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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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人攫い

「むー、むがもー、むぐむーむももももーーー。」



 どうも。猿ぐつわを噛まされて後ろ手に縛られ、麻袋の中に詰め込まれて荷馬車に揺られる昨今、皆さまいかがお過ごしでしょうか。


何があったと聞かれれば、まあご覧のとおり。わたくし誘拐されてしまいました。


まあ正直この展開は読めていたのだが、こうもあっさり攫われるとは思っていなかった。私は、己の身体の性能をいささか過信し過ぎていたのだ。


さて、話は小一時間ほど遡る。







「失礼、お嬢さん。お金にお困りでしたら、わたくしが仕事を紹介して差し上げましょうか?」


 世紀末酒場を出て程無くして、胡散臭い優男に声をかけられた。何こいつめちゃくちゃ怪しいんだけど。私が警戒しているのを見て取ったか、男は手をひらひらと掲げて武器の類を持っていない事を示して見せた。


「ああ、ご安心ください。怪しい者ではありません。わたくし、教会の下で慈善事業に携わっているものでして、施しとは別に、未来ある若者が自立して生きていけるよう、仕事の斡旋を行っているのです。はい。」


もう怪しさが限界突破である。自分で怪しいものではありませんとか名乗るやつに碌な奴はいない。知らないイケメンについていってはいけませんとはよく言ったものだ。


私はふぅと息を吐くと、男に向き直り、じろりと睨みつけて、こう言ってやったのである。



「お願いします!!」


「お嬢さんが警戒するのもわかりますが……ってうぇ!?」



どうせ他に当ても無いのだ。虎穴に入らずんば虎子を得ず、溺れる者は藁をもつかむのである。まあ十割方人攫いの類であろうが、この身は強靭、無敵、最強なのだ。今更チンピラが束になってかかってきたところでどうにでもなる。わはは。


「あー……それでは、ご案内致しますのでこちらへ。わたくしについてきてください。」


「ふぁい。」


男は少々面食らった様子であったが、目の前の少女の、美しい見た目に反していささか思慮の足りない様子に与しやすいと思ったか、人気の少ない貧民街の、さらに人気の無い裏道へ私を誘導しようとしてきた。


おーけい、乗ってやろう。私は思慮の足りない小娘である。どうせ駆け引きなど苦手であるのだから、正面から罠に引っ掛かって食い破るのが手っ取り早いのだ。まっすぐ行ってぶん殴るのである。さあ、連れて行くが良い。




優男に案内されて裏道を歩く。ただでさえ慣れぬ道だというに、無秩序に建てられた家屋だか掘っ立て小屋だかわからぬ代物が、ぐねぐねと複雑怪奇な裏道抜け道回り道を形成しているのだ。つまりなんというか、こう、ぶっちゃけ帰り道がわからない。


「けっこう、歩くんですね。まだかかるのでしょうか?」


「もう少しですよ。この先に、救貧院を兼ねた事務所を構えているものでして。」


ちょっと冷や汗が出てきた。この男が人攫いで、この先に悪党共が待ち構えていようとも、それはまあぶちのめせば良いのだから問題ない。だがその後が問題だ、迷子確定である。どうしよう。


前を歩く男の背中を眺めつつ、爪を噛んで唸っていたが、不意にぴたりと足が止まった。


どうやらここが目的地のようである。が、どう見ても三方を壁に囲まれた行き止まりで、事務所とやらは影も形も存在せぬ。うん、知ってた。



「お兄さん?」


「なんでしょう?お嬢さん。」


「人攫いですか?」


男はこちらを振り向くと、ぐっと親指を立てながら、私に向かってぱちりとウインクをしてみせた。ハハハこやつめ。



オーケイ張り倒そう。帰り道はこいつに案内させればよい。なに、指の二、三本も圧し折ってやれば言う事を聞くであろう。


どうも最近、キティーに思考が毒されてきた気がする。良くない傾向だ。まあ、今回は相手も悪人であるからして、あまり気に病む必要も無かろうて。


にかっと牙を見せて笑い、指をごきりと鳴らしたその瞬間。いきなり後ろから伸びてきた腕に体を引き寄せられると、なんぞ甘い匂いのする布を顔に押し当てられて、私はすこんと意識を手放したのであった。







 で、気が付けばこれである。注意一秒怪我一生、油断大敵袋詰めだ。私の吸血ボディーは物理面では強靭この上無いが、薬物耐性は今一つであったらしい。


連れ去られた先で何をさせられるのだかわかったものでは無いが、身元不明の美少女を捕まえて身代金の要求というわけでもあるまい。どこぞに売り飛ばされるのだろうか。


心配なのは危ないオクスリである。薬漬けにされてラリってブっ飛ぼうが、私の身体はそのうち勝手に修復されるであろうからそれは良い。まあその間に何事かされるやもしれぬが、それはまあ犬にでも噛まれたと思うことにする。


なにが心配って、頭のブっ飛んだ私が何を仕出かすのかわからないのだ。正気を取り戻したら王都の半分が血の海でしたなんて事になったら笑えない。人類の敵ルートまっしぐらである。



