就職活動ぶらり旅
「ううぅ……爛れています……こんな生活、早く抜け出さなくてはいけません…………。」
あの惨劇の一夜から一月ほどが経った。
いや、この世界の暦はよくわからぬが、キティーの家にカレンダーのようなものがあったのだ。それによれば、暦の最小単位は七日で一回りをするらしい。今日はその四回り目である。
あれから私がどうしているかといえば、そのままキティーの家に滞在していた。着るものから食べるものまで、全て彼女が面倒を見てくれるし、お小遣いまで貰っている。暇に飽かせて本を読み、飽きれば散歩と買い食いの毎日だ。
その対価として、私はあの桃色女に、夜な夜な身を差し出して支払いを行うのである。ヒモである。どう考えてもヒモである。爛れている、こんな生活、早く脱却せねばならぬ。
そもそも、私に対して夜な夜な人間を喰らうつもりであろうと疑ってかかっておいて、実際にはあの桃色のほうが夜な夜な私を喰らっているのはどういう了見だ。お、上手い事言ったね。ドチクショウが。
ゼリグの奴も傭兵稼業を再開したようで、キティーと一緒になにやらあちこち飛び回っているようであるが、夜になれば三日と置かずにこの家に泊まりに来る。もう一緒に住んだらどうだろうか。どうせ部屋は余っているのだ。
というかそのゼリグである。あんにゃろーがまた酷いのだ。あんな酷い奴だとは思わなかった。
何が酷いって、酒に酔うと目が据わり、「くっそー……親父にどんな顔して会えばいいんだよ……かっこわりぃ。」とか毎回同じような事を言って、腹いせとばかりに私を部屋に連れ込んで嬲るのだ。
彼女の下で、もう腹をくくって会いに行けばどうか。と助言をしてみたのだが、「お前のせいでこんなことになってんだよ!わかってんのかノマぁ!!」とか叫ばれて、余計に乱暴にされた。解せぬ。
こちらとしては、ええいこの女めんどくせえぇ!!と思う次第であるが、彼女の言うとおりに原因は私にあるのだ。大人しくされるがままである。
爛れている、こんな生活、早く脱却せねばならぬ。
ちなみにそのゼリグが今どうしているかと言えば、深酒が祟ってか、私に抱きついたまま青い顔をしてウンウンと唸っている。
朝っぱらからリバースでも食らってはたまらない。ひょいと腕を持ち上げて拘束を解くと、昨夜の仕返しとばかりに頭を小突き回してやった。
『やめろぉぉぉ頭が割れるぅぅぅぅ!』とか弱々しく呻きながら、ゴロゴロと転げまわる赤毛の女を見て溜飲を下げる。八割方すっきりした。どうだ思い知ったか。うひひひひ。
「と、いうわけですので、何かお仕事を紹介して下さい!」
「なんの話よ。朝っぱらからまた妙な事を言い出したわねぇ……。」
しばらくゼリグをつついて遊んでいたのだが、ぐったりして動かなくなってしまったので朝食を食べに炊事場へやってきた。折よくキティーが豆を煮ていたので、煮えるのを待つ傍らで、仕事をくれと頼んでみる。
「別にお仕事なんてしなくたって、私が全部面倒を見てあげてるでしょう?もっとお小遣いが欲しいとでも言うつもりかしらぁ?」
「いえ、違います。こうして世話になっているのですから、せめて自分でお金を稼いで、生活費の足しとしてキティーさんにお渡ししたいのです。」
ふんすふんすと鼻息荒く主張する。ぴょんこぴょんこと跳ねていると、鬱陶しかったか、キティーにむぎゅっと頭を押さえつけられた。
「あらー、殊勝な事を言うのね。酒場でなら何か仕事を紹介して貰えるかもしれないけれど、生憎と私とゼリグは今日からまたお仕事なのよ。悪いけど一人で行って頂戴な。」
「子供の一人歩きは危険ですよ?」
「いつも一人でふらふら出歩いてるじゃないのよ。まあ、でも確かに危険だわね。ノマちゃん手加減とか苦手そうだもの。」
そっちかい。だが見くびるなかれ、ちゃんと手加減くらいは出来るのだ。妙な連中に絡まれても、首から下を地面に埋める程度で許してやっている。ちなみに暗黒芸術を路上に量産しすぎたせいか、衛兵さんに叱られたので最近は自重である。
そうこうしている内に豆が煮えた。食器を取り出して炊事場に備え付けられた小さなテーブルに並べ、キティーが盛り付けてくれるのをしばし待つ。
「でも、お仕事なら仕方が無いですね。後で、行きつけの酒場で聞いてみる事にします。それにしても、最近は忙しそうですね?」
