開け、おっさんが台車を押してごろごろと入ってきた。おお、良い匂いがする。
どうやらバケツご飯は回避できたようだ。よくよく見れば、手桶の中身は透き通った水であった。
お夕飯の献立は、硬そうな黒パン、具の見えない塩のスープ、蒸かした芋、そして焼き菓子が一枚。菓子も含めてちゃんと五人分が用意されている。
意外と豪勢である。お芋がついているのがポイント高い、これのおかげでお腹の満足度が段違いだ。そして何より、焼き菓子である。
「あら、私のお願い、ちゃんと叶えてくれたんですね?」
「用意してやらねーとお前がぎゃんぎゃんうるさそうだったからな。俺の手作りだ、ありがたく食えよ。」
まじか。女子力高いぞこのおっさん。この厳つい顔とごつい指で器用なものだ。しかしまあ本当に出てくるとは思わなんだ。意外と連中、金回りは良いらしい。
焼き菓子とおっさんをしげしげと見比べていると、甘い匂いに釣られて子分ちゃんたちが食いついてきた。
「ギンちゃん!なんですかそれ!?」
「とっても甘い匂いがしますー!ギンちゃんはこれ知ってるんですか!?」
「おいしい?」
「ノマです。」
わちゃわちゃと、一斉に詰め寄る子分ちゃん達をいなしていると、意外な事に口を開いたは黒猫ちゃん。
「焼き菓子……クッキーってやつか?ほんの一欠片だけど、客から貰って食ったことがあるな。」
声を合図に途端に子分ちゃん達が静かになって、黒猫ちゃんへ顔を向ける。親分の言葉を待ちわびているのか、期待に揺れる尻尾が堪らない。握っちゃ駄目だろうか。
「ああ、美味いぞ。すっげー美味い。」
そう言って、にやりと黒猫ちゃんが笑ってみれば、子分ちゃんたちは顔を綻ばせてワッと沸いた。微笑ましい光景ではあるものの、こいつは一波乱ありそうだ。自分の分はさっさと食べてしまうとしようか。
焼き菓子を頬張ろうと、口を開いたその瞬間、子分ちゃん達にはっしと手首を掴まれ止められた。ほぅらおいでなすった。
「ギンちゃん!ギンちゃんにはおやびんを敬う心が無いのですか!!」
「そうです!初めてのクッキーです!初物はおやびんに捧げるのが筋ってもんです!!」
「ささげよー。」
「君たちどこでそんな言葉覚えたの。」
もうギンちゃんでいいや。手首を掴まれたまま、ひょいっとその腕を掲げてみせれば、重力に負けた彼女らがずるずると滑り落ちて私の足元に溜まっていく。
まあ、この子達の言わんとするところはわかった。新参者のこの私が黒猫ちゃんを差し置いて、初めてのお菓子に先に口をつけようとしたのが気に入らなかったのだろう。見れば三人とも焼き菓子を握りしめながら、涎を垂らしてぷるぷると震えている。お菓子砕けちゃうよ。
「あー、アタイは別に気にしねーよ。食いたいならさっさと食っちまえ。でないと誰かに喰われちまうかもしれねーぞ。」
誰かって誰だ。ここに私達以外の誰が居る。台車からお椀を降ろし、配膳をしてくれているおっさんをチラリと見たが、「ガキから菓子を奪うほど落ちぶれちゃいねーよ。」と返された。
襤褸は着てても心は錦。やはり、意外と良いおっさんである。良い人攫いの悪党だ。アジトの一階で託児所でも開いてみたらどうだろうか。
親分の脅し文句に、子分たちは三人揃って慌てて菓子を後ろ手に隠したが、「よし」が出た事に我慢出来なくなったか「おやびん!お先に失礼します!!」と口々に唱えつつ、ぱくりと口の中に放り込んだ。
途端、耳と尻尾がぴんと立つ。
「お、おいひいーー!おいひいれすーーー!!おやびーーーん!!!」
「あまい!あまーーいですー!!」
「もっと無い?」
人生初めてのお菓子に彼女達は大興奮だ、狭い部屋の中でどったんばったんと走り回る。そうこうするうちに衝突してひっくり返り、一つの塊になって転がった。もの喰ってる最中に暴れんな。
「おいぃ!てめーら暴れんじゃねえ!大人しくしてやがれ!飯に埃が入るじゃねーか!!」
お、言うねえ、おっさん。なんか給食の時間みたいだ。
「すいません、先生。あとで私からも叱っておきますので。」
「だれが先生だ。っていうかお前、縄はどうした。ふんじばって放り込んでやったよな?」
「食い千切りました。」
「お前どんな顎してんの?」
「ご覧のとおり、焼き菓子くらいしか噛むことの出来ない、か弱いおアゴですよ。」