がたん。ごろごろ、ごつん。がったん。ごろごろごろ、ごっつん。



それもしても、狭いし暗いし動きづらい事この上ない。荷馬車ががたがたと揺れる度に、袋詰めの私の身体もごろごろと転がって、あちらこちらにぶつかるのだ。


うーんどうしたものか。とりあえずは身体を落ち着かせて、それから状況の把握かなあ。猿ぐつわをがぶりと食い千切って、手首を拘束した縄を引き千切り、どかりとその場であぐらをかいた。


指をぶすりと刺しこんで袋に穴を空け、周囲の様子を窺う。荷馬車だろうなと見当はつけていたのだが、はたしてここは、幌馬車の荷台の中であるようだ。上を見上げてもお天道様の姿は見えず、代わりに薄汚れた布切れが張られていた。


私の周囲には雑多な品物が積み上げられ、麻袋や木箱の類もいくつか視界に入ったが、幸いな事にもぞもぞ動いたり、ごんごんと音を立てる奇怪な物体は見当たらぬ。


少なくとも、この荷馬車の中に私と同じ、攫われてきた者は居らぬようだ。思わず、はふぅと息を吐いた。



いやはや安心した。私ときたら、このまま興味本位で連中のアジトに直行する気満々であったのだ。この場に他に捕まっている者が居るのであれば、それに付き合わせてしまうのは忍びない。


そもそも逃がしてあげようにも、さして速度は出ていなさそうとはいえ、走行中の馬車をぶっ壊して脱出するわけにもいかぬ。その者に怪我をさせるやもしれぬし、お馬さんの身も危ない。御者?どうせ人攫いの片棒担いだ輩であろう、自分でなんとかせい。


御者。自分で言って、ふと思い立った。もしかしたらあの優男が手綱を握っているのでは無かろうか。一言嫌味でも言ってやろう。



麻袋の中からきょろきょろと見渡すが、どうも穴の向きがあっておらぬようで、御者台の様子が窺えぬ。袋の中でずりずりりと身体を回転させて角度を調節したが、御者台との境には垂れ幕が降ろされていて、やはり御者の姿を認めることは出来なかった。


ふむ残念。だがしかし、見えないとなれば余計に気になるのである。ノマちゃんはくじけない。


進行方向を定めると、袋の中で匍匐前進を開始する。気分は運動会の戦車競技のごとし、ちょっと楽しくなってきた。



何かに触れた感じがしたので、再びぶすりと袋に穴を空けて様子を窺う。そのうち袋が穴だらけになりそうだ。垂れ幕の下を潜って見上げてみれば、御者台で手綱を握っているのは見知らぬ強面のおっさんであった。


いきなり後ろから声をかけ、小粋な嫌味でもかましてやろうかと台詞を考えていたのだが当てが外れた。あの優男では無かったか。まあいいや。


馬車の周囲も確認しようと思い立ったが、見える範囲が狭すぎてどうもよくわからぬ。袋の穴を指でつついてびりびり広げ、すっきりと視界を確保……あ、やっべ広げ過ぎた。もう私の顔が覗けるくらいの大穴が。


ま、まあいいや。おかげで周りが良く見える、問題ない。で、周囲を見回してびっくり。なんとまあ、立派な邸宅が立ち並んでいるでは無いか。


正直これは予想外である。てっきり、未だ貧民街を走っているか、あるいは郊外の秘密の取引現場のような所に向かっていると思ったのだ。それが富裕層の住宅地、王都中心部に向かっているとなれば驚きもしよう。これは果たして如何なるものか。



思わず顎に手をやってしまったが、ここでぴんと思い出した。今朝キティーは、裏社会の取引現場へ殴り込み……もとい調査へ向かうと言っていたでは無いか。どんな大物が絡んでいるかわかったものでは無いと。


むふふ、これは当たりを引いたやもしれぬ。見目の良い子供を攫って、向かう先は高級住宅地。ゼリグとキティーの調査対象と無関係とは思えない。


私のような女児なんぞ、とても働き手には向かぬであろうからして、通常の奴隷売買のルートに乗せられるという事もなかろうて。奴隷はあくまで労働力を目当てに購入されるものなのだ。


と、くれば、私の行先は娼館か、あるいは金持ちの個人的な趣味の為に売り飛ばされるのか…………。



自分の行く末を想像し、思わず顔を伏せてしまった。声が漏れそうになってしまい、口に手のひらを当てて抑える。



くひひひひ。仕事が見つからぬと腐っておったが、運が向いてきおったわ。これは私も、このまま流れに身を任せて実態調査に協力すべきであろう。さすれば金一封はかたいやもしれぬ。