彼女達の仕事柄、泊りがけの外出が多いのはいつもの事であるが、最近は頻度が高い気がする。まあ、帰ってきたら帰ってきたで、私は美味しく召し上がられてしまうのだが。
「お兄様が気を利かせて仕事を回してくれたんだけどねー。報酬に目が眩んで、王都の非合法市場の実態調査とかめんどくさい事を引き受けちゃったわけよ。」
お皿の上に、甘辛く煮つけられた豆がべちょりと盛られる。見た目はまずそうであるが、味は、まあ、うん。
「ご実家のお兄さん、たしか、王城にお勤めになっておられるんですっけ。官憲の手先となって、裏社会を相手に大捕り物ってわけですね。面白そうです。私も見学に行っていいですか?」
何をしているのかと思えば、二人は潜入捜査の真似事をしていたらしい。二人の気性を考えれば、さぞや派手な大立ち回りが見られることであろう。ぜひポップコーンとコーラを片手に、最前列で観戦したい。
「遊びじゃないのよ、子連れで行けるもんですか。そもそも、ノマちゃんが期待してるような派手な荒事なんて起きやしないわよ。」
「そうなんですか?ゼリグはともかく、キティーならヒャッハーとか言いながら奴隷オークションに乗り込んで、奴隷商人の玉を蹴り上げるくらいの事はしそうなんですが。」
「んっふふー。ノマちゃーん?ノマちゃんは私をそんな風に思ってたんですねー。次の夜が楽しみですぅ。」
笑顔で顔面を鷲掴みにされた。やっべこれは失言である。
「悲しいかな、王国は小国だからねー。東の衆国や、西の連邦の筋者にとっては良い隠れ蓑になるのよ。うかつに手を突っ込もうものなら何が出てくるかわかったもんじゃ無いわ。」
キティーが木匙で煮豆を突っつく。盛られた豆の山がどろっと崩れた。
「隠れ蓑ですか?」
「人手も足りない。お金も足りない。摘発したところで、うっかり他国の大物でも引きずり出して治外法権を振りかざされたらやっかいな事になるわ。だから、あくまで実態の調査だけってわけ。」
「そういうのって傭兵のお仕事なんですかね。普通はお役人の専門部署があたりそうなもんですけど。」
「お兄様が私達の腕を見込んでくれてるって言えば聞こえはいいけど、実際は保険の意味合いが強いわね。」
「保険?」
私も匙で、煮豆の山を崩すと一口ぱくりと口に含む。不味いとまでは言わぬが未だに慣れない微妙な味だ。
「何か事が起こっても、自由業の傭兵風情が勝手にやったことであって、当局は一切関与しておりませんって詭弁が通るからね。役人がやったのでは追及を避けるのは難しいけれど、私達なら簡単に切り捨てられるわ。」
「お兄さんとの関係は良好なんじゃなかったんですか?」
「良好よ、私生活ではね。でも仕事は別、私達みたいに実力があって扱いやすい手駒を持っているのなら、私がお兄様の立場でも、報酬で釣って仕事を投げるでしょうね。」
「ほへー。なんともビジネスライクなご関係で。でもキティーさん、良いんですか?」
「なーに?」
「ゼリグさんの事です。二日酔いでぶっ倒れてますよ?今日からお仕事なんですよね?」
「叩き起こしてくるわ。」
言うが早いか、彼女はことりと匙を置くと、水瓶から木桶にざぶんと水を汲んで客室へすっ飛んでいった。
おお、早い早い。二人ともお仕事頑張ってくださいね。私もこの豆をやっつけたら仕事を探しに行きますから。
木匙を握り直し、煮豆の山に相対する。皿に向かって追撃の一撃を突き刺したその瞬間、ゼリグの悲鳴が響き渡った。
「おかみさん!お金が必要なんです!お仕事を紹介して頂けませんか!!」
日除けの帽子をしっかり被り、やってきましたは行きつけの酒場である。初日の世紀末酒場では無く、キティーの家からもほど近い、中産階級の集まるもっと客層の良い店だ。
別に酒飲みになったわけでは無い。探してみたのだが、レストランのような専門のお食事処が存在せず、ご飯を食べようと思えば酒場に来るしか無かったのだ。
カウンターに手をかけてぴょんこぴょんこと跳ね回り、顔なじみのおかみさんに仕事の斡旋を頼み込む。
「あらまあ、ノマちゃん良いところのお嬢さんだろう?仕事を紹介してくれだなんて、変わった事を言い出す子だね。」
「お嬢様に見えますか?」