もごもごとほっぺたを膨らませた私とおっさんがコントをやっているその横で、黒猫ちゃんはじっと焼き菓子を見つめていたが、やがてはぐりとそれを頬張り、にんまりと満面の喜色を浮かべて見せた。
硬いパンをスープでふやかし、お芋を喉に詰まらせて柄杓でがぶがぶと水を飲む。テーブルも無いのでぺたりと床に座り込み、みんなで車座になって食事を囲んだ。
しかしまあ、やんややんやと実に騒々しい食事であること。もっと静かに食えないのかこいつら。ちなみに芋を喉に詰まらせてひっくり返ったのは私である。南無三。
小さなお腹に詰め込めるだけ詰め込んでぱたりと倒れ、けふりと一つ息を吐く。見れば黒猫ちゃんと子分たちもだらんと伸びてしまっている。ふふふ、お行儀の悪い連中だこと。げふー。
その間に、人攫いのおっさんが空になった椀を台車に載せ、牢を出ていこうとしていたものだから慌てて呼び止めた。おっと危ない。貴重な情報源である。まだ帰すには惜しいのだ。
「おじさん、そう慌てずとも、ちょっとくらいお話しされていきませんか?」
「ああ?何言ってんだお前。お前らと話すことなんてねーよ。」
「まあ、そうおっしゃらず。ほらほら、綺麗どころが五人もいるのです。両手両足、肩の上にまで花を持てるってもんですよ?」
「小便臭いガキに群がられてもなあ。」
なんのかんのと口答えしつつも、おっさんはその場にどかりと座り込んでくれた。良いぞおっさん。付き合いの良いおっさんは嫌いじゃない。
「で、何の用だ?」
「単刀直入に申し上げますと、私達の行く末についてです。これから私達はどうなるのでしょうか?」
私の問いかけが聞こえたか、黒猫ちゃんと子分たちもがばりと起き上がってこちらににじり寄ってきた。当然であろう。この返答いかんによって、己の生き死にが決まるやも知れぬのだ。
「そいつをお前らが知る必要なんてねえよ。」
「おや、なにか私達に漏らしてはいけないような、重大な秘密があるのですか?」
「いや、別にそういう訳じゃあ、ねぇけどよ。」
今一つ歯切れが悪い。ふむ、ここはもう少し畳みかけてみるか。
「なら、別に良いではありませんか。例え子供であろうとも、時には己の身の振り方を考える事だってあるものです。さぁさ、お酌もして差し上げますから。」
「あぁ?何言ってんだお前。酒なんかどこにあるっつうんだよ。」
柄杓でさぷりと水を汲み、恭しく男の前に差し出した。
「粗茶ですが。」
「…………。」
「粗茶です。」
「もう勘弁してくれ、話してやるから。お前の相手をしてるとな、なんか大事なものがごりごり減っていくんだわ。」
「うふふ。あらまあ、失礼な殿方ですこと。」
袖で口元を隠しておほほと笑う。よっしゃ勝った。ではこの勝利の美酒は私が頂くとしましょうか。柄杓の中身をくぴりと飲み干して唇を舐める。美酒は、ちょっと苔の匂いがした。
「五日後にな、でかい競りがある。お前らはそこで、金持ち相手に道楽用の玩具として売り飛ばされる予定だ。」
「ふむ、やはりそんなところですか。表向き高名な方たちの、秘密のお遊びというわけですね?」
「ガキが知ったような口を利くじゃねえか。ま、今のうちに覚悟を決めとくこったな。」
「私は別に構いません。人生一回くらい、売り飛ばされてみるのも一興というものでしょう。」
売り言葉に買い言葉。軽んじられるのも気に喰わぬので、ぽんぽんと言葉をかぶせて剛腹さを見せつけてやる。鼻が膨らんでぴすぴすと鳴った。
実際に己の事であればどうとでもなるのだ。妙な男に買われたところで逃げ出せば良い話。追っ手は出るやもしれぬが難なく蹴散らせるであろうし、そもそもこんな非合法な変態趣味だ。表立って手を出すわけにも中々行くまい。
なによりその場合、私を追いかけて害をなそうとしてくる連中は悪人であると確定しているのだ。これがまた実に良い。おかげで躊躇なく暴力が振るえるというものよ。
きひひひひ、心が躍る。思わず爪を立て、石の床をざくりと引き裂いて顔を顰める。
おっと、いかんいかん。最近はすっかり化け物が板についてきてしまった。人間であった頃の思考を忘れないようにとは心掛けてはいるのだが、いささかばかり自信が無い。人は低きに流されるものである故に。