口元を手で覆い、声を殺して笑っていたが、ふと視線を感じて上を見上げた。



御者をしていた強面のおっさんと目があった。っていうかめっちゃ睨んでる、私が一体何をした。


「どうも、こんにちわ。よいお天気ですね。」


「おう、陽射しが暑くてかなわねぇや。で、ガキ、てめぇ何動き回ってやがんだ、猿ぐつわはどうした?」


「食い千切りました。」


「お、おう。」


袋の中で小さく手をあげ、元気よく挨拶をしたのだが、なぜかドン引きされた。解せぬ。


「おじさん、これってどこに向かってるんでしょうか?」


「蹴り飛ばすぞ、黙って荷台に引っ込んでやがれ。」


「暇なんです。」


ぷーと膨れたが、容赦なくげしげしと蹴りを入れられる。おいおっさん、こちとら高級品だぞ、もっと労われ。



「お前を人に見られたら不味いんだよ!わかるだろうが!?」


「大丈夫ですよ、子供が袋をかぶって遊んでるようにしか見えません。ほら。」


袋から頭と腕をずぼっと出して、通りを歩くご婦人に手を振ってみせる。ご婦人はあらあらと微笑んで、私に手を振り返してくれた。ほらねと御者台に視線を向けると、おっさんが頭を抱えている。


「ほーら、大丈夫だったでしょう?あ、お父さんって呼んであげましょうか?」


「自分の立場わかってんのかてめぇ……。」


「もちろんです、攫われたんですよね私。あ、あのお店の砂糖菓子が食べたいんで、ちょっと馬車を停めて貰ってもいいですか?」



荷台の中へ、思いっきり蹴り飛ばされた。ごろんごろんと転がって木箱にぶつかり派手な音を立てる。


「痛いじゃないですか。」


「お前としゃべってると疲れるんだよ!頼むから大人しくしててくれ!!」


「わかりました。じゃあちょっと一眠りしますんで、着いたら起こしてくださいね。」



そうまで言われちゃしょうがない。私は空気の読める女だ、人の嫌がることはしないのである。良さげな小麦粉の袋を見つけると、それを枕にぼふんと横になった。


荷馬車の揺れが意外と悪くない。目を瞑ると、御者台のほうから派手なため息が聞こえた。







「おう、上物が入るって聞いてたがこいつか?」


「ああ、こいつがそうだよ。ったくとんでもなく図太いガキだぜ。」



 話し声で目を覚ます、途端、私はむんずと掴まれて宙を舞った。


投げ飛ばされたその先には、これまた厳つい顔のむさいおっさんが居る。だがこの際おっさんでも構わない。さあ、私を受け止めてたもれ。


腕を伸ばしておっさんの胸ぐらに掴みかかろうとしたが、意外に華麗なステップを踏むおっさんに緊急回避された私は石の壁にびたんと張り付いた。重力に引かれてべりっと剥がれ落ち、床に落下して仰向けに転がる。



「酷いじゃないですか。私は上物の商品ですよ?荷扱いは丁寧にお願いします。」


「……な、図太いだろ?」


「…………おう、売れるのかこれ?」


ふはは、売れるに決まっておろうが。この一か月、何度身売りを持ちかけられたことか、もはや覚えておらぬ。あれ涙が。



「おい、高笑いしたかと思ったら四つん這いになって項垂れちまったぞこいつ。」


「躁鬱の気でもあるんじゃねーか?さっさとふんじばって地下に放り込んじまおうぜ。」


「っていうかなんで縄が解いてあるんだよ、くつわも噛まされてねーし。」


「食い千切ったんだとさ。」



おっさん二人が青い顔をして股間に手をやった。おい、何考えてやがる、マジで食い千切るぞ。


がっちんがっちんと歯を打ち鳴らして威嚇してやったが、抵抗むなしく手早く縄で縛り上げられた。そのまま小脇に抱えられ、部屋の奥にあった石造りの階段を下っていく。




「おら、今日からしばらく、ここがてめえの家だ。騒ぐんじゃねーぞ。」


そう言われ、私は座敷牢のような部屋にぽいっと放り込まれた。部屋の中に積み上げられた、布団のような寝具の山に激突し、山を崩してごろんと転がる。


着弾地点を考慮してくれたあたりに若干の優しみを感じる。意外と悪い連中では無いのやもしれぬ。人攫いの悪党だけど。


石の地肌に、申し訳程度に敷物の敷かれた硬い床にべちょっと倒れ伏すと、きゅうとお腹が鳴った。



「お腹空いたんですけど、お夕飯は頂けるのでしょうか。」


「飯なら後で持ってきてやるよ、大人しくしてな。」


「おやつは付きますか?」


「図々しいなお前!?」


おやつは重要である。絶対だぞ!絶対お菓子持って来いよお前!持ってこなかったら地下室ごとぶっ壊して崩落させるぞごるぁ!!あ、駄目だ私も生き埋めになるわ。


縄に縛られたままぐねぐねと蠢いて主張したが、おっさん共は格子扉にがちゃんと鍵をかけ、そのまま去って行ってしまった。


誰があいつの面倒見るんだよとか言ってんじゃないよ。ちゃんと聞こえてるからな。



駄々を捏ねる相手も居なくなったので、だらりと身体を投げ出して脱力する。はふーん。


さて、目論見のとおり、人攫い共のアジトに辿り着けたようだがこれからどうしたものか。虎穴に飛び込んで何も得られぬでは割に合わない。




まあ、まずは、先輩方への挨拶からかな?


薄暗い部屋の中、そう思いつつ身を起こした私の前で、八つの瞳がぎらりと輝いた。




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