「言う事成す事は妙ちくりんだけどね、親の手伝いもしないで昼間から遊び歩いてるわ、本なんて高価なものを持ち込んで、テーブルの端を占領して居座ってるんだ。どこの道楽娘かと思ったよ。」
「う……すいませんでした。気をつけます。」
さすが、おばちゃんはずけずけとモノを言う。ファミレス感覚で居座ったのは失敗であったか。というか、キティーの家には本棚があったくらいなのであまり気に留めなかったが、やはり書物は高価な品であったらしい。まあおそらくは、例の実家からの略奪品であろうが。
「あのー……それで、お仕事のほうなんですが……」
「ああ、悪いけれどね、うちで斡旋してるのは職人組合からの仕事の橋渡しがほとんどでね、子供の小遣い稼ぎに任せられそうな仕事はちょっと無いねえ。」
まあ、こちとら見た目十歳児である。よく考えれば、いや、よく考えなくても仕事なんぞ任せて貰えるはずも無かった。おかみさんの断り文句も、大分オブラートに包んでくれているのだろう。
私の就職活動は一歩目からいきなり挫折してしまった。しょんぼりしょぼしょぼしていると、見かねたおかみさんが声をかけてくれる。
「あー……ノマちゃん、うちは商品用の貸し倉庫もやってるんだけどね、倉庫番をやってみるかい?ちょっとくらいなら、お駄賃もあげられるよ。」
おかみさんの提示してくれたお駄賃は、本当に子どものお小遣い程度のものであった。一回の昼食代にもならず、飴でも買ったら無くなってしまいそうである。
だが、なんでもやってみたがる好奇心旺盛な子供に、お仕事気分を味合わせて、おまけにお駄賃までつけてくれたおかみさんの心遣いは伝わった。ありがたく、気持ちだけ頂戴しておく事にする。
他に仕事が紹介して貰える場所は無いかと尋ねてみれば、おかみさんは、「子供を行かせるような場所じゃないんだがねえ。」、と渋りながらも地図を書いてくれた。ここに行けば仕事にありつけるかもしれないという。ただし質は問えないんだとか。
「ありがとうございます、おかみさん。さっそく行ってみます。」
「あんまりガラの良い連中の集まる店じゃないからね、気を付けるんだよ。ちょっと! そこの護衛のあんた! このやんちゃなお嬢様から目を離すんじゃないよ! しっかり守ってやんな!!!」
ぺこりと頭を下げたが、急におかみさんが声を荒げた。なんぞと思って振り向くと、私の後ろで情報交換用の掲示板を眺めていた、知らないおっさんがぎょっとした顔でこちらを向いて……そんで目が合った。
「え?」
「え?」
「え?」
…………何これ気まずい。
「さて、おかみさんの書いてくれた地図によると、こっちに向かえば良いはずですが……」
二人が固まっている隙に、その場をそそくさと抜け出してきた。どうやら私はずっと、陰ながら護衛に守られつつふらふらと遊び歩いている、金持ちの道楽娘であると思われていたらしい。
今度おかみさんに会ったらなんと言おうかと考えたが、そもそも良家のお嬢様という時点で誤解なのである。傭兵女に世話になっているヒモ女です、と本当の事を言えば問題無いだろう。
……いや、余計に心配されそうだな。
地図に従って歩くうち、道が狭くなり、人通りが少なくなり、明らかになんかやばい感じの裏通りに入っていくに至って……なんかデジャヴを感じるのだが、道あってるんだろうかこれ。
右にくねり、左にくねり、酔っ払いが喧嘩する横をすり抜けて着いた先は、黄色い旗がたなびく、なんかすげー見覚えのある酒場であった。一か月の時を経て、再び私はこの世紀末に帰ってきてしまったらしい。
まあ、とはいえせっかくおかみさんに紹介してもらったのだ。覚悟を決めて突撃しよう。欲しがりません、勝つまでは。
「たのもーーー!!おやっさん!仕事ください!!」
「ああ?いつぞやの銀髪の嬢ちゃんじゃねえか。仕事だぁ?」
久しぶりのおやっさんである、相変わらず頭部がまぶしい御仁だ。初めて出会った時のように、今日もおやっさんは床の掃除をしていた。
昨夜はゼリグもキティーも家に居た。よってあれは、哀れな犠牲者の血痕というわけでは無いだろうと察しをつける。まあ、代わりに犠牲になっていたのは私であったのだが。
「はい、お金を稼ぎたいのです。」