まあ、私の事は良いだろう。心配なのは黒猫ちゃん達である。彼女達にとっては買われた相手次第で己の人生の明暗が分かれてしまう、まさに運命の岐路なのだ。
潜入しての実態調査という当初目標からはズレてしまうが、このアジトを破壊して、彼女達をここから逃がしてあげるべきであろうか。そんな騒ぎを起こせばゼリグ達の仕事にも多大な影響を与えるやもしれぬが、背に腹は代えられぬ。
さぁていかがしたものか。そんな事を考えつつも、横目でちらりと黒猫ちゃん達を盗み見る。
「金持ち……買われる……玩具…………。」
四人は顔を伏せ、ぶつぶつと呟きながら何事か考え込んでしまっていた。さもありなん。幼い少女達が翻弄されるには、あまりに過酷な運命であろう。
「親分さん、なんでしたら、私が……。」
近づいて彼女達の顔を覗き込む。助けてあげようかと言いかけて、その途中で息を飲んだ。
四人は捕食者の目をしていた。猫のように細められたその目からは、金持ち上等、肉を食い、骨を食み、髄まで啜り尽くしてやろうという生き汚さが見て取れる。口は裂けんばかりに吊り上がり、きしきしと含み笑いが漏れていた。
思わず、そっと目を逸らす。彼女達は十分に強い、私の助けなど必要なかろう。
逸らした先で、人攫いのおっさんと目が合った。おっさんは「逃げていいか」と私にジェスチャーを送ってきたが、逃がしてなるものかと私も両手でばってんを返す。頼むから一人にしないでくれ。正直言ってマジで怖い。
「うーんそうかー。でもそうなると、アタイらもここでお別れになるかもしれねーなー。」
「おやびん?」
笑い声が消えると共に正気に戻ったか、黒猫ちゃんが唐突に口を開く。
「みんなバラバラに買われていくかもしれねーんだ。ここが今生の別れになるかもしれねえ。」
「おやびん!そんなこと言わないで下さい!!」
「おやびんが居なくなったら私達はどうしたら!?」
「さみしい……。」
子分ちゃんたちが一斉に黒猫ちゃんを取り囲む。黒猫ちゃんはそんな彼女たちの頭を一人ずつ、優しく静かに撫でてあげた。小さな指で押しつぶされた猫耳がくにくにと形を変える。
「……いつか、こんな日が来るとは思ってたよ。なぁに、別に二度と会えないって決まったわけじゃねえんだ。生きてりゃあそのうち、またどっかで会えることだってあるさ。」
「おやびん……。私達、おやびんに会う事が出来て、幸せでした!」
「今までありがとうございました!おやびん!!」
「おやびーん……ぐすん…………。」
…………うん、どうしようこの空気。なるべく邪魔にならないように、人攫いのおっさんと二人で部屋の端っこに身を寄せる。
今にも別れの水盃でも交わし始めそうな勢いであるが、とりあえず水の入った手桶は背中の後ろに隠しておこうか。
いやいやいや、とてもじゃないが、あそこに割って入れる気はしない。ひしりと抱き合う四人を横目に、おっさんにひそひそと耳打ちする。
「ちょっとおじさん!あの子達、四人揃ってまとめ売りとかしてあげられないんですか!?」
「俺にそんな事決める権限があるわけないだろうが!そういうのを決めるのはうちのお頭だよ!!」
「じゃあそのお頭さんに直談判してくださいよ!紙に直訴って書いて棒の先に括りつけて突撃してきて下さい!!」
「できるわけねーだろうが!なめた口聞いてんじゃねえとぶっ殺されちまうわ!!」
「ええい使えないおっさんですね!ちょっと今すぐ出世してきてくださいよ!!」
「いい加減ぶっ飛ばすぞてめぇ!?」
ひそひそひそと、小声でおっさんと喧嘩しつつもお互いの足をげしげしと踏みあって、そうこうするうち四人は感極まったのか、抱き合ったままわんわんと泣き出してしまった。
あー、もー。これは私が一肌脱いであげるしかないか。成り行きとはいえ、黒猫ちゃんは私の親分である。親分が子分を見捨てないように、子分だって親分を見捨てないのだ。もちろん子分ちゃん達だって同様である。
よーし、やったるでー。唇を舐めて腕まくりをし肩をぐりぐりと回す私を見て、なにか碌でもない事をやらかそうとしているとでも思ったか、おっさんは懐から薬包を取り出すと、胃を押さえながらざらりと飲み下したのであった。
まったくもって、失礼なおっさんである。