「おめぇさん、ゼリグの奴の連れだろう?やつぁ最近羽振りがいい。ガキが自分で食い扶持を稼ぐなんて真似しなくても、あいつにせびればいいじゃねぇか。」
「ゼリグさんにもお世話になっていますが、最近は主にキティーさんに面倒を見てもらっているのです。迷惑をかけっぱなしもなんですので、自分で稼いで、お家にお金を入れたいのです。」
うん、私良い事言った!ふんすと無い胸を張ってふんぞり返って見せると、おやっさんはモップ片手に頭を掻いて、微妙な顔をしてみせる。
「キティーの奴まで噛んでやがんのかよ……飯盛り女の真似事でもさせようもんなら店ごとぶっ潰されそうだな、おぉ怖え。」
「あ、そういうのは無しでお願いします。というかあの二人相手で十分間に合ってます。」
「おう、そうか。嬢ちゃんもその年で苦労してやがんだな……」
「はい…………。」
「あの桃色女なぁ、最近は妙に大人しくしてると思ってたんだが、嬢ちゃんが身体を張って鎮めてくれてたんだな。へへへっありがてぇ話じゃねぇか。」
祟り神だろうかあの女は。おやっさんも私を勝手に生贄に捧げないで欲しい。
軽口に乗ってやらない事で無言の抗議をしていると、おやっさんもばつが悪くなったか、あご髭を撫でまわしながら話題を変えてきた。
「あー、そんで、仕事だったな。うちで扱ってんのは日雇いの肉体労働が主なんだよなぁ。嬢ちゃんにゃ無理だろう?」
「あ、大丈夫です。そういうの得意ですよ、私。」
なんせこちとら吸血鬼である。こんな小さな見た目でもばりばりの近接パワー型なのだ。怪力マッチョは伊達では無い。
とはいえそんな事おやっさんに伝わるはずも無く、馬鹿言っちゃいけねえよと一笑に付されてしまった。まあそうなるよね。
「ま、一応探してやるよ。おめぇさんを邪険に扱ったと、ゼリグやキティーの奴に言いつけられても困るしな。ついてきな。」
「ありがとうございます、ご迷惑をおかけします。」
ぺこりと頭を下げる。仕事の邪魔だと追い払われる事も覚悟していたが、ちゃんと取り合って貰えたようだ。無理を言ってしまい心苦しいが、何か私にも出来るような仕事が見つかると嬉しい。
「……嬢ちゃんよく躾けられてんな。金持ちの旦那にでも取り入って養って貰ったほうが楽なんじゃねえか?」
いえ、もう既にヒモ生活ですので…………。
おやっさんはカウンターの奥に引っ込むと、紙巻煙草を咥えて木の札やら竹の書簡やらをひっくり返し始めた。如何にも嵩張りそうな代物であるが、紙はまだまだ高級品であるらしい。
仕事ぶりを見物しようと、背伸びをしてカウンターに手をかけようとしたが背丈が足りぬ。ぴょんこと跳ねて、カウンターの縁を掴み体を持ち上げようとしていると、両腕を掴まれてぐいと引き上げられた。
「やんちゃな嬢ちゃんだな。ほれ、そこに座って待ってな。」
ぽすんと端っこに座らされると、ふーと煙を吹きかけられる。ちょっと煙いんですけど。
「ありがとうございます。でも良いんですか?こんなところに登ってしまって。」
「なーに、どうせ客なんか来やあしねぇよ。気にすんな。」
「お店、準備中ですよね?そりゃあお客さんも来ないと思うんですけど。」
「これでも営業中だよ、つーかおめぇさん、準備中だと思ってたのにずかずかと入ってきて、仕事を寄越せときやがったってか?ふてぇ野郎だぜまったく。」
「あー……そうですね、すいません。無遠慮でした。あと私は女です、おやっさん。」
「ったく、礼儀正しいのか図々しいのか、あの女共に似てきちまったんじゃねえのか?」
軽口を叩きながらも、おやっさんは手際よく書簡を仕分けていく。よさげな仕事はまだ見つからぬようだ。煙草の煙がゆらゆらとくゆり、こちらのほうに流れてきた。
煙草、そういえばゼリグも時々吸っていたな。一本くらい貰えないだろうか。
「ん?なんでぇ嬢ちゃん、こいつが珍しいのかい?まあ、王都でも最近出回りだした代物だからな、試しに一本吸ってみるか?」
物欲しげな目つきをしていたのを見られたか、おやっさんが煙草を一本渡してくれた。
「ほれ、火種はこいつを使いな。ああ、懐に入れたりするんじゃねえぞ、勝手に燃えやがるからな。」
ぎょっとして、受け取ったマッチ箱を取り落としかける。自然発火するんかい!丸焼きになるのは一回で十分だ、慎重に扱う事とする。
んふふ、久方ぶりの煙草である。手早く火をつけぱくりと咥えたが、予想外の刺激に顔を顰めた。
ああ、しまった……そういえば、今の私はノマであったか…………。
「がはは!どうでぇ?嬢ちゃんにゃあちっと刺激が強いだろう?これが大人の味ってもんよ。」
「そうですね、今の私には、少々早すぎたようです。」
まあ、せっかく頂いた懐かしの煙草だ、せめて煙がくゆる様を楽しむ事にしよう。
「それにしても、来ませんねえ、お客さん。本当に営業中なんですか?」
指で摘まんだ煙草の先で、ひょいと入り口を示して見せる。店内にいるのは私一人、そういえば初めて来た時もこうであった。
「うちで扱ってんのは日雇いだっつったろう? その日暮らしの荒くれ共はよ、割のいい仕事を求めて朝っぱらから押しかけてきやがって、暮れには日銭を握って酒を浴びにきやがるのよ。つまり今時分は閑古鳥が鳴きっぱなしってわけだ。」
「ほへー、なるほど。よっぽどヤバイ仕事しか扱ってないのかと思いました。」
「へっ!ぬかしやがる。」
かちゃーんと音が鳴り、最後の書簡が放り投げられた。この様子では駄目っぽいな。
「わりぃな嬢ちゃん、やっぱ子供に任せられるような仕事はちっと無ぇや。」
おやっさんが肩を竦めて見せる。そんな仕事は無いのはわかっていたが、私に対するポーズで一応探してくれたと言ったところだろうか。まあ、駄目で元々だったのだ。仕方ない。
「ありがとうございます。駆け出し冒険者が受けるような、簡単な仕事があればと思ったんですけどね。」
「あん?冒険者ってなんだ?最近流行りのお遊びかい?」
あれ? 邪神はおそらく、ゲームや小説を元にこの世界を作ったのであろうから、定石に則って酒場で冒険者登録をするものだと思っていたのだが、どうもそうでは無いらしい。
「ええと、酒場で名義の登録をして、最初は簡単なお仕事、薬草採取をしたりなんかしてですね、駆け出しや、私みたいな子供はそうやって食い扶持を稼ぐものだと思っていたのですが。」
おやっさんに、ぐいっと肩を掴まれた。顔が怖い。
「嬢ちゃん、どこで知恵をつけたんだか知らねえが止めときな。有用な草花の群生地ってやつはな、大抵が金持ちのお大臣が囲い込んでる土地と相場が決まってるんだ。そこで仕事を受けてる連中にしてみりゃあてめぇの飯の種だからよ、それを勝手に忍び込んでかっぱらったとくれば、見つかったら何されるかわかんねぇぞ。」
脅すように叱りつけられた。それもそうか、土地の私有なんて古くからある話であろう。個人の持ち物で無くとも、慣習上、付近の村や町といったコミュニティーの共有物として扱われている可能性もある。余所者が入り込めば良い顔はされまい。
いやまてよ、この世界には化け物がいる。少し足を延ばせば、所有者のいない土地なんぞいくらでもあるのでは無かろうか。
「だからって遠出しようとか考えるんじゃねえぞ。おめぇさんが化け物に攫われて喰われちまってみろ、余計な事を吹き込んだとか難癖つけられて、今度は俺があの女共にぶっ殺されちまう。」
顔に出ていたようだ。そしてゼリグとキティーの評価は実に安定している。南無。
と、いうか世知辛い。実に世知辛い。権利関係はどこの世も、雁字搦めでうかつに手の出せぬ代物であるらしい。邪神が一石投じたくなるのもわかるというものだ。
まあ、法整備についてなど私は素人であるからして、ロマンが無いからと手を入れられるようなものでは無いのであるが。
「ありがとうございます。お手間をおかけしました。」
煙草をぐしゃりと握りつぶして、ぴょこんとカウンターから飛び降りる。結局仕事は見つからなかったか。うーんどうしようか。他に何か当ては無いものか。
腕を組み、口元に添えた人差し指で唇をとんとんと叩く。去り際、書簡の山を片付けるおやっさんから声をかけられた。
「わりぃな嬢ちゃん。嬢ちゃんは見目がいい、春ひさぎなら幾らでも紹介してやれたんだがよ。」
「遠慮しておきます。そこまで困ってるわけではありませんし、先ほど言ったようにもう間に合っていますので。」
「おっとそうだったな。残念だ、嬢ちゃんなら高く売れるぜ、うちも儲かるだろうにな。」
もうええっちゅーねん。扉に手をかけながら振り返り、HAHAHAと笑うおやっさんに向かって、んべっと舌を突き出してやった。